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「遊んでますね」
ぼそりと隣に居たガストが唸って、シャルンは相手を振り仰いだ。細めた目の色はひんやりしている。
「遊んでる?」
「遊んでいらっしゃいますね」
「ええっ?」
今度はもう片側に控えて居たルッカが唸って、シャルンは振り向く。こちらも目を細めて、なんだか死んでいる魚のような目だ。
「陛下は、本気で戦っておられないの?」
「いや、本気ですよ、奥方様にどれぐらいカッコいい自分を見せられるかと言うことでは」
「本気ですよね、どうすれば見栄えがいいか計算しておられますね」
左右で交互に唸った2人がお互い顔も見ないまま、やり取りを続ける。
「わかってるじゃありませんか、ルッカさん」
「わかりますとも、伊達や酔狂で年取ってるわけじゃありませんからね」
「必死なんですよね、もう一回惚れ直して欲しいから」
「必死ですよね、一国の王が何をやってるんだと言う感じですわね」
「話が合いますね、ルッカさん」
「ご苦労が他人事とも思えませんよ」
「え、あの、あの」
シャルンは困惑し、交わされる会話にきょろきょろと首を振った。
「どういうことでしょうか」
「はい、奥方様、いいですか、もうすぐこっちを見ますからね、にっこり笑って手を振ってやってみて下さい」
ガストが促した通りに、レダンがシャルンを振り仰ぐ。まとめた黒髪が風に煽られ、動きやすく仕立てた紺色の短衣を身につけた姿が絵のようで、思わず惚れ惚れして手を振ると、レダンがいきなり満面の笑みを見せる。
「さあこれであと10人ぐらいは一気にやりますね……寝てない割には元気だな」
「はい?」
ガストが気になることばを口にしたが、すぐに、始まりましたよ、と促されてシャルンはレダンに目を戻した。
強い。
とにかく強い。
破格と言ってもいいのではないか。
確かにやんちゃな王子であったと言う噂があり、カースウェルのケダモノと呼ばれたこともある、レダンの剣技は他国に評判が広まるほどだったとも知っている。
だが、知っているのと実感するのとは全く別だ。
カースウェルでのレダンは公務と言っても書類に向かっているか、役職の者と会議を行っているかで、考えてみれば、ザーシャルの『宵闇祭り』以外には剣を奮うのを見たことがなかった。今こうして比較してみると、あの時の動きが、それでも常に着ないドレスで大幅に制限されていたのだとわかる。
身体中がしなやかで力を蓄えていて、相手がどれほど突っ込んでこようと自分の範囲を奪われることはないし、逆に相手がどれほど頑なに守ろうとしても、ひどく軽いステップで追い迫り、あっという間に急所に狙いを定めて行く。
「…見事ですよ、姫さま」
ルッカが感嘆した。
「私も結構剣士を見て参りましたが、レダン王の剣は見ている以上に重いはずです」
「重い? 『薔薇の大剣』のように?」
「いえ、何と申し上げるべきか」
「体重が乗ってて押し込まれてくると数倍の重さに感じるんですよ、奥方様」
ガストがルッカのことばを補った。
「嫌な乗せ方をしてくるんです、こっちが力の入りにくい部分に集中して乗せてくる」
くす、とガストが苦笑いした。
「堪えるのに精一杯で、跳ね返すことに必死になっている間にクタクタになるんです」
「跳ね返さなくちゃ、もっと嫌なところに踏み込んできますしね」
「……ああ言う剣をご存知ですか、ルッカさん」
ガストの問いに妙な気配が2人の間に渡った。
「…ええ、多少は」
「そうでしょうねえ、何せ、かつてのアルシアでその人ありと言われた剣士でもありましたからねえ」
「えっ」
さらりと流された秘密にシャルンは仰天した。
「ルッカが?」
「…よくお調べ遊ばしたこと」
ルッカが一瞬黙った後、小さく笑った。
「けれど勘違いしちゃ困りますよ。今の私は姫様付きの侍女です、この先ずっとね。私の望みは単純です。姫様がお幸せになられること、それだけ」
「ルッカ…」
「姫さま、余計なことはお忘れ下さい。昔は多少剣も使いましたとも、ええ。けどね、今は包丁の方がうんと使い易うございます。そう言う程度の者でございますよ」
不安を込めて見下ろした侍女はあっけらかんと笑って、さあ、もう少しレダン王の晴れ姿を見せて頂きましょう、と促した。




