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「そこまで!」
日差し照りつける闘技場にアルシア国の審判の声が響き渡る。肩を大きく喘がせ、吹き出すような汗に体を波打たせて地面に転がっていた兵士が低く唸る。
「…参った」
「…」
対するレダンは汗ひとつかいていない。兵士の首に突きつけていた剣を静かに引くと、するすると始まりの場所へ戻って行く。
「勝ち星、レダン王!」
「ちっ」
非礼にも聞こえる舌打ちは、高座に身を据えたミラルシアの唇から零れたように聞こえたが、レダンは素知らぬ顔だ。
「次は?」
「つ、次は、ヤークト村出身、パルスンド、参れ!」
「はっ!」
ようし、と腕まくりをして進み出たのは、レダンより頭二つ分は優に背の高い男だ。盛り上がった腕と肩、太くたくましい脚腰、ぶら下げている剣は刃を潰してはあるが両刃で重そうな代物、それを軽々と振り回して構えてみせる。
「よろしくお願いいたしますぞ、レダン王」
「ああ、よろしくな」
レダンはちらっと相手を見たが、パルスンドがぐうっと背中を盛り上がらせて突っ込む前に懐に滑り込んでいる。かん、と乾いた音が響いて、突き出したパルスンドの手から剣が跳ね上がった。
「なっ」
「ああ、始めるのが早かったか」
レダンが不思議そうに肩を竦めた。
「いつ始めてもいいと聞いていたが、声をかけるべきだったか」
「いえ、こちらの構えが悪かっただけのこと、もう一度お相手願えませんか」
パルスンドも軽く応じてもう一度開始位置に戻ったが、その手にいつの間にか剣が2本に増えている。
「ああ、なるほどなあ、そいつは2本で一組か」
レダンは珍しげに頷く。
「始めは1本でなどと失礼を致しました。ここからが本番でございます…が、ああ…っ?」
かあん。
言い終える前に動き出したパルスンドの声は青空に裏返る。隙を見ての一撃だったが、身を翻した動きさえ見せず、レダンは突き込まれた剣を各々中空へ跳ね飛ばした。音が響いたのは1度、2本の剣の意味を嘲笑うようなやり口だ。
「すまん、ついやってしまった。本番を待った方がよかったか?」
「くっ」
如何にも申し訳なさそうに首を傾げるレダンに、パルスンドの何かがブッツリと切れたらしい。無言、しかも目を奪う速さで、一気にレダンに突撃する。広げた両手は相手を掴んで一気に放り投げようという気配、もはや他国の王族の招待試合と言う認識もなくなっているらしい。
「ああっ」
シャルンは思わず声を上げ、身を乗り出しかけたその矢先、レダンの姿がいきなり消えた。
「え…?」
ふわ、とレダンの体が浮いている。パルスンドに抱え込まれた空間から、どうやって抜け出したのだろう。空中で体を軽く捻って突っ込んできた相手の背後へ飛び降り、こっちだぞと言わんばかりに軽く相手の腰を叩いて見せる。
「くそっ!」
大柄な体にしては予想外の素早さで振り向いたパルスンドの動きは、それでも遥かにレダンに出遅れた。ふ、とまた微かな呼吸の音が響いて、飛び離れる一瞬に手にしていた剣が閃き、パルスンドの腕をしたたかに打ち据える。
「いってええ!」
パルスンドが悲鳴を上げて両腕を抱えて蹲る。慌てたように審判が叫ぶ。
「か、勝ち星、レダン王!」




