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「…美味しゅうございます」
「そうか、よかった」
ちゅ、とレダンは髪にキスした。そのまま、
「俺は失ってしまうのかな」
不安げに響いた声に首を振る。
「私は、変わりません」
未来永劫、あなたの妻です。
「けれど、あなたは離れていこうとしている」
ちゅ、ちゅ、とキスを繰り返し、ほう、と吐息を零して離れ、レダンはもう一匙肉を掬う。
「しっかり食べておかなくてはな…厳しい国に出向くんだから」
「…あーん」
求めなくとも開いた口にレダンは目を細めた。
「すまない、肉の前に…俺だ」
苦笑いした唇が口に合わされる。奪うように切なげな、呼吸を乱しつ深く交わされるキスに目を閉じ、シャルンも抱き込まれるのを期待する。かちゃりと皿に置かれた銀器の音、堪え切れないように伸ばされた腕に抱き込まれ、膝に抱え上げられて、キスを繰り返し、やがてそっとレダンの肩に頭を乗せて抱きしめられる。
ルッカには既に話している。
ハイオルトにレダンとともに旅人として入り込むこと。その間のカースウェルで、シャルン不在を気づかせないように侍女達で隠し通すこと。
そして。
「レダン…」
「聞かないと言ったろ」
「でも、ご存知ですよね」
「知っていても知らないふりをすることはできる」
「レダン」
「気づかないとごまかせる」
「レダン」
「あなたがまだ俺のものだと言い抜けられる」
「……」
「けれど、あなたから聞いてしまったら、俺はカースウェル全土にかけて、あなたの願いを聞き届けてしまう」
「…陛下」
「…そこで、そう呼ぶのか」
苦しそうな声が一瞬泣くように滲んだ。
「カースウェルの、守り手である陛下」
「……俺はあなたの守り手でいたい」
「民があなたを愛しております」
「俺はあなたに愛されているだけでいい」
「……では、おねだりします」
シャルンは体を起こした。
諦めたようにレダンが顔を上げ、シャルンを見上げる。ほどいた黒髪が肩に流れ落ち、幼く見えるほど切なげな顔に胸が苦しくなった。
「私を、離縁して下さいませ」
「嫌だ」
間髪入れずに答えたレダンは足りないと思ったのだろう、激しく首を振った。
「嫌だ」
「お願いです」
「聞かない」
「私をハイオルトに」
「聞こえない」
「ダフラムが目を見開き耳を澄ませ」
「知らぬ」
「アルシアもまたカースウェルを望むとき」
「気づかぬ」
「ハイオルトまでが足枷になってはなりません」
「違う、シャルン、そんなことはありえない」
「それを確かめに参りましょう?」
「…」
ぐ、とレダンはことばに詰まった。
「私とともにハイオルトに向かって下さいませ。何が真実か、何が偽りか、そうして何をすべきかを、一緒に見極めて下さいませ」
シャルンはレダンの肩に額を押し付けた。
『薔薇の大剣』を持ち支えた腕にはまだまだ力が戻らず、痺れが取れない。レダンを抱きしめたくとも、それができない。両手を垂らして凭れかかる自分は、翼をもがれた鳥のようで、レダンの重荷にしかなっていないと痛感する。
「そうして、その後」
絶対いや。
「正当な理由の元に」
二度と嫌。
「私を離縁し」
離れないで。
「ハイオルトに戻し」
離さないで。
「良き国交の種を頂きとうございます……そして、どうか」
ぼろぼろと溢れる涙を拭えもしない、愚かで弱いみすぼらしい姫だと嗤うなら嗤え、今こそシャルンはカースウェルの未来を判じる、王妃としての決断ができる。
「由緒正しき、力に溢れた姫を、お迎え頂きますように…心より、お願い、申し上げます」
ひっく、と引いてしまった声に、レダンが強く抱きしめた。




