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痛い。重い。冷たい。
シャルンは腕の中の剣を抱きしめながら考えている。
まるでハイオルトの玉座のようだ。
レダンにドレスを褒められながら、武闘会はおそらく明日以降、今宵は二人で水入らずの時間を過ごし、明日への体力を養いたいと囁かれ、胸をときめかせながら広間に入った矢先。
『シャルン!』
鋭いレダンの声とともにくるりと抱き込まれ、次の瞬間には激しい勢いで飛びついてきたものを、レダンが一撃して跳ね飛ばしていた。
『何しやがるっ…』
低く吐いた怒りの声は、玉座に座る女王に向けられている。
『大丈夫か、シャルン』
『は、いっ』
一瞬しか見えなかったが、飛びついてきたものには尖った牙があり、爪があった。それが証拠に、薄ピンクのドレスの裾が引き裂かれており、もう少しレダンが庇うのが遅ければ、きっとシャルンの足に傷跡を残しただろう。
『よかった』
囁いたレダンはそれでも堪え切れないように強くシャルンを抱きしめた後、肩を怒らせて玉座の前へ進んだのだが、女王からの第一声は、『なぜ可愛い「コルン」をいたぶったのじゃ?』。
呆気にとられたのはシャルンばかりではなかった。レダンが今にも掴みかかりそうなほど、怒気を膨らませるのがわかった。
『「コルン」とは先の獣か』
抑えた声音でレダンが問うと、ミラルシアは小さく笑って、相変わらず不躾ですね、と返した。
慣れ親しんだ者同士の気のおけない会話には、ぴりぴりするような棘が含まれていて、シャルンは慌ててレダンの袖を引き、大丈夫ですから、と訴えた。
『大丈夫です、陛下』
『しかし、あなたのドレスが』
『いずれまた、おねだりするかも知れません』
微笑むとレダンが眉を緩め、ちょっと情けなさそうに溜め息をつく。
『あなたと言う人は……そんなところで頼みごとを使わないで下さい』
それでもシャルンの願いを聞き届け、ミラルシアに謝罪してくれたのだが、女王の要求はなおも続いて、『薔薇の大剣』を掲げる羽目になってしまった。
残念ながらシャルンには、抱えるだけが精一杯だったけれど。
初めのうちこそ笑顔で抱えられていたが、時間が経つにつれ、ちょっとでも腕が緩むと滑り落ちてドレスを裂くのに気づいた。レダンに買ってもらった衣装だからと抱え直せば、手元にこれ見よがしに飾り付けられた薔薇の棘で腕を傷つける。飾りの剣だから、たとえ落としたとしても体に突き刺さるようなことはないだろうが、重さがあるから無傷ではすまないだろう。
力を入れて抱える剣は、重く冷たく、シャルンの胸を圧迫する。
本当にハイオルトの玉座のようだ。
考えまいとしても手紙の内容が、それを3回も読んだレダンの気持ちが頭を回る。
ミラルシアにカースウェルの王妃として責任を果たせと求められた時、全く別のことばに聞こえた。
ハイオルトの王女として責務を果たしなさい、シャルン。
「…」
唇を噛む。
心配そうに見つめてくれるレダンは今にも衛兵を突き飛ばして出てきてしまいそうだ。さっきまでレダンの側に立っていてくれたサリストア姫は、何か用事が出来たのだろう、兵に付き添われて広間を出て行っている。
サリストアとまだ直接話はしていないけれど、遠くに響く声音には聞き覚えがあった。レダンとともにこちらを案じてくれているような瞳にも覚えがあった。
もし間違いがなければ、ザーシャルの『宵闇祭り』でシャルンを窮地から救い、レダンのいない間側に居てくれた男神ではないだろうか。
レダンにハイオルトに入りたいと訴えた、髪を切り、みすぼらしい格好で。
そうしてハイオルトの真の姿、王女シャルンでは見えなかったものを見つけたいと願っている。
レダンは寛容にも許してくれた。




