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アルシア王国に古くから伝わる『薔薇の大剣』をサリドが戻るまで掲げていてもらいたい。
容易いことと引き受けたシャルンが抱えてよろめいた。手を貸そうとすると制されて、シャルンにカースウェルの王妃として責務を果たして欲しいとミラルシアにごねられた。
『薔薇の大剣』は実は玉座を継承する際に受け取る剣で、その重さは大の男一人分は優にあり、それを見事頭上高々と掲げられることで覇者を示すと聞く。
女系が圧倒するアルシア王国らしいとは言える。
その大きく重く持ちにくい剣を、償いに掲げていよと望んだミラルシアの意図も明白だった。
ミラルシアはシャルンを好ましく思っていない。
「シャルン…」
案じるレダンに気づいて、シャルンは振り向きにっこり笑う。
額にうっすらと汗が浮いている。そのまま静かにミラルシアを振り仰ぎ、
「ミラルシア様……大切なご愛猫の行方、ご心配でございましょう。一刻も早く戻って欲しいとご案じになるお気持ち、よくわかります。私がこうしていることで、ご不安が減じるのなら、喜ばしく思います」
そんなことなど考えてはいまい、あの女王は。
レダンは胸の中で舌打ちする。
まさかあそこまであからさまな嫌がらせを仕掛けてくるとは予想外で、守りが遅れたことが悔やまれる。
「暁の后妃の噂が気にくわないのか」
それとなくサリストアに囁けば、吐息が戻る。
「なんだ、事実なのか」
「…最近おかしいのだ、姉上は」
サリストアは鋭い瞳で玉座を睨みつける。
「城の内装や軍装を華美にしたり、必要な道路整備を後回しにして夜会を繰り返したり、挙句に国内で温泉を探せと命じたり」
「ふむ」
「私がシャルンを助けたことも不愉快だったらしい」
「ほう?」
「焦っている。国民の求心力が落ちていると」
「それも事実か?」
「…」
サリストアは答えない。心配そうにシャルンを見ていたが、ぼそりと呟いた。
「『薔薇の大剣』だが、私がかつて掲げた後は、食事時には腕が上がらなくなったぞ。ああして抱きかかえているだけでも、かなり力が必要だ」
「っ」
「ガストはなかなか戻れないだろう。私やお前に見張りがついているのも、ガストの手助けをさせないためだろう」
「とんだ趣向だな、それを黙って見ている周囲も周囲だが」
揶揄されてサリストアが悔しげに唇を嚙む。
「他国の王族をこんな風に扱う王が、まともに評価されるとでも?」
「…お前はシャルンを案じていろ」
サリストアは深く大きく息を吐いた。
「…おい」
ドレスを捌き、振り返って側の兵に声をかける。
「はっ」
「所用がある。ここを離れる」
「し、しかし、こちらにおいでいただくようにと」
「ならば一人付いて来い」
くい、と顎をしゃくって冷ややかに命じながら、レダンを見やる。
「何もせぬか、見張っておれば良い」
言い放った唇が、声に出さずに『見張れるものならばな』と動き、レダンはにやりと笑った。
衛兵を従えてサリストアが広間から出て行くのを、ミラルシアがじろりと見たが止めはしない。目の前で剣を抱えて立っているシャルンに目を戻し、満面の笑みを広げた。
「ありがとう、シャルン王妃。あなたに支えられて、両国の絆はますます強まりますわね」
「ありがとう、ございます、ミラルシア様」
微笑みを返したシャルンの腕が細かく震え始めている。




