1
「武闘会、だと言わなかったか」
「武闘会だが」
周囲でこそこそ囁き交わす着飾った男女にレダンは目を細めながら、隣に立つ美姫に再確認する。
「どこに剣が用意されている」
「そこかしこにあるだろう、心の内側に嫉妬という名の黒い剣が」
サリストアもいささかうんざりした声音だ。
「ならばなぜ俺のシャルンが、『あんなもの』を持たされる」
「…趣向だ、姉上の」
今日は珍しく銀髪を結い上げ、濃い青色のリボンでまとめたサリストアが不快そうに唸る。
レダンが口にした『あんなもの』とは、鮮やかな大輪の赤い薔薇で手元を装飾された飾り剣だ。玉座に座る、これまた意味深な濃い青色のドレスを身に付け、光り輝くティアラを頭に戴いた女王、ミラルシアの前に一人立たされているシャルンが、両手で抱えている。
小さく薄い掌を猛々しげな薔薇が傷つけないか、大変な重さだが大丈夫かと気が気ではないし、できることなら鬱陶しく周囲を囲む衛兵達を蹴散らして、すぐさま側に駆け寄ってやりたいのだが、そもそものきっかけを作ってしまったのがレダンの不備ゆえに動きが取れない。
頼みの綱は走り去ってしまった『猫』を探しているはずのガストだが、これもまたなかなか戻らない。
「…シャルン妃」
「はい」
「そろそろ剣が重くなって来たのではないですか」
ミラルシアが紅の唇をほころばせて尋ねた。
「いいえ、まだ大丈夫です」
シャルンは唇を引き締めて首を振る。
今日の装いは薄ピンクの柔らかな布地を花びらのように重ねたドレス、紹介とともに広間に入った時は、居並ぶどの姫よりも可愛らしく光り輝いていると満足していたのだが、今は腕からずり落ちそうな大剣の薔薇の棘に引っ掛かり、鋭く研がれた切っ先に裂かれて豪奢な刺繍も崩れている。
「思わなかったのじゃ」
ミラルシアは大儀そうに溜め息をついた。
「そなた達が来られた時に、我が愛猫『コルン』が走り出して行くなどと」
ちらりと鮮やかな緑の瞳でレダンを見やる。
「ましてや、レダン王が偶然にも蹴り出すようなことをされるとは」
「蹴ってねーよ、ぶん殴っただけだ」
低くレダンが唸るのに、サリストアがしっ、と小さく咎める。
「シャルン妃が頑張っておられるのを台無しにするつもりか」
「改めてお詫び申し上げます、けれども」
レダン達のひそひそ声をよそに、シャルンは剣を抱えたまま、もう一度頭を下げる。
「陛下は全てに慈しみを抱かれる方、私のような者にも惜しみなく誠を注がれる方。ミラルシア様のご愛猫を万が一にも足蹴にされるようなことはありません」
「異な事」
ミラルシアは手にした銀の扇でぱたりと玉座を叩いた。
「私の目がおかしいとでも言いたげですね」
事の真実は単純だ。
レダンとシャルンが侍従の声とともに広間に入った瞬間、玉座に座っていたミラルシアが、膝下から何かを払い落とすのが見えた。転がり落ちる前に体勢を立て直し、見る見る走り寄ってくるのは、サリドと言う一抱えもある猫科の生き物、気性は荒く苛立っている時には仔馬を噛み殺すとまで言われる獣だった。
銀と黒のまだらの体毛を煌めかせ、まるで教えられたようにシャルンに飛びかかってくるのを、レダンはシャルンを抱えたまま身を翻し、標的を外されたサリドが身を捻ったのを一撃、鼻先をぶん殴って城外へ放り出しただけの話。
ところがそいつが、ほんの数日前にミラルシアがようやく手に入れたペットであって、本日の会にはそのお披露目もあったと説明された時点で、レダンには真相が見えた。
真っ青になって固まるシャルンが、レダンに続いてお詫びを伝えたところ、ミラルシアが非常な落胆を伝えて来た。急ぎガストにサリドを探しに行かせたのだが、戻るまでの退屈しのぎにとミラルシアが提案したのが現在の状態だ。




