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2

 シャルンは紅潮する頬に唇を引き締めた。

 ギースが何を思ってこれを用意したのか考えると、不快感が広がる。ルッカなら激怒してギースに飛びかかっていたかもしれない。

 なぜなら、これは婚礼の踊りだからだ。

 長く苦しい離れた時間を過ごしていた恋人達が、ついに婚礼を迎えて互いに喜び合い体を寄せ合いながら踊るものだからだ。

「踊れないとは言えまい?」

「…踊れます」

 静かに答えた。

 ギースは知らないのだろう、厳格で古式を重んじるハイオルトが、なぜこの踊りを禁じることなく封じもしないのか。

「少し失礼いたします」

 両手を一瞬相手に押し付け、意外そうにギースが力を緩めたところでするりと手を滑らせ抜いた。

「なっ」

 戸惑うギースに構わず、結い上げていた髪の髪飾りを一気に引き抜く。

 ふわり、と押さえつけられていた髪が一気に溢れ広がって、ギースが息を飲んだ一瞬、くるりと相手に背中を向けてレダンを探し、ほっとした。

 いつの間にか上席に誘われていたレダンは、勧められた酒杯を手に持つこともなく、この無作法な扱いに苛立っている表情だったが、シャルンと目を合わせた途端、にっこりと笑みほころぶ。

「ああ…よかった」

 ご存知なのだ、レダン王は。

 この曲が婚礼の曲であること、招いた主人から踊り出す作法上断るわけにはいかないこと、そして、もう一つ、この婚礼の曲に含まれた意味を。

 シャルンは安心し、レダンへの尊敬の念を深めた。

 突然手元から奪われた妻を騒ぐことなく見守り、しかも離れた場所からも力づけられる、その信頼を笑顔一つで示せる男性はそうそういない。

 では、その夫にふさわしい妻として振る舞って見せよう。

 音楽が踊りを促す。シャルンは呆然としていたギースの手を自ら取り、静かに踊り始める。右にステップ、一旦休んでギースが追う。左にステップ、一旦休み、そうしてギースが追いかけてくる。

「…シャルン妃?」

 やがて訝しげにギースが声をかけてきた。

「これは……シャルン? どういうことだ?」

 答えずシャルンは踊り続ける。丁重に優しく過つことなく、けれどもただの一度もギースの顔を見ず。俯いて、時に顔を逸らせ、ギースと真反対に顔を背け、静かに優しく踊り続ける。

「シャルン……シャルン…これは…」

 戸惑っていたギースの声が苛立ちに揺れる。

 難しいダンスなのだ、本当は。相手の顔を見ながら、相手と同じ方向に進みながら、やっとリズムと手振りが重なるダンス、それをシャルンはギースの顔を全く見ず、しかも彼とは違う方向に体を向けながら踊っていく。

 なんと不思議な踊り、と周囲から響いていた囁きが、再びゆっくり鎮まっていく。誰もが気づき始めている、これは『拒否』のダンスなのだと。相手と付かず離れずきちんと二人で踊りながら、ただの一度も気持ちを重ねないダンス。

 昔々のお話だ。

 ハイオルトに裕福な家の娘が居て、時の王に望まれた。娘には心に決めた相手が居て、王はその男を殺して娘を奪い去った。やがて婚礼の夜になり、娘は王に終生の従順と敬意を誓った、だがしかし、愛情は一欠片も捧げなかった。初めての夜を迎えた翌朝、娘は王の隣で冷たい骸と化していた。

 このダンスは婚礼の曲として使われる。

 が、ごく稀に望まぬ婚姻であった場合、相手の顔を一度も見ずに踊り通すことで周囲に決意を伝えるダンスでもある。

 私はこの方に嫁ぎます。けれど、この婚姻は意味のないもの、私の忠誠は生涯別の方のもの。

「…シャルン!」

 ついにギースが無理矢理立ち止まり、なんとかシャルンの顔を覗き込もうとした、その矢先。

「ギース・ステルン・グラスタス王」

 低く冷えた声が音楽を止めた。

 耳が痛くなるような沈黙の中、かつり、と硬い靴音が響く。続く数歩に誰もが波乱を予感した。

「……レダン…」

 のろのろと振り向いたギースが近づくレダンに苦しそうな声を返す。

「我が妻は、いささか疲れたようだ」

 にこやかな笑顔のままで、レダンがギースに間を詰めた。

「その辺りでお許し願えまいか」

 後に、その場に居たものが語ったところでは、レダンのことばに重なって、がしゃりと鳴る数百の剣、どろどろと響く戦太鼓の音が聞こえたと言う。

 笑みが広がる、一歩間違えれば広間全員をなぎ倒しかねない、猛々しくも静かな笑みが。

「代わりに」

 威圧されるギースが無意識に体を引き、シャルンの手を離した途端、レダンはするりとシャルンを引き寄せ、抱え込んだ。今度は一転、邪気ない明るい笑顔になって、周囲を見回す。

「妻の代わりに私が姫君達のお相手をして、お招きに応えよう………このような煌びやかな場に慣れぬ無骨な男ゆえ…」

 ぺろりと唇を舐めて見せたのは、意図的なものかそれとも偶然か。

 どちらにせよ、薄く紅色を帯びた唇を濡らしたレダンに、姫君達が無作法さに眉を顰めつつ、扇や手袋、上品に掲げられた袖やハンカチの後ろで囁きながら頬を染めたのは事実。

「許されよ、美しい方々」

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