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遺跡の片隅に小さな舞台があった。数層に並べた平たい石を低めの石柱が囲んでいる。背後には白い階段があり、その上から音を立てて温泉が流れ下りており、舞台の裾を満たしている。日差しはちょうど岩陰に遮られ、そうしてみると温泉の放つ柔らかな湯気の温もりが暖かかった。
マムールの指示で、敷物が敷かれ、クッションが置かれ、お茶と水で冷やした果物、ほろほろ崩れる砂糖菓子が準備される。
促されて座ったシャルンの横にレダンはマムール同様胡座を組み、勧められた酒杯を受け取った。
「あなたにはこれを」
マムールが誇らしげに美しい陶器のコップを渡してくれる。
「いい香りですね」
「果実酒ですが水で割ってあります」
一口飲むと、爽やかで甘かった。
飲み干すシャルンに嬉しそうに笑ったマムールが新たな一杯を注ぎ、
「この果実酒も器も、この遺跡から学んだものです」
「これが?」
「先ほども話しましたが、何もかもに行き詰まり、さりとて古老の言い草に乗るわけもいかずに追い詰められた時、あなたが居た部屋を訪れました」
「はい」
「あなたがいつも眺めていた遺跡を思い出し、何がそんなに面白いかと尋ねたことを」
「…はい」
そう言えば、一度だけ尋ねられたことがあった気もする。
「日差しによって変わるのです、とあなたは話された」
マムールは砂糖菓子を手に取って、少し笑った。
「?」
「何を言っておるのだと思ったものです。こんな砂糖菓子のような頭をして、中身もこんな風に甘いだけですぐに崩れる女の戯言だと……ああ、失礼を、レダン王」
「…どういたしまして」
ちらりと視線を流したマムールがすぐに謝罪し、シャルンも振り返ったが、レダンは素知らぬ顔で砂糖菓子を摘み上げ、口に放り込む。かなり甘かったのだろう、一瞬すごい顔で固まったが、すぐにごっくんと飲み下した。
可愛らしくて思わず微笑むと、少し唇を尖らせる。それでも、にやりと笑い返し、唇をこれ見よがしに舐めて見せられて、慌てて向きを変えた。
美味しかったよ、シャルン。
囁かれたみたいでドキドキする。
「…それでも、あなたのことばは気になった」
マムールが低く呟いた。
振り返り、相手が考え込みながら遺跡を眺めるのに笑みを収める。
「あなたには、何が見えていたのだろう」
そう思いながら遺跡を見つめていた。
「国を滅ぼすような愚かな男を引き寄せる姫君が作ったような都に、何を学ぶことがあるのかと考えながら」
マムールが指を差し上げる。
示された方向に何かきらきらと光るものがある。
「日差しによってと言うならば、きっと時間が経つにつれ、何か見えたり見えなかったりするのだろう。滅びた遺跡、誰もいない都に、一体何が変わるのか。そう思って来る日も来る日も見ていたら、初めてあの輝きが見えた」
「あれは…」
「温泉の源泉です」
「…あんな高いところに?」
「真昼は見えないのです、陽炎のようなものにごまかされて」
マムールは指を下ろして、教師のようにシャルンに教えた。
「朝の一瞬と夕暮れの一瞬だけ、空気が澄み渡った時にだけ、あそこに煌めくものがチラチラ動くのが見て取れる」
俺はあなたを信じることにした。
「一人で遺跡にやってきて、見つけたのです、この温泉を。おそらく地震によって溢れた湯が長い間流れ落ちて作り上げたのだろうが、俺は自分の頑迷さに妨げられて、こんなに美しい光景が干からびた遺跡に隠されているとは気づきもしなかった」
シャルンは別方向を振り向いた。
「俺はこの遺跡を調べ、多くを学んだ。忘れ去られていた名工の技も、消し去られていた素晴らしい発想も、もう一度全てを取り戻すことに決めた、時間をかけて、一生を費やしてでも」
遠くにダスカスの城が見える。
あの壁面に開く窓のどれか一つだっただろうか、遺跡を眺めていた窓は。
飢えていくハイオルトのためなのだと言い聞かせ、ぽつりと一人、座り続けていたのは。
「あなたが俺だけのために生きていたなら、ダスカスは滅び去っていただろう」
背後から聞こえる声が深く悩ましげに響く。
「あなたが俺に見えないものを見ていてくれたからこそ、ダスカスは生き延びることができた」
ゆっくりと視線をマムールに戻した。
相手が深々と頭を下げるのに目を見開く。
「どうか許して頂きたい、カースウェルの賢妃よ」
諸国の王があなたのことを暁の后妃と呼んでいるのに、私もまた賛同する。
「そして、カースウェル王よ、お許し願いたい」
「…」
何を予想したのか、レダンがじろりと険のある目つきでマムールを見返したが、ダスカス王は怯まなかった。むしろ嬉しそうに、
「今後、ダスカスに生まれた新たな特産物は、まずカースウェルにお届けしたい」
我が忠誠を示し、カースウェルに困難あれば、ダスカスがお支えできるとお伝えしたい。
「如何だろうか」




