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シャルンが目元を数回擦りながら立ち上がる。さらさらと流れたドレスは、レダンも気に入っている濃い青の光沢のあるもので、一度着て見せてくれた時には、陛下の瞳の色と同じですね、と微笑まれてなお嬉しかったものだが。
「レダン」
床の中でしか呼ばれない声に顔が熱くなる。同時に冷えた感覚に体が凍った。
まさか今日が最後とか言うんじゃないだろうな。それはあんまりだろう、せめてカースウェルに帰ってからとか、いや帰ってからでも困る、そんなことは許せないダメだ受け入れられない絶対無理だもうシャルンなしの生活なんてあり得ないし認めないし、そんなことになるぐらいならいっそ。
「っっ?!」
いきなり両手を差し伸べて飛びつかれ、とっさに思わず屈みこんで抱きしめて、レダンはなお混乱した。
あれ? 何だこれ?
「ごめんなさい」
「え?」
「あんな手紙を3通も読ませてしまいました、ごめんなさい」
辛かったでしょう、と耳元で優しく囁かれ、口にしてまた悲しくなったのだろう、再び小さくしゃくりあげながらシャルンがしがみつく。
「シャルン?」
「なんて、失礼な、手紙、なんて、酷い、私はシャルン、カースウェル、スティシニア、ですのに、陛下が、どれほど、よくして、くださって、るのか、知りも、しないで、酷い…っ」
「シャルン…」
ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返すシャルンの声はひたすらレダンを案じている。
ぐらりと体が揺れて、シャルンがはっとしたように体を起こした。
「レダン?」
「すまない……ちょっと、座ってもいいか」
「はい、もちろん!」
シャルンに支えられるようにソファに座り、再び膝に乗ってきてくれたシャルンをゆっくり強く抱きしめる。
「シャルン…」
「はい」
「キスを…くれ」
「はい、レダン」
のろのろと顔を上げれば、泣き崩れてせっかくの化粧も汚れてしまったシャルンがそっと幼く唇を合わせてくれて、思わずほう、と息を漏らした。
「大丈夫ですか?」
「…なんとか」
視界が眩んでいる。
「お顔の色が真っ青です」
「…ああ、ちょっと、さすがにヒヤヒヤして」
「酷い文面でしたもの」
「いや、そっちはまあ」
どうでも良かったんだがな、と後半はごにょごにょとごまかして、不安そうなシャルンの唇をもう一度ねだる。ちゅ、とキスしてくれたのはさっきより深くて、安心が増した。
「我ながら、驚きだ」
シャルンを失うことがこれほど恐怖になっているとは。
「なんとなくわかるなあ」
息を吐いた。
「何がですか?」
「…亡国の姫君」
「亡国の、姫君?」
「…その姫を手に入れるために国を滅ぼす男の話だよ」
レダンはもう一度溜め息をついた。
先の自分がまさにそうだった、シャルンを連れ去られたらハイオルトを根絶やしにしかねない、とはさすがに言えなかった。
「あの遺跡にまつわる話だ」
「温泉の湧いた遺跡ですか」
「後でマムールが話してくれるだろう」
微笑むと、ようやくシャルンも少し落ち着いたらしい。小さく笑い返してくれて、真っ赤になった目元と鼻、潤んだ瞳にとんでもないところが疼きそうになったのを、気持ちを切り替えた。
「とにかく、父上はあなたに会いたがっておられる。都合をつけて出向くとしよう」
「…ありがとうございます、レダン」
陛下は本当に心の広い方ですね。
甘えるように見上げられて、レダンは苦笑いした。




