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「カースウェル王国、レダン・カースウェル・レスタス王、シャルン・カースウェル・スティシニア妃、ご到着でございます」

 ステルン王国の煌びやかな宮殿、多くの従者が跪き首を垂れる階段を登り切ると、入口に控えていた男が声高らかに呼ばわった。

 幼名を呼ばれることは成人になってからはほとんどない。このような公式訪問の時ぐらいだろう。

 レダンの幼名はレスタスと言うのね、とシャルンは改めて微笑む。今より髪は短かっただろうか、それとも今みたいに長く伸ばしてリボンで括っていたのだろうか。きっとやんちゃな男の子だったに違いない。

「何だ?」

「いえ、陛下」

 見上げた視線を感じたのか、レダンがちらりと視線をよこしてくる。

 瞳の色に似た紺色の礼服、首元から胸にかけて波打つレースのタイ、黒髪をまとめているリボンは珍しく白銀で、しっかりした腰から下を覆うズボンは白、足元の靴が漆黒の黒。鮮やかな色彩は鋭い視線によく似合う。

 差し出された腕にそっと白手袋に包まれた指を載せると、わずかに微笑まれてどきりとする。馬車から降りる直前に掠め取られた唇、紅が移ると気にしたシャルンを、薄く染まった口でにやりと笑って言い返された、「俺があなたの唇に触れた証を、どうして隠す必要がある?」

 今も少し唇が赤い気がする。

 それがまた、緩みのない顔立ちに妙に艶めいて、妖しくて。

「心配するな」

 レダンが宮殿に踏み込みながら囁いた。

「あなたは誰より美しい」

 慰めだろうとは思っている。

 こうして目の前に広がる光景、金銀財宝をきらきらしく飾り付けた宮殿で、当たり前のように側に立派な殿方に付き添われ、傲然と、時には慎ましやかに顔を向けてくる姫君達に比べれば、今日のシャルンなどなんと地味で素朴なことか。

 金髪は黒玉と銀の小花をあしらった髪飾りで結い上げている。零れ落ちる後れ毛がくすぐる首には淡い青に輝く宝石のネックレス、ドレスは深緑に白い細やかな幅広のレースを胸元にも袖にもふんだんにあしらったものだが、フリルやリボンはほとんどなく、裾に共布で作られた濃い緑の薔薇が散らされている程度だ。

 もっと目を引く派手なドレスもあったのだが、レダンはどれにも頷かず、けれども実はシャルンがとても気に入っているこのドレスを選んでくれた。

 側に侍らせる見栄えよりも、シャルンの好みを優先させてくれたようで、とても嬉しい。

 ふと気づくとざわめきが静まっていた。一人考えに沈んでいたのが恥ずかしく、慌てて顔を上げ直すと、正面に立ち竦むように頼りなげなギースの姿があった。

 今夜も見事に整えた金色の短髪、勝るとも劣らぬ白と金の礼装、瞳の紫を意識したのか、そこかしこに縫い付けられた紫の宝石が、眩く広間の灯りを反射する。昔見た通り、磨き抜かれ細工された水晶で作られたシャンデリアは天井から幾つも吊るされており、灯火の光を揺らめかせながら、ギースを美しく照らし出していた。

「……ようこそ、レダン王、シャルン妃」

 やや甲高い声が、近づいてくるギースの口から溢れた。

「お招きありがとう、ギース王」

 静かに応じるレダンの腕がやや固くなる。横目で見上げると、食い入るようにギースを見つめるレダンの瞳は笑っていない。まるで、獲物を前にした狩人のようだ。

「我が妃とともに参った。美しい城だね」

 ことばも丁重に聞こえはするが威圧的だ。

「褒めて頂き嬉しく思う。どうぞ、今宵は存分に楽しんで頂きたい」

 ギースも引くつもりはないようだ。

 見えない火花が二人の間に散ったのを感じたのだろう、ギースの背後に控えていた女官長が素早く囁き、ギースが頷いた。

「では、奥方、まずはこれへ」

 差し伸べられた腕にシャルンは頷き、レダンから離れてギースの腕に指をかける。ひんやりとした手触りに、レダンの温もりが突然恋しくなって、無意識に振り返ると、

「あなたはレダン王の妃なのだろう」

 ギースが低く囁いた。

「それらしく、振る舞われてはどうか」

「っ」

 シャルンははっとした。

 前を見たままのギースを見上げ、周囲の視線を感じ取る。

 なるほど、広間に集まった諸侯諸氏数々の美姫が、シャルンが如何に振る舞うのかと凝視しているのを感じ取る。

「音楽を」

 ギースの声に壁際に控えていた楽師達が慌てて楽器を取り上げた。鳴り響き出した音楽に、シャルンは身を引き締める。

 それはこのような場で踊られる類のものではなかった。周囲の姫君に戸惑いが滲む。音節の短い、懐かしい音色。ハイオルトの古い踊りだ。

 ギースが振り向き、ふいにシャルンの両手を取った。

 覗き込むように見つめてくる紫の瞳が、薄く笑う。

「懐かしいだろう、そなたの国の音楽を用意したぞ」

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