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 シャルンが礼儀作法の教師とダンスの教師を欲しがっているとの望みはすぐに叶えた。

 けれど、こんな事態に至るとは。

「過去の俺が憎い」

「…はい?」

 ステップを数歩進んだシャルンが振り仰ぐ。

 かつてドレスが並んでいた広間で二人、ダンス教師ラドクリフは何か恐ろしいものを見たように早々に辞し、ガストも好きなようにやってください私は忙しいと出て行った後、小さく口で数を数えながらレダンはシャルンとダンスを練習している。

 いつもなら楽師を呼ぶところだ。音楽を奏でさせ、それを聴きながらステップを踏む。

 けれど今はシャルンと二人で過ごしたかった。

「どうしてあなたに似合うドレスばかり買ってしまったのか」

「あの…それは…」

 シャルンが不安そうに瞬き、そっと俯く。

 前へ前へ、一度立ち止まって、再び前へ前へ前へ。

「…私…陛下を失望させてしまったのですね」

 悲しげな口調にはっとする。

「違う、違うぞ、シャルン」

 慌ててステップを止めようとしたが、シャルンが細い手で先へ導くものだから、前へ前へと繰り返す。

「…私…わがままになりました」

「?」

「…陛下をがっかりさせていても…この手を離したくないのです」

「……」

 俯いて進むシャルンの足元にきらきら光る雫が落ちたのを見て、レダンは無理やり立ち止まる。先へ行こうとするシャルンを抱き寄せ、小さな顎を掬い上げれば、やっぱり薄水色の瞳は涙でいっぱいになっていて。

 口づけた。

 震える唇が塩辛くて甘くて、切なくなりながら何度か重ね、そっと離す。

「聞いてなかった?」

「?」

 見開く瞳に微笑む。

「俺はあなたに踏んづけられたいんだが」

「…あれは」

 慰めてくださったのでしょう?

 シャルンが一所懸命に笑い返す。

「私、陛下のお役に立ちたいのです」

「うん」

「だから、礼儀作法とダンスをしっかり学んで」

「うん」

「どちらに出向いても、陛下にお辛い想いをして頂かなくても良いように頑張って」

「うん」

 堪えきれなくて、また額にキスし、頬にキスする。柔らかな声を聞き続けたかったから、唇には触れられない、切ない苦しさを甘く味わう。

「けれど、こんなに覚えが悪くては、陛下のお側にいてもご迷惑をおかけするかもしれません」

 ぽろりと新たな涙が溢れる。

「私はそれでもわがままですから、陛下が第二妃でも良いとおっしゃって下さるなら、お側に侍りとうございます」

「はあ?」

 レダンは思わず間抜けた声を上げた。

「第二妃? それは側妃ということ?」

「はい」

「……あなたは、俺が他の女性を慈しんでもいいの?」

「……嫌です」

 シャルンが苦しそうに唇を噛む。

「けれど、陛下がお困りになるのはもっと嫌です」

「…シャルン、ああもう、シャルンってば」

 他の者が聞けば、例えばガストでも聞こうものなら、恐らく幻聴が聞こえたと寝込みかねないほどの甘さで嘆いて、レダンはシャルンの額にキスした。

「頼むから、訳のわからないことを言わないでくれ」

 俺はあなたに振られたのかと思ったぞ。

「まさか、陛下!」

 シャルンが抗議の声を上げる。

「陛下を慕わない女性などおりません!」

「…凄いな、それは」

 レダンは泣いていいやら笑っていいやら、思わず顔を歪めた。

「どこからかおかしなことを聞いただろう」

「え?」

「俺が遊んでいたと聞かされた?」

「…え、あの」

「……ルッカ、かな?」

「いえ、あの」

「……もしかすると、今の先生様かな…?」

 自分の声が一気に温度を下げるのがわかった。

「昔の話です、とおっしゃってました」

「ふうん」

 ガストにあいつを国外追放にするにはどういう手立てがあるか確かめないとな、とレダンは考えつつ、頷く。

「陛下はとても魅力的でいらしたと」

 いえ、もちろん今も素晴らしい方です、とシャルンが頬を染めて囁いてくれ、とりあえずくそ教師の処分は保留にする。

「いろいろな国にお出かけになられ、いろいろなダンスや礼儀作法にもお詳しいと」

「あ、ああ…まあ、多少は」

 あまり触れて欲しくない部分なので曖昧に頷くと、シャルンは目を輝かせながら見上げてくる。

「私、まだまだ陛下からたくさんのお話を伺えるのですよね」

「あー、まー、そのうちには」

 微妙に視線を逸らせながら応じて気づいた。

「ああ、それで、ステルンだけではなく、いろいろなダンスを練習していたのか」

「はい!」

 シャルンは笑みを広げた。

「私、陛下とともにどちらの国へも参りたいのです」

 レダンの腕の中で、細い指を一つ一つ折ってみせる。

「寒いのは耐えられますが、暑い地方の振る舞いはよく存じておりませんから学びます。礼儀作法、ハイオルトは昔ながらのものが多かったので儀式や格式にまつわる出来事は平気ですが、無礼講で楽しむ術を知りません。狭い建物で何日も過ごすことは慣れておりますが、野山を駆け回り岩場や草地で眠ることはあまり得意ではありません」

 そんなものが得意な王女はそうそういないだろう、と考え、ふとサリストアのことが頭を掠めた。

 ひょっとして、シャルンはアリシア王国からの招待についても詳細を知っているのだろうか。一応どこの国を尋ねるか、何の目的かは話しているが、アリシア王国の武闘会の意図については話していない。

「シャルン?」

「はい」

 無邪気に見上げる瞳に初めてカースウェルに来た時の表情を思い出した。

「俺がダンスの練習の時、何を考えていたと思っている?」

「…あの…」

「正直に話して」

「何度も先生の足を踏みつける、ダンスの下手さにお怒りかと。剣まで用意なさっておられたので、国益に関わる行事に失敗をするようならば、いっそ切り捨てるとまでお考えかと」

「……はあ」

「? ……あ、きゃっ」

 レダンはぐったりしつつ、おもむろにシャルンを抱きかかえて背後に倒れた。派手な音と背中に広がる衝撃、しばらく堪えてから深く吐息をつく。

「陛下、陛下!」

「…あーいて」

「当たり前です、どうなさったのです、今退きますからお待ち下さい……?」

 体の上でうろたえるシャルンを見上げる。ぎゅ、と力を込めたレダンにシャルンが戸惑って見下ろしてくるのにねだる。

「キスを」

「…え?」

「今のは自罰行為。あなたに不安を与えた自分が情けなかっただけ。けれど、予想以上に痛かったから、キスして慰めてくれないか?」

 ついでに体を起こそうとしたシャルンが際どい姿勢で馬乗りになっているところで、とんでもない妄想を膨らませかけたのを、必死に耐えているあたりも労って欲しい、とはさすがに言えないが。

「キス、しては、私だけが嬉しいのでは…」

「シャールーン……頼むから」

 さっきからキスを繰り返しているのを、この人は何だと考えているのか。

 レダンは苦しくて顔を歪める。

「キスをくれ」

「でも」

「いろいろ言いたいことがあるんだ」

「はい」

「さっきの奴の足は3回も踏んだのに、俺の足は1回も踏んでくれなかったなとか」

「はい、頑張りました、私!」

「さっきの奴の手は絶対離さなかったのに、俺の手はすぐ離そうとするんだなとか」

「陛下が握りたいと思っていらっしゃるかは別ですもの…」

「俺の名前はなかなか呼んでくれないし」

「……陛下…」

「俺はあなたに嫌われてるの?」

「そんな、陛下!」

 唇を尖らせた瞬間に、きつく目を閉じたシャルンが口を合わせてくれてほっとした。

「お慕いしています……レダン」

 優しい囁きにもう一度抱き寄せて強く口づける。

「時々、そうやって教えてくれ。不安になる」

「はい…レダン……でも、あの」

 シャルンが潤んだ瞳で見下ろしつつ、ためらいがちに口を開いた。

「ん?」

「あんまり近づきすぎると、体が熱くなって、もっと近づきたいと思ってしまうので、度々は無理です…」

 レダンは轟沈した。

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