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「なぜ…」
「一度破談にして追い返した姫が、カースウェルの王妃になった。皆知りたくなったんじゃないの、あなたの本当の姿をさ」
「本当の、姿…」
「いつまで『出来損ない』の仮面を被ってるつもりなのさ」
シャルンは喉を締められたような気がした。
「レダンをあたふたさせてるだけでも、私はあなたを気に入ってるけど、あなたが欲しくてなりふり構っていないレダンに、ちょっとばかり失礼だよね」
「私は…」
「あなたから、レダンを欲しいって伝えたの?」
そっぽを向いて嘯く相手にむっとする。
「…、っ、つ、伝えましたっ」
いつかの媚薬の一件が蘇ってきて、恥ずかしさで仮面の奥で顔が熱くなる。
「へえどうやって」
「び、媚薬を飲みましたっ」
「…へ?」
相手はぎょっとしたようにシャルンを覗き込んだ。
「誰が」
「わ、私がっ」
「レダンの前で?」
「レダンの前で」
「…ぶ」
「ぶ?」
「……ぶわっはっはっはっはっ!」
いきなり相手は爆笑した。
「わはははははは!」
「あの」
「媚薬! すごいね! わははははっ!」
ひとしきり笑った後、ひいひい言いながら、
「で、どうなったの」
「わかりません…っ」
「わからないって何が」
「私、眠ってしまったみたいで」
「わはははははっ!」
それはすごいな、いや立派って言うのか、いやそりゃあレダンも手が出せないよなあ、可哀想、いや可哀想すぎる、男としちゃほんと落ち込むよね!
げらげら笑い続ける相手に、シャルンは泣きそうになった。
「そうです、そんなことわかってます、だから私きっとレダンに嫌われてて、結婚したのもきっと偽装だなんて考えて、ガストのことまで邪推して」
「何を……邪推……したの…」
息も絶え絶えの相手がなおも確認する。
「陛下はガストをご寵愛になっていると」
「ぎゃははははは!!!!」
相手はベンチから転がり落ちた。
「そりゃひどいよ、シャルン! あんまりだろうさ、わははははは! あーもう死ぬかも知れない、笑い死にってあったっけ、あるよなきっと、わはははは!」
のたうちながら笑う相手に、さすがに腹が立った。
「あのですね! 確かに私はいろいろ愚かですけど、だからレダンに嫌われてても仕方ないですけど、でもそれでも陛下には、陛下にだけは、好いていて欲しくって、そう、ずっと、願って…っ」
声が喉に詰まった。
ぼろぼろ溢れる涙が仮面の内側を濡らし、顎から滴る。
仮面なんて意味がなかった。
ケダモノの仮面を被ったところで、シャルンはやっぱり愛しい相手の気持ち一つ汲み取れないのだ。
「姫樣……姫樣あっ」「奥方様、どちらですか奥方様!」
聞き慣れた声が響き、シャルンがはっと顔を上げると、建物の端を回り込んできたルッカとベルルが、シャルンを見つけて駆け寄ってきた。
「姫様、こんなところに……一体そなたは何者です!」
「奥方様にご無礼、許しませんよ!」
近づく2人に、今の今まで笑い転げていた相手がすっと距離を取る。
「めんどくさいのが来たね」
「どこの王かは知りませんが、カースウェルの王妃ですよ、控えなさい!」
「彼女は今宵の私の妻だよ」
「何を失礼な!」
ベルルが噛みつく。
「奥方様には陛下がおられます!」
「『宵闇祭り』なのだよ、夫と妻が共に居るのは無粋だろう」
「、あなたは…」
ふいにルッカがはっとしたように目を見開いた。
気づいたらしい相手が唇にそっと黒手袋で包まれた指を当てる。
「さあ、ではお二方に今夜のお相手をお願いしようかな」
「何を非礼な」
「…ベルル」
ルッカが声を荒げるベルルに首を振り、黒衣の男が促す方へ顔を向けた。
「参りましょう」
「え、で、でも、奥方様が」
「大丈夫。…奥方様、少しこちらでお休みください。私共はこの方をお送りしたら戻って参ります」
ルッカがおもむろに切り出して、シャルンは呆気にとられた。がしかし、すぐに首を濡らす雫に気づいて、少し落ち着けと言われているのだと理解する。
「…わかりました。少しここで休みます」
「お飲み物などお持ちしますね」
不安そうにベルルがルッカを見やりながら頷き、2人はシャルンを振り返り振り返りつつ去っていった。




