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「おお、これはこれは、見事な」

 支度を済ませ、ベルル、ルッカと共に現れたシャルンに、サグワット王は驚いたように玉座を立った。

 燻し銀の仮面をつけ、黒灰色の柔らかな光沢の厚手の上着を重ね、ゆったりとした帽子には銀と白の羽飾り、肩のマントは黒、太陽を模した金の細工物と宝石で象られた月を散りばめた衣装、さながら天地を統べる、時の王のような姿だ。

 対するシャルンは仮面に合わせ、布の種類を変えて幾重にも花びら型に重ねた真紅のドレス、癖のある金髪は広がるままに端々に宝石と紅の小花を散らせた。羽織った上着には金の縁取り、身動きするとシャラシャラと優しい音が鳴るのは小鳥を絡めた細い金鎖がドレスのあちこちに飾られているからで、歩くたびになびく薄物は、少しだけ見せた肩を霞のように覆って、織り込まれた金糸が煌めいている。

「見違えました、シャルン」

 階段を降りてきたサグワットは静かにシャルンの前に膝を突く。周囲からどよめきが上がったのは、ありえない光景だからだ。

「陛下!」

 シャルンも思わず声を上げた。

 自分との約束を無視したと言って、シャルンを軟禁し顧みなかった男はどこに行ってしまったのか。レダンが居るならまだしも、一度は破談し離れた姫に、これほどの敬意を向けるなど、一国の王としてはあってはならないことだ。

「どうぞお立ちください」

 シャルンは慌てて屈み込んだ。

「そのようなことをされては、民も戸惑います」

「しかし、シャルン」

 サグワットはシャルンを見上げた。仮面に隠されていない唇が微笑む。

「私は、あなたに謝罪したいのです」

「謝罪?」

 破談したことだろうか。

「私は、既に十分報いていただきました」

「そうではなく」

 王は立たない。

「あなたを粗末に扱ったことに関して、私自らが謝罪しておりません」

「陛下…」

 シャルンは困惑した。

「何のことでしょうか」

「…あなたを一人にしました」

「…」

「あなたを拘束し、長い間私の国に留め置きました」

 シャルンは思い出す。

 確かに長い間、ザーシャルに残された。

 それがどのような噂を生んだか、知らなかったわけではない。

「…私は」

 シャルンは微笑んだ。

「選んだのです。あなたの元へ嫁ごうと参ったのは、私です」

「シャルン」

「自分が選んだことがうまく実を結ばなかったからと言って、誰に咎がありましょうか」

 いや違う。

 胸の中の声に戸惑ったが、仮面に覆われた顔に勇気が出た。

 シャルンは少し離れて身を屈めた。

「サグワット王に、お許し頂けるよう、お願い致します」

「何を、でしょうか」

「私の願いは、叶ったのです」

 これほどの人の前で、破談にした姫に膝を突くなどと言う責めを受け入れた相手にふさわしい振る舞いを求められている。

「私は、あなたの元へ嫁ぐことを望んでおりませんでした」

「っ」

 ゆらり、とサグワットの体が揺れた。うろたえたように立ち上がり、体を引く。

 離れた相手にも伝わるように、シャルンは声を強めた。

「非道を責められるのは私です。私は、あなたの温情に甘え、無事国に戻ることができました」

 どれほど非情に聞こえるだろう、このことばは。

 けれどシャルンは今、カースウェルのケダモノなのだ。仮面にふさわしく、真実を吐き出そう。

「あなたは私の民を数多く救って下さいました」

 私一人では成し得ないことを、助け支え満たして下さいました。

 深々と礼を取る。

「御礼を申し上げるのは私であり、賢明で懐深くあられるサグワット王にふさわしいのは、このように頼りなく礼儀知らずな私ではございません」

 ゆっくり顔を上げる。

「シャルン…」

 苦しそうにサグワットは唸った。

「私では、駄目なのだな」

 一歩前に進む、止むに止まれぬ激情に動かされたように。

「私は」

 ああ、きっと最後まで吐き出さなければならないのだ、一番認めたくない真実まで。

 不安に揺らぎながら、シャルンは口を開いた。

「カースウェル王妃としても…」

 レダンに望まれてはおりません。

 続けかけた矢先、ガシャンと激しい音が響いた。

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