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10年ほど前、ザーシャルとカースウェルを行き来し、片方の国から金品を盗んではもう片方の国で売る性質の悪い一団が居た。
国境付近の村や町を中心に襲うから、ザーシャル王は見て見ぬ振りをしていた。そのうち、じりじりと盗賊団が襲う範囲は広がり、近隣の女子どもを攫って自分達のために働かせ、勢いに引き寄せられた無法者を吸い込んで大きくなっていく。
カースウェルが正面切って討伐軍を作れば、ダフラムを刺激し、無用な争いを生むかも知れない。アグレンシア治世はまだ日も浅く、国も安定し切っていない。
困り果てた女王は一人息子の申し出に渋々同意した、有能な配下を一人つけて。
「あの遣り口の非道さには本当に頭が下がりました」
ガストが大きく頷く。
「私などはとても思い及びません」
「何を言ってる」
剣を持った屈強な大人20人を相手に、捕まっている女子ども13人を助けて、盗賊団を壊滅するんだぞ?
レダンは呆れ返りながら、屋台に近づき、仮面を品定めし始める。
「か細い子ども2人に何ができる」
後から追いかけてきたガストも隣に並びながら、
「宿屋2軒に分散してるからって、食事に痺れ薬を混ぜるとか、倒れて動けない盗賊の足首を次々斬っておくとか、女子どもにぼろぼろの姿のままカースウェルに逃げ込ませて、配下を繰り出すきっかけにさせるとか、もうほんと非道ですよね、私の容赦なさなどお遊び以下ですよね」
「ああ、それ、カースウェルのケダモノの話だろ」
屋台の店主がいきなり割り込んできて、レダンはぎょっとした。
「ほんと、ひでえよなあ、仲間の顔して入り込んで、一服盛って、有り金残らず攫って逃げたってやつだろ? 盗賊団『バルゼボ』もあっと言う間に皆んな捕まっちまって。けどそんなことしなくても並の大人の数倍はある体格だったって言うんだから、正々堂々勝負でも良かったんじゃねえかって話もあるよなあ」
「あん?」
レダンは眉を寄せる。
「ああ、あたしも聞いた聞いた」
隣で仮面を眺めていた女が身振り手振りを交えながら話す。
「こぉんな大きな腕とこぉんなでっかい刀を振り回して、宿の主人ごとぶった切ったってやつだよね? さすがの『バルゼボ』もたまらないよね。けど、宿の連中まで皆殺しにしなくって良いのにさあ」
「ああん?」
レダンはますます眉を寄せる。傍でガストが俯き、ひくひくと肩を波打たせている。
「いやほら、あれは人間じゃなかったって話だろ、赤茶色の羽が何枚も生えててさ、金色の角を生やしててさ、盗賊団が眠ってるのを目が醒めるまもなく喰い殺したって聞くぜ」
「あああん?」
3人目の男が楽しげに話すのに、レダンはどんよりした。
一体どんな化け物だ、それ。
第一、宿の者は誰1人傷つけていない。足首も斬り飛ばしたのではなく、歩けなくしただけだ。確かに辺り一面壮絶なことにはなったが、略奪放火されるよりはマシだっただろう。
ガストはこらえきれなくなったのだろう、早々に面を一つ買い求めて、他の屋台を見てきます、と側を離れようとする。
「ああ、そうだ」
3人目の男が思い出したように指を立てた。
「もう一人いたんだろう、捕まえようとすると霧みたいに姿を消して、背後からすうっと襲ってくるやつ。実体がなくて、けれど底無し沼みたいな目してて、いつの間にか背中から噛み付いてくるって。結構卑怯な遣り口だよなあ」
ぐうっ。
背中を向けていたガストが唸った声がした。
今度はレダンが笑いを堪える。
「ああ、ああ、そう言えば、そういう話を聞いたよなあ! ほんと卑怯な遣り口だよなあ!」
晴れ晴れしながら返したが、
「それがさ、『バルゼボ』には何でも生き残りが居て、今でも密かに仕返しの機会を狙っていると言う噂もあるぜ」
1人目の男が訳知り顔に続けるのに、レダンは微笑みながら目を細めた。
「へえ…」
やはりそう言う動きがあったのか。
ザーシャルがそれを知りつつ、レダンを招待したとしたら、なかなかの『非道な』遣り口だ。かと言って、もう今更断ることもできないだろう。
それにシャルンに祭りの楽しみも味合わせてやりたい。
ガストも背後で控えつつ、耳をそばだてているようだが、男はそれ以上の噂を聞いていなかったらしく、
「そうだ兄ちゃん、カースウェルのケダモノの仮面もあるぜ、どうだい?」
3人目の男は隣の屋台の店主だったらしい。小鬼を模した仮面でにこやかに笑いながら誘う。
「…じゃあ、そいつをもらおうか」
レダンは一瞬迷って、仮面を指差した。