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雲が速く流れていく。上空は風が強いのだろう。
吹き乱された髪が視界を遮る。
「俺はシャルンに何かしてやりたい。その上で」
俺はシャルンに選ばれたい。
レダンは苦しい息を吐く。
「俺は何でも手に入る。王だからな。カースウェルに嫁ぐしかなかったから俺を愛してくれるんじゃなくて、他のどんな国の王と比較しても、誰よりも俺を望んでいると言われたい」
媚薬なんか使わずに。
「…それで、カースウェル国内を放って諸国行脚ですか」
ガストが溜め息混じりに応じた。
「あんたも大概めんどくさい人ですよねえ」
「ほっとけ」
そのめんどくさい男に付き従うんだぞ、これからも延々と。
「あんたにはわからんでしょうが」
振り向いたレダンにガストは肩をひょいと竦める。
「『それだけで』幸運だったと思う男だっているんです」
冗談かと思ったが、ガストの目は笑っていなかった。
「あんたが即位する前は、まあ色々ありましたよ、カースウェルでも」
賑わう屋台をゆっくり見回すガストの顔が、やや幼い表情になる。
「孤児は路上で死にかけてるし、老人は部屋に押し込められて身動きしなくなってくし、じゃあ働ける若い者に明日があるかって言われると、死ぬのが早いか遅いかってだけの話だったり」
ガストは目を細める。
「もう少し早くあんたが即位してくれてりゃって、何度思ったか」
ガストの両親の話だとわかった。
レダンは黙って続きを待つ。
「誇りをお持ちなさい、レダン。あなたが即位し、カースウェルは確かに良くなったんです。奥方が楽しいと喜ばれるほどの国になったんだ」
それはあなたの功績だ。
「奥方一人に惚れ込むあなたも楽しいですが、それで自分を卑下するのはおやめなさい」
それはあなたの治世で潤っている私達の傷みになる。
「もし、シャルン妃があなたを苦しめるしかない女性なら、私は容赦なく斬らせて頂きます」
「ぷ」
レダンは吹き出した。
「…何ですか」
「いや、容赦なくって、その前にまず俺を諌めるだろう、マヌケだとか甲斐性なしだとか人でなしだとか」
お前がシャルンを離宮に住まわせることに抵抗したのを、俺は覚えてるぞ。
レダンはくすくす笑いながら、薄赤くなったガストという世にも珍しいものを堪能する。
「あれは…あんたがあまりにも無粋なことを言い出すからでしょうが。ろくに手入れもしてないところに不安がってる妃を放り込むとか、いくら人目構わずいちゃつきたいからって、やっていいことと悪いことがあるでしょう」
「だからお前が手入れして、小物も揃えてくれたんだよな、ああ、ほんと感謝してるぞ」
けれど肖像画は外さなかったんだよな。
「あれで俺は危うくシャルンに振られかけた」
「あれは外せないでしょう、離宮は今でもあの方のものなんだし」
「ほんとに戻ってこないつもりだよなあ」
「はい、戻られないでしょうね」
何となく2人顔を合わせて溜め息をつく。
「さすが俺の母親だよな」
「カースウェルのケダモノの母ですからね」
満面の笑みになったガストにレダンは舌打ちした。
「そろそろ仮面を買いますか」
構わずガストは店を示す。
「あんまりこうしていると、噂の少年を思い出す者も居るかもしれませんよ」
「だよな」




