5
「…シャルン」
「陛下……申し訳ありません」
シャルンが顔を赤らめ、俯いて謝る。
「私、考えが足りませんでした」
「…本当にそうだ」
その崩れ落ちそうな体が欲しくて、震える唇を吸い取りたくて、レダンはむっつりしたままベッドに進む。今ならどんなことでもしてしまえそうで怖くなる。もう少し自分が不用心だったなら、シャルンはバックルに押し倒されていたかと思うと、一層悔しくて、
「あなたはいつも無防備すぎる、本当に俺の妻だという自覚があるのか心配になる」
「私は…」
「ギースの時だってそうだ、あんな奴にドレスを手繰られて」
「……」
「しかも、俺の目の前で」
「………」
「それに小瓶のことだって…一体誰に使うつもりだったのか知らないが」
買い求めてまで睦みあいたかったのなら、どうして俺にまず使ってくれないのか。
さすがにそうは詰れなくて苛立ちながら振り返ると、両拳を握りしめたシャルンがまっすぐこちらを見ていてどきりとした。
風に乱された金の髪、泣きそうでそれでも泣かない、赤く染まった頬と鼻、そうして燃えるように煌めく薄水色の二つの瞳。
「っ、シャル…」
止める間もなかった。
いつの間に手にしていたのだろう、いきなりシャルンが小瓶の蓋を開け、一気に目の前で一瓶飲み干す。
「待てっ、一体何をっ」
自分の声が悲鳴になっているのを感じた。駆け寄り、へたへたと座り込んでしまった相手を急いで抱き上げる。
「シャルン、シャルン!」
「…陛下です」
くたりとして熱を上げ始めた体を預けられ、耳元で囁かれてぞくりとした。
「私が、薬を使いたかったのは、陛下です」
ふやふやと蕩けるような口調でシャルンがしがみついて訴えてくる。甘い匂いが立ち上り、押し付けられてくる柔らかな体が波打っている。
「陛下以外に誰がいるんですか」
「お、おい」
「陛下に使いたかったに決まってるじゃありませんかあ」
「しゃ、る、」
重さではなく眩んだ視界によろめいて背後のベッドに座り込むと、そのまま押し付けられ、のしかかられて覗き込まれた。
「なのに、どーしてそんなことゆーの?」
「う…」
「へーかいがいにだれにつかうってゆーんですかあ…」
零れる涙に頬も唇も濡れている。滴る雫が唇に落ちてきて、まずいところがなおまずくなった。
「へーかのばかあ…」
「わ…」
崩れてくる体は熱に熟れている。普段より数倍柔らかくて数倍甘くて数倍熱い。染まった肌が潤んで蕩け落ちそうだ。
無理だろ、これは。
「んー…」
「っん」
無邪気に押し付けられた唇に抵抗ができなくて、思わず貪って吸い付いた。
「シャル…っ」
荒れた呼吸を注ぎ込み、引き寄せて抱き締めて、体を入れ替えベッドに押し付ける。抵抗もなく広がる体は弱々しくて、それでもレダンの下で僅かに揺れて、涙目で見やられて誘われた。伸ばされた細い腕、呼ばれるままに体を沈め、仰け反った首筋に噛みついて。
「い、たぁい…」
「っっ!」
小さく上がった悲鳴に我に返った。
視界が一気に晴れて、ドレスを引き剥がしながらベッドに押し込んでいる自分と、喉首に薄赤く血を滲ませたシャルン、冷え冷えとした空気に全身の血が引く。
「ち、ぃっ」
舌打ちをして顔を背け、抱きついて来るシャルンを抱えたまま、とりあえず頭だけベッドに突っ込んだ。
「は…っ、は…っ」
喘ぐ自分が苛だたしい。顔を顰めながら考える。
何を仕掛けた、何を考えてる、少なくともシャルンは初めてなのに、こんな無茶苦茶な抱き方をして、最初で最後になったらどうする気だった。
ケダモノになりたいとは願ったが、意識も何も飛ばしているような相手を蹂躙したいわけじゃない。
「へーか…」
シャルンはほやんとした声で囁きながら懐いてくる。困った状態になっているのにもお構いなしで擦り寄ってくる。必死に体を離すと、ひどく悲しげに、
「さむいですぅ…」
詰られた。
「ああああもう」
レダンは呻く。
「わかったわかった俺が悪かったすまない許せもうわかったから」
媚薬は飲んでいないはずなのに、身体中が熱くて苦しくて辛い。腕の中のシャルンが甘くて可愛くて愛おしくて、全部食べたいのに食べられなくて、気が遠くなる。
「レダンん」
「シャールーン」
ちゅう、と幼いキスをしてくる相手の頭を抱えて、とにかく必死に言い聞かせた。
「今夜は眠ろういつかまた今度好きなだけ抱いてやるから今夜はもう」
「ずるうぃ…くるしいのにぃ…たすけてくださらないのですかぁ……」
呂律の回らない口調で訴えてくるシャルンは涙を堪えつつ続ける。
「わたくし……へーかを…おしたいしておりますぅ……」
「わかったわかったもう十分にわかったから!」
レダンは祈った。
早く効いてくれ媚薬。一番最強の薬であってくれ。とりあえず、シャルンをさっさと眠らせちまってくれ。
これほど必死な祈りを捧げたことは生涯にない。
同時に呪った、これほど真っ直ぐな愛情を疑っていじけた自分の狭量さを。
今夜一晩修羅場を見るのは間違いがない、だがそれもこれも。
「死んでしまえ、過去の俺えええ!」
虚しい吠え声が虚空に響く。
ラルハイド王国の新しい砦には、夜中に吠える魔物が棲む。
後々生まれた伝説の真実は、誰も知らない。