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十分用心していたので、夕食後、部屋でくつろいでいる時に、ガストが突然やってきたと呼び出されてもレダンは動じなかった。
「何か急用かもしれないな。少し離れる」
「はい、陛下」
部屋にシャルン一人を残し、後も振り返らず部屋を出る。
ただし、あるところまで進むと、物陰に身を隠し、待つことしばし、バックルが周囲を伺いながら部屋に近寄るのを見定めた。
寸前、止めなかったのは、我ながら情けないが、シャルンを試したかったからだ。
シャルンはどう、応じるのか。
「…ラルハイド王…」
訝しげなシャルンの声が響く。
「陛下は今ここにはおられません。ガストが参りまして 」
「ああ、知っている。久しいね」
横柄な物言いに、いつでも飛び込めるようにレダンは部屋のすぐ外に身を潜めた。
「お久しゅうございます」
衣擦れの音を響かせてシャルンが改めて頭を下げる気配がした。
「立派な砦を作られました」
「あなたに止められて良かったと思っている」
バックルが口調を改めた。
「実は、あなたが去った後、一度前の場所で試みた」
「……」
「何、簡便なものだ。僕は大丈夫だと思っていた」
親しげな声にレダンは眉を寄せる。
「けれど、川が溢れた」
「まあ」
「大丈夫、誰も傷つかなかった……注意はしていた」
「それはよろしゅうございました」
「だが、あのまま築城していたら、多くの兵を失っただろう」
「…はい」
「…礼は、伝えたかった」
「では、そのためのお招きでしたか」
「いや…」
バックルが口ごもる。
「僕は…」
「はい」
「…あなたに、見せたかった」
幼くなった口調が何を示すのか、レダンにはよく分かる。甘えているのだ、バックルが、シャルンに。甘えて、何かを願い出ようとしている。
「城と、あの美しい夕陽を」
「…十分堪能いたしました」
「そして、あなたにもう一度考えて欲しかった、この城の主となることを」
少しの沈黙の後、シャルンが尋ねた。
「ガストの来訪は偽りですか」
「……ああ」
「……陛下、一つお聞きしたいと思います」
「何を?」
「なぜ、私を望まれますか?」
それを聞いてどうするんだ、シャルン。
レダンは脳裏にちらつく小瓶を首を振って追いやる。
まさか、こいつと?
「僕は…ハイオルトと共に歩みたい」
「…もし、ハイオルトにミディルン鉱石がなくとも?」
静かなシャルンの切り返しに、レダンもバックルと同じく息を呑んだ。
「…ミディルン鉱石は国を支えますが、人の心を歪めもします」
小さな囁くような声が掠れながら訴えた。
「陛下は……『私』を望んで下さいました、ですから私は陛下のお側に参りました」
ごつん。
「!」
聞いていられなくなって、レダンは扉を殴った。驚いて振り返るバックルと、瞳にいっぱい涙をたたえ、それでも泣くまいと堪える顔のシャルンを見やり、
「ここは、我らの寝室だと思ったが?」
咎めつつ、入っていく。
「我が妻に何用か、ラルハイド王」
顔を引きつらせたバックルが一瞬目を尖らせてレダンを睨む。が、すぐに表情を消すと、
「…何も…奥方への非礼、許されよ」
軽く一礼してレダンと入れ替わる。
「…二度はないぞ」
「承知している」
すれ違いざまに交わしたことばを最後に、バックルは扉を閉めて去っていった。