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「どう致しましょう」

「……そんな…」

 ルッカに話を聞かされて、シャルンは青ざめる。


 朝の食事の席で、考え込んだ様子のレダンが気になった。

 何かお悩み事でしょうか、と尋ねたら、沈黙したままじっとこちらを見つめられ、ゆっくりと視線を上げ下げされ、深く深く溜め息をついてからにっこりされて、続いたことばにシャルンは目を見開いた。

 曰く、旅行が続くかもしれないのです。数々の国から誘いが来ています。

 寂しいと思ったのは正直な気持ちだ。

 結婚式から1ヶ月、ようやく二人で過ごす夜にも慣れて来た。同じベッドに横になり、そろそろと差し伸べられた腕にそっと潜り込むと、慣れない生活の疲れかすぐに眠ってしまうけれど、レダンは責めも怒りもしない。

 今朝も目編めた時にはレダンが静かにシャルンを覗き込んでいて、額に軽くキスをしてくれ、起きましょうか、と誘われて。

 優しくて甘い夜が続いていて、ひょっとしたら通常とは違うのかしらと思いもするのだけれど。

 お帰りをお待ちしております。

 なんとか微笑み返して応じたら、あなたも行くんですよと笑み返されて嬉しかった。

 レダンと一緒に見知らぬ国へ出かけて行く。

 谷の夜のように、城ではない場所で二人寄り添えば、もっと甘い瞬間がやってくるのかもしれない。

 はしたないけれど、それは胸がときめいて。

 どちらへ出かけるのかしら。

 今まで聞いたことがある国かしら。

 わくわくと弾む気持ちでルッカに話してみると、色々と聞いて参ります、と請け負ってくれて、確かにすぐに情報を持ち帰ってくれたのだけど。

「ステルン王国です」

「えっ」

 第一声から驚いた。なのに、

「ラルハイド王国にも」

「ええっ」

「ザーシャルにも、ダスカスにも」

「ええええっ」

 シャルンの声は裏返ってひび割れた。

 そして会話は振り出しに戻る。


「どう致しましょう」

「……そんな…」

 レダンはまだ詳細を伝えてくれていない。だから、それ以上知っているわけにはいかない。

「どうして、ステルンに…」

「舞踏会が催されるそうです」

「舞踏会…」

「なんて意地の悪い男でしょう!」

 ルッカはすでに苛立っている。

「カースウェルに嫁がれて、まだ日も浅いのに公式訪問を求めるなんて!」

「公式訪問…」

 そうか、そうなのだ、とシャルンは唇を引き締めた。

 もう以前のように求婚に応じる若い娘ではない。

 カースウェルの王妃、レダン王の妻として、恥ずかしくない振る舞いができるかどうか、ギースだけでなく、ステルンやカースウェルの国民もまた見定めることだろう。

 レダンにたくさんドレスを買ってもらっておいてよかった。

 吐息をついたシャルンに、ルッカがまたもや不愉快そうに告げる。

「本当に何を考えていることやら、6つも申し込みがあるなんて! ラルハイドは軍事パレードに招待したようですよ」

「軍事パレード?」

 シャルンは困惑した。

「陛下だけではなく私も招待されているのよね?」

「ええ、その通りです。何を考えているんでしょうね」

 訝しげなルッカ同様、シャルンも考え込む。

「何を見せようとされているのかしら」

「わかったもんじゃありませんよ、軍事パレードなんて名目かも知れませんし」

 そんな危うげな催しに、レダンがシャルンを伴うとは考えにくいが、ルッカが聞いて来たのなら確かだろう。

「…ザーシャルは何なの?」

「『宵闇祭り』を覚えておいでですか」

「え、ええ…?」

 ルッカが古い祭りの話を出して戸惑った。

 確かにザーシャルは昔そのような祭りをしていたが、とうに廃れたと聞いたことがある。

「それを復活させるそうですよ」

 不気味なものじゃありませんか。

 ルッカは不快感を隠そうとしない。

「そんな夜にかかる祭りなんかに姫様をお呼びするなんて!」

 確かにハイオルトでは薄闇から明け方は人の世界ではないとされている。けれど、カースウェルはそうではないと言うし、別の国ではその時こそが人の世界だと云う国もあるのかも知れない。

「どんなお祭りなのかしら…」

 祭りに参加したこともなければ、見たこともない。

 レダンと一緒に加わるのは、ひょっとしたら楽しいことではないかしら。

「ダスカスと来たら、まあ姫様、驚くじゃありませんか、あの遺跡の中に温泉が見つかったそうでございますよ!」

「温泉?」

 シャルンは頭の中から必死に知識を探した。

 確か温かくて体にいい湯が自然に溢れていると言う不思議な場所だ。

「見たことがないわ……ダスカスにあったとも聞かなかったけれど」

「何の気まぐれか、見つけたんでございますよ。それを見せびらかしに呼ぶんですよ!」

「見せびらかし…」

 温泉に……例えば、入っても、いいのだろうか。

 気持ちいいかもしれない…?

「どんな…ものなの…かしら」

「それにアルシア!」

「え?」

 さっきまで上がって来なかった名前にシャルンは瞬いた。

「アルシア王国?」

「はい、それがまた、呆れ果てて物も言えません。武闘会に来いとのことだそうです!」

「舞踏会? では別のドレスも必要なのね?」

「そうじゃありません、姫様。剣術の大会です。何でもアルシア王国女王ミラルシア様の妹君は剣の腕が優れているとのことで、レダン王に武闘会を誘い、姫様に見物願おうと言って来てるそうです」

「まあ」

 レダンが剣で戦うところが見られるの?

 シャルンはどきどきと走り出した胸を指で軽く押さえ、はっとした。

「待って、それはもしかすると、陛下がお怪我をされたりすると言うこと?」

「もしかしなくても、そうですよ。カースウェルは戦場になったことがありませんからね、さて陛下はどれほど剣がお得意でいらっしゃるか……おっと、申し訳ございません!」

 口が滑ったと言う顔のルッカに、大丈夫、と微笑み返して、シャルンは気づく。

「6つも、と言うことは、まだ1つあるのね。どちらに行かなくてはならないのかしら」

「それが…姫様」

 ルッカが急に言いづらそうに口を噤む。

「聞いた時には、耳を疑いました」

「どこなの?」

「ダフラムです」

「ダフラム……」

 シャルンの顔から音を立てて血の気が引いて行く。

「あのダフラムよね?」

「ええ、ええ、世界の侵略者、ダフラムですよ」

「…陛下はご訪問を決めておられるのね?」

「渋ってはおられたようですが」

「……行かざるを得ない、事情がある、と言うことね…」

「博覧会、だそうでございます」

「博覧会………どんな会なのかしら」

「たくさんの珍しいお品が並べられるそうでございます」

「珍しい品物の…展覧会、のようなものね…」

 シャルンは唇を噛む。

 舞踏会に軍事パレード、夜の古い祭りに遺跡の温泉、武闘会に博覧会。

 全てにレダンは出向き、シャルンは付き従うのだろう。

 そしておそらく、それぞれの催しにはそれぞれ違う立ち居振る舞いが求められ、知識と教養が試され、品格が品定めされる、カースウェルの王妃として。

 小さく震えている指先に気づいて、ルッカがそっと手を握りしめてくれた。

「姫様」

「大丈夫、私は大丈夫、でも」

 たとえシャルンは評価されなくてもいい、レダンが恥ずかしい思いをするようなことはしたくない。

「一つ一つ、始めましょう」

 シャルンは立ち上がった。

「まずは舞踏会……ルッカ」

「はい」

「ガストに相談して、私が礼儀作法に詳しい先生とダンスの先生を欲しがっていると伝えてくれる?」

「承知しました、姫様」

 急ぎ足に出て行くルッカを見送って、シャルンは寝室に戻り、備え付けられた鏡の前に立った。

 ふわふわとした金髪は今薄紅のリボンを編み込まれて結い上げられ、花を象った美しい髪飾りが差し込まれている。ドレスは淡い水色で瞳に合わせた色合いだ。引きずるほどに長い裳裾には数指ごとに小さなレースの花が縫い付けられている。

 不安そうにこちらを見返す顔に、シャルンは両手をそっと上げ、顔を包んで言い聞かせた。

「頑張って、シャルン。もらってくださった恩義に報いる時よ」

 

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