マヤ神聖文字殺人事件 その七
十月十九日(金曜日)、チラム・バラムの書に行きつく
光一はホテルの部屋のベッドに寝そべって、これまでの殺人現場に残された特徴を整理しながら、考えていた。
差異と共通点を纏めると以下のようになる。
第一の殺人事件。
大森真が殺害された事件で現場に残された特徴は、
テーブルの上に、なぜか、パンと水が入ったコップが置いてあったこ
と
被害者はそのテーブルの上に突っ伏して死亡していたこと
死因はクラーレという毒物による呼吸困難・窒息死であること
第二の殺人事件。
井上雅宏が殺害された事件で現場に残された特徴は、
部屋の中がなぜか徹底的に荒らされていたこと
財布、貴重品等はそのままで、紛失していたものは無さそうであったこと
部屋の窓際にあった観葉植物がテーブルに置かれ、葉はことごとく、むしり取られ、テーブルの上に散乱していたこと
死体の目は犯人によって閉じられていたこと
死因はクラーレという毒物による呼吸困難・窒息死であること
大森真と井上雅宏はかつて日墨交換留学生として、メキシコのメリダ市のユカタン大学に留学していた。
何かを暗示させる現場の情景では無かったか。
どこかで、見たような光景では無かったか。
或いは、本で読んだ光景では無かったか。
ふと、柳光一は二ヶ月ほど前に読んだマヤの年代記の文章の一節を思い出した。
そして、愕然とした。
これらの事件現場で確認されたことが記載されていたのだ。
その年代記は『チラム・バラムの書』と云うユカタン州のインディオの年代記で、ジャガー(豹。マヤ語でバラム)の預言者の書とも言われている。
その中の一節は以下のように和訳されている。
食べよ、食べよ、汝にはパンもある
飲め、飲め、汝には水もある
あの日、塵が大地を支配した
あの日、地面は輝いていた
あの日、雲がたちこめた
あの日、山が高く聳えた
あの日、強い男がその土地を奪った
あの日、全てが廃墟と化した
あの日、柔らかい葉は打ち砕かれた
あの日、死人の目は閉じられた
あの日、三つのしるしが木にあった
あの日、老いも若きもそこで吊るされた
あの日、戦いの旗が高く掲げられた
そして、彼らは森の奥へと散り散りに入っていった
「パン」、「水」、「全てが廃墟と化した」、「柔らかい葉は打ち砕かれた」、「死人の目は閉じられた」。
殺人現場の特徴と、チラム・バラムの書のこのような一致はなぜだろう?
ということは、第三の殺人が起こった場合、「三つのしるしが木にあった」、「老いも若きもそこで吊るされた」、「戦いの旗が高く掲げられた」、「森の奥へと散り散りに入っていった」という特徴が現場に残されるということであろうか。
光一は急いで、国際電話を掛けた。
暫くして、三枝の柔らかい声が聞こえてきた。
「あら、柳さんなの。国際電話ということで驚いたなあ」
「すみません、朝早く起こしてしまって。実は、三枝さんと一緒に居られたメリダグループのメンバーの名前を知りたいんです。いや、企業研修生の方の名前は結構です。学生留学生の方の名前を知りたいんです。確か、五人居られたと聞いていますが。マツノさん。どういう字を書くのですか? ああ、松の木の松、と、野原の野ですか。下の名前は、ユキタカ。幸福の幸に、隆盛の隆ですか。分かりました。三枝さん、松野さん、大森さん、井上さん、あとは、・・・、藤原さんですか。すみません、藤原さんの下の名前は? ・・・、文彦さん。分かりました。どうも、ありがとうございます。え、こちらの天気ですか? 毎日、素晴らしい青空が広がっていますよ。ええ、やはりかなり暑いです。時に、三番目の手紙は着きましたか? 着いていない。分かりました。じゃあ、失礼します」
第三の手紙はまだ着いていないと云う。
少し安心した。
第三の手紙が着いていれば、これまでの事件の推移から判断して、藤原文彦さんが被害者になる恐れは大いにある。
藤原さんを犯人の魔の手から救わねばならない。
しかし、このまま、連続殺人は二件で終わることも考えられる。
第三の手紙が届かなければ、藤原さんに対する監視は無用となる。
正樹にはまだ言わないほうが良いかも知れない。
光一は暫く考えた後、正樹に電話をかけた。
「正樹、かい。お父さんだ。いろいろとこちらで調べた結果、いろんなことが判ったよ。それでも、まだ緊急を要する事態には至っていないと思う。明日一日はのんびりとして、日曜の便で帰るつもりだよ。時差があるから、日本に着くのは月曜日の夜になる。なに? 麻耶さん?
心配しないで。彼女は元気だよ。今まで、調査にあたっては彼女にエスコートして貰ったから、明日は僕のほうで彼女をエスコートして、マヤの遺跡を見物してくるよ。ついでに、正樹、君のことを彼女に売り込んでおくよ。なに、余計なことだって。馬鹿言ってんじゃない。子供のために、余計なことをするのが親の役目だよ。じゃあ」
正樹は少し怒っていたようであったが、気にしちゃいられない。
麻耶さんには何が何でも、僕の娘になって貰いたいもんだ。
あんないい娘はそうざらには居ないもの。
とは言っても、決めるのは麻耶さんと正樹だけれど。
十月二十日(土曜日)、マヤ遺跡観光と今回の事件に対する推理を麻耶に語る
光一と麻耶は朝食を簡単に済ませ、チチェンイッツァ遺跡観光に出かけた。
この遺跡の他、有名な遺跡としてはもう一つ、メリダ近郊にはウシュマルというマヤ古典期を代表する壮麗な遺跡もある。
しかし、麻耶の希望でチチェンイッツァ遺跡の見物を行なうこととした。
チチェンイッツァ観光のバス・ターミナルはホテルとは逆の方向、セントロ(街の中心部)の南西にあった。
ホテルからタクシーを走らせ、CAMEと呼ばれる一等バスが発着するターミナルに行った。
二時間ほどの快適なバスの旅であった。
「麻耶さんは、カリブ海のコスメル島に行ったことがありますか?」
「ええ、カンクーン、イスラ・ムヘーレス、そして、コスメルと五年ほど前に父方の祖父母と一緒に一週間ばかり行ってきました」
「ああ、そうでしたか。僕は三十年前にイスラ・ムヘーレスとコスメルを訪れました。その当時は、カンクーンは影も形もありませんでした。今でこそ、国際的観光リゾート地となっていますが、三十年前は小さな漁村に過ぎず、寂しいところでしたよ。その当時は、何と言っても、アカプルコがメキシコを代表するリゾート地でしたね。で、コスメルですけど、僕はホンダの五十CCバイクに乗って、島内を何周もしたんです。島内の中央に一直線の長い道があって、道の両側には大きな岩がごろごろとしていて。何と、その岩には、縄張りがあるのでしょうか、大きなイグアナが一匹ずつ、のそっと乗っかっているんです。百メートル以上、両側のイグアナの行列に見送られながら、バイクを突っ走るって、異様な快感でしたねえ」
「さぞ、気持ちも悪かったのでは? そうそう、コスメルは古代マヤでは女の巡礼で有名なところでしたよねえ」
「そうです。マヤの女神、イシュ・チェルの神殿とか像がたくさんあったという話です。イシュ・チェルは太陽神の妻で、月の女神でもあるとか、女たちにとっては大事な出産の守護神でもあったようで、マヤの女たちにとって、一生に一度は巡礼することが決まりだったとか、いろいろ言われていますね」
「おじさまの博識はすごい!」
麻耶は本当に感心したような口調で光一に言った。
「いや、正直に白状しますと、つい一か月前にマヤ文明に関する書物を読んだばかりなんです」
麻耶と光一は顔を見合わせて笑った。
バスはチチェンイッツァ遺跡に到着し、乗客を降ろした。
光一と麻耶はカスティージョ(城塞)と呼ばれる階段状の巨大ピラミッド、カラコル(かたつむり)と呼ばれる古代の天文台、戦士の宮殿、尼僧院といった代表的な石造建築群を一通り観た後、少し歩いて、セノーテと呼ばれる、両側が切り立った崖となっている大きな泉も観に行った。
麻耶は崖に立って、恐々(こわごわ)と下を覗きこんだ。
泉は緑色に濁り、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「ここから、神への貢物、果ては、生贄の人間を突き落したそうです」
「ええ、聞いたことがあります。百年ほど前に、水底を調査したところ、人骨とか金細工、翡翠といったものが発見されたという話もあります」
その日は雲一つない大空がどこまでも広がり、暑かった。
少し歩き疲れたので、二人は敷地内に散在しているホテルの一つに入り、レストランで昼食がてら休憩することとした。
「さあ、麻耶さん、メキシコでは正餐の食事です。がっちりと食べましょう」
光一は昔馴染んだビール、ボエミアという名前のビールも注文して飲んだ。
ボエミアはコロナビールより、コクがあって、やはり美味いと光一は思った。
そして、キリリと冷えたビールは汗をかいた体の五臓六腑に沁み込むようで美味しかった。
ニンニクのコンソメスープから始まり、前菜のシーザース・サラダ、メインディッシュとして牛肉のフィレ・ステーキ、デザートには季節のフルーツといったフルコースを食べた。
パンとトルティージャ(タコスの皮)も付いており、光一はフィレ・ステーキを細かく切って、サルサ・メヒカーナ(メキシカン・ソース)をたっぷりとかけ、チレ・アバネーロ(ハバネラ・チリソース)を慎重に垂らした上で、トルティージャに巻いて食べた。
「昔、グアナフアトの仲間がカリブ海周辺を、コスメルとかイスラ・ムヘーレスあたりでしょうけれど、旅行して来て、グアナフアトに帰ってきたと思ったら、急に高熱を発し、一週間ほど寝込んだことがありました。どうも、綺麗な海に夢中になって、毎日泳いでいたらしいんです。よく、耳のケアもしていなかったんでしょう。中耳炎から内耳炎になりかけて大変でした。その時、口の悪い仲間は、あいつはきっと耳でこのチレを食べたんだろうなんてことを冗談で言ってましたねえ」
食事の後、腹ごなしと称して、カスティージョに再び登り、ピラミッドの頂上から周囲を見渡した。
周囲は緑の密林の他は何もなく、青い空の行きつく先は緑の地平線であった。
「麻耶さん。ご覧なさい。緑の地平線の他は何も無いです。全て、緑の密林に覆われ、人の日々の細々とした営みも隠されています。僕は、こうして眺めていると、恐怖すら感じますよ。よく、緑の色は安らぎ、安息感を与えると言いますが、あれは嘘でしょう。ちっとも、安らぎなんて与えてはくれませんよ。昔、何かの本で、部屋全面が緑で覆いつくされた部屋に監禁された人は確実に発狂してしまうという話を読んだことがあります。緑は狂気の色かも知れませんよ」
チチェンイッツァからバスに乗ってメリダに帰り、ぶらぶらと歩いてセントロに行った。
カテドラル(カトリック寺院)周辺のレストランで軽く夕食を済ませ、近くのカフェテリアでコーヒーを飲みながら、光一は今回の事件に対する推理を語った。
「麻耶さん。今回のメリダ及びカンペチェでの調査でいろいろなことが判りました。特に、松野さんのことが気になりました。松野さんとマリアさんとの間にできた息子さん、アレハンドロという医学生が今日本に居るという事実もあり、これも気になるところです。日墨交流協会に着いた二通の手紙、マヤ数字と思われる図形が書かれた紙片、『死』を表わすマヤの絵文字、二人の被害者が過去にメリダの留学生であったという事実、チラム・バラムの書の中の記載に似せて、現場に残された無言のメッセージの数々、つまり、パンと水、廃墟のように荒らされた室内と、葉をむしり取られた植木鉢、井上さんの閉ざされた目。マヤ文明に興味があり、理解する人のみを対象とした死のメッセージ。僕はこの殺人事件に狂気に彩られた復讐劇を感じます。劇ですよ。復讐の舞台劇です。復讐すべき理由は何なのか、復讐されるべき人は誰なのか、復讐している人、つまり犯人は誰なのか? まだ、想像の域を出ていませんが、これから話すシナリオが真実であるならば、極めて分かりやすくなってきます。麻耶さん、これから話すことはまだ誰にも話さないでください。仮定と想像があまりにも多い内容ですから。愚者の戯言かも知れませんので」
光一はふと天井を見上げた。
南国にはありふれた天井扇が少し軋みながら回転していた。
光一は少し寒気を感じた。
マヤの自殺の女神で、首吊りの姿で描かれる『イシュタブ』が天井から冷ややかな視線で、光一たちを見下ろしているような気がしたのだ。
「犯人はアレハンドロだと思います。松野さんは何か、大森さん、井上さんに恨みを含んで自殺したのでしょう。そのことをアレハンドロは松野さんの遺書か、母のマリアから知らされたのでしょう。復讐をして父の恨みを晴らさなければならないと思いながら、アレハンドロは大きくなり、日墨交換留学生となって、日本に来た。そして、二十八年振りの復讐劇が始まった。アレハンドロの狂気はこの復讐を一つの劇に仕立てたということにあります。シナリオはユカタン・マヤの預言の書、チラム・バラムの書の一節から採られました。また、アレハンドロは日本で宅急便の存在を知りました。メキシコではともかく、日本では宅急便の配達人の格好をしていれば、警戒されずにどこにでも入って行けます。宅急便配達人の格好を見て、人は安心してドアを開けます。アレハンドロの日本語の能力がどの程度かは分かりません。でも、難関のユカタン大学医学部に入れるような優秀な男です。まして、このメリダには現在も何人か日本から日墨交換留学制度に志願した留学生が毎年来ます。日本語を勉強する気があれば、いくらでも勉強する機会には恵まれているわけです。ここで、問題となるのは、かつての留学生が住んでいる住所を知ることです。住んでいるところが分からなければ、襲撃のしようがありませんから。でも、好都合のことがありました。インターネットで日墨交流協会の存在を知ったか、或いは、日墨交換留学生の年報あたりに協力団体として日墨交流協会が紹介されていたのかも知れません。アレハンドロは或る日、日墨交流協会を訪ねました。三枝さんが応対しました。そこで、何気なく最近編集したばかりの名簿を渡してしまったのかも知れません。或いは、松野幸隆の遺児だと三枝さんに告白し、父を知らない者にとって、生前の父のことをあれこれ訊きたいので、生前の父を知っている人を紹介して欲しいと頼んだのかも知れません。さて、名簿を手に入れた彼は、宅急便配達人の格好をして、大森さんたちの生活の様子を探るため、大森さんたちを尾行したり、近所から情報を仕入れていたのかも知れません。配達品を持って、近所に行き、今はお留守のようですけど、何時ごろお戻りになるのか、とか、お一人で住んでいらっしゃるのでは、不在時は配達のしようがありませんなどと話しながら、いろいろと情報を入手することは可能ですから。念入りに準備をした上で、彼は実行して行きました。彼は医者でもありますから、麻酔剤の入手、使い方、毒物の入手、致死量を注射するといったことは極めて簡単なことでもあったのでしょう。今は、注射針の無い注射器、つまり、圧力で皮下に液を注入する注射器も開発され、実用化に至っているものもあるようですね。例の直線だらけで書かれた宛名書きの件も漢字が苦手な外国人が漢字を一種の図形として描く、ということならば、了解しやすくなりますね。まだ、第三の手紙が着いていないと三枝さんは言ってましたので、緊急を要する内容では無いと思いますので、日本に帰ったら、正樹に話して、第三の犠牲者となる可能性がある藤原文彦さん、犯人の疑いがあるアレハンドロをそれとなく監視するよう頼んでみることとしますよ」




