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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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祝福は誰がために

「そういや、お前のギフトってどんなのだっけか?」


 柔らかな沈黙が()()()()()、俺はそれを打ち消すように思いついた疑問を口にした。


「あら、知らなかったの?」


「身体強化系だってのは何処かで聞いた気がするが」


「そうね。あたしのは――」


 と、そこで。

 不意に響くのは、甲高い泣き声。

 視線を探らせると、そこには先ほどから公園で遊んでいた幼女と、その母親の姿が。

 わんわんと泣き続ける幼女の隣りには、大きな一本の木と――その枝葉に絡まった、丸くて赤い風船があった。


……何処かで見たことがあると思っていたが、いつぞやの凛子とのデートの際に遭遇した母娘じゃないか、あれ。そしてまた幼女がやらかしたと。


「とって、とってよぅ!」


「もう……あなたこれで何回目なの? いつも言ってるでしょ、お母さんじゃあんなに高いところ、届かないわ」


「どうして? また、って言うならお母さんだってまただよ。どうしてまた新しいお父さんはいなくなっちゃったの!?」


「っ、そ、それは……」


「わたし知ってるよ。せっかく新しいお父さんが来てくれたのに、またお母さんが「ふたまた」したからいなくなっちゃったんだよ!」


「……し、仕方ないのよ。お母さんはお母さんである前に、ひとりの女なの。あなたも大きくなればわかるわ」


 複雑すぎんだろ、その家庭環境。というか、お母さん子供に何言ってんだよ。教育に悪いにもほどがあるだろ。幼女の将来にそこはかとなく不安を感じるわ。


 そのまま五体投地からのじたばたコンボを決める幼女。おろおろと困り果てる母親。

 激しい既視感に襲われる。あまり関わりたくはなかったが、幼女に罪はないからな。取ってやるとするか。


「こらこら、女の子がそんなことしちゃ駄目よ?」


 そう思った時には、もう星崎が幼女の傍まで近づいていた。

 ん? 今あいつ、一瞬であそこまで移動しなかったか?


「ちょっと待っててね」


 幼女の頭をさらりと撫で、言うが早いか星崎が跳び上がる。

 そう、跳び上がった。遥か頭上の、枝に絡まった赤い風船まで。


「はい。もう離しちゃ駄目よ?」


 危なげなく着地し、風船を幼女に渡す星崎。

 遅れて事態を理解した幼女が、ぽかんとした顔から一転、ぱっと満面の笑みを咲かせる。


「すごいすごい! お姉ちゃん、筋肉少女なの!?」


「き、筋肉少女……? う、うん。まぁ、そんな感じ……」


「ほんとに!? すごーい!」


 きゃっきゃっとはしゃぐ幼女と、申し訳なさそうに頭を下げる母親。幼女の勢いに圧倒されながらも、星崎は優しげな笑顔でしばらくその子と会話を交わしていた。

 

 母娘が去り行くタイミングを見計らって、俺は星崎に声をかける。


「こうして筋肉少女は、幼女の笑顔を守ったのであった」


「……ちょっと、なんなのよその筋肉少女って」


「なんだ知らないのか? 今小さなお友達と一部の大きなお友達の間で大人気の、マジカル筋肉少女みちる☆マッシヴだぞ」


「知らないわよ。何よそのイロモノ魔法少女は」


「決め技はマジカル☆大胸筋バスターだ」


「それ絶対にマジカルしてないわよね……?」


 あの業界も昨今、飽和してきてるからな。色々事情があるんだろう。


「それはそれとして。今のがお前のギフトか?」


 垂直跳びで、優に世界記録の三倍を超える跳躍を見せた星崎。そこに願いの魔法が絡んでいるのは明白であった。


「ええ。〈負ける(オーバー·)もんか(ストレングス)〉、短い時間だけど、筋力を増強させるギフトよ」


 また身体強化系のテンプレみたいなギフトだな。シンプルかつ強力で、星崎の直上さを表したような能力だ。そしてやっぱり、筋肉少女じゃねぇかこの女。


「え、お前ソレで俺や中西を殴ろうとしたわけ?」


「大丈夫よ、出力はだいぶコントロールできるようになったから。あ、でも感情が乗ると上振れたりするわね」


「それは大丈夫とは言わない」


「結構苦労したのよ? その甲斐あって、今なら生搾りりんごジュースも作れるわ」


 自慢げにそう宣う星崎に、俺は戦慄を覚えて身を震わせた。こいつは絶対に本気で怒らせないようにしよう。下手すると俺の頭が生搾りされてしまう。


「ま、普段はそれぐらいしか使い道がないんだけどね。遅刻しそうな時に使っても、注意しないと人を轢いちゃうし」


 そう言って、自虐気味に笑う星崎。その身ひとつで人間を轢殺せしめる異能の持ち主としては、まともな精神をしていて本当に良かった。是非今後ともその自重を忘れないでほしいものである。


 そこまで考えたところで、気づきを得る。運動部に所属していた星崎。身体能力を強化させるギフト。その願いとその後の顛末は、容易に推して知ることができた。


「そうか、それでこっちに越してきたのか」


「……ん、そういうこと」

 

 声色に寂寥が混じる。それが抗いと失望の末に至った諦観であることを、俺は知っていた。


 くるりと身を翻して、星崎が空を見上げる。暮色の空に映るのは、きっと彼女の過去の景色だ。通り過ぎてきた過去を、彼女は思い返している。


「陸上部でね、女子にはあんまりいないんだけど、十種競技(ディカスロン)の選手だったの。競技人口が少ないのもあるけど、あたしは努力を重ねていちばんになったわ。そしてそれから誰にも負けなしだった」


 俺に背中を向けて、星崎は語る。気丈な彼女の、それは矜持であるように思えた。


「でもね、あたしは満足できなかったわ。だって、本当は全然いちばんなんかじゃなかったもの。あたしは誰にも負けたくなかったの。――そう、男子にだって」


 頂に登って。ふと周りを見渡せば、もっと大きな山があった。だから星崎は、そこを目指したとでも言うのか。

 俺ならそこで終わりにする。否、そもそもが長く辛い道程にすら耐えられない。なるほど、それが彼女の根源となる感情だ。

 彼女は――星崎聖歌は、生まれながらにしての、狂おしいまでの負けず嫌いである。


「もっと速く。もっと高く。もっと遠くへ。届かない場所に届くまで、あたしは何度も何度も繰り返して――そして」


 そして。

〈負けるもんか〉と、彼女は願いを言葉にして。


「……結局は、こんなことになっちゃった」


 そこで彼女の物語は、終わりを告げた。


 星崎が振り返る。

 憂いを含んだ、小さな笑い。それは彼女が、既に過去を過去として受け入れていることを示していて。

 それでもどうにもならなかった思いが、一抹の寂しさが残っているような、そんな静かな笑顔だった。


 ギフテッドにはよくある話である。誰にも負けたくないと願った星崎。その願いは叶い、祈りは届いた。

 その結果、誰をも置き去りにするだけの力を、彼女は得て。

 そして誰もが、彼女を顧みなくなった。


 現状、スポーツの世界において、ギフテッドの公式大会への参加は認められていない。それは偏に、ギフトの行使を判別することが不可能なためである。


 道半ばで夢を断たれた少女たち。その失望は計り知れない。誰よりも努力してきたが故に、強い思いを持っていたというのに。その思いを、捧げてきた全てを否定される、それはなんと残酷な運命であろうか。


 スポーツ界において、これは新たな懸念となった。若くして才能溢れる少女が、突然その道を閉ざされてしまうのだ。防ぎようがなく、誰にもどうにもできない、それは最早事故のようなものであった。

 誰が悪いわけでもない。だが実際に、少女のアスリート生命は断たれる。本人だけではない。生活を犠牲に応援し、支えてきた家族。才能を見出し、指導してきたコーチ。一身に期待を寄せていた地元や母校。出資していたスポンサー。

 関わってきた全ての人たちが不幸になる、それは正に呪い以外の何ものでもなかった。

 

 誰も悪くない。けれど行き場のない、やるせない思いだけは残る。多くの場合、その受け皿となるのはギフトを発現した少女本人だ。

 そのため、彼女たちは他のアスリートから忌み嫌われている。根拠のない理由で腫れもののように扱われ、そんな事例などないのに、感染るのではないかと遠ざけられる。

 アスリートとしての死を迎えた者。そう皮肉を込めて、彼女たちは()()()()()などと呼ばれている。


 謂れなき責め苦や失望を受け、ある者は感情を爆発させて暴走した。またある者は心が耐えられずに、自ら命を断った。

 そこには悲劇が蔓延していた。少女たちは、ただ願い祈っただけなのに。ギフトの発現が必ずしも祝福とはならない、それは最たる例であった。


 その点、星崎はまだまともだった。強い心を持っていた。彼女も辛い思いをしたに違いないのに、割り切ることができた。

 転校したのだから、結局は逃げ出したんだろうって? 俺なんか、丸一年引き篭もってさらに八回も転校した。それを思えば、彼女の強靭な心は賞賛に値するものである。


 そんな星崎を、今またストーカーなんていう身勝手な思いが襲おうとしている。そんなことが許されていいはずがないと、俺はそう思った。


「そうか」


 されど、俺に返す言葉はない。痛みを抱えた者同士、傷を舐め合うことはできるが、星崎はそれを望んではいない。もしかしたら、本当は心の奥深くにしまった感情を吐き出したいのかもしれないが――少なくとも、今はまだ――俺にそれを受け取る資格はない。

 できるのは、普段と変わらぬ態度を貫くことだけだ。


「なによそれ。慰めの言葉とかないわけ?」


「慰めてほしいのか? なら、抱擁からの尻揉みコースと頭撫でからの尻揉みコースがあるが」


「なんで最終的にお尻に行き着くのよ。台無しじゃない」


「今ならお得なセットコースもございますが」


「何処にもお得要素がないじゃないの」


「尻揉みが三倍になります」


「いちばんいらないのを増やさないで」


 呆れからのため息が漏れ出る。こんなくだらない会話で少しでも彼女の気が紛れるのであれば、それは幸いであった。

 星崎の調子が戻ってきたのを感じ取って、俺は残る最後の問いを投げかける。


「氷見ちゃんもアレか、同じ感じだったのか?」


「氷見ちゃん? 確かにあの子も陸上部だったけど……マネージャーだったし、そういえばギフトのことはよく知らないわね。ほら、なんかこう、そういうのって聞きにくいじゃない?」


「そうか。いや、ならいいんだ」


「なんでそんなこと……あ、もしかしてあんた、あの子にまで手を出すつもり?」


「そういうのじゃねぇよ。単に気になっただけだ」


「ほんとに? 怪しいわね……」


 疑念たっぷりの半眼を、柳のようにさらりと受け流す。流せていない気もするが、まぁ方向は違うので良しとしよう。

 ともあれ、これで聞きたいことは全て聞けた。ならばそろそろ、行動に移すとするか。


「そういや、聞き忘れてたが。オレンジなのは、やっぱり合わせてたりするのか?」


 周囲に気を配りつつ。星崎の鮮やかな髪色を見つめながら、そう告げる。


「オレンジ? なんのことよ?」


「朱里なんかもよく合わせてるみたいだし……あ、でもそうなるとブラとは合わないよな。そういうのって、あんま気にしないもんなのか?」


「だからなにを…………っ!」


 気づいた星崎が、ばっ、と両手でスカートを押さえる。みるみるうちにその顔が赤く染まり、次いでこちらを睨めつけてくる。


「……見たの?」


「そりゃあれだけ派手に跳べばな。ちゃんと脳内メモリにも保存して――」


 セリフは最後まで言わせてもらえなかった。何故なら、一瞬で間合いを詰めてきた星崎の不可避のアイアンクローが、がっしりと俺の頭を掴んでいたからだ。


「消去ボタンはここかしら?」


「……フ、無駄だぞ。俺の頭にはそんなものは搭載されていない」


「あらそ。じゃあハードディスクごと壊すしかないようね」


「くっ……脅しには屈しない!」


「脅しじゃないわよ? ジュースかミンチならどっちがいいかしら? 好きな方を選ばせてあげる」


「バッドエンドしかない選択肢」


「お得なセットコースもあるわよ?」


「オーバーキル!」


 まずい。早まったか? いや、これだけ接触すれば流石に――


「あだだだだだだだ!」


 思考する間もなく、万力のような力が込められ俺の頭蓋が悲鳴を上げる。本能で悟る。これヤバいやつだと。いや凹む、マジで凹むから!


「お客様、痒いところはございませんかぁ?」


「ぬおおおおぉぉぉぉっっ!」


 過激すぎるヘッドマッサージであった。あれ、本気で見誤ったか? ――と思った直後。


 救世の福音が鳴り響く。シャツの胸ポケット、そこにしまってあるスマホから。

――間に合ったか。いや、本当に良かった。俺の頭が潰れる前で。

 中西と前澤、そのどちらからかはわからないが。

 対象を発見した、その報せである。


 がさりと、背後の植え込みから聞こえる物音。ようやくのご対面だ。だがまぁ、とりあえずは。


「ストップ! 星崎ストップ! ほら、コントの時間は終わりだからっ!」


「終わるのはあんたの人生よ」


「頼むから話を聞いてくれ!」


……先にこの筋肉少女を止めなければ、俺の命の方が危うかった。

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