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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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星崎聖歌

 後輩たちと別れ、ランジェリーショップを出ると、既に空は薄く暮れ始めていた。いつの間にやら結構な時間、話し込んでしまったらしい。


「他に用事はないのか?」


「ええ、特には」


「んじゃ、また歩くか」


 人の行き交う商店街の通路を、再び当てもなく歩く。

 何処かに潜んでいるはずの中西たちからの連絡はない。まだ怪しい輩の動きはないのだろう。


 常時姿を消せるのだとしたら厄介だな。確か親父のところにも、完全に透明になれる子がいたはずだ。そこまで強力なギフトではないと思いたいが、どちらにせよ周囲の景色には注意を払っておく必要があるか。


 犯人像の目星はおおよそついている。ストーカーをするような奴だ、根暗か陰気か気弱、そのどれかだ。ただし、内に秘めた感情だけは強い。方向性は別として、ギフテッドは必ずその身に強い思いを宿している。それも珍しい男のギフテッドなのだから、尚さらだ。


 大きな感情を孕んだギフテッドによる、異性への執着。何処かで聞いたことのあるような状況だ。

 そう、言わずもがな俺である。俺の立ち位置に、そのまま星崎を当てはめればいい。

 要は、相手は暴走一歩手前のギフテッドである、ということだ。


 とはいえ、俺に比べれば遥かにマシではある。五人もの相手に囲まれているわけでもなし、その全てが呪いレベルの思いを抱えた、強力なシングルであるわけでもなし。まだどうにかやりようはある。

 そこを詰めるために、あといくつか掴んでおきたい情報があった。


「ねぇ、四条。喉乾いてない?」


「ん? ああ、まぁ」


「ちょっと待ってて」


 通りの前方に見えるマーメイドモチーフのシンボルを指して、星崎が言う。どうやら買ってきてくれるらしい。


「あんたはブラックでいいのよね?」


「おう」


 常連となっている「ティラミス」での注文を覚えてくれているので、やりとりはそれだけで済む。親父共々カフェイン中毒となっている俺には、ありがたい配慮であった。

 ただ、このチェーンって高いんだよな。「ティラミス」なら余裕でニ杯は飲める。多少味がいいのはわかるが、果たして二倍の価値があるのかは俺には判別できなかった。


「はい、お待たせ」


「さんきゅ」


 ほどなく戻ってきた星崎から、アイスコーヒーを受け取る。星崎の方はアレだ、なんとかフラペチーノだ。更に二倍ぐらい高い上に、くっそ甘いやつ。

 残金は心許なかったが、仕方なく財布を出す。


「合わせていくらだ?」


「え? いいわよそれぐらい。って、なんであたしの分まで払うつもりなの?」


「は?」


「え?」


 会話が噛み合わない。お互い何言ってんのこいつ、といった顔で相手を見つめ、場に妙な沈黙が降りる。


「……いや、一応あたしの都合に巻き込んでるわけだから。コーヒーぐらい奢るわよ」


「なん……だと……?」


 本日二回目の驚愕である。

 奢り……だと……!?


「天使かお前」


「普通よ。普通の人間よ。これで天使って、普段あんたの周りにはどれだけ悪魔がいるのよ……」


 そうか。最早条件反射で財布を出すようになってしまったが、あの真っ黒ウサギが悪魔すぎるだけか。いつの間にやら俺の常識が改変されていた。

 くそっ、あの毒入りウサギめ……いやもうウサギ入り毒だな。本体が毒。ガワだけウサギの人でなしだ。


「好感度の上昇が止まらない」


「止めて。それは止めて」


「なんかもう最大値超えたスタミナみたいになってる」


「公園の周りでも周回してなさい」


 打てば響くようなツッコミと、安定の塩対応。流石である。

 まぁ、それはそれとして。

 ちょうどいいので色々聞き出してしまうか。


「じゃあ、その公園でちょっと座ってようぜ」


「はいはい」


 一本、横道を逸れた先の公園に向かい、並んでベンチに腰かける。全然関係ないけど、ペンキ塗りたてのベンチって言う割に見かけたことないよな。


 小さな公園には、俺たち以外には幼女とその母親らしき女性だけ。幼女のはしゃぐ声だけが微かに聞こえており、静かに話をするには問題ないように思えた。

 聞いておくべきは、星崎自身のことだ。


「男と付き合ったことはない、って言ってたよな?」


「ええ、ずっと部活一筋だったから。これでも全国大会に出たこともあったのよ?」


「ほう、そりゃすごいな。でも告られたことぐらいはあるだろ? お前、黙ってりゃ結構可愛いし」


「あんたに言われると何か釈然としないわね……。まぁ、そういうことも何度かあったけど。ちゃんと断ったわよ。誰かと付き合う気はないって。あたしとしては、後腐れないようにしたつもり」


「そうか」


 言うとおり、星崎はうまく断ったのだろう。変に相手を貶めることもなく、竹を割ったようにきっぱりと。

 故に、やはり中学時代のことは考えなくてもよさそうだ。少なくとも、()()()()()は。


「高校生になってからはどうだ? そういう色恋の話は」


「んー……たぶんないと思うわ。あたしがギフテッドになったっていうのもあるし……ほら、そういうのって、()()()()に集中してたじゃない」


「あー、そういやそうだな」


 未だ現代社会において、ギフテッドに対する偏見や畏怖といった印象は完全に拭い去れてはいない。特に大人社会においてはその傾向が甚だしく、ギフテッドと一般人の婚姻や交際には困難が伴う、というのが一般の認識であった。

 それも結婚ともなると、当人同士は良くても周りが口うるさいことも多く、悲恋となってしまったケースは枚挙に暇がない。一部では「異種族婚」とも揶揄されており、社会問題のひとつとなっている。


 悲惨なのは、結婚後にギフトを発現してしまった場合だ。それを契機に離婚に追い込まれてしまうこともあり、当然法的には相当たる理由としては認められないため、調停が非常に複雑になる。神の祝福が人の愛を裂くとは、また随分な皮肉であった。


 なお、そういった情勢もあって、実はギフテッド同士の結婚はとても多い。ウチの両親もそうだし、ギフテッド限定の婚活斡旋会社まであるぐらいだ。ただし男の数が極端に少ないので、男性は無料、女性は高額な登録料がかかるといった逆転現象が起きていたりする。


 遠峰女史の婚活がなかなかうまくいかないのも、そこに一因があると言えよう。それだけではないのは明らかだったが、もちろん本人にはそんなこと言えるはずもないので、黙っている次第だ。


 また、ギフトは遺伝するわけではないので、その子供は必ずしもギフテッドになるとは限らない。ウチは幸い? 俺も妹もギフテッドになったので問題ないのだが、変化した毛髪や瞳の色彩だけが遺伝した、有色の一般人が産まれることもある。これがまたどっちつかずのコウモリのような扱いを受けており、やはり問題となっている。


 このように、ギフテッドにとっては婚姻ひとつとっても問題は山積みである。

 人類史の表舞台にギフトが確認されてから、おおよそ七十年が経った今。されどギフテッドの社会適合は、まだまだ始まったばかりである、というのがこの世界の実情であった。


 そこまで深刻ではない学生の恋愛においても、一般人側からすればいくらか二の足を踏む要因にはなっており、それまでモテていた少女が急に遠巻きに見られるようになった、というのは良く聞く話である。


 そして何より。

 そういった諸々の風聞を気にしていようがいまいが、その全てを些事としてしまう圧倒的な存在が、我がクラスには二名も在籍していた。

 そう、「月と女神」の二人である。

 紫月と朱里は、その中身さえ知らなければ「絶世の」と表現して差し支えないほどの美少女だ。クラス中の、否学年中の、否高等部中の男たちの視線を独占し、その多くを魅了した。


 特に朱里は、俺と紫月が転校してくる前から嵐とでも呼ぶべき告白イベントを経験しており、その数は軽く三桁を超える。俺のことが好きだと公言してからもそれは途絶えることなく、中には二回目に挑戦する者まで現れる始末であった。

 そのため、星崎のような他の可愛い女子に懸想する男が相対的に減じていたのだ。


「そういう、他の男との接触を犯人に見られて、今回の事態に繋がったんじゃないかと思ったんだがな」


「身に覚えはないわね。そもそも男子と二人で遊んだり出かけたりしたことなんて……あ、これが初めてじゃない。なんてことしてくれるのよ」


「俺にどうしろと」


 形式的なものだが、これが星崎にとっての初デートになってしまったわけか。だからといってどうすることもできないので、嫌なら忘れてもらうしかないが。


「しかし、そうなると本当に手詰まりだな。嫉妬でないとすると、あと考えられるのは好意を抑えきれなくなったとか、そんな感じか。なんかこう、知らぬ間に好感度を上げてたんじゃないか? 雨の日に捨てられた子犬を拾ったところを見られてたとか」


「それ不良の男のテンプレよね? なんであたしに適用してるのよ」


「俺なら三は上がるぞ? いわゆるギャップ萌えというやつだな」


「……一度あんたの中のあたしの印象について、話し合う必要があるようね」


 拳を握りながら言うのはやめてほしい。それ絶対に話し合い(物理)だろ。


「まったく……あんた普段からそんな調子なわけ? それでよく彼女たちに愛想尽かされないわね」


「それは俺も思う」


「思ってるなら直しなさいよ」


「……最初はそれで嫌ってくれるなら、それでいいと思ってたんだがな。最近はこう、ちょっと楽しめるようになってきた」


 きっとこんな馬鹿らしいかけ合いこそが、本当に大切な時間を作っていくのろう。そのことが、ようやく俺にもわかってきた。


「……?」


 返事が返ってこないので、真横に視線を向けると。

 星崎はなんともばつの悪そうな、戸惑いの表情を浮かべていた。


「……え、なに、ちょっと。急にシリアスにならないでよ。……え、あたしなんか変なこと聞いた? あたしが悪いの? 悪いのね悪かったわねごめんなさいってば」


「……落ち着け」


 突然慌てふためく星崎に、そう言ってホルスタイン種静止用のポーズ「どうどう」を構える。バッファロー級まで止めた実績のある、安心と信頼の技だ。ただし最近はミノタウロス級にまで進化しそうで、それが止められるかどうかはわからない。


「何も気にしてねぇから」


「……そ、そう。ならいいんだけど」


「お前アレだろ。口が悪いくせにうっかり相手を傷つけて後悔して、さんざん気に病むタイプだろ?」


「……う、うるさいわね。冷静に分析しないで」


 照れ隠しのようにそう吐き捨てる星崎。その態度から見るに、根は優しい奴なんだろうな、こいつ。ほんのりツンデレ風味な感じだ。

 仕方ない、少しフォローしておいてやるか。


「俺のギフトは知ってるだろ?」


「……常駐型〈誘惑〉」


「そう、それだ」


 ややこしくなるので、学園でも体面上のそれで通していた。ついでにたま先輩の謎の情報網を使って、それとなく広めてある。変に勘繰った女生徒が寄ってこないようにと、牽制の意味合いも含めてだ。


「こんなギフトだからな、正直朱里たちの好意が本物なのか判別できなくて、悩んだりもした。だがまぁ、今となっては、とりあえず折り合いはつけられるようになった」


「……あんたも色々あるのね。その、悪かったわね。変なこと言って」


「だから気にすんなって。しおらしくするなよ、また好感度上げるぞ?」


「ふふっ……ばーか。やめてよね」


 なんとか調子を戻してくれたようだ。罵倒を口にしながらの笑顔が可愛らしい。

……あれ? なんかこれ、マジで攻略されてない? 

 違うよな? 俺はそんなに惚れっぽい男ではないはずだ。うん、そういうことにしておこう。


「奢りのコーヒーってうまいな」


「? なによ今さら。変な奴ね」


 星崎から視線を外して。

 ごまかすように、俺は残りのコーヒーを飲み干すのだった。

 

誤字報告くださる方、いつもありがとうございます。

大変助かっております。

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