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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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お願い(断れない)

「あなたのことで打ち合わせに来たのよ、星崎さん」


 きっちりアップルパイを完食して、口直しのカモミールティーまで飲み干してから、遠峰女史はそう告げた。


「あたしのこと、ですか?」


「ええ。ほら、この前相談してくれたじゃない」


「ああ……あれですか」


 女史はどうやら星崎に用があったらしく、そのためこの「ティラミス」を訪れたようだった。その旨を店長さんに伝え、勤務中の星崎を一時同席させている次第だ。


 しかしついさっきまで、この人俺たちを指導室ならぬ実験室に連れ去ろうとしてたよな? 完全に目的を見失ってるじゃねぇか。再び激おこされても困るので、指摘はしないけど。

 なお、またぞろ前澤が余計なことを言いそうだったので、足を踏んで黙らせてある。


「あの、先生? それって俺たちが聞いててもいいんですかね?」


「ええ、ちょうど良かったわ」


「どういうことです?」


「星崎さん。例の件、この三人に頼もうと思うの」


「え……こいつらにですか?」


 話が見えないが……遠峰女史は、星崎の関係する何かを、俺たちにやらせようとしている?


「ええー、だって……ええー」


「不安なのはわかるわ。先生も思いついてから、三、四回思い直したもの。でもね、ある意味適任だと思わない?」


「あー、餅は餅屋的な意味ですか」


「店は構えてほしくないけどね」


 わからんが、スゴイ・シツレイなことを言われているのだけは確かだ。そしてこれまでに数多のトラブルに巻き込まれてきた俺の勘が告げる。これ、絶対に面倒なことを頼まれるやつだと。


 女史が、(しな)を作って俺たちに向き直る。


「あなたたちにお願いがあるの」


「それ、拒否権あります?」


「ないわね」


 先生、それはお願いとは言いません。

 しかし先程の実験うんぬんを蒸し返されても困るので、強くは出れない俺たち。


「横暴だー」


「職権乱用じゃねーの、それ?」


 それでも中西と前澤は、わちゃわちゃと悪あがきを続けていたが。


「あら、心外ね。先生ほど生徒思いの教師もいないわよ? 特に中西君と前澤君。あなたたちの起こした問題で、私がどれだけ頭を下げたことか……」


「「……」」


 途端に押し黙り、明後日の方向に視線を逸らす二人。そういや例のしましま事件の時も、女史が被害者生徒に謝って回ってたな。


「ん? つまり俺は帰ってもいいのでは?』


 このあほぅどもと違って、俺は女史に迷惑をかけたりはしてないしな。たぶん。よし、帰るか。


「四条てめぇ、裏切る気か」


「薄情者ー」


「どの口が言うんだどの口が。お前らだって同じ状況になったら見捨てるだろうが」


「それはそれ、これはこれだ」


「だねー」


 いけしゃあしゃあと……しかしこいつらに付き合う義理もない。

 変な流れに巻き込まれぬ内に、さっさと退散してしまおう。


「あ、四条君はいちばん帰っちゃ駄目よ? この中ではあなたが比較的まともな部類なんだから」


「喜んでいいのかよくわからない……いやでも、嫌ですよ。俺を巻き込まないでください」


「もう遅いわ。穂村さんに許可は貰ってるもの」


「……は?」


 何してくれちゃってんの、あのうさぎパンツ?


「限定品の巨大添い寝専用ウサギを譲ってあげたら、二つ返事で了承してくれたわ。「好きなだけこき使ってください」って」


「あの野郎……」


 買収されてやがる……くそ、逃げ道が塞がれた……。

 忸怩たる思いにめまいを感じていると、左右両側の肩にぽん、と手を置かれる。


「お前だけ逃げようったって、そうはいかねーぞ?」


「一蓮托生だねー」


「……ちくしょう、覚えてろよ……」


 三下のような捨てゼリフを吐いて、俺は紫月と運命を呪う。

 そうして、俺の久々の平穏な時間は早くも崩れ去るのであった。

















「ストーカー?」


 仕方なく遠峰女史の話を聞いてみると、のっけから不穏なワードが出てきた。

 ストーカー。読んで字の如く誰かを追い回す者。主に特定の女性に対する思いをこじらせた、陰気な男というのがステレオタイプとして浮かぶが――その実、それは必ずしも性別を限定する言葉ではないことを、俺は実体験として知り得ていた。


 思い起こした過去に、ぶるりと体が震える。


「そうなのよ……って四条君、どうかした? 顔色が悪いわよ」


「……いえ、お気にせず。ちょっと右腕が疼くだけですので」


「そ、そう……?」


 実際には、疼いていたのは心の古傷だが。

 そう、いたのだ。俺が通り過ぎてきた少女たちの中に、ストーキング技術をギフトに昇華させて俺に甚大なトラウマを植え付けた奴が。

 

 俺の女性遍歴は、見事なまでのヤンデレの総合デパートである。あらゆるジャンルを網羅していると言ってもいい。その中でも彼女は、歴代トップクラスの強烈なキャラクターで俺の精神をゴリゴリと削ってくれた。


 もちろん、彼女とて俺は救うつもりである。ただ、できれば後回しにしたいというのが本音であった。少なくとも、彼女と対峙してもこの震えが抑えられるぐらいになるまでは。


 そんなわけで、俺はストーカー被害には一定の理解を持ち得ていた。星崎がその被害に悩まされているのなら、ある程度共感を示してやることもできよう。


「ここひと月ぐらい、だったかしら? 星崎さん」


「はい。だいたいそれぐらいです」


 答える星崎の声は、割に悲壮感の漂うものではなかった。一ヶ月も得体の知れない輩に付け回されれば、もっと憔悴していそうなものだが――ああ、そういえば先ほどの雑談の時から、そんな気配は微塵も感じられなかったか。


「なんだ、別に堪えてるってわけじゃねーのな」


 俺と同じ疑問を、前澤が口にする。


「堪えてるわよ。影からこっそりチラチラ視線をよこしてきて。もういい加減イライラして、ギフト使ってぶん殴ってやろうかと思ったわよ」


「……おい。ギフトを暴力に使おうと思ったのは、さっきが生まれて初めてだったんじゃなかったのか?」


「暴力じゃないわ。正当防衛よ」


「……お前って、割に脳筋なのな」


 誰かこいつに、防衛の定義を教えてやってほしい。

 とまれ、星崎は降りかかる理不尽に対して塞ぎ込むよりは、怒りで応じるタイプのようだ。大事なことなので覚えておこう。


 まぁ、わかりやすい分、ウチの怒らせてはいけない連中よりは幾分マシではあるか。

 

「でもよ、ストーカーってんなら警察の出番じゃねーの?」


「そうだよねー。僕たちなんて、ただの素人の学生だし」


「馬鹿だなお前らは。警察が動くわけねぇだろ」


「……うん。一応相談はしてみたけど、やっぱり駄目だったわ」


「なんでだ? ひと昔前ならいざ知らず、今はストーカー規制法ってのもあるんだろ?」


 前澤の言い分は尤もではある。確かに通常なら、複数回に渡る「付き纏い行為」や「待ち伏せ行為」により、規制法の対象となり警察が動く可能性も充分にある。

 だが前澤は、現行法における()()()の扱いについての、重大な原則を失念していた。


()()()()()()()()、なんだろ?」


「あー……そういうことか」


 俺の言葉に星崎がゆっくりと頷き、遅れて気づいた前澤も意を得た顔をする。

 そう。祝福法の定義するところにより、ギフテッド同士の諍いには公的機関による介入は行われないのだ。


 もちろん、事が大きくなればその専門機関たる祝福省が調査に乗り出す。ただ現時点では、特に大きな被害も出ていないため組織としては動かないだろう。


 民間のギフト問題を取り扱う組織に依頼する手もあるが、当然金がかかる。故に遠峰女史は、手近にいてかつ暇を持て余しているギフテッド……俺たちに白羽の矢を立てたのだ。


「先生思ったの。四条君たちは色々と問題も多いけど、ほんっっとぉぉ〜〜に多いけど、なんだかんだ言って困ってる人は見捨てられない、優しい子たちだよね? だからきっと、星崎さんのことも助けてくれるはず、って」


「……本音は?」


「先生思ったの。変態には変態を当てとけばなんとかなる気がするなって」


 酷い。この教師酷い。

 流石にストーカーと一緒にはしてほしくなかった。


「まぁ、それは冗談として。一割ぐらい」


「割合おかしくないですかねぇ……?」


「あなたたちにやってほしいのは、囮と監視――できれば確保もだけど。役割を分担して、しばらく星崎さんに付いてもらいたいの」


 なるほど……まぁ、おおよその事情は掴めた。

 ストーカー被害に悩まされている星崎。相手もギフテッドなので、警察その他の公的機関には期待できない。なので俺たちを頼ることにした。


 とはいえおそらく遠峰女史は、必ずしも俺たちに事態の解決を望んでいるわけではない。もちろんそうなるに越したことはないのだが、期待値は半分程度であろう。いくらギフテッドであるとはいえ、中西の言うように俺たちは素人の学生だ。SPや探偵の真似事をしても高が知れている。


 その本来の目的は、斥候と実績作りだ。ある程度相手側の情報を収集して、俺たちの手に負えないようであれば改めてプロに依頼するなり、祝福省に情報を流すなりすればいい。その方が金銭的にも安上がりになる。

 そう考えれば、この件はそれほど面倒な事態には陥らないか。


「わかりましたよ。どうせ断れないんだろうし、引き受けます。おまえらもそれでいいな?」


「めんどくせーけど、しょうがねーな」


「遺憾ながらー」


 明らかにやる気のない態度で、前澤と中西も渋々了承を示す。この士気の低さ、こりゃあれだな、俺が引っ張らないといけないやつだな。女史もその辺を考慮して撒き餌をしてくれると、多少は助かるのだが。


「ありがとう、三人とも。みんな本当はいい子だから、先生信じてたわ」


 満面の笑みでの、このあからさまなおためごかしである。望みは薄いかね。


「えっと、その……よろしく。なんか、悪いわね」


「あー、まぁ、気にすんな。せいぜいできることはやってやるよ」


 殊勝な様子の星崎に、そう返してやる。ストーカーの被害者仲間としては、いくらか同情の念もあるしな。


「で、今のところわかっている情報を共有しておきたいんだが……相手のギフトなんかは、判明してるのか?」


 女史が俺たちに話を持ってくるぐらいだから、それほど危険なものではないとは思うが。


「はっきりとはしないんだけど……こう、あたしが気づいて近づこうとすると、さっ、と姿が消えちゃうのよね」


「ふむ。転移系か隠密能力の現象系、あるいは認識阻害系ってところか」


 正にストーカーにはうってつけのギフトだな。しかしそうなると、確保は厳しいかもしれんな。


「あたしが気づいたのは、夏休みの終わりごろ。なんか見られてる感じがして、ふと振り返ったら物陰からこっちを覗いてたわ。最初は気のせいかと思ったんだけど、それからほとんど毎日現れるようになって」


「服装は?」


「まちまちね。私服だったり学生服だったり。遠目だから正確じゃないけど、小柄で細身。百六十センチぐらいかしら」


「それ、こいつじゃね?」


 条件に合致する約一名、中西を指してそう告げる。ギフトもぴったりだしな。うん、なんかもうそれでいい気がしてきた。確保しよう確保。


「体格は似てるけど……いつもフードを被ってるから、顔はよくわからないのよね」


「失礼だなー。僕は気になった女の子には、ちゃんと正面から接触するよー」


 中西からクレームが入る。ちっ、それもそうか。その点、是非はともかくこいつは正々堂々としてるからな。


「ちなみに先生、ウチの生徒って線は?」


「中等部にひとり、類似のギフトを持った子がいるけど、バスケ部で高身長だからシロね。アリバイも取れてるわ」

 

「じゃあ外部の学生か」


 男のギフテッドはそう多くはないから、もう少し特徴を掴めば特定できそうな気もする。


「案外、星崎の元カレとかじゃねーの?」


「残念ながら、そんなのいたことないわよ。中学のころは部活で忙しかったし」


「ん? お前も高等部からの編入組か」


「ええ、中学までは静岡だったわ。中三の時にギフトが発現したの」


 エスカレーター式に昇ってきた奴は「中等部」と表現するので、そう判断した。俺はまた特殊なケースだが、ギフトが発現したことによりこの御門学園に転入、編入してくる者はけっこう多い。ギフテッドの受け入れを大々的に表明している学校は限られており、特に地方だとまったくなかったりもするのだ。


 もちろん法的にはどんな学校に行こうと自由なのだが、どうしても奇異の視線で見られてしまうのは避けられない。現実的には、ギフテッドの進路は限定されるのが実情であった。


「なら、過去の怨恨ってことはなさそうだな。同じ事情でこっちに来てる奴はいるかもしれんが」


「あたしの知る限りではいないわね。あ、後輩の女の子ならひとりいるけど」


 流石に性別の垣根を越えてくる特殊性癖の持ち主ではないだろう。それに今回は「学生服の男子」ってとこまでわかってるしな。


「こんなところか。んじゃ、とりあえず対象と接触してみるかね」


「お願いするわ」


「あ、そうそう。ひとつ伝えるのを忘れていたわ」


 と、そこで遠峰女史が思い出したように手を叩く。


「もしこの件、最後までうまく解決できたら――三人には、女の子との合コンをセッティングしてあげる」


「なんだと!」


「なんだってー」


 ここにきて撒かれた合コンの女王の餌に、二人が見事に食いつく。なんだ、ちゃんと用意してあったのか。


「それを先に言ってくれよ、先生。おら、何してんだお前ら、置いてくぞ」


「大船に乗ったつもりでいるといいよー」


「……なんか、急に不安になってきたわ」


 途端にやる気を見せ始めたあほぅどもに、星崎がげんなりとした表情で息を吐く。気持ちはよくわかる。例のしましま事件の時といい、こいつらはほんとに欲望が行動に直結してやがる。変わり身の早さでは随一と言えよう。


「まぁ、悪い方向には動かんだろ。おそらく。たぶん」


「……あんたがまともに見えてきた、ってのも問題よね」


 失礼な。

 ストーカーともども、こいつらとは一緒にしないでほしいものである。



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