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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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女体談義

 平穏を享受している。

 少しだけ気温の下がった九月の下旬、ある日の放課後。高等部棟に併設された喫茶店のひとつである「ティラミス」でアイスコーヒーを啜りながら、俺はそう思った。


 日常の味がした。可もなく不可もない、至って普通の味。税込み百六十円だとすればいい方か。でもそのチープな苦味が、つい先日まで濃密な感情に纏われていた俺にとってはちょうど良かった。


 改めて、俺は日常に戻ってこれたのだと感じた。都合九回目にして、ようやく俺の転校生活には終止符が打たれた。先のハーレムの事後処理を終えた今、その感慨を噛み締めている次第である。


 成し遂げたという達成感より、安堵の方が大きかった。元来、俺は変化を嫌う小心者なのだ。もう転校しなくていいという事実に、俺の心は素晴らしい尻を眺めた時と同じぐらいに凪いでいた。ついでにウェイトレスの尻も眺めているので、効果は相乗だ。


「おい四条、聞いてるか?」


 そんな俺に、無粋な声がかかる。対面に座る派手な赤い髪をした男、前澤からだ。まったく、もう少し余韻に浸っていたかったというのに。

 顔だけはアイドルや俳優よりも整っているこの男は、その実それ以外の全ての要素が軒並み低スペックな小物である。才能値を容姿に全振りして、さらに他の能力の基準値をマイナスにして浮いた分をまた容姿に上乗せすれば、こんな残念な男が生まれるのかもしれない。そう考えれば、こいつに俺の高尚な精神など理解できるはずもなかったか。


「どうせまたお尻のこと考えてたんじゃないかなー?」


 続いて失礼なことを言ってくるのは、さらさらとした薄い金髪を指で巻いて遊ぶ中西だ。こいつもまた、線の細い儚げな印象の美少年ではあるのだが。

 一度(ひとたび)その中身を覗い知れば、誰もがドン引き必至のゲス·オブ·ゲスだったりする。前澤と違い悪知恵が働くので、なおさらタチが悪い。先日などは、容姿を餌に釣った女性の胸をさんざん揉み散らかした挙句、飽きたから放置して帰ってきた、などと平気な顔で宣っていた。

 後日、男三人で商店街を練り歩いていたところ、件の女性と覚しき人物に鬼気迫る表情で詰め寄られたのだが。


「え、何? 責任? やだなー、あんなの遊びにきまってるじゃないか。君のおっぱいはひととおり遊んだからもう満足だよ。それぐらいで彼女面しないでほしいなー」


 あっけらかんと言った中西の言葉がこれである。当然、直後に全力の平手が飛んできたのは言うまでもない。

 まぁ、避けようと思えば〈置換〉で避けられただろうから、甘んじて受けただけ多少は悪いと思っていたのかもしれんが。ゲスいことには変わりないので、同情の念は一切浮かばなかった。


 そのあほぅ二人と連れ立って、特に予定のなかった今日はとりあえず茶をしばいていたのだが。


「悪くない、全然聞いてなかったわ」


「なんだよその受け答えは」


「悪いと思ってないのに悪い、とか言えないだろ? 俺は正直な男だからな」


 どうせたいした話じゃないだろうしな。


「正直すぎるだろ……お前って絶対に友達少ないタイプだよな」


「そこは僕たちも人のこと言えないけどねー」


「けっ、このぼっち予備軍どもが。懲りずに女の尻ばっかり追い回しやがって」


「お前、それ完全にブーメランだからな? むしろ突き抜けてもう一度戻ってきて突き刺さってるからな?」


 前澤にしてはうまいことを言う。しかしほんとにぼっちが多いなこの学園は。俺の周りだけか?


「んで、なんの話だったよ?」


「まー、その話なんだけどね。第……何回かは忘れたけど、いつもの女体談義」


 やはりたいしたことない話題だった。だがまぁ、そのくだらない会話に興じていられるのが、日常の証でもあるか。


「それ、結論出なかったか? 俺が尻で中西が巨乳、前澤が乳寄りのオールマイティー。女体の嗜好は千差万別、それぞれにそれぞれの良さがあるって」


「そうだがな、だからといって神秘の追求を止めていいわけじゃねぇだろ? 新たな発見は日々の何気ない会話から生まれるもんだ」


「一理あるね」


 あるか?


「例えばあのウェイトレスだ」


「星崎だな。確かになかなかいい尻をしているが、それがどうした?」


 うちのクラスの星崎聖歌(ほしざきせいか)。薄いオレンジ色の髪と同色の瞳をした、少し勝ち気な雰囲気のなかなかの美少女だ。俺も先ほどから目の保養をさせてもらっている。


「四条、お前は尻にばかり目が行きがちだ。わかっているとは思うが、女体とは尻だけにあらず。もっと全身をよく見てみろ。(くま)なく。隅々まで。舐め回すように!」


「出たー。前澤君の目線が合っただけで孕まされると女子に大不評の、文字どおりの視姦だー」


「え、俺そんなこと言われてんの?」


 キメ顔で変態的なセリフを宣う前澤はさておき。とりあえずもう一度、星崎に視線を這わす。おっと、ピントを尻からずらしてだ。

 

 客入りは俺たちの他には女子のグループが三組。それらの給仕に勤しむ星崎は、ウェイトレスの制服が良く似合っていた。白いブラウスと赤白チェックのミニスカートに、胸元を釣り上げて強調するような独特なデザインのエプロン。

 そう、この「ティラミス」、なんとアンミラの意匠を制服に採用しているのだ。高等部棟の喫茶店は他にもいくつかあるが、俺たちが専らここを利用しているのはそのためである。


 だが実のところ、他の男子生徒の利用客はそれほど多くはない。何しろ目的が丸わかりだからだ。

 アレだ、風俗に行ったら知り合いがいた時の感じだ。エロ漫画ならそれをネタにおいしい展開に持ち込むところだが、あいにくとこちらは現実で、それも健全な飲食店である。「あれぇ? こんなところに来ちゃって〜」といった揶揄を含んだニヤニヤ笑いに迎えられ、明くる日にはクラス中に、助平の烙印とともにその事実を拡散されてしまうのがオチだった。


 国内有数の進学校、御門学園のシャイなボーイたちには些かハードルが高いと言えよう。その羞恥と誹りを突き抜けた者だけが、ここに座ることを許されるのだ。

 俺たち? そんなものとっくの昔に天元突破している。


 さて、変わらず素敵な星崎の制服姿だが……特におかしなところはないな。スカート丈もブラウスのデザインも同じ。きびきびとした動作も精彩を欠くことなく、少しだけ気恥ずかしそうなのは俺たちの視線がある故――いや待て、そこだ。


 勤務したてならともかく、半年近くが経った今、星崎とて羞恥の感情は薄れているはずだ。勇気を出して訪れた男子生徒たちを、ニヤニヤ笑いでからかうぐらいには。


 ならばそこに何かがあると見て、さらに星崎を注視する。

 ぴたりと目が合う。見られていたことに気づいた星崎が、得も言われぬ表情で薄く頬を染め、手元のシルバートレイで身体を――胸元を隠す。

 それだ。脳内映像の逆再生。精査。照合。たゆん。――たゆん、だと?


「なっ、まさか――」


「気づいたか」


「ノーブラ、だと……!?」


「せいかーい」


 おざなりな拍手をしてくる中西。やはりこいつらは、ずっと前から気づいていたようだ。


「そうか、何らかの事情によりノーブラであの釣り乳エプロンを着用せねばならなくなった星崎。あの僅かな恥じらいはそのためか。制服自体には慣れたとはいえ、そのことを誰かに気取られぬかとそわそわしていたわけだ」


「そのとおりだ。普段勝ち気でサバサバ系な星崎の見せる、微かな羞恥。ちょっとした動作でたゆんと揺れる乳。思わずばっ、と周囲を見回す素振り。それらが合わさることによって、女体はまた違った輝きを放つ」


「状況としては羞恥プレイに近いかなー。ああいう純朴な反応もなかなかいいよね。星崎さん、たぶん処女だろうし」


「なるほどな……いや、恐れ入った。確かにその事実を踏まえれば、羞恥のエッセンスが入ることにより尻もまた一段と輝いて見える。改めて女体の神秘、その奥深さを垣間見させてもらった」


 一理あったわ。いや十里ぐらいあるか。くだらないはずの会話は、気づけば有意義なディベートへと発展していた。先人たちも、こうして神秘の追求を重ねてきたに違いない。


「……ちょっとあんたたち、視線がいやらしいわよ」


 と、いつの間にかこちらに近づいていた星崎からクレームが入る。会話の内容までは聞こえていなかったようだが、ある程度察しているのか胸元はトレイで隠されたままだ。


「気にすんな星崎。お前はしっかりと業務に邁進してくれ」


「怪しいわね。まさかとは思うけど、気づいてるんじゃないでしょうね?」


「気にすんな、ぽっち崎」


「っ! やっぱり気づいてるじゃないのよ!」


 おっと。いかん、つい親父みたいなことを口走ってしまった。

 耳まで真っ赤に染めた星崎が、トレイごとぎゅっと身体を抱き締める。鉄壁ガードの構えだ。


「おい四条、ガードが固くなっちまったじゃねーか」


「悪い、口が滑った」


「そこはちゃんと謝るんだなお前……」


「あ、でも赤面する美少女ってのもこれはこれでー」


「一理あるな。で、なんでお前ノーブラなのよ?」


 よもや日常的に下着を着けない派閥の所属ではあるまい。


「しょうがないでしょ。今日は水泳の授業があったから、家から水着を着てきてたのよ」


「それで替えのブラを忘れたと。小学生かお前は」


「別に忘れたわけじゃないわ。ただ、パンツが二枚入ってただけよ」


 あー、まぁあり得なくも……ないのか? 結果的には同じだが。

 しかし俺としては、できればパンツの方を忘れてほしかったな。それならひと目でわかっただろうし。


「つまり今は、パンツが一枚余っているわけだな。よし、それは俺が引き取ろう」


「なんでそうなるのよ。あげるわけないでしょ」


「待て四条。その権利は先に事態を見破った俺にある」


「いや、いちばん最初に気づいたのは僕だよ」


「あん? お前らは乳派だろ?」


「神秘の探求のためだ」


「だねー」


「む、そうか。それを言われると致し方ないな」


「……あんたたちって、ほんと清々しいまでの変態よね」


 うんざりとした顔で星崎がため息を吐く。心外だな、神秘の探求に余念のない紳士と言ってほしい。


「よし、ではここは星崎に選んでもらうとしよう」


「だ·か·ら、あげないって言ってるでしょ」


「三千円ぐらいなら出せるが……」


「値段付けるのもやめて」


「なんだよ、ケチくさいこと言うなよ処女崎」


「しょ、しょ、処女ちゃうわ! や、違くないけど――って何言わせるのよ!」


 この慌てよう、正に図星である。うむ、ちょっと楽しくなってきたな。親父のセクハラする気持ちが少しわかってしまう。


「やっぱりね。当たりー」


「そういや中西は、なんでわかったんだ?」


「え、匂いでわかるよね?」


「わからねぇよ」


 やべー奴だなこいつ。さしもの俺も、そこまでの変態的な技能は持ち合わせていないぞ。


「やはり中西がいちばんの変態だな。俺なんぞ、せいぜいが尻のサイズを判定できるぐらいだし」


「四条のそれも大概だと思うがな……」


「ちなみに星崎はジャスト八十だ。ここ数ヶ月で一センチ成長したな」


「やめて。正確に言い当てないで」


「ウチの親父なら、目視で乳のサイズもだいたいわかるぞ。揉めば確実に当ててくるな」


「マジか。すげーな親父さん」


「へー。ちょっと会ってみたいな」


「その家系は滅んだ方がいいと思うわ……」


 身の危険を感じたのか、星崎が青い顔をして後退る。コロコロと顔色を変えて忙しい奴だな。


「あんたたち、このこと周りに言いふらしたりしないでよね?」


「流石にそこまで鬼畜じゃねぇよ。な?」


「ああ」


「そうだね。でも効果的な口止めには、報酬を提示するといいと思わない? 具体的には薄い布切れとか。あ、もちろんおっぱいをひと揉みさせてくれてもいいよ?」


「お前はほんとにゲスい奴だな……」


 このベビーフェイスの中身がこんなのだとは、初対面では誰しも判別できまい。中西に騙された女性たちには同情の念が浮かぶな。


「……あたし、今生まれて初めてギフトを暴力に使いたいと思ったわ。っていうか殴ってもいいわよね?」


「いいぞ。許可する」


「うわ、酷いなー」


 酷いのはお前の思考回路だ。世の女性のためにも、こいつは一度徹底的に制裁した方がいいと思う。

 

「はいはい、そこの変態三人組。その辺にしておきなさい」


 と、そこに別方向から声がかかる。見れば、我らが担任たる遠峰女史が呆れた顔でこちらを睥睨(へいげい)していた。


 即座に星崎が猫の被りものをして、女史へと泣きつく。


「先生ぇー!」


「おー、よしよし。変なことされなかった? 一応あとで妊娠検査薬を使いましょうね」


「四条君、あんまりなこと言われてるよ?」


「いやお前だよお前。ああ、前澤も見ただけで孕ませるんだったか?」


「んなわけねーだろ。このゲスと一緒にすんなっての」


「全員よ、全員。まったく、こんなか弱い女子を怯えさせるんじゃないの」


 そのか弱い女子、今しがた中西をぶん殴ろうとしてたんですがね。


「それで、なんでここに先生が?」


「……四条君、相模さんたちだけでは飽き足らずに、先生までその毒牙にかけようと……」


「先生、漫画の読みすぎです」


「あー、アレいいよね。うまいことギリギリを攻めてる。異世界転生するならあんな世界がいいな」


「中西だとガワはガチのおねショタだが、中身が相当エグいことになりそうだな」


「男子高校生を養いたいお姉さんとかいないかなー」


「ちょっと中西君。謝って。み○りゅ君に謝って!」


「どうどう。先生、落ち着いて」


「だってこんな、彼はこんな汚れたエセ腹黒ショタじゃないの! もっと綺麗な心をしているの!」


「うわ酷い。聖職者が酷い」


「先生、そういうところですよ?」


 婚活がうまくいかないのは――との言葉は胸の内にしまっておく。ヘイトがこっちに向きかねないからな。


「先生さ、そんなだから婚活に失敗するんじゃねーの?」


 しかし前澤は馬鹿なので、空気を読むということをしない。

 店内の空気が一気に冷えるのを感じた。


「……よく言ったわ。三人とも、ちょっと特別指導室に来なさい」


「この馬鹿澤が! 俺まで巻き込まれたぞ!」


「いや、事実だろ?」


「だとしてもオブラートに包むんだよ!」


「先生、僕は先生みたいな美人が担任で嬉しいなー」


「あっ、コラてめぇ、さっそく保身に走るんじゃねぇ!」


「安心しなさい、ちゃんと平等に実験――指導してあげるから」


「今実験って言った!」


「気のせいよ」


 まずいぞ。遠峰女史のギフト実験といえば、跳ねっ返りのギフテッドも翌日には別人のように従順になったとの噂が、真しやかに語られているシロモノだ。完全にとばっちりだが、こうなった以上彼女は俺たちを逃がすつもりはないだろう。なんとかうまい言い逃れをしなければ。


 ただならぬ雰囲気に、残る二人も表情がマジになる。たぶん考えていることは同じだろう。最低でも自分だけは助かろうという腹積もりだ。儚い友情であった。


「あ、悪い先生、俺今から塾に行くんだったわ」


「大丈夫よ、前澤君。先生がきっちりみっちりしっかり教えてあげるから。あなたは物覚えが悪いから、特別に身体の隅々まで刻み込んであげる」


「物理的に刻まれる予感しかしねぇ……」


「おっと、急に生理が始まったみたいだ。いやまいったなー、予定では明後日だったのになー」


「あら、大変ね。珍しい症例だから先生が診てあげるわ。任せなさい、先生これでも昔は養護教諭を目指していたのよ」


「それ失敗してますよねー」


 あほぅ二人が早々に撃沈する。 

 こんな時こそ、俺の長年培ってきた女性対話スキルの出番なのだが……駄目だ、何を言っても一蹴される未来しか見えてこない。


「四条君は何もないかしら? じゃあ行きましょうか」


「あー、いや、待って、その――」


「お客様」


 救いは意外なところから現れた。見知らぬ妙齢の女性。遠峰女史と同じぐらいだろうか。


「あ、店長」


 下手に巻き込まれないよう、空気と化していた星崎が声を上げる。そうか、店長さんか。確かにコックコートが良く似合っている。

 そしてその熟達した笑みは、遠峰女史へと向いていた。


「お客様、ご注文をお伺い致します」


「あ、いえ、私は」


「本日はアップルパイがおすすめでございます。ちょうど長野の実家から、旬の紅玉が届きましたもので」


「いえ、ですから――」


「お客様?」


 なんと、柔らかな威圧に遠峰女史が押されていた。いったい何者だ?


「星崎、なんなのこの人」


「ウチの店長。多少騒がしいのには寛容なんだけど……冷やかしだけは絶対に許さないのよ」


「あー、それで」


 気づけば、あれよあれよという間に遠峰女史が着席させられている。空間が不思議な流れに支配されていた。


「あと、若い男子が好きだから助け舟を出したんだと思う」


「よし、中西を捧げるとしよう」


「本人はフツメンが好みらしいわ」


「何故に俺を見る? 何それ俺のこと褒めてんの貶してんの?」


「想像にお任せするわ」


「なんか納得いかない……」


 ともあれ。

 店長さんのおかげで、どうにか場は落ち着いたようだ。


「あら。おいしいわね、このアップルパイ」


「お気に召して頂けたなら何よりです」


 しかしこの先生、ほんと何しに来たんだろうな……?

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