もう一度、ここから
それから二週間ほどは、慌ただしく過ぎた。
あの病室で紫月たちと答え合わせをして、今回の事態は一応の終わりを迎えたのだが。裏で関わっていたのが祝福省の上層部だっただけに、諸々の事後処理にそれなりの時間を要したのだ。
ほとんどの重要な案件は、親父の方で処理してくれたが――おかげでまた泊まり込みが増えたと、親父はボヤいていた――俺も当事者である故、細かな手続きや説明を受ける必要があった。
まず祝福省本庁に出向き、俺の正式なギフテッド登録がされることになった。説明自体は以前に受けていたため、形だけの手続きではあるが、これにより俺はようやくにして基本的人権を保証される立場となれた。とはいっても、流石に〈デッドハーレム〉をそのまま登録するわけにはいかず、データ上は常駐型〈誘惑〉を登録名として隠れ蓑にしてある。これは親父と祝福省双方の意向であり、〈デッドハーレム〉の本質を知る人間はなるべく少ない方がいいだろうとの配慮である。
実際には何処から情報が漏れるかわからないので、気休め程度の処置ではあるが。それでも興味本位のマスコミや団体からの無遠慮な視線に晒されるのは、ある程度防げるだろうというのが親父の見解であった。確かにワイドショーが飛び付きそうな、恰好のネタではある。
登録を終え、ついでに顔を出しておこうかと祝対の執務室に寄ったところ。
親父は相変わらず若い娘さんたちに囲まれていた。
「蒼さん蒼さん、この書類なんですけどー」
「こより、今は私がボスに質問をしているのですが? というか距離が近いです。不用意に男性に体を押し付けるものではありません」
「えー、いいじゃない。蒼さんもおっぱいが当たった方が嬉しいですよね?」
「あー、いや、なんだその……」
「それにシャルは、この前デートしたばかりじゃない。たまには私にも譲ってよね」
「なっ、あ、あれはデデデデートとかそういうのではなく、単に上司と部下の日頃の業務における慰安であって――」
「しばらく顔が弛みっぱなしだったもんねー。今もたまに心ここにあらず、って感じで思い出しニヤけしてるし」
「そ、そんなことはありません! ボス、違いますからね?」
「お、おう。ってかシャルロ、お前もだいぶ近いぞ?」
「シャルの硬くて薄いのを押し付けられても困りますよねー」
「硬くはありません! きちんと毎晩入浴後に、久々利さん伝授の柔らか豊胸マッサージを……って何を言わせるんですかっ!」
「一ポイント〜」
「それもう終わりましたよねぇ!?」
「これこれ君たち、あんまりアオさんを困らせちゃ駄目だよー」
「あ、香里奈先輩。なんだか余裕ですね? いいんですか、割り込まないとシャルにリードされちゃいますよ?」
「ふふ、あたしは大人の女だからねー。多少の浮気は許してあげないと」
「え、どういうことですか?」
「聞き捨てなりませんね。それではまるで、香里奈とボスがそういう関係であるように聞こえますが?」
「まあねー。こないだアオさんに、好きって言われたし」
「「………………ええぇぇーーーっ!!」」
「ね、アオさん?」
「あー、いや、それはだな」
「蒼さん? ちょっとお話があります」
「おい久々利、なんだいきなり。やめろ引っ張るな」
「室長、こちらにご同行願います」
「うおっ、こら鬼灯、お前まで――なんで尋問室に連れて行こうとする!?」
「シャルちゃん」
「わかっています。防壁展開、逃しません」
「おいコラ、お前ら俺の話を――」
「はいはい、あっちでたっぷりじっくり隅々まで聞いてあげますからね?」
「柊、治療系の職員はまだ残っていたか?」
「あ、大丈夫ですよ? 私に任せてください。こう、ギリギリまで曲げてから曲げ直しますので」
「うおいぃぃぃぃーーっっ!!」
………………………………。
奥の個室へと連行される親父を尻目に、俺はゆっくりと踵を返した。何が悲しくて実の父親の修羅場を鑑賞しなければならないのだろうか。
しかし、どうにも親父の態度が煮えきらなかったな。今まではまったく気づく素振りもなかったのに、何か心境の変化でもあったのだろうか。
まぁいいか。その辺はまた今度落ち着いたら聞かせてもらおう。流石に俺たちに相談なしに再婚したりはしないはずだ……たぶん。きちんと会話のできる状態で戻ってこれるかは、甚だ怪しかったが。
そんなこともありながら、俺は何回かに分けていくつかの部署を回った。
探索室。研究室。生活室。外交室。書架室。審問室、などなど。
別に祝福省に勤めるわけではないのだが、今回の俺の処置は極めて特例であり、その挨拶回りのようなものだと親父は言っていた。今後世話になることもあるかもしれないと。そしてどこに行っても、俺が親父の息子だと名乗ると妙に生暖かい視線を注がれた。
「ああ、四条室長の息子さんね。どうりで」
何がどうりでなのかは、親父の名誉のためにも深くは突っ込まないでおいた。下手すると俺よりもハーレムしてるからな、あのセクハラ魔。
その間、紫月や朱里たちも似たような状況にあったようだ。特に朱里は、落ち着いたとはいえギフトがギフトだけにまだまだ危険視されており、書類の確認とサインだけで数日かかったらしい。
加えて朱里は、今回もギフテッドの登録をしないことになった。これは俺と同様の事由であり、あまりに危険すぎるそのギフトの存在が衆目に晒されるのを、祝福省が良しとしなかったのだ。
ただ、それだけなら俺のようにギフトを偽装すればいい。そうしなかったあたり、両者の間に何かしらの密約が交わされたと見るべきである。書類が立つほどの分厚さになった一因は、そこにありそうだ。
もちろん不安ではあるが――まぁ、いざとなれば俺がなんとかするしかあるまい。紫月や蓮さんというストッパーも増えたので、そうそう破滅的な状況にはならない……はずだ。
そうしてこまごまとした事務処理を終え、やっと一息つけるようになって。
晩夏の空を見上げながら俺が思うのは、彼女たちのことだ。
そう。
朱里たちを除けば、二十三人に連なる、俺が通り過ぎてきた彼女たち。
全員覚えている――と言いたいところだが、正直記憶があやふやになっている部分もある。だから忘れてしまう前に、俺は彼女たちのことを考えなければならないと思った。
最初に浮かぶのは、やはり千影だ。赤宮千影。あの病室から忽然と姿を消した、始まりの彼女。
胸の痛みを抑えながら、少し考えた。目覚めた彼女は、どういう状態にあったのか。
たま先輩により示唆された、〈デッドハーレム〉の特性のひとつ。時間経過による呪いの緩和。
千影とは長い時間を過ごした。だが自我を失っていた彼女に、果たしてその効果はあったのか。
確証はないが――あったのだと思う。だからこそ千影は、目覚めてからすぐに姿を消した。俺があいつの立場ならそうしただろう。どうするにせよ、時間は必要だったはずだ。
時間が解決してくれることは多い。どうしようもないほど関係がこじれた時は、一度距離を置いてみるのも案外好手である、というのは親父の言だったか。
度重なる女性へのセクハラがバレて、激おこした母さんから逃げ回っていた時のセリフなので、あまり説得力はないが。
千影の真意はわからない。されどいずれ、彼女にはまた会える気がした。彼女が俺に、愛想を尽かしていない限りは。
今度は俺が待つ番だ。そう、それが普通なのだ。やきもきさせた分、せいぜい痛みを抱えて待っているとしよう。
あとは、千影以外のあの子たちのことだが――。
「……あんた、こんなところで何してんのよ?」
不意にかけられた声に、空から視線を戻すと。
そこには腐れ縁の幼馴染みが、いつもの仏頂面で佇んでいた。
「人の世の儚さを黄昏に映していたところだ」
「疲れたサラリーマンみたいなことしてるんじゃないわよ……」
相変わらず失礼な奴だ。人気のない商店街の公園のベンチで薄暮の空を眺める様は、確かにそのように見えるのかもしれなかったが。
「ま、ちょうど良かったわ」
「何がだ?」
「すぐそこに新しいタピオカミルクティーのお店が開いてたのよ」
そう言って、自然な動作で右手を突き出してくる紫月。
「……お前さ、俺のこと歩くATMか何かと勘違いしてないか?」
「あら、アイスでもタルトでも、好きなだけ買ってくれるんじゃなかったかしら?」
「…………」
俺は無言で尻ポケットの財布を差し出した。
くそ……そうか、こいつあの時俺のモノローグを読んでたんだったな。今にして思えば、けっこう恥ずかしいことを考えていた気がする。読心とかほんと反則だろ。
「俺はもうあいつに逆らえないのか……?」
「別に、今までとたいして変わらないじゃない」
すげなく言い放って、プラカップを手にした紫月が俺の隣りに腰かける。もちろん左側だ。慣れとは恐ろしいもので、俺も何処かに座る際には無意識に左に空席を作るようにしていた。
まぁ、そうか。今までも俺がこいつに逆らえた試しなどなかったか。それは即ち、過去から現在に至るまで俺がずっと搾取され続けてきたということなのだが。
「で? どうせまたくだらないことで悩んでたんでしょ」
それでも本気で怒れないのは、それを取っかかりにこうして俺の話を聞いてくれるからであったりする。素直じゃない奴だ。新手のツンデレみたいなものか。いや違うか。
「あのな、俺だってちゃんと色々考えてるんだぞ?」
「知ってるわよ。答えの出ないことを、うだうだといつまでも考えてるのがあんただもの。それがくだらないって言うの」
「酷ぇ言われようだ……」
「ただの事実よ。さっさと吐きなさい。まぁ、言わなくてもわかるけど……赤宮さんたちのことでしょ」
ピンポイントで俺の思考を突いてくる紫月。……あ、こいつ。
「お前、また俺の心を読んだな?」
「あほぅ。それぐらい読まなくてもわかるわよ。何年付き合ってると思ってるのよ」
「……そうか」
そうか。それぐらい、わかるか。
そうだったな。こいつにはハナから、俺の悩みなんか筒抜けだったな。ギフトの有無なんぞ、関係なしに。
だったら遠慮なんてなしに、洗いざらいぶち撒けた方が早いか。
「千影のことはまぁ、置いておくとして。他の子たちは――どうなんだろうな? 呪いは薄れてると思うか?」
「さぁ? それは会ってみないとわからないわ。閾値に至るのが単純な時間経過なのか、接触した時間の累計なのかは、まだ検証してないもの」
「だよな、やっぱり」
結局は出たとこ勝負になるわけか。どうしたもんだか。
「……あのね、そうじゃないでしょ?」
項垂れる俺に、紫月が呆れたようにため息を吐く。迷いのない赤い瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。
「何回言わせるのよ? どうするかじゃなくって――あんたは、どうしたいの?」
「――ああ、悪い」
そうだった。悩む段階はとうに過ぎているのだから、答えを出すべきなのだ。確かにこれでは、うじうじしていると言われても仕方ないな。
俺を閉ざされた部屋から連れ出してくれるのは――やはりいつだって、紫月なのだ。
「もう一度だ。俺はもう一度、ちゃんと全員と話し合って。そして全員、ひとり残らず、救いたい」
それが俺の、偽らざる本心だった。
俺を好きと言ってくれた彼女たち。もう遅いかもしれないけど――その全ての思いに、俺は報いたい。
「まったく……最初からそう言いなさいよね」
「悪かったって。それで……手伝ってくれるか?」
「しょうがないわね。このタピオカの分ぐらいは動いてあげるわ」
それだと、毎回甘味を奢らされるハメになるな。財布の残りに気をつけなければなるまい。まぁ、高いが安いかで言えば激安だ。幼馴染み価格で、俺は最大の理解者を得られるのだから。
ともあれ、これでまたひとつ俺の行動指針が決まった。時間はかかるかもしれないが、いずれ俺は、俺が通り過ぎてきた彼女たちと向き合う。二十三人、全員とのけじめをつける。
「またハーレムが増えるわね」
「海賊王より険しい道のりな気がしてきたな……」
「ま、そんなに急ぐ必要はないわよ? 別に義務、ってわけじゃないんだから。あんたのタイミングで、あんたの思うようにやりなさい」
「ああ」
「あと、わかってると思うけど」
そこで紫月が、少し声のトーンを落とす。言いにくい――されど俺のために、言葉にしておかなければならないことを言ってくれるのだと、わかった。
「全員を、必ず救えるとは限らないわよ?」
「……ああ、わかってるよ」
「ほんとに? 今回はあたしたちが入念に準備をした上で、それでも最後は運否天賦に任せてうまくいったようなものよ? 失敗してまた引き篭もったりしないでしょうね?」
「それも含めて、って意味だ。それに、そうなったらまたお前が連れ出してくれるんだろ?」
「世話が焼けるわね……。わかったわよ、無理にでも引っ張り出してやるわ」
頼もしい限りだ。本当に、俺にはもったいない幼馴染みだよ。
「よし。んじゃまぁ、精々頑張ってみますか」
情けなくて不甲斐ない、こんな俺だけど。
こいつが。紫月が、ずっと隣りにいてくれるのなら。
どんなことがあっても、俺は歩いていけると、そう思えるのだった。
実際には、どう言い繕っても。
俺がこれから歩むのは、茨の道だ。きっとこれから、今はまだ想像もできないぐらいの困難が押し寄せ、少女たちの膨大な感情がまた俺を苛むことになる。
疲弊し、絶望し、心を擦り減らす、それは感情の嵐の中を行く物語。
その先に、いつか辿り着ける場所があると信じて。
紫月たちと共に、俺は進んでいく。
そう。
ハーレムは続く。
デッドハーレムは、続く。
ようやく第一章が終わった……予定では数ヶ月で終わるつもりだったのに、恐ろしく伸びてしまいました。文章書くのって難しいですね。
僅かながら読んでくださってる方がいるようで、ありがたいことです。そして筆が遅くて申し訳ないです。
構想はまだまだあるのですが……しかし需要があるのだろうか……。
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