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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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父、報告を受ける

「……理不尽だ」


 咥えた紙巻きもそのままに煙を吐き出しながら、俺はそう独りごつ。張られた頬の痛みはようやく引いてきた。

 まぁ、予想どおりの展開になった。予想できていたのなら回避できなかったのかとも思うが、人生とは往々にして予定どおりにはいかないものである。ましてやこんな仕事をしていると、年々イレギュラーばかりが増えていく。事が起きてからの対応が基本なので、致命的な事態にはならない些事への備えは、どうにも忘れがちになってしまうのだった。


 煙でいくらか落ち着いた脳裏に思い起こされるのは、先ほどの湯気を立ち昇らせたシャルロの涙顔だ。アレはアレで可愛らしかったが、それを指摘するともう一発平手が飛んでくるのは目に見えていたので、流石に自重した。

 そう、バレたのだ。シャルロに。シャルロ弄りの存在が。




「……おかしいとは思っていたんです。皆さん、事あるごとに私に胸の話をしたり、いかがわしい本を見せてきて感想を求めたり、アンケートだと言って性知識や経験を聞いてきたりしましたから。そういうことだったのですね?」


 シャルロの非番の日に合わせて先月の集計結果を発表していたのだが、その場面に勤勉なシャルロが自主訓練に訪れたことで、それは露呈した。見張りを立てておくべきだったかと俺は後悔したが、時すでに遅く。事態を理解したシャルロの額には、刻一刻と青筋が増殖していった。


「――それで? 誰が首謀者なんです?」


 鬼気迫る勢いのシャルロの問いに、残る職員の全員が示し合わせたかのように俺に顔を向けた。こいつらはなんでこういう時だけ息がぴったりなのだろうか。


「おいコラ。待てや。違うだろ? 俺はそもそも参加すらしてないだろ?」


 香里奈、こより、久々利や他の職員たちに順番に目線で訴えかけるが、瞬時にさっ、と逸らされる。唯一鬼灯だけは目を合わせてくれたが、そういえばこいつは俺と同じく参加していない。くそっ、この裏切り者どもめ……!


「ボス?」


 普段はなかなか見せないほどの満面の笑みを携えて、シャルロが肉薄してくる。俺は知っている。これは数瞬の後に、激情の嵐となる種類の笑顔だ。


「シャルロ、よく考えろ。そして周りをよく見ろ。俺がそんなことをする奴に見えるか?」


「ヤー」


「何故だ!?」


「日頃の行いじゃないですかねー?」


「おい香里奈、どういう意味だ」


「さぁ? 胸に手を当てて考えてみればいいんじゃないですかね」


「こうか?」


 もにゅん、と柔らかな感触。あ、こいつまたノーブラだわ。


「うきゃあっ! なんであたしの胸を触るんですか!」


「いや、ついでにな」


「蒼さん蒼さん、たぶんそういうところかとー」


「弁解の余地はないですね。シャルちゃん、やっちゃいなさい」


「待て待て、話を逸らすんじゃ――おいやめろ、なんでしがみついてくるんだお前ら待てってコラぁ!」


 まずい。ハメられた。こいつら、俺をわかりやすい生贄にするつもりだ。


「ボ〜〜ス〜〜のぉぉ〜〜」


「シャルロ、落ち着け――ってなんで助走つけてんだお前はぁ!?」


「馬鹿ぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そうして。

 またしても俺の頬には、特大の快音が響いたのであった。





「俺じゃなきゃ辞表か転属願いを出してるぞ、こりゃ……」


 煙を吐いて黄昏れる。いい加減歯の一本や二本折れてもおかしくないほど、最近の俺の顔面は季節の移り変わりが激しい。

 まぁ、その原因の八割方は俺のセクハラによるものなので、ただの自業自得ではあるのだが。


「とはいえ、セクハラはやめられんしなぁ」


「いや、そこはやめましょーよ普通に……」


 と、突然隣りの席に現れたもさもさピンクから苦言が返ってくる。当然のように、俺の口から吸いかけの煙草を奪いながら。


「香里奈、いきなり現れるのはやめろっての。びっくりするだろうが」


「いきなりおっぱい揉むのもやめてほしいんですがね」


「馬鹿を言え。俺に死ねってのか?」


「死んでも治らなそうですけどねー」


 心底呆れたような半眼で、香里奈が煙を流し吐く。堂々と法令違反をするその姿も、ずいぶんと様になってしまった。

 大人として、公務員としては一応止めるべきなのだろうが……それも今さらか。そもそも俺自身、そんなことを言えた立場ではないしな。


「ほんと、あたしじゃなきゃ裁判所に訴えてますからね?」


「しょうがねぇだろ、体が勝手に動くんだから」


「……絶対いつか、責任取ってもらうんですからむぎゅっ」


 なんだか怖いセリフが聞こえてきたので、新しい煙草を咥えさせて黙らせる。不満げな顔をしながらも、香里奈は煙に言葉を忍ばせた。

 俺のスルースキルは今日も問題ない。そこから畳むように話題を転換する。


「あー、どうだ、シャルロは落ち着いたか?」


「もう……。まぁ、なんとかなりました。というか、逆に興奮しちゃってますけど」


 一発貰ってからそそくさと逃げ出したため、最後までは見届けられなかったが。去り際にちらりと覗いた室内では、憤懣やるかたない様子のシャルロをなんとか宥めようと、久々利たちの間で高速のアイコンタクトが飛ばされていた。

 

「結局、一位の権利をシャルシャルに譲るってことになったんです」


 一位……俺とのディナー権か。それで興奮してる?


「なんかすげぇハードル上がってないか? なんだ、俺はいったいどこの三ツ星レストランを奢らされるんだ?」


「や、そういう意味じゃないんですけど……相変わらずですねーアオさんは」


「やっぱアレか、コースのフレンチとかにした方がいいのか?」


「なんでもいいと思いますけどね。あの緊張具合だと、どうせ味なんかわからないでしょうし。あ、ちなみに二位のランチ権はあたしが取りました」


「そうか、じゃあす○みな○郎でも行くか」


「落差激しすぎませんかねぇ!?」


「なんだ、不服か? 綿飴とか作れるんだぞ?」


「ああ、もう……落ち着くのよあたし。どうせこういう展開になるのはわかってたんだから……」


 額を手で覆い、ひとりでウンウンと唸り始める香里奈。相変わらず年ごろの娘っ子の考えることはよくわからない。それとも、突発的な生理でも始まったのだろうか。これは確かめる必要があるな、具体的にはパーカーの中を――と思い立ち。


 そんな折だった。

 うちで預かるもうひとりの娘――例の病院のベッドで眠っているはずの、紫月からの連絡が来たのは。












『――ま、そんなところね。だいたいわかったかしら?』


「……ああ」


『じゃ、あとは頼むわね』


「ああ、あとは俺の仕事だ。任せておけ」


 強く断言して、スマホの通話を切る。それなりに話し込んでいたのか、気づけば摘んだ煙草の芯は全て炭化していた。

 新たな一本を咥え、火を着ける。大きく煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。何万回と繰り返した動作。

 伊達に年は食っていない。吐き出す煙に心を乗せれば、ほら、渦巻いた感情も難なく平常に戻る。そのはずだ。少なくとも、そう装うことはできる。


「もしかしたら、蒼さんと話すのはこれで最後になるかも。どうなるかは、全部冬馬次第。最悪、朱里の処理を頼むことになるけど……でもたぶん、大丈夫だと思うわ。あいつはきっと、あの子を止めてくれる。だから詳しいことは、全部終わったあとに話すわね」


 今回のハーレムの終わりに向けて、紫月はそう言っていた。そして実際、そのとおりになった。

 紫月が何か、俺の想定とは違うところで動いていたのはわかっていた。あいつは昔から聡い子供だった。だから、後始末は全部やってやるから好きに動けと答えておいた。


 全てが終わり、冬馬に抱えられて横たわる紫月を見ても、俺に動揺はなかった。こんな終わりを紫月が良しとするはずがない。故にこの状況こそが、紫月の目指した形なのだと思えた。そして予想どおり、精神を壊されたはずの紫月から今、その報告がもたらされた。


 それにも驚きはなかった。なんらかの手段で紫月が復活するであろうことはわかっていた。

 だがひとつだけ、予想外があった。それは紫月の抱えていた感情だ。最早誰にもどうにもできないほど、その思いは歪んで曲がって狂ってしまっていた。


 依存でも執着でも崇拝でもない。あるいはその全てだ。

 紫月にとって、冬馬の存在は前提となっている。イコール世界そのものであり、冬馬なくして紫月は存在を保てない。

 冬馬のいる場所が、紫月のいる場所であり。

 冬馬の終わる時が、紫月の終わる時であった。

 限定型(リミテッド)ただ、貴方の傍に(スタンド·バイ)〉。

 それは紫月というひとりの少女の未来を、その行末を固定する呪いのような観念だ。無限の可能性を、紫月は自ら狭め、閉ざした。いや、収束させたと言うべきか。正しく全て、冬馬のために。


 今さらではある。冬馬をあの部屋から連れ出した時から、紫月は既に決意していた。今ではもう本当の娘と変わりなくなったあいつに、他の選択肢を用意してやれなかった。もっと俺がうまく立ち回っていればと、そう悔恨することすらできやしない。


 だから、せめて。

 紫月と冬馬が願い、選び、掴んだ、この僅かな希望の光だけは。

 この俺が、絶対に守ってみせる。

 そう――例え誰を敵に回したとしてもだ。


「……アオ、さん?」


 震えるような声が、俺を思考の渦から呼び戻す。

 見れば、不安そうな顔をした香里奈が、恐る恐るといった様子でこちらを窺っていた。

 

「――ん? おお、悪い悪い。ちょっと考えごとしてたわ」


「いえ、それは別にいいんですけど……あの、その」


 歯切れの悪い答えが返ってくる。やはり生理なのだろうかと思っていると、意を決したように香里奈は口を開いた。


「なんか……怒ってます?」


「……怒ってる?」


 誰がだ? いや、二人しかいないこの空間で香里奈が示しているのだから、それは俺に他ならない。

 

「そう見えるか?」


「はい。その……ちょっと、怖いぐらい」


「……そうか」


 思えばそれは、俺が久しく抱いていない感情だった。

 だが――そうか。

 そう認識すると、自然と渇いた笑いが漏れ出てきた。

 


 俺は、怒っているのか。

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