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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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ひとつの結末

「怖かった……」


 白い部屋の白い扉を見据えて、私は深く大きく息を吐く。「それじゃあ、紫月ちゃんと環ちゃんを呼んできますね」と一時退室していった蓮さん。濃密な圧力を放っていた彼女がいなくなったことで、私はようやくまともに呼吸ができるようになった。


 まだ圧迫感の残滓が燻っているような気がして、私は白いカーテンとその奥の窓を開け放った。柔らかな風が服の隙間から入り込み、僅かな心地よさを感じる。気づけば、いつの間にやら大量の汗をかいていた。

 怒らせてはいけない人というのは、ああいう人のことを言うのだろう。紫月ちゃんに続いて、私にはまたしても逆らえない存在ができてしまった。


 実際、ギフトを駆使したとしても、本来なら私では蓮さんには敵わない。なりふりを構わなければ、彼女は無限に分体を作れるのだ。どれだけ壊そうとも、いずれは私の精神力が先に底を突く。

 あの対峙の場面で、本体の蓮さんが介入してこなかったのは、彼女が私の利用価値を見極めていたからに他ならない。そうしてめでたく? 彼女のお眼鏡に適った私は、ここにいることを許された。いつか取り返しのつかない事態に陥った時、彼女を壊す存在として。

 今後何があっても、絶対に彼女には逆らわないでおこうと、私は深く心に誓うのだった。


「着替え、あるかな……?」


 一度気になると、やはり肌に貼り付く汗が気持ち悪かった。何より――そうだ、今から紫月ちゃんに会うのだ。

 どうしよう? 蓮さんの対応で頭がいっぱいで、心の準備が全然できていない。

 何を言えばいいのか。どんな顔をすればいいのか。まずは謝って……あれ、でも、私も利用されていたわけで、だったらお互い様なんじゃ? とは言え、嫉妬に駆られて紫月ちゃんの精神を壊したのは確かだし……。


 いや、そもそも紫月ちゃんは、私のことをどう思っているのか。友達だと言ってくれたのは、やっぱり上辺だけの演技だったのだろうか。そうではないと思いたいけど……ああ、駄目だ、考えが纏まらない。

 とりあえずは汗だくの病院着を脱いで、下着も脱いで、シャワーを浴びたいけどそんな時間もないし――などと考えていると。


「入るわよ」


 ノックもなしに、がらっと引き戸が開けられる。蓮さんと環さんと、そして相変わらず無表情で綺麗な――紫月ちゃん。

 ああ、紫月ちゃんだ。私が壊してしまったはずの、もう話せなかったはずの。――って。


「えっ、ちょっ、ま、えと――うえぇっ?」


「……あなた、なんで裸なのよ……?」


「ふむ。いわゆるラッキースケベというやつだね」


「そんな陥没した乳首を見せられても、何も嬉しくないわ……」


「ひ、酷い、気にしてるのに……そっちなんかサイズの割に、私よりも乳輪大きいくせに……!」


「ちょっと、聞き捨てならないわね」


「まあまあ、お二人とも、今は胸の話なんかどうでもいいでしょう?」


「蓮さん蓮さん、あなたが加わると余計にややこしくなりますから。あと胸部の話をされると私の立つ瀬がない」


「ほんとよね。蓮さんはちょっとそこでぷるぷるしててもらえるかしら? こう、仲間になりたそうな感じで」


「なんかまた酷いこと言われました……」


 おかしい。なんだコレは。私の思っていたのと違う……。

 もっとこう、涙ながらの再会になるはずだったのでは。

 

「まったく……。とりあえず何か着たら? そういうのは冬馬にやりなさいよね」


「う、うん。でも、そういう問題じゃないと思うよ……」


……まぁ。

 湿っぽい空気にならなかったのは、良かったのだろうか。















 替えの病院着と下着は備え付けの棚にしまってあったので、いそいそと着込む。身支度を整えたところで、退屈そうに待っていた紫月ちゃんが口火を切った。


「感情の問題とか、落とし前の話は長くなるから、また今度にしましょ。とりあえず今日は、現状の確認だけ」


「うむ、それがいいね。一応凛子君や詩莉さんもいる場面の方がいいだろう」


「なんだか不穏なワードが聞こえてきたよ……」


 落とし前って、いったい私は何をさせられるのだろうか。小指を天ぷら油でカラリと揚げられて、「さあ、食べなさい」とか言われるのかもしれない。「おいしいです」って言わないとおかわりを強要されるのだ。あ、駄目だ。それはそれで「そう、じゃあもう一本揚げましょ。いいのよ、遠慮しなくて?」とか言われそうだ。紫月ちゃんならやりかねない。


「……なんか失礼なこと考えてるわね」


「滅相もございません」


「まったく……そもそも、今までも不穏な状況ばっかりだったじゃないの」


「……それもそうだね」


 まぁ、甘んじる他ないだろう。今こうして話し合いができているのが、通常ならあり得ない状況なのだから。

 凛子ちゃんにはけっこう恨まれているかもしれない。お互い様なところもあるとはいえ、裸にひん剥いてお漏らしまでさせてしまったのだから。


 詩莉さんは…………。えっと、うん。とりあえず考えないようにしておこう。


「詩莉さんは簡単よね。一晩体を差し出せばそれで済むわ」


「考えないようにしてたのにぃ……!」


 相変わらずピンポイントで人の弱みを突いてくる紫月ちゃん。本人にそんな提案をされてはたまったものではない。鬼畜の所業にもほどがある。


「冗談よ」


「ほんとに? ほんとに冗談だよね!?」


「蓮さん、直近でめぼしいフェアとかやってたかしら?」


「今なら都○里の抹茶スイーツがおすすめですよ」


「あら、おいしそう。ね、朱里?」


「うう……」


 こうしてまた、私のお財布が蹂躙されていくのか。しかし背に腹は代えられない。放っておけば私の貞操が散らされてしまう。


「で、どう? 環さん」


「ふむ、大丈夫じゃないかね。以前よりはだいぶ薄まっている感じがするよ」


「え? え?」


 何やら訳知り顔で頷き合う二人。いったい何を……ああ、そうか。会話から私の精神状態を見極めていたのか。

 先ほど蓮さんもちらっと言っていた、呪いが薄まっているかの確認だろう。


「というか、ずいぶん紫月君に懐いているねぇ。とーま君よりキミの方が、うまく手綱を握れるんじゃないかい?」


「苦労したわ。ここまで調きょ……友情を育むのには」


「今、調教って言ったよね?」


「気のせいよ」


「むぐぐ……」


 絶対に気のせいじゃない。私は猛獣ではないのだけど……今までの行動を振り返ってみると、あながちそう断言できなかったりもするのが悲しいところだ。


「完全に尻に敷かれているねぇ。その人心掌握の術は、私も見習いたいものだよ」


「あら、簡単よ? だってこの子、典型的な上辺付き合いしかできない隠れぼっちだもの。時間はかかるけど、ちょっと構ってあげればすぐに尻尾を振ってくるわ」


「そ、そんなことは……」


「ない、と言うのなら、他に仲のいい子の名前を三人挙げてみなさい」


「え、えっと、えっと、その……」


 記憶をほじくり返してみるが、出てくるわけがなかった。だって紫月ちゃんが初めての友達だもの。

 え、そうなの? 気にしてなかったけど、私ってぼっちだったの?


「もう、そんなにいじめちゃ駄目ですよ? それにほら、今は私だって朱里ちゃんの友達ですから。ね、朱里ちゃん?」


「あ、ハイ。ソウデスネ」


「こっちはこっちで、友情の定義がゲシュタルト崩壊している関係性だねぇ……」


 なんだかよくわからなくなってきた。やっぱり友達って難しい……。


「あれ、でも、紫月ちゃんが私たち以外の人と話しているのも見たことないような……」


「あたしは仕方ないのよ。誰かさんのせいで、転校ばっかりだったから」


「それだけじゃないと思うのは私だけかなぁ……」


 主に性格的に。どう見ても積極的に友達を作るタイプには思えないし。


「うるさいわね。そんなこと言ったら、環さんだって似たようなものじゃない。下僕は多いみたいだけど」


「おっと、こっちに飛んでくるかい。私はほら、研究が忙しいからねぇ」


「あらあら、皆さんお友達が少ないんですね。私はたくさんいますけど」


「そうね。蓮さんはちょっと腕を切り落とせばすぐ友達ができるもの」


「そんなことはしません。……最近私の扱い、酷くありませんか?」


「ぼっちばっかりだねぇ。とーま君もほぼぼっちだし。ぼっちーずでも結成するかい?」


「私は違いますからね……?」


 状況が混沌としてきた。このままでは某友達が少ない部活が始まってしまう。残念な美人ばっかりだし。


「とまれ、こうして冷静な話し合いができているのだから良しとしようか。おめでとう朱里君、キミのハーレム参加はここに認められた」


「えっと……ありがとう?」


 とりあえずは、これでコンセンサスが取れたと思っていいのだろうか。相変わらず冬馬君の意思はまったく考慮されていないけど、そこは誰も気にしていないみたいだ。彼のことだから、ため息を吐きつつも受け入れてくれるのだろうけど。


 そうして、私たちはひとつの結末に辿り着いた。いや、月並みな言葉だけど、ようやくこれから始まるのだろう。

 全てが円満に解決したわけではない。私と蓮さんのように、複雑で危ういバランスの上に成り立っている関係もある。それぞれの呪いが完全に消え去ったわけでもない。口に出せない思いだって、きっとまだ抱えている。


 それでも当初に想定していたよりは、ずいぶんと平和的な関係に着地できた。それは偏に、紫月ちゃんの計画が成した功績だ。

 おそらく紫月ちゃんは、複数の結末を想定していた。不安定な要素――主に私だけど――が多い中、どう転んでも自分と冬馬君の安全は確保できるように動いて、その上で私たちをどうするかを見極めていた。


 故に打算がなかったとは、間違っても言えない。というかほとんどが打算で、私たちのことはついでぐらいにしか考えていないのかもしれない。

 でも、安易な道を選ぶことはしなかった。冬馬君の意向もあったのだろうけど、いちばんやっかいな私を即座に排除したりはしなかった。

 今にして思えば、私以外のメンバーの結託を扇動すれば、私だけを排除することはそう難しくはない。朝飯前とまではいかずとも、紫月ちゃんなら夕餉の前ぐらいにはやってしまえたはずだ。

 だから。どの程度の思いを割いてくれたのかは、未だにわからないけど。

 紫月ちゃんはきちんと、私のことも尊重してくれたのだ。

 

 まだまだ、未解決の問題はたくさんある。その対処を考えなければならないし、そしてそう遠くない内に、今度はまた別の女の子が現れる。完全な平穏に至る道は長い。


 けれど、今しばらくは。

 心と体を休めるぐらいの時間は。

 仮初めの安らぎを享受しても、罰は当たらないだろう。




……………………

……………………

……………………




「――あ」


 そういえば。

 もうひとつだけ、重要な問題があるのを忘れていた。


「ね、ねぇ、紫月ちゃん」


「何よ?」


 私たちの問題は、それでいいとしても。

 そもそもが、事の発端は私たちだけで始まったわけではないのであった。


「祝福省の方はどうするの? 早霧さんみたいな個人ならともかく、組織としてのあの人たちが、そう安々と私たちを解放してくれるとは思えないんだけど」


 少なくない予算と時間を費やした計画だったと聞いている。私の制御という目的は、本来意図していた方向である程度達成できたわけだが。

 それならそれで、その先の展望――冬馬君の、今後の継続的な利用を、彼女たちは視野に入れているはずである。


「あ、でも、私たちならなんとかなるかな? 壊しちゃう? 全部壊しちゃう?」


「……あなたはその短絡的なところを直さないと駄目ね。もっと奥ゆかしさを持ちなさい。あなたの乳首みたいに」


「ち、乳首は関係ないよぅ……!」


「大丈夫よ。手は打ってあるわ」


 ふぅ、とため息をひとつ。

 紫月ちゃんは珍しく、傍目にもわかるようなニヤリとした顔を作った。


「子供の身で、私たちはできるだけのことはしたわ。あとはあっちの問題。大人の事情は、大人に任せましょ?」

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