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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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狂いの密度

 どういうことだろう? 要点を明かしてくれないので、何を言わんとしているのかがいまひとつわからない。紫月ちゃんはたまにそういうところがあった。

 人が悩んだり困ったりしているのを見て、楽しむようなそぶり。生来、そんな気質を持っているのだろう。生まれながらのいじめっ子。ほんとに性格が悪い。


「……別に、無理に聞かなくてもいいのよ?」


「な、なんでもないよ。今日も紫月ちゃんは美人だなぁって、見蕩れてただけだよ」


 そして人の思考を読むのが異常なほど上手いので、なおさらタチが悪い。まるで普段から心を覗き込むのに慣れているような。

 つい冬馬君のような、あからさまなおためごかしをしてしまう。


「まったく……。あたしが言ってるのは、そのままの意味よ。破壊で創造をしてみなさいってこと」


「破壊で創造を?」


「そう。あなたの最も秀でているところは、ギフトそのものよりもその空間把握能力。〈破壊〉する対象の設定には、細かな調整が効くんでしょう?」


「うん。目視できればミリ単位で調節できるよ」


「だったらできるはずよ。そうね、例があった方がわかりやすいかしら」


 そう言って、紫月ちゃんががさごそとバッグを漁りだす。ああ、いつもの流れだな、と思っていると、案の定無駄に長い耳の付いたぬいぐるみが取り出された。

 さらに背中のジッパーが下ろされ、そこから出てきたのは――


「……それ、まだそのままだったんだ」


「まぁ、ある意味芸術作品ではあるもの。壊すのも憚られたのよ」


 絶対に嘘だ。いつぞや私が造形した、奇っ怪な生物のオブジェ。何処かの場面で、私の精神を削るために残しておいたに違いない。


「朱里、あなたは普通に「創造」をしようとすると、こんな禍々しい邪神像を生み出してしまうわ」


「そんなつもりはないんだよ……」


 我ながら不思議で仕方ない。ウサギさんを作ろうと思ったのに、どうしてこんなものができてしまうのか。


「だから、手段を逆にするのよ。ゼロから何かを生み出すんじゃなくて、百からの削減で完成を目指すの。わかる?」


「百からの削減…………あっ」


 ぴこん、と頭に豆電球が灯る感覚。そうか、そういうことか。


「理解したようね。じゃあとりあえず、この宇宙生物をまっとうな生き物にしてみなさい」


「う、うん」


 イメージを構築する。創るのではなく、余計な部分を削り壊す感覚で。そう、「創造」ができないのなら、〈破壊〉でそれを成せばいいのだ。

 足し算ではなく引き算。過程は異なれど、それなら同じ結果に導くことができる。


「……できた」


 そうして完成した、今度こそちゃんとしたウサギの造形。まだまだ粗くて、不格好な部分もところどころあるけど。

 それは修練の積み重ねで払拭できることを、私は知っていた。


「できた、できたよ紫月ちゃん!」


「ええ、まぁ及第点かしらね。あとはわかるわね?」


「うん。これをお料理に転用するんだね」


「そう。恐ろしく回りくどくて、本来なら無駄な工程が多い方法だけど。あなたにとっては、これが唯一の調理法になるわ」


 やっぱり紫月ちゃんはすごい。よくこんな方法を思いつくものだと、感心してしまう。


「ただ、流石に単純な焼成以外は難しいと思うわ。いずれはできるかもしれないけど、まずは卵焼きに集中しなさい」


「うん、わかったよ。えへへ」


「……なに? 気持ち悪い声出して」


「酷いなぁ……。なんでもないよ、ただ、嬉しかっただけ。私にも、何かを作ることができるんだなって。ずっと壊すことしか考えてこなかったから」


 思い返してみれば。それは私が初めて、自らの手で何かを生み出した瞬間だった。

 必要ないと思っていた。ただ壊せれば、それだけで良かった。

 知らなかった。誰かと一緒に何かを成すことが、こんなに楽しいだなんて。


「私、紫月ちゃんに会えて。紫月ちゃんと友達になれて、本当に良かった」


「……そ。じゃあ、もっと感謝しなさい? あなたみたいな変な女と付き合えるのは、あたしぐらいのものよ」


「やっぱり酷い……うん、でも」


 言葉はするりと、心をそのまま通して出てきた。


「ありがとう。私と友達になってくれて」


………………

………………

………………

 

 そんな、淡い夢を見ていた。
























 過ぎ去りし過去の日々。

 もう戻れない思い出。

 だから私には、それが夢なのだとわかっていた。

 意識はゆっくりと、牛の歩みのように戻っていった。まるで夢から醒めるのを嫌がるように。


「……あれ? 私――」


 見覚えのない部屋だった。真っ白な部屋の、真っ白なベッド。記憶が混濁している。私はどうして、こんな場所にいるのか。

 ぽたりと、水滴が私の手の甲に跳ねた。雨漏りでもしているのか。

 違った。それは私の生み出したものだった。


「私――泣いてるの?」


 悲しかった。ただただ悲しみが溢れてきて、それはしばらく止まらなかった。そしてその感情は、私に記憶を呼び起こさせるものであった。


「わた、し、は――」


 何もかもを壊して。最後の最後、冬馬君に心の内を曝け出されて。それでも受け入れると、冬馬君は言ってくれて。

 それなのに結局は、自分の心まで壊して。私は逃げ出した。冬馬君の優しさに耐えられずに、自分の浅ましさを直視できずに。

 そのはずだったのに、どうして私は目を覚ましているの?


 真っ白な世界を呆然と眺めて、ふと気づく。あれほど私を苛んでいた頭痛が、綺麗さっぱりと消えていた。もう治せないはずだった痛み。その消失が意味するところは――。


 答えは、控えめなノックの音と共に現れた。


「あら、もう起きてましたか?」


 私は幽霊を見ているのか。

 あるいは、この白い部屋こそが死後の世界なのか。


「――――蓮、さん――」


 完膚なきまでに、私が壊し尽くしたはずの少女が。

 柔らかな笑みを携えて、そこには立っていた。


「体調はどうですか? ちゃんと全部治せたとは思うんですけど。あ、ついでに虫歯が一本あったので、それも治しておきました」


 サービスです、と言って彼女がにっこりと笑う。やはり蓮さんだ。それも狂いに至る前の、穏やかな佇まいの彼女。


「どうして――」


「あ、そうでした。朱里ちゃんにも説明してあげないといけませんね」


 そうして、彼女が語ってくれる。事の顛末。隠されていた思いとギフト。蓮さんと、祝福省と――そして、紫月ちゃんの意図。

 深い衝撃が私を貫いた。私は何も知らなかった。やっぱり騙されていたんだという思いがあって、でも、それ以上に。


「じゃ、じゃあ、紫月ちゃんも――」


「ええ。ぴんぴんしてますよ」


 湧き上がってくるのは、安堵の感情。そう、例え謀られていたのだとしても。

 それでも私は、紫月ちゃんが無事であることが嬉しかった。


「詳しいことは、後でお話しましょう。でもその前に、私、朱里ちゃんにお礼が言いたくて。少しだけ二人きりにしてもらったんです」


「……お礼?」


「はい」


 何を言っているのだろうか。分体だったとはいえ、私は蓮さんを殺めたというのに。恨まれこそすれ、感謝される謂れなどどこにもないはずで。

 そう訝しがる私に、蓮さんはにっこりと笑みを深くする。そこに濃密な感情が宿っているのに、私は気づいた。


「私の心は確かに、冬馬さんによって救われました。それは紛れもない事実です。でも私の場合は、それだけでは駄目だったんです」


 それは以前にも感じたことがあった。蓮さんの分体の理性を壊した時。思わず気後れしてしまうほどの感情が、そこには秘められていた。


「私のギフトは、皆さんとは違って常駐型(パッシブ)です。その最大の効力は、私自身の意思によって作用させることができません。自動的で、そして永久的なんです。悪質な携帯電話の契約のように。クーリングオフはできませんし、投げ捨てることすらできません。永久に、私は私であり続ける。

 その基準がどこにあるのか、何を起点に定めているのかはわかりませんでした。加齢に伴って変化するのかどうかも。でもつい最近、とうとう体重すら変化しなくなりました。どれだけ食べても太りませんし、逆に食べなくても痩せません。たぶん、肉体の成長が最適な状態に至ったんだと思います。これがどういうことか、わかりますか?」


「……不老不死、ってこと?」


「そういうことです。それが私の、死に至れない呪い。遠い未来の話ではありますが、いずれ私は皆さんを、冬馬さんを置き去りにして、ひとりで生き続けなければなりません。そんなこと、私は望んでなんかいないのに。

 ギフトって、いったいなんなんでしょうね? 未来永劫、私は存在し続けなければならないのでしょうか? それはいつまで? 人が死に絶えるまで? 星が輝きを失うまで? 宇宙が終わりを迎えるまで? それとも――それでも、終わらないの?」


「っ、それは……」


 私には、何も答えることはできなかった。それは正に呪いだった。私のものとは比べものにならないぐらいの、それは暗く、深い絶望の呪い。

 いつしか彼女の瞳は、螺旋に渦巻いていた。いや、それは最初からそうだった。ただ少し、私が見方を変えただけで。

 彼女は――蓮さんは、常に狂いを内包している。痛みを抱えている。その上で、平静を保っているのだ。それを成す精神の、どれだけ強靭なことか。


「だから私には、朱里ちゃん、あなたが必要なんです」


「……私が、必要?」


「はい。あなたは見せてくれました。どうあっても死ねない私を、あの子を、あなたは壊してくれました。完全に、完璧に、壊し尽くしてくれました。()を、終わらせてくれました。朱里ちゃん、あなたは私にとっての、最後に縋る希望なんです」


「……そういうこと」


 それでお礼を、ってわけだ。よもや、人を殺めて感謝される日が来ようとは。

 死に至れない蓮さん。私だけが、彼女に終わりを与えることができる。それは彼女にとっての救いとなる。


 歪な関係だと思った。〈破壊〉と〈再生〉。対極にある私たちのギフト。壊したい私と、壊されたい蓮さん。危ういバランスの上に、私たちの関係は成り立っている。


「もちろん、今は死にたいとは思っていません。冬馬さんのお傍にいられるのが、何よりの幸せです。でも、いつかはこの関係にも終わりが来ます。それがどのように訪れるのかはわかりませんが、冬馬さんはこれからも色んな事件に巻き込まれていきます。いつまでも同じではいられないんです」


 そのとおりだった。一応は収束を迎えた今回の事態。でも、冬馬君のギフトについてはまだまだ不明点が多い。しばらくの内に、また別の女の子を引っかけてくるのは想像に難くなかった。

 そしてそうなれば、私たちの関係にも変化が生じる。冬馬君はきっと、その子を救おうとする。その時、私たちの立ち位置が同じである保証はない。未知のギフテッドと相対して、今度こそ冬馬君が致命的な事態に陥る可能性だってある。


 さらに。万事滞りなく進んだとしても、蓮さんだけは私たちと同じ時間を歩めない。私たちを、冬馬君を置き去りにして、ひとりで生き続けなければならない。それは彼女に付き纏う、潜在的な恐怖だった。


「ね、だから、朱里ちゃん」


 そう前置いて、蓮さんが暗い笑みを深くする。計り知れない量の感情が、そこには宿っていた。


「いつか、私を壊してくださいね?」


 私はゆっくりと首肯した。頷く他なかった。

 次元が違うと思った。狂いも惑いも、願いも思いも。

 圧倒的な密度で、私が彼女に勝るものなど何ひとつなかった。


 最初から。

 私は紫月ちゃんと、そして蓮さんの思惑の内にいた。

 彼女たちを出し抜こうだなんて、それこそおこがましい思いだったのだ。

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