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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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感情の行方

 流石に重い。重いが、もちろんそれを言葉にするわけにはいかない。表情に出すのもアウトだ。気取られぬよう、全て内々にしまっておかなければならない。


「重いですか?」


「まさか。軽すぎて驚いてるよ」


「あら、良かった。ふふ、こうしてもらうの、ちょっと憧れてたんです」


 腕の中でころころと笑う蓮さんに、俺は必死で表情を取り繕う。汗が流れ出ていないかが心配だ。

 いわゆる姫だっこというやつである。軽いお説教の後、「環ちゃんだけずるいです」とのことで、蓮さんの要望を叶えた次第であった。

 以前、詩莉さんをこれで運んだこともあったが――ぶっちゃけ、蓮さんの方がいくらか重い。体格はさほど変わらないので、たぶん胸部装甲の差と、あとは今しがた内的宇宙に収めた巨大甘味の分だろう。余裕でキロ超えてたしな、アレ。


「ほんとに重くないですか?」


「余裕余裕」


「ふふ、夢がひとつ叶っちゃいました」


「そいつは良かった」


「あ、あと頭撫でてください」


 ここぞとばかりに要求を積み上げてくる蓮さん。もちろん逆らう術などないので、従うしかない。

 なでなで。

 くっ……腕が攣る……!


「耳元でイケメンなセリフ呟いてください」


「君に会えたことが、俺の人生最大の幸福だよ」


「私のどこが好きですか?」


「蓮さんの柔らかい匂い、好きだよ」


「このままヒンズースクワットしてください」


「ぬおおおおおおおおっっ」


 わざとだよね?

 もうバレてるよね?

 

 ひとしきり満足したのか、「ふふ、冗談です」とにっこり笑って、蓮さんが俺から降りてくれる。これ以上続けるとまたもやたま先輩のターンに入り、無限ループが続きそうだったので、俺は安堵に胸を撫で下ろす。


 その横でずぞぞっ、と大きな音を立てて、紫月が二杯目のラテを飲み干した。砂糖を吐きそうな顔をしているのは、決して底溜まりの糖分によるものではないだろう。睨めつけてくる半眼が何を言いたいのかは、心が読めなくてもわかる。いつまでイチャコラしてんのよ、だ。


「あー、ごほん。まぁとにかく、これで現状の整理は済んだわけだな」


 少々わざとらしく、咳払いをして区切りをつける。我が家の食卓は守らねばなるまい。


「他にはもう、俺に隠してることはないよな?」


 そう言って、各々の反応を見やる。念のためを思っての確認だったのだが……。


「ええ」


 と紫月が真顔で嘘を吐き。


「ハハッ、もちろんだよ」


 とたま先輩が甲高い声のネズミのように笑い。


「ふふ」


 と蓮さんがポーカースマイルを返してきた。


「……………………」


 そこはかとなく感じる不安に、俺はあんぐりと口を開いた。魂とか出てきそうな感じだ。

 前二人はともかく、蓮さん、あんたもかよ……。


 まぁ、今の時点では俺に明かさない方がいいと判断してのことだろう。俺のことを思うが故のはぐらかしだ。……そうだよな?

 色々と不安要素が残るが、追及したとてどうせ答えてはくれまい。一旦保留として、先のことを考えるべきか。 


「ハァ……仕方ない、とりあえず終わりにしよう。んで、だ」


 ため息とともに、再び仕切り直す。答え合わせは終わった。現状の把握は済んだ。ならば、あとは。


 柔らかな微笑の彼女を見つめる。俺が焦がれて、失って、また会うことのできた彼女。三枝蓮さん。


「? 私の顔、何か付いてます?」


「綺麗な顔が付いてる」


「まあ」と言って蓮さんが頰を赤らめる。もじもじと顔を両手で挟む仕草、それも愛らしい。

 そう。あとは、俺の感情の行方を整理しなければならない。


 今回、俺の感情は複雑な経路を変遷した。

 千影を失った俺を癒やしてくれた蓮さん。確かに俺は彼女に惹かれていた。だから一度は、彼女だけを受け入れようと思った。

 でも蓮さんも失って、今度は紫月に縋って、全員の思いを受け止めようと思った。紫月の献身に甘えた。全部手に入れてやると息巻いた。

 その紫月すら失って。されど自暴自棄にはならずに、最後には朱里だって受け入れようと思えた。その罪に寄り添う決意をした。すぐに壊され、何も叶わなかったと、一時は絶望しかけたが。


 結局は、皆が無事だった。誰も欠けることなく、終わりを迎えた。始まりと同じところまで戻ってきた。思いだけが駆け巡った。ならば、この感情も始まりまで戻すべきなのか。


 そんなことはできなかった。例え全てが元どおりになったとしても、その思いは戻せない。これ以上の嘘は吐けない。

 全部受け入れて、全部手に入れる。俺はそう誓った。だから、今から。

 俺はそれを、蓮さんに伝えなければならない。


「蓮さ――」


「冬馬さん」


 言葉が重なる。優しげな、されど力強い響きを持った、蓮さんの言葉が。


「私、冬馬さんが好きです。色々あって、色んなことがわかって。それでもやっぱり、この思いだけは一度も揺らぐことはありませんでした」


「蓮さん、俺は――」


「わかってます。紫月ちゃんほどじゃありませんけど、私だって冬馬さんのことをずっと見ていたんですよ?」


 ずっと見ていた。その言葉は、どこか深い重みを含んでいるように聞こえた。何故かはわからない。でも確かな年月の積み重ねが、そこには感じられた。


「もちろん、冬馬さんを独占したい気持ちはあります。優しい冬馬さん。私の自惚れでなければ、そういう道を選ぶこともできたんだと思います。でもその選択は、結果的に冬馬さんを苦しめることになります。もっとたくさんの人を、冬馬さんは救えるはずです。だから――」


 先手を打たれた、と思った。俺の思いを知り得た上で、蓮さんはそれに寄り添う形で俺を受け入れようとしている。

 まったく、優しいのはどっちの方なんだか。


「だから私は、大勢の中のひとりで構いません。それが、私の選んだ答えです」


「蓮さん……」


 まただ。

 また俺は、蓮さんに救われてしまった。土台、俺が彼女たちを救うなんて考えはおこがましいのかもしれない。事実、彼女たちを通して救われているのは俺の方だ。


「私としても、それで異論はないよ」


 そこに乗っかるように、たま先輩が言葉を挟んでくる。


「まぁ、ベターな落としどころだろう。とーま君のことだから、どうせすぐに新しい女の子を引っかけてくるだろうしねぇ」


「それこそ、無駄に増やすつもりはないんですがね……」


 来るものは仕方ない。なんだか浮気を黙認されたダメ男みたいで、微妙な心持ちだが。

 ともあれ、これで大方の問題は片付いたか。あとは――ああ、まだひとつだけ、大きなのが残ってたわ。


「たま先輩、朱里のことなんですが……」


「五分五分といったところかねぇ」


 察したたま先輩が、そう返してくる。


「彼女の呪いも薄まっているとは思うが、何分ギフトが強力すぎるからね。抑えられるかどうかは、微妙なところだ」


「そうですか……」


「それでもキミは、彼女も助けるんだろ?」


「ええ、それはもちろん」


 そこは譲れない。あいつだけ取り残したままにしておくだなんて、そんな選択肢は俺の中にはない。

 時間が解決するのであればそうするが……果たして意識のない状態での俺との接触が、呪いの緩和に繋がるのかはわからなかった。

 

「たぶん、大丈夫だと思います」


「蓮さん?」


「なんとなく、ですけど。朱里ちゃんも色んな思いを抱えていて、それを一度吐き出しましたから。少なくとも、いきなり襲ってきたりはしないと思います」


「だといいんですがね」


「というか、実は既に意識の〈再生〉は済ませてあります」


「……いつの間に」


 まぁ、いずれは頼むつもりだったのだが。手間が省けたと思えばいいか。


「まだ眠ってますけど。でも今は、冬馬さんは会わない方がいいかもしれません。女の子には準備が必要ですから。ね、紫月ちゃん?」


 振られた紫月が、気怠げに息を吐く。しょうがないわね、とでも言わんばかりに。


「そうね。そろそろあの寝ぼすけも起こしてあげましょ」


「……大丈夫なのか?」


「大丈夫よ。だってあの子」


 ぐっ、と体を伸ばして、紫月が小さな欠伸を噛み殺す。


「ああ見えて、案外チョロいから」


「…………さいですか」


 破壊の女神を、チョロい呼ばわり。

 ほんと、恐ろしい奴だよ。

 











◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆














 夢を見ていた。

 そんなに時間は経っていないはずなのだけど、どこか遠い過去になってしまったかのような、淡い記憶の夢を。


 綺麗な白い髪の彼女。触れるとさらさらと、銀糸のように流れたのを覚えている。

 映し出されるのは、まだ穏やかだった日々の、彼女と友達でいられた時の風景だ。


「いい、朱里? 破壊と創造は対極にある概念よ。なんでも壊せるあなたは、その代わりに何ひとつとして生み出すことはできないわ」


「それはもう、おかげ様で嫌というほどわかったよ……。でも、それでどうやって私にお料理を教えてくれるの?」


「普通なら無理ね。海○雄○でも匙を投げると思うわ」


「そ、そんな……」


 私は情けない声を出して紫月ちゃんの足にしがみついた。なりふりを構っている場合ではなかった。


「先生、お願いします……! もう先生しかいないんです……!」


「ちょっと、鬱陶しいからくっつかないで。早合点しないの。普通なら、って言ったでしょう?」


「じゃ、じゃあ……!」


「ええ、あなたは能力も頭の中身も普通じゃない。手はあるわ」


「なんでついでにディスられたんだろう……」


「気のせいよ」


 絶対に気のせいではないけど、今や口で紫月ちゃんに敵わないことはわかりきっていた。逆らうだけ無駄なので、大人しく黙っておく。

 こほん、とひとつ、紫月ちゃんは咳払いをした。言葉に力を持たせる所作だ。 


「破壊のあとに創造がある、なんて言葉もあるでしょう? 普通に考えると、ただの狂人の戯言にしか思えないけど」


「え、流石に私もそこまでおかしくはないよ。破壊はただの破壊。何かを生み出す余地なんて与えないほど、思想ごと、徹底的に、壊しきるだけ」


「……やっぱりあなた、頭がおかしいわね……まぁ、今はいいわ。でもそれが、あなたの場合はうまく当てはまるのよ」

 

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