巡り、巡る思い
「私、冬馬さんにお礼を言わなきゃいけません。あの子のこと。大切に思ってくれて、ありがとうございます」
「はぁ? いや、あの子って誰……っていうか、は、え、うええ?」
いやもう、わけがわからない。ただでさえ混乱しているのに新たな情報を加えないでほしい。あの感情のない孵卵器もきっとこんな心持ちであったに違いない。でもあいつけっこう感情表してるよな。って、そんなことはどうでもいいんだ。ああ、情報の整理が追いつかない。
「あら、紫月ちゃん、まだ話してないんですか?」
「ええ。ちょうど蓮さんの話になって、こいつが泣きそうな顔になるものだから」
「あらあら。じゃあ、説明してあげないといけませんね」
俺の頭越しに、訳知り顔で会話を交わす紫月と蓮さん。ほんとだよ、早く説明してくれないとオレの脳がオーバーヒートを起こしてしまう。
「三日前に、冬馬さんを監禁した私。あれは私であって、私ではなかったんです」
「余計に意味不明なんだが……」
「そのままの意味ですよ。あの子は私から生まれた、寸分違わぬ、もうひとりの私」
生まれた。もうひとりの。不可解な表現、それを現実に当てはめるのはいつだってギフトだ。蓮さんのギフト。常駐型〈再生〉。それが何がしかの作用を及ぼした。
「以前、試してみたことがあるんです。私の〈再生〉は、いったいどのレベルの損傷にまで作用するのか。それを知りたくて、高いところから飛び降りてみました」
「それはまた……」
狂気じみた発想だな、とは思ったが、口には出さないでおいた。やはりこの人も、根底からして狂いの因子を備えている。多かれ少なかれ、ギフテッドとは心に傷を負っているものだが。
その中でも、シングルの抱える闇は一際深い。下手に触れれば引き込まれ、その感情の沼に飲み込まれてしまう。それを俺は今回、嫌というほど思い知らされた。
そんなのが五人も揃って、よく俺は無事でいられたものだ。ああ、そういえば腹から真っ二つにされたりもしたんだったか。ほんと今さらながら、生きてるって素晴らしい。
「それでその、こう、ぐちゃっといきまして」
「母なる大地に還ったと」
「一部は確かに還りましたね。お掃除大変でした。頭の中身とかが飛び散って」
「うあ……想像したくない」
いくら美少女でも、過度なスプラッタは直視に耐えない。流石の俺も、尻の肉片だけ愛することはできないぞ。
「でも、意識が戻るともっと大変なことになっていました。なんとそこには、同じくこちらを不思議そうに見つめてくる、私がいたんです」
「――まさか」
類推する。飛び散った肉片や脳漿。突然現出したドッペルゲンガー。つい先日、朱里によって跡形もなく壊されたはずの蓮さん。そして今、目の前にいる彼女。
絡み合うそれらの要素が、真実を指し示すのであれば。
ここでは今から、倫理の話をしなければならない。
「……クローン」
「正解です」
よくできました、と言わんばかりの花丸の笑顔を向けてくる蓮さん。
そうか。そういうことだったのか。
「条件はおそらく、距離と質量。朱里の攻撃を受けてバラバラにされても元の体にくっつくだけだったから、一定量以上の肉体が一定以上の距離本体から離れると――それぞれが、〈再生〉される」
「あら、すごい。そのとおりです。私自身、それを理解するのにもう少し時間がかかりましたのに」
「とーま君は私が育てたからねぇ」
たま先輩がドヤ顔で口を挟んでくる。ワシが育てた、の顔をしていた。いつの間にか弟子にされている。まぁ、ギフト関連の知識を色々と教授してもらったのは確かだが。
「常駐型によくある典型だね。特にシングルだと表面的な効果が強力で、また自動的なものだから本人でさえその詳細を把握していなかったりする」
「最初はほんとにびっくりしちゃいました」
ころころと笑う蓮さんだが、その時の衝撃は凄まじかったであろう。目の前に自分の顔があれば、俺なら悲鳴を上げているに違いない。
「イメージとしてはプラナリアに近いかね。ギフトは科学では立証できないから、実際に万能細胞が作用しているわけではないだろうけど」
どこぞの火星に赴いた対イニシャルG部隊みたいな人だな。確かに蓮さんも、おっぱいから〈再生〉しそうではある。質量は充分だし。
「つまりあの時俺が会った蓮さんは、事前に増やされていた蓮さんだったわけだ」
「はい。紫月ちゃんから、朱里ちゃんの情報を貰っていましたので。凛子ちゃんによく切れる刃物を作ってもらって、こう、ずばっと」
腕を切り落とす仕草を見せる蓮さん。治るとわかっているとはいえ、それをやすやすと実行できる胆力にはやはり恐れ入る。
しかし、改めて規格外の性能を誇るギフトだな。〈再生〉というか、最早その効能は〈分裂〉や〈増殖〉である。肉体や人格に限らず、ギフトまでをもコピーした、完全な同義体。人間大のプラナリア。
切り刻まれた蓮さんがぽこじゃかと増える光景を想像する。うん、なんかもう、すごいな。ひとりでもすごいのだから当たり前だ。あれか、八人集まるとキング蓮さんになったりするのか。
「まったく、冗談じゃないわね。スライムなのは胸だけにしてほしいわ」
「あ、酷いこと言われました」
俺の思考を読んだ紫月がツッコミを入れ、蓮さんがダメージを受ける。そこには多分に、持てる者への理不尽な妬みが混じっていた。
「もぎ取ってもそこから増えるとか、もう悪夢ね」
「お前本当にもぎ取ろうとしてるだろ……」
「正に減るもんじゃないでしょ? むしろ増えるし。……それはそれで忌々しいわね」
「無闇に増やさないでほしいのですが……」
蓮さんがたくさんいれば、地球上の多くの問題が解決する気がするがな。あ、そうか。駄目だ。エンゲル係数的に。地球上の食料が食い尽くされるわ。増殖した蓮さんに地球が滅ぼされるわ。
「まぁ、それは冗談としてもだ」
紫月と、あとなんかたま先輩からも隙あらばもぎ取り隊に加わりそうな気配を感じたが、強引に冗談ということにしておく。
それよりも、確かめなければいけないことがあったからだ。
「倫理的には、その、どうなんだ? 法律とかはともかく、蓮さんの感情としては」
「そうですね。この場合、人権がどうなるのかはわかりませんが……やっぱり、あまり気持ちのいいものではありません。分化した私は、最早別個の自我を持つ存在で、私にとっては姉妹のようなものですから」
だろうな。ともすればそれは生命への冒涜である。凛子にすら成し得なかった奇跡を、蓮さんは体現してみせた。
だが、いくらリスクがなかろうと、それを蓮さんが嬉々として実行していたわけではない。そんなことはわかっていた。
「それでも、私は自分の意思でそうしました。朱里ちゃんに対抗するには、他に方法はありませんでした。あの子は私が生み出して、私が殺したようなものです」
「……全部、俺のためだろ?」
「いいえ、結局は私のためです。私がそれを選んだんです。冬馬さんには、どうしても朱里ちゃんを説得してもらう必要がありました。そうする以外に、私の望む未来に至る道はなかったんです」
そう繋がるわけだ。やっと整理が追いついてきた。
いつごろからかはわからないが、蓮さんとたま先輩は紫月と結託していた。二人がここに現れた時点で、それは明白となった。
目的は何か? それも明瞭だ。各々に別の思惑はあったのだろうが、少なくともひとつ、共通して解消しなければならない障害があった。それが朱里だ。
朱里をどうにかしなければ、誰も望む未来には至れない。だがどんなに策謀を巡らせても、蓮さんたちだけで事態を収束させる糸口は掴めなかった。それほどまでに朱里のギフトは絶大だった。
結局は、根本原因たる俺に朱里を説得させるという、不確実な案を採るしかなかったのだ。
「だから、冬馬さんにはお礼を。本当に短い間しか生きられなかったあの子を、狂ってしまったあの子を、それでも冬馬さんは、大切に思ってくれました。綺麗事で終わらせるつもりはありません。あの子のことは、これからずっと私が背負っていきます。でも、きっと。あなたの思いは、あの子に届いていたはずです」
「蓮さん……」
思いを馳せる。あの日の蓮さん。あの時見せてくれた感情は本物だった。真実の思いがそこにはあった。
二人の蓮さんだけじゃない。紫月も、そしてたぶんたま先輩も、俺のために戦ってくれていた。僅かな希望を手繰り寄せるために、絶望に染まらないように、思いを巡らせていた。
ようやく、全てが繋がった気がした。
「俺に朱里を止めさせる。その結末を目指して、紫月は動いていたわけだ」
「ええ。それ以外に、全員が無事に終わる選択肢はなかったから。あたしの最優先はあんたの隣りにいることだけど、一応、そういう道も考えておいたのよ。ほとんど賭けだったけどね」
「そしてその過程で、蓮さんとたま先輩を仲間に引き入れた。それは即ち――二人には、〈デッドハーレム〉の効力が及んでいないことを意味する」
「ほう、やるねぇとーま君。そこまでわかっているとは思わなかったよ」
軽く見開いた目で、小さく感嘆符を上げるたま先輩。驚いてくれたのなら何よりだ。
「そう考えないとおかしいですからね。紫月がそんな簡単に誰かを信用するわけないし」
「冬馬、ちょっと話があるわ」
「はは、なるほどねぇ。紫月君が判断基準になったわけだ。やっぱりキミは、随分と紫月君を信頼しているんだね。年上だというのに妬けてしまうよ」
「ただの腐れ縁です」
「あんた、あとで覚えてなさいよ……」
あとが怖かったが、紫月はスルーだ。食卓が寂しくならないことを祈るばかりである。
「パンツは……流石に人前だと恥ずかしいから、後日見せてあげよう」
「ブレないですよね、たま先輩も……」
そんなやり取りも懐かしかった。しかし話が進まないので、こちらもお茶を濁しておく。蓮さんが頰を染めて自分のスカートを見つめているあたり、危険な流れだった。
「やっぱり、ギフトの効果なんですか?」
「ああ。私は常に、自分自身に対して〈束縛〉を施している。異質なものに心を揺さぶられないようにね。故に精神干渉系のギフトは、私にはほとんど効果がない」
なるほど。つまり最初から、たま先輩は〈デッドハーレム〉に囚われてはいなかった。やはり俺の直感は当たっていた。どうしても、たま先輩が狂気に支配される姿を想像できなかったのだ。
「ん? ということは……」
「気づいてくれたかい?」
悪戯っ子のような、口端をニヤリとさせた笑みを見せてくるたま先輩。俺のギフトは、彼女になんら効果を及ぼしてはいない。つまるところ。
「そう。私のキミへの好意は、純粋に私自身の感情なのだよ」
そういうことだ。衝撃の告白である。
なんてこった……あれ? もしかして、ギフト関係なしに好意を持たれたのって、これが始めてなんじゃね?
そう自覚すると、どうにも頬が赤くなってしまうのを抑えられない。たま先輩はニヤニヤとした視線を俺から外さない。いじめっ子の顔だった。この人も大概、Sっ気多いよなぁ……。
「わ、私もっ!」
そんな俺たちを見て、慌てたように蓮さんが言葉を割り込ませてくる。授業じゃないので、手は挙げなくてもいいんだぞ?
「私も、その、精神状態を〈再生〉できますのでっ。冬馬さんに合う度にギフトの効果を打ち消して、それがおかしいってことはわかっていましたっ。その上で、改めて冬馬さんを好きになったんですっ!」
「どうどう、蓮さん、わかった。わかったから」
身を乗り出して熱弁してくる蓮さんを、やんわりと押し止める。この人もこの人で、たまに猛牛のように攻めてくるよな。ホルスタインがバッファローにクラスチェンジした感じで。
そうして、少なくともこの二人は、現段階においてギフトに依らない好意を俺に示してくれた。それはありがたく、喜ばしいことだ。少しの気恥ずかしさを含んだ、心地良い感情だった。
日常に帰ってきたと思った。もう戻れないと思っていたそれは、とても大切な時間だった。
巡り、巡るたくさんの思いが、俺をここまで導いてくれた。それは真実、少女たちの起こした奇跡の祝福だった。
そして、その象徴はといえば。
わちゃわちゃと騒ぐ俺たちを、ジトっとした目で見据えて。
カップに残った糖分過多のラテを、ずずっ、とひと息に飲み干して。
「ほんと、甘いわね」
そんな言葉を、宣うのだった。




