オペレーション·シヴァ
「朱里の存在を祝福省が認知したのは、たぶんもっと前なんだろう。あいつは極めつけの異端で、しかもそのことを客観視できていた。自分が社会に与える影響をわかった上で、それでも未登録であることを選んでいた。それでいて無差別な殺戮をもたらすわけではなく、悪人や向こうから仕掛けてくる者だけを狙って壊していた。祝福省にとっては、正に制御できない爆弾だ。手を焼いていたに違いない」
あれだけの強力なギフトだ、最初は手の内に置いておこうと思っただろう。そしてすぐに諦めた。朱里の願いはただただ壊すこと。制御や懐柔などできるはずもない。
制御ができないのであれば、排除する他ない。だがそれも難しい。単体で朱里に対抗できる存在など皆無に等しいからだ。
名うての狙撃手ならばあるいは、とも思えるが、確実ではない。朱里の最も恐ろしいところは、その実ギフトそのものよりも異常なほどの空間把握能力にある。寝込みを一キロ先から狙撃して、それでも確殺できるとは言い難かった。
あとは物量に任せれば、流石に排除自体はできるだろう。ただその場合、こちらは確実に甚大な被害が出る。犠牲を前提とした、それは最早抗争に近い。事後処理も煩雑を極めることになるであろう。
かと言って、朱里を野放しにすることもできない。ひと度その矛先が向けば、朱里はあらゆる全てを壊し得る。国家として、そんな潜在的な脅威を身の内に孕んだまま放置する、という選択肢は取れなかった。
実のところ、最も適切な対処はそのまま放置である。触れさえしなければ、眠れる獅子が脅威を撒き散らすことはない。たまに狩りに出かけることはあるが、ある程度獲物の選別までしてくれるのだ。
だが、組織はそれを許さない。認められない。それは権威の敗北を意味するからだ。現場レベルではわかっていながらも、それを実行することは不可能であった。
そうして取られた折衷案が、定期的な刺客による襲撃である。表面上は対策をしているが、成果が得られていない、という体を装ったのだ。
当然ながら、実行者に命の保証はない。故に半ば闇に埋もれた組織への外注か、犯罪者スレスレの人材を使ったのだろう。討ち取れれば御の字だが、それもさほど強力なギフテッドは用意しなかったように思う。
費用も然ることながら、祝福省が恐れたのはもうひとつの懸念だ。それは朱里の成長である。
ギフテッドは経験によって成長する。下手にやり手の刺客を向けると、その交戦の結果、朱里が新たなインスピレーションを得る可能性があった。実際、凛子や亜衣里さんとの対峙を経て、朱里のギフトは飛躍的な伸長を遂げた。それを祝福省は避けたかったのだ。
「悩みの種である朱里と、なかなか成長を見せない割に予算だけはかかる俺。祝福省は二つの大きな事案を抱えていた。まぁ俺の方は、決定的な事態にはならないよう、お前が調整してくれていたんだと思うが」
「そうね。あたしが折衝役として、あんたと蒼さん、そして祝福省を繋いでいた。あんた以外の両者に情報を流して、危ういけどなんとか均衡が保てていたわ。祝福省も蒼さんの離反はなるべく避けたかったから、現状を維持する限り蒼さんを押し止める、という案に乗ってきた」
なるほどな。それで親父も今回に至るまで、積極的な介入はしてこなかったわけだ。しかし二重スパイみたいなことしてんなこいつ。どこの黒幕なんだか。ああ、ここの黒幕だったか。
「峰○二子並の活躍はしたと自負しているわ」
「いや、圧倒的に乳が足り――ああ、なんでもないぞ。本当によくやってくれた」
視線にガチの殺意が乗ってきたので、即座に発言を打ち消す。自称Cカップさんの触れてはいけない話題であった。
「とにかく、その均衡が崩れた。直接的な理由はわからないが、お偉いさんの人事異動とか方針転換とか、そんな感じだろう。これ以上の維持はできなくなった。それで祝福省は、最後に俺を有効活用する術として、朱里に宛てがうことを思いついた。正に現代の人身御供だな」
うまくいけば負債を負債で帳消しにして、一手で問題を解決できる。俺を未登録のままにしておいたのも、こういう時のためであろう。人権を一切考慮しなくていいからな。ここまでくると、むしろ清々しいほどの外道っぷりである。
「そして最後の舞台として、御門学園が選ばれた。元々の計画では、最有力候補を学園に集めておいて、成長した俺に支配させたかったんだろう。それが泡沫となって、最後だからと、ついでとばかりに俺と朱里をそこに組み込んだ」
うまく考えたものだ。そうすれば、あとはどう転んでも祝福省が利を得る展開となる。
予定どおりに朱里が他の四人を下すのならそれで良し。俺を朱里に対しての枷とすることで、ある程度行動を抑制できる。
俺がここに至って、本来の計画のままに朱里や他の何人かを制御できたなら万々歳だ。俺自身の制御は容易い。少なくとも敵対は避けられ、うまく事を進めれば貴重な戦力が手に入る。
もし朱里が誰かに敗れたとしても、それはそれで問題ない。強力とはいえ、朱里に比べれば残る四人は充分に対処が可能だ。数の暴力でやすやすと往なしてしまえる。
「以上が祝福省の思惑だ。端的に言えば、焦げついた負債案件の処理。俺たちにとっちゃ勝手な話だが、社会の安寧を預かる組織としては、まぁ致し方ないという見方もあるか」
大きく息を吐いて、さぁどうだ、と言わんばかりに紫月を見つめる。それほど外してないとは思うが、紫月のお眼鏡には適っただろうか。
「……正直、驚いたわ。今のあんたに、お尻に関係すること以外でこれほど論理的な思考ができるとは思わなかった。まるで昔のあんたに戻ったみたい」
「俺の認識については一度しっかりと話し合いたいところだが……昔の俺って、そんなに違うか? むしろ今の方がきちんと考えてると思うんだがな」
「――ああ、そういうこと。そうよね、それも忘れてるってことなのね」
「?」
何やら、ひとりで納得したような様子を見せる紫月。こちらはそっちと違って頭の中身はわからんのだから、ちゃんと説明してほしいのだが。
「それはまた今度ね。今話すと絶対に混乱するから」
「……むう」
モヤモヤするが、無理に聞いたところで紫月は教えてくれないだろう。紫月がそう判断したのなら、従っておくべきか。
「わかったよ。で、どうなんだ?」
「そうね、だいたい合ってるわ。祝福省の目論見はそのとおり。流石にあたしも内部のいざこざまではわからないけど、あんたと朱里の件を精算したかったのは確か」
「やっぱりか。しかしかなり上の人間が関わってるんじゃないか? 生半可な権力じゃここまでのことはできないだろ」
「ええ。あんたの件には、祝福省のトップが直々に関わってるわ。祝福大臣、天月夜鷹。彼女の主導で、四条冬馬のギフトを成長させ、活用する方法が画策されたの」
「マジか。祝福大臣って、アレだろ? あの怖そうな美人」
たまにテレビなどに出てくるので、その風貌は知り得ていた。正に冷徹な女傑といった様相の美女。そう、ちょうど紫月が成長すれば、将来あんな感じになるのでは、との印象を持っていた。
他省庁の大臣に比べ、祝福大臣の座は少々特異な位置にある。そこに至るにはいくつかの条件が必須であった。
そのひとつが、例外なくギフトに精通したギフテッドであり、かつ女性であることだ。これには実務的な理由も然ることながら、象徴的な意味合いが大きく含まれている。
祝福大臣とは、言わば国のギフテッドの顔である。すなわちギフテッドのほとんどを占める女性の代表であり、そのため必ず女性である必要があった。
各部署の統括であれば、親父のように男性でも問題なく、むしろ組織としてはその方が効率的な管理ができる場合も多々あるのだが。
国民の感情的にも、トップには女性を置いておくことが望ましかった。
象徴足り得るカリスマ性を持ち合わせた上で、権謀術数渦巻く国内外の政界にて老獪たちと対等に渡り合える女性ギフテッド。そんな人材は滅多におらず、選定は慎重に行われる。故に一度椅子に収まると、その任期は恐ろしく長くなる傾向にあった。かの悪評極まった政権交代の際にも、祝福大臣だけは続投となったぐらいだ。
あれだけ暗愚と罵られた時の第一党でも、彼女を罷免すれば国が傾きかねないことは理解していたのだ。
そんな大それた存在が、俺の件に直接関わっていた。祝福省がどれだけ本気で注力していたかの、それはわかりやすい表れであった。
「作戦名はオペレーション·シヴァ。これも大臣自ら考えたらしいわ」
「また大層な名前が付いてんなぁ……」
女神たちを律する存在を生み出す作戦、ってとこか。従事者の意欲と参加者意識を高めるために、あえて大仰な名前を付ける手法だろう。米の国みたいなことをしてくれる。
「一応、少し補足しておくわね。あたしの役割は、表向きは情報収集と危機管理。自然に溶け込めるから、これは正に打って付けだったわ。それで最初の方は、あたしもあんたの成長を期待してた。なんだかんだ言っても、結局はあんたが女の子たちを管理できるようになるのが、いちばんスマートな道筋だから」
確かに、それが最もわかりやすい。俺が自力で少女たちを従えられるのなら、それに越したことはないのだ。やりようによっては、祝福省と対等な交渉までできるかもしれない。
「だが、そうはならなかった」
「ええ。あんた全然成長しないんだもの」
「悪かったな……これでも毎回ギリギリまで粘ったつもりだったんだが」
「わかってるわよ。だからあたしは、次善策に切り替えた。なるべく状況の引き伸ばしをしつつ、逆に祝福省にとって、あんたのギフトはそれほど役立つものではないことをアピールしていったの」
なるほどな。時間をかけて失敗を繰り返すことで、コストに見合ったリターンは得られないと印象づけたわけだ。それで祝福省が諦めてくれれば、こちらとしては願ったりである。
しかし結果的に、その策は最悪の状況を招くこととなった。
「そうね。朱里のことは、完全に誤算だったわ」
「まぁ仕方ないだろ。あんなギフトが存在するなんて、誰も想像できやしない」
破壊の女神様の降臨である。進退煮えきらなくなったと判断した大臣が、そこで朱里を表舞台に引きずり出した。
「その時点であたしにとって最悪の結末は、朱里にあんたが壊されること。それだけは避けたかったから、あたしは立場を利用して、朱里に取り入った」
「そうして、他の子たちと朱里がぶつかるように仕向けたわけだ」
俺の位置情報を朱里に流して、交戦を促した。そのあたりの思惑は祝福省と同じだ。どちらが勝ち残っても利が得られる。
「ああ、そうか。凛子たちを焚きつけたのもお前か」
「あんたには悪いと思ったけどね。蓮さんを選んだことを利用させてもらったわ」
あの時にはまだ、俺の選択は誰も知り得ないはずの情報だった。だのに凛子や詩莉さんは、それとなく察知した様子を見せていたため、おかしいと思っていたのだ。
なんてことはない、紫月には全てが筒抜けだった。そうして疑念の種が撒かれ、凛子たちは暴走を加速させた。
「あとはあんたの知ってるとおり。だいぶ危うい場面もあったけど、順当に朱里が勝ち残った」
「そうか……でも、どうして朱里は二人を殺さなかったんだ?」
やろうと思えばできたはずだ。後顧の憂いをなくすためにも、朱里が躊躇うとは思えなかった。
「単純に、事後処理を嫌っただけよ。なるべく死者を出すな、っていうのが祝福省のオーダーだったの。あとはまぁ、あんたに余計な心的負荷をかけないようにするためでもあったけど」
「……蓮さんは? 蓮さんは無理だったのか?」
今回、ただひとり確実に出してしまった犠牲者。もう遅い、終わったことだと理解しながらも、やはりその事実は俺の胸を深く苛んでいた。絶望を再び知らしめるだけだとわかっているけど、どうしても聞かずにはいられなかった。
「……あくまでもなるべく、ってこと。彼女のギフトは強力すぎた。完全に壊す以外に、彼女を退かせる手段はなかったわ。凛子や詩莉さんにしたって、状況がそれを許したからそうしただけ。ひとつ展開が違っていれば、普通に排除していたわ」
「……そっか。そうだよな」
完全なハッピーエンドは、やはり最初から無理だった。夢物語は、ずっと夢のままだ。
でも、ここは現実だ。痛みを抱えながら、それでも俺はここに生きている。
俺の焦がれた蓮さん。思い出にするのか、忘れるのか、それとも思い続けるのか。今はまだ、到底無理だけど。
紫月の言うように、俺も心の整理をしなければならない。
「……はぁ、しょうがないわね」
と、紫月がため息をひとつ。
おもむろにスマホを取り出して、何処かに連絡をしようとする。
「紫月?」
「ちょっと待ってて」
それだけ言って、紫月は電話の繋がる先に意識を向ける。いったい何を――。
「――いいえ、まだ途中よ。でも話の流れがそうなったものだから。――ええ、そう。あら、もういるの? わかったわ、入ってきて」
要領を得ぬ会話。通話を切り、紫月が俺の後ろに視線を向ける。
部屋の入口。コンコン、と丁寧なノックが為され――
「失礼するよ。やぁ、久しぶりだねぇ、とーま君」
「たま先輩?」
そこには、あの日俺の前から姿を消した、小さな彼女の姿があった。相変わらずの、白衣を重ね着した制服姿で。
「なんでたま先輩がここに――」
そして。
そして。
その、さらに後ろ側に。
「――――は?」
頭が真っ白になる。
わけがわからない。何が起こったのか。俺はまだ、夢の中にいるのか。
頬をつねる。痛い。うん、現実だ。俺は現実にいる。
じゃあ、なんで。
どうして。
どうして、あんたがここにいるんだよ?
「お久しぶりです、冬馬さん」
そこには。
今しがた、俺が思いを募らせた。
嫋やかな笑みの蓮さんが、佇んでいた。




