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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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答え合わせ

 ふわりと吹いた風が、病室の白いカーテンを揺らした。柔らかな風はその下のベッドに腰かける紫月の髪も揺らし、長い白髪が顔を隠すのを、紫月は少しだけ鬱陶しそうに払った。


「おおまかにはそんなところ。だいたいわかった?」


 長い語りを終えて、話し疲れたと言わんばかりに紫月はため息を零した。


「あらゆる要因を押し退けて、何があっても当然のようにあんたの隣りにいること。それがあたしの願い。昇華したギフト。分類としては……そうね、さしずめ限定型(リミテッド)ってところかしら」


「……限定型(リミテッド)ただ、貴方の傍に(スタンド·バイ)〉」


 紫月の言葉を反芻する。シングルとはまた違った意味で常軌を逸した、他に類を見ない異能。「俺」という単一の対象を前提としたそのギフトの存在は、俺の中にわだかまる様々な疑念を氷解させるものだった。


 あらゆる要因を押し退けて。それは正に、言葉どおりの意味だ。何が起ころうとも――それこそ、精神を完膚なきまでに〈破壊〉されようとも、紫月は元の自分を保つ。()()()()()()()、という結果が阻害されるからだ。 

 そもそもの概念が異なるが、その性能は蓮さんの〈再生〉すら凌駕する。紫月のギフトは、一度壊されてからあるべき姿に辻褄合わせをするのだ。後出しジャンケンのような絶対性。反則級の巻き戻し。俺が存在している限り、紫月は何度でも蘇る。

 精神力の過剰な消費も、この場合問題にならない。何しろ、崩壊した精神さえも元どおりになるのだ。その有り様は蓮さんと同じく、半ば永久機関と化していた。


 朱里の協力者になっていたのも、紫月で間違いない。俺の隣りにあるという結果を導くために、紫月は俺の所在地を把握できるのだろう。それを朱里に伝えていたのだ。思えばそれ以前にも、俺の窮地に絶妙なタイミングで紫月は現れていた。それらは全て、紫月のギフトによる効能だったのだ。


 また、当然のように俺の隣りに寄り添うため、紫月は〈デッドハーレム〉に囚われた他の少女たちの嫉妬対象にもならない。一種の認識阻害の効果を発揮している。朱里がそれを壊すまで、俺ですらそのことに気づけなかった。


 そして真なるギフトを隠蔽する方便として、〈短距離転移(ショートトランス)〉という隠れ蓑が用意された。実際の効能は逆だ。俺から離れるのではなく、俺の周囲に転移してくる能力。だからこその「短距離」であり、俺を中心とした約五メートル半径にしか、紫月は転移ができない。

 されど、始点からの距離は問われない。どれだけ離れていようとも、紫月は一瞬で俺の隣りに現れる。


 巻き戻す不死性。

 対象の地点把握。

 認識阻害。

 無限距離の転移。

 それらの前提となる、無制限の精神消費。

 少なくともそれだけの能力を紫月は行使している。俺に関することなら、紫月は本当になんでもできる。


 四条冬馬の傍にある、ただそれだけに全ての思いを込めた、それは極致のギフト。純粋一途な究極の祝福。

 否、それは最早呪いだ。朱里たちとはまた違う意味で、紫月は俺に囚われている。俺の存在なくして、紫月は生きる理由をなくしてしまっている。


 誰も彼もが呪われていた。俺も、紫月も、朱里たちも。祝福(ギフト)とはいったいなんなのだろうか。なんのために与えられるのだろうか。

 蔓延するその性質は、呪いと何が違うというのか。


「あら。それ、同じものよ」


 と、俺の疑念に答えるように、紫月が口を開く。

 いつもの如く。俺の思考を見透かしたように。


「呪いも祝福も一緒。ただ、作用する方向性が違うだけ。人の思いが形を成した結果であって、本質はどちらも変わらないわ」


 なるほど、そういう考え方もあるのか。やはりこいつは、俺とは頭の出来が違うな。思考が柔軟だ――って。

 待て。待て待て待て。おい、まさか。


「お前、もしかして――」


 比喩ではなく。類推でもなく。

 単純に、今俺が考えていることも、わかったりするのか?


「まぁね」


「うぉいいいいいっ!」


 俺の心の声にしっかりと答える紫月。おいおいおいおい。マジか。マジでか。それヤバいやつじゃんか。筒抜けか。俺の人に言えない妄想とか行動とか全部垂れ流しか!

 あれもそれもこれもどれも全部全部!


「お、おま、俺のプライバシーとかそういうのは……」


「安心しなさい。別に四六時中ってわけじゃないから。あたしがそう意識した時しか読めないわ。まぁでも、ひとつ言わせてもらうなら――」


 そう言って、紫月はやけに達観したような、それでいて哀れみを含んだ表情を見せる。あ、これアレだ。隠してたエロ本が母親に見つかった時の感じだ。


「お人形遊びは、ほどほどにね」


「うぼああああ……」


 俺は四つん這いになって崩折れた。ただの一撃で、もう俺のライフはゼロだった。泣きたい。

 ただでさえ紫月には頭が上がらなかったというのに、今後は二度と逆らえない気がする。絶対的支配者の君臨であった。


 しばし、心を落ち着ける。まぁ、そうなってしまったものは仕方ない。どうせ俺も行動を改めるつもりはないのだし。元々あってなかったような俺の羞恥心が、完全に消え去ったという、それだけのことだ。

 割り切ろう。割り切るしかない。心を覗かれていると思うとむず痒い感覚を覚えるが、慣れるしかないのだ。ちくしょう、いつかお前のウサギパンツを全部Tバックに変えてやるからな。


「あんた、そんなことしたらどうなるかわかってるでしょうね?」


「最早空想すら許されないのかよ……」


 即座に釘を刺してくる紫月に、俺は深い嘆息を漏らす。限定型とはよく言ったものだ。対象範囲を酷く狭めることで、紫月のギフトは俺の全てを掌握することを可能としていた。たぶんまだ他にも、隠している能力があるのだろう。

 一歩間違えればヤンデレである。いや、病みはともかくこいつにデレは……あるのか?

 そうか、一応それは確認しておくべきか。


「なに、お前、俺のこと好きなわけ?」


「……正直、よくわからないのよね」


 俺の問いに、紫月はなんとも複雑そうな表情を作った。

 

「別にあたしは、どっちでも良かったのよ」


「どっちでも?」


「ええ。朱里に壊された精神を元に戻すのは、いつでもできた。だからあんたが気づかないのなら、あたしはあのままでも良かったの」


 あの、もの言わぬ抜け殻のまま?

 それは――


「だって、そうすれば。あんたはずっと、あたしの隣りにいてくれたでしょ?」


 赤い瞳の奥に、螺旋の紋様が映る。確かにそのとおりだ。もし紫月があのままだったのなら、俺は毎日のようにこの病室を訪れていたのであろう。ずっとずっと、目覚めることのない紫月の隣りに居続けた。他の誰にも目もくれず、終わりなき牢獄に囚われたような日々を過ごしていた。


 有り得た未来が脳裏に浮かび、俺はぶるりと背筋を震わせた。それでも良かったのだと、紫月は言った。それで紫月の願いは叶うのだと。でも、それは。その思考は。

 俺の〈デッドハーレム〉とは関係なく、されど。

 手遅れなほど、狂いの領域にある思いだ。


「お前……」


「大丈夫よ。異質な思考だってことぐらいわかってる。ちゃんと制御はできるわ。ただ、それがあたしの本質なの。存在意義。その行き着く先が恋愛感情なのか、それとも違うものなのか、まだ整理はできていない。でもね、ひとつだけはっきりと言えることがあるわ」


 俺の隣りを。

 俺の左側の空間を。

 螺旋を宿しながらも、確固たる意思を備えたその赤い瞳で見据えて。


「そこは、あたしの場所」


 紫月はそう、宣言した。




















「……ふぅ。じゃ、答え合わせをしましょうか」


 一息でトールカップの中身を半分ほど飲み下して、紫月がひとつ息を吐く。カラメルパンプキンラテ。今しがた、俺がロビーに併設されたタ○ーズで買ってきたものだ。

 もちろん、紫月の指定である。


「久しぶりに長く喋ったら、喉が乾いたわ。そういえば、下のカフェで新しいのが出てたわね」


 そう言って意味ありげな視線をよこしてくる紫月に、俺は無言で席を立った。いつもの忖度である。当然、俺に拒否権なんてものは存在していなかった。


 そうして小休止を挟んで、本題に入る。そう、答え合わせだ。

 口ぶりから察するに、やはり紫月は全てを知り得ている。というか、今回のシナリオを描いたのが紫月だ。事態の黒幕であり、物語の脚本家。俺の隣りにいるために、こいつが裏から舞台をキャスティングしていた。


「あんたもある程度は、当たりがついてるんでしょ? そうね、補足してあげるから、あんたが話してみて」

 

 俺を試すような紫月の物言い。それは、俺の理解度によっては全てを明かしてくれるとは限らないということか。いや、ただ単に話し疲れただけかもしれないが。

 まぁいい。どちらにせよ、真相は紫月しか知らない。それを引き出せるかどうかは、俺次第というわけだ。


「大元の発端となったのは、祝福省だ。それも親父よりも上部に位置する存在。そいつらが、俺のギフトに目を付けた。うまく制御できれば、〈デッドハーレム〉は多大な利益を生み出すからな。俺の成長を促すために、少なくとも二回目以降のハーレムは、そいつらによって用意された。悪く言えば実験だな。

 前回までなら、俺のギフトにそういう「引き寄せる」効果があるからだとも思えたんだがな。実際のところはわからない。本当に何人かは俺が引き寄せたのかもしれない。ただ、今回のはあまりにもあからさますぎた。五人全員がシングルだなんて、そんな偶然が起こるわけがない。明らかに、誰かの意図が介入しているのがわかった」

 

 そんなことができるのは、祝福省だけだ。俺の事情を知り得た上で、多数のギフテッドを集められるコネクションを持った組織など、他には存在しない。

 日本の人口におけるギフテッドの比率は、公称〇.ニパーセント。おおよそ五百人にひとりの計算だ。これには未登録のギフテッドは含まれないので、実際にはもう少し多くなるが。

 その中で、シングルと思われるギフテッドはさらに一パーセント。単純計算で国内に二千人しか存在しないことになる。


 五万分の一の存在の内、俺のギフトに囚われる要因となる「死に関する思い」を抱えた少女。それが五人もひとところに集まる確率は、天文学的とまでは言わないものの、偶然のひと言で片付けていいものではない。

 プールに投げ込んだバラバラの時計の部品が、独りでに組み上がることなどないのだ。そこには誰かしら、水に潜って時計を組み立てた者がいる。


 紫月を見やると、無言で続きを促すような視線をよこしてきた。大筋では間違っていないということだろう。

 ひとつ息を挟んで、俺は続きを話す。


「それは同時に、その作為が俺や親父にバレても構わないということを意味する。それがわかって、親父が黙っているはずもない。すなわち、今回のハーレムが祝福省にとっては最後の実験だった。

 だが、そこまで用意周到だった祝福省が、ただで俺を手放すとは思えない。損切りするにしても、かけた時間と費用が多すぎる。首謀者がいたとして、ひとりで計画できる規模じゃないしな。だから周囲を納得させる意味も含めて、祝福省はもうひとつの懸念案件を俺にぶつけて、相殺することにした。

 それが――朱里だ」

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