表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
79/118

ただ――

「ここで少し待っていて」


 そう早霧さんに告げて、二階に上る。一段一段、ゆっくりと。一歩一歩、踏み締めて。これから歩む道と、あたしの決意を確かめるように。

 そして、すぐに冬馬の部屋の前まで来る。扉の脇に置かれた食器。朝作った親子丼は、四分の一ほど手がつけられていた。いつもよりは食べてくれただろうか。


「冬馬」


 扉越しに声をかける。気配が伝わる。冬馬はそこにいる。


「またこんなに残して。ちゃんと食べなきゃ駄目じゃない」


「……悪い」


「おいしかった?」


「……ああ」


 掠れた声が返ってくる。ひと言二言だが、ここ最近、ようやく冬馬は会話をしてくれるようになった。

 あともう少しで、その傷は癒えるだろうと思えた。閉じ籠もったひとりの世界から、こちら側に戻ってこれる。何か、きっかけのようなものがあれば。


 ゆっくりとその時を待ちたかった。でもこうなった以上、もう時間をかけるわけにはいかない。今だ。今ここで呼び戻さなければ、冬馬はあの女に無理矢理連れ出され、二度と自分の足で立てなくなる。心を喪う。

 それだけは、絶対に避けなければならない。

 そんなことになるぐらいなら。あんな奴らにいいように利用されて、冬馬を壊されるぐらいなら。

 あたしが自らの手で壊した方が、何倍もマシだ。


 だから、今から。

 あたしは、冬馬の心に踏み込む。


「ねぇ、冬馬」


 扉に背を凭れさせて座り込む。見上げる壁の隅には薄っすらと埃が蔓延(はびこ)っている。六花さんがいなくなってから、それだけの時間が経過していた。


「随分時間が経ったわ。あたしは少し背が伸びて、今のクラスでは女子の中で後ろから二番目になったの。冬華なんてもっとすごいわ。どんどん大きくなる。あの子ももうすぐ中学に上がるし、たぶん、来年には抜かれちゃうんじゃないかしら」


 いつものように語りかける。他愛のない話をして、たまに返事が返ってくる。あの日からの、あたしの日課だった。


「あの子、綺麗になったわ。前からだったけど、最近特に六花さんに似てきた。この間なんか、ラブレター貰ってきてたわ。読まずに捨てようとするから、せめて読んでからにしなさいって言っておいたけど」


 まぁ、あたしも人のことは言えない。以前、同じことを六花さんに言われたのだ。


「受け売りだけどね。「受け入れるかどうかは別として、人が人を思う言葉は全て尊いものよ。きちんと読んで、答えを返してあげなさい。それはきっと、あなたの心の糧になる。そうしなければ、いずれ自分の番がきたときに、あなたは自分の心を信じられなくなるわ」って。そう、六花さんは言っていたわ」

 

「…………」


 返事はない。でも、扉越しに背中に気配を感じた。

 あたしの言葉を、冬馬はきちんと聞いている。

 

「冬華、あんたと話す時は気丈に振る舞ってるけど。たまに泣いてるわ。兄さんに会いたいって。顔が見たいって。ちゃんと食べてないから心配だって。ねえ、知ってる? 昨日の卵焼きは、あの子が作ったのよ? あんたのために、少しでも何かがしたいって。ねぇ、あの子はまだ小学生なのよ? 六花さんを失って悲しんでいるのは、あんただけじゃないの。あたしたちと同じぐらい、冬華は大人びているけど。そんなことおくびにも出さないけど。あの子にはあんたが必要なの。妹にそんな思いをさせて、それなのに、あんたはいったいいつまでそこに閉じ籠もっているつもり?」


「…………怖いんだよ」


 震えた声は、思ったよりも近くから響いた。冬馬はすぐそこにいた。たぶん、あたしと同じように、扉に背中を預けさせて。

 この、扉一枚。

 それが今の、あたしと冬馬の距離だった。


「わかってるよ。千影たちや母さんと違って、たぶんお前や冬華はあんなことにはならない。彼女たちはギフテッドだった。それが条件のひとつだってことは、わかってるんだ。……でも、もしお前たちが、あんなことになってしまったら。お前たちまで失ってしまったら。足が竦むんだ。震えが止まらないんだ。俺はもう、誰も失いたくないんだよ……」


 やはり。

 冬馬はもう、ほとんど立ち直っている。自分の心の整理はできている。その根底にあるのは、あたしたちへの思いだ。どこまでもお人好しなあいつは、自分が壊れることよりも、あたしたちを壊してしまうことを憂いでいる。


 蒼さんに協力してもらって、彼女たちの過去は調べてあった。浮かび上がった共通点は、「死に関する思い」でもってギフトを発現したということ。それに当てはまらないあたしたちが、冬馬のギフトに囚われることはない。冬馬もなんとなく、その憶測はついているのだろうが。


 必要なのは確証だ。絶対に壊れない、狂わないという担保。目に見えてわかる、確かな証を示すこと。


「大丈夫よ」


 だったら。

 あたしのやることは決まっている。


「心配しないで。あたしなら大丈夫。今から、それを見せてあげるわ」


 目を瞑って、自分の内側に意識を向ける。心を探る。

 そう、だったら。

 それを直接、この上なくわかるように、見せつけてやればいい。


 心の奥の、そのいちばん深いところに潜る。装飾や虚栄を取り除いた、あたしの真実の思い。願い。祈り。最奥の感情。手を伸ばして、それにしっかりと触れる。

 理屈ではなく。あたしにはできる、と思えた。


 願えば叶うのがわかった。

 祈れば届くのがわかった。

 だから、あとは。

 それを、言葉にするだけだ。


 あたしの願いはなんだ?

 この扉を越えること?

 いや、違う。それはただの前提だ。それも含めて。

 あたしは、冬馬の隣りにいたい。たぶんこれからも、冬馬の身には様々な災難が降りかかる。ともすれば危険が伴う。何があっても、誰が邪魔をしても、あたしはそこにいたい。


 冬馬の心に。鼓動に。心臓に。

 いちばん近い場所に、あたしは寄り添う。

 願いの言葉を思い浮かべる。

 そう、あたしは。

 あたしは、ただ――






ただ、貴方の傍に(スタンド·バイ)






 眩いほどの光が、あたしを内側から包んだ。

 瞼を開く。理解する。

 今ここに、世界はあたしの願いを受容した。


「……紫月? いったい、何が――」


「……ちょっと、離れていて」


 そう、冬馬に告げて。

 イメージする。冬馬の隣りにいる自分を。そうすれば。

 一瞬の内に、あたしの視界は移り変わっていた。


「うおっ、なっ、おま、し、紫月……!?」


 驚いた声。扉越しではない、冬馬の肉声。

 ぼさぼさに伸びきった髪。

 痩せこけた頬。

 記憶にある姿からは、ずいぶん変わり果ててしまったけど。

 確かにそいつは、冬馬だった。


「久しぶりね」


「……しづ、き……なのか? どうやって……いや、それよりもお前、その髪は……それに目も」


 言われて、部屋の隅にある姿見で自分を検める。

 雪のように真っ白な髪と、深い赤色の瞳。それはどことなく、あたしの部屋に置いてあるぬいぐるみたちを連想させた。


「大したことじゃないわ」


「あるだろ。なんでそんなイメチェンして……って」


 色彩の変化。その理由に思い至った冬馬がじりじりと後退る。


「ギフテッド……いつの間に」


「今よ。たった今。あんたがいつまで経っても引き篭もってるから、いい加減頭にきたのよ」


 本当の理由は隠しておいた。少なくとも今はまだ、冬馬には知らせないほうがいいと思えた。変に勘違いされると、こいつはまたあたしから距離を取ってしまう。


「これで証明になったでしょ? ギフテッドになっても、あたしはあんたに変な感情を持ってはいない。あたしは、あの子たちとは違う」


「でも……」


「まだ怖いの?」


 返答は、微妙に引き攣った顔に表れていた。まだ足りない。あと一押し。燻った感情を吹き飛ばす、強烈なインパクトを与えられれば――。


「……む」


 天啓が舞い降りる。いや、これは啓示と呼んでもいいものなのか。

 ふと頭に過ったそれは、あまりに下らない案であった。だがよくよく考えるに――こと冬馬に対しては、効果は覿面であるように思えた。間違いなく。確実に。


 ため息をひとつ。仕方ない。

 ああ、まったく。

 なんで、あたしがこんなことを……。


「お、おい、何を――」


 狼狽する冬馬の腕を、がしりと掴んで。

 くるりと、背中を向けて。

 顔から火が出そうになるのを、必死に抑えて。

 あたしはその、骨張った手を。


「触りなさい」


 スカートを捲った自分のお尻に、しっかりと押し付けた。

 今日の下着はなんだったか――ああ、よりにもよって一面フロリダホワイトのバックプリントだ。まぁ、他のも似たりよったりなのだけど。


「……は? いや、おま、ちょ――はぁ?」


「いいから。黙って触る!」


「ハ、ハイ」


 始めは恐る恐る。


「あ、あ……」


 次第に無遠慮に。もぞもぞと、あたしのお尻が撫で回される。


「お、お、あ、これは……」


 それは冬馬が、世界との繋がりを取り戻す儀式のようであった。

……傍目には、たいそうシュールな光景だったが。


「柔らかい……」


「……もう、いいかしら?」


 流石に羞恥を抑えきれなくなって、そう冬馬に尋ねるが。

 冬馬は目を血走らせ、荒い息を吐きながら、ただただあたしのお尻を揉みしだいていた。駄目だ。全然聞こえてない。

 と、そのまま流れるような動作で、あたしのパンツがずるりと下げられる。外気がひやりと素肌を撫で、ぞくりとした感覚が体を震わせる。


「こら、ちょっと! そこまでは許してないわよ!」


「ハァ、ハァ、尻、尻ィィィ――!」


「こ――んの、調子に乗るな、どあほぅがぁぁぁぁーーーっ!!」


「ぼごぉぉぉっ!」


 振り向きざまに、冬馬の顔面に遠心力を加えたニーキック。変な呻きを上げながら仰向けに倒れるその腹に、勢いを殺さずニースタンプ。そのまま、げしげしと踏みつけで追撃する。やっぱりこいつは、外に出さずにここで殺しておいた方が世のためかもしれない。


 ひとしきり、息が途切れるまで冬馬を蹴り続ける。

 そして気づいた時には、冬馬は既に意識を失っていて。

 でもその顔は、何かをやり遂げたように晴れやかとしていた。

 




 そうして。

 なんとも締まらないオチではあったけど。


 あたしは冬馬を、現実世界に連れ戻したのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ