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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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忘却の戒め

 あたしを含めて、五人となった四条家。

 蒼さんと六花さんは、あたしに対しても分け隔てなく接してくれた。実の子供のように――というのとはまた違うけど、きちんとあたしを尊重してくれた。対等に、ひとりの人間として。

 おかげであたしが窮屈な思いをすることはなかった。冬華(とうか)も――ひとつ年下の冬馬の妹もまた、兄に似て成熟した精神を持っており、あたしを姉として慕ってくれた。四条家の子供は、本当に手のかからない子たちだった。穂村紫月のまま、あたしは日々を過ごしていった。

 何より、あたしの隣りにはいつも冬馬がいた。喪失による傷はすっかり癒えていた。皮肉にも、それはあたしの望んだ生活だった。


 冬馬は相変わらず、文字どおりの意味で女の子のお尻を追っかけていた。憚ることなく、本当にそのままの意味で。

 しかし、冬馬の本懐が遂げられることはなかった。大人びたその雰囲気に絆される子もいないではなかったのだが、二言目には「尻を揉ませてくれ」と宣う変態に、女の子たちは揃って距離を取った。まぁ普通はそうだろう。


「何故だ……あとでモメるとまずいから先にきちんと要望を述べているというのに、俺の何がいけないんだ……」


「そういうところよ」


 まずはそのだだ漏れの獣欲を隠すべきだと思ったけど、教えてやるのもなんだか癪なので、あたしは黙っていた。正直が必ずしも美徳とはならない、いい例だった。

 

 実のところ、それでも構わないという子たちは何人かいた。冬馬はあほぅで変態だけど、近くで困っている女の子を見過ごすことのできない、極度のお人好しでもあった。

 問題を解決してもらった彼女たちが冬馬に惹かれるのも、無理からぬ話であった。


 でも、何かが違うと思った。彼女たちの思いと、冬馬の思い。よくよく考えてみると、そこには明確なすれ違いがあった。

 彼女たちは、冬馬に依りどころを求めていた。心の弱さを救ってもらい、そこに居場所を見出した。対する冬馬の思いは、ただの善意だ。冬馬にとって彼女たちを救うのは当然のことで、そこに何かを求めていたわけではない。

 冬馬は既に、ひとりで生きていける強さを確立していた。冬馬は本当の意味で、彼女たちを求めてはいない。そこにあるのは単純な情欲だった。


 思いを示されれば、冬馬は受け入れるだろう。でも両者の思いは違う。それを冬馬は理解していない。だからそうなっても、その関係は遠からず破綻することが目に見えていた。

 それはそれで、経験としては良かったのかもしれない。でもあたしは、なんとなく嫌だった。冬馬が本当に求めているのなら構わないけど、そうでないことは明白だった。

 優しい冬馬は、いたずらに傷を負うことになる。それは避けたかった。


 故にあたしは、常に冬馬の傍にいるようにした。何をするでも言うでもなく、ただ冬馬の隣りに佇んだ。それだけで、冬馬に深く踏み込んでくる者は皆無となった。

 あたしは、自分の印象が周囲に及ぼす影響を充分に理解していた。時にそれは、相手に威圧感や気後れを感じさせる効果をもたらした。そうやって、あたしは陰ながら冬馬に近づく少女たちを排除した。


……それがあたしの迷いであり、恐れであるのはわかっていた。でも、あたしはまだ、この感情に名前を付けたくはなかった。そうすればきっと、あたしたちの関係性は変わってしまうだろうから。

 いましばらくは、ただの幼馴染みとして。あたしは冬馬の傍にいたかった。選択肢はいくつかあったけど、選ばなかった。


 もしかしたら。

 その時に、あたしが何かを選んでいたのなら。

 今とは違う、まったく別の物語があったのかもしれない。

 


















 直接の原因となった出来事がなんだったのかは、あたしにもわかっていない。でも、たぶんあの時だ。あの日を境に、冬馬は変化を始めた。


 小学校を卒業した春休みに、冬馬が一日帰ってこない日があった。今までにも何度か同じことはあったので、あたしも蒼さんたちも特に心配はしていなかった。

 普通は大騒ぎになるのだろうが、その点では冬馬は大人たちの信頼を得ていた。一日程度なら、事件性のある展開ではないだろうとの。

 冬馬はその類稀なる行動力で変なことに首を突っ込み、次の日には何もなかったかの如くひょっこりと戻ってくることがあった。またどこかで行きずりの女の子に出会い、その少女の抱える問題を解決しているのだろう。そしてお尻を触らせてほしいと頼み、どん引きされて振られるところまでがテンプレであった。

 

 やはり何事もなく戻ってきた冬馬に、しかしあたしは小さな違和感を感じた。

 それがなんなのかはわからない。見かけの上では何も変わってはいない。

 でも、確実に何かが違っていた。難解な間違い探しの、印刷ミスと見紛うが如き僅かな差異。

 ちゃんとそこにいるのに、どこか遠い場所へ行ってしまったかのような感覚。言い知れない不安を覚えた。

 

 異変は中学生活が始まってすぐに現れた。

 一週間と経たぬ内に、冬馬が告白されるという事態が起こったのだ。あまりに急激な展開で、いつもどおりに牽制する暇もなかった。

 それだけならまぁ、よほどの物好きがいたものだ、という話で終わったのだが。


 すぐに二人目と三人目が名乗りを上げたのに、あたしは異常を確信した。創作物では王道の展開。されど脈絡がなさすぎた。

 一目惚れという現象を否定するわけではないけど、そこには最低限の物語すらなかった。正に鎧袖一触、少女たちは問答無用で恋に落ちた。いや――落とされた。あたしにはそう感じられた。

 三人が全員ともギフテッドであったのも、あたしに猜疑心を持たせた。そんな偶然が有り得るの?


 冬馬は疑うことなく、あっさりと三人を受け入れた。目先の情欲に、いつもの冷静な思考は放棄されてしまっていた。


「おかしいと思わないの?」


「ようやく時代が俺に追いついたんだろ。据え尻揉まずはなんとやら、だ。お、あれか? もしかして嫉妬か?」


「この馬鹿。あとで大変なことになっても知らないわよ」


「大丈夫だって、ちゃんと全員平等に愛するから。あ、今日もデートの予定なんだったわ。じゃあな」


 嬉々として彼女たちと逢瀬を重ねる冬馬は、浮かれに浮かれていた。

 危機感が足りない、とあたしは思った。明らかな異常なのに、冬馬は何も考えてはいない。そして何よりも。

 彼女たちの思いと、冬馬の思い。それがまったく異なるものであることに、冬馬は気づいていなかった。





 秘密裏に、あたしは彼女たちのことを調べた。もしかしたら、過去に冬馬と何がしかの接触を持っていたのではないかと考えたのだ。

 でも調べれば調べるほど、やはり彼女たちと冬馬にはなんの接点もないことがわかった。完全な初対面。物語の不在。作為すら感じる、整いすぎた状況。どう考えてもおかしい。

 確信めいた予感があった。このままでは、いずれ取り返しのつかない事態に陥る。感情を溢れさせたギフテッドの危険性を、あたしは身を持って知り得ていた。


「あなたが、穂村さん?」


 ある日の放課後。教室でこれからのことに頭を悩ませるあたしに、不意に声がかけられた。

 赤宮千影。白い髪と澄んだ青い瞳の彼女は、冬馬に好意を示す少女の内のひとりだった。

 違うクラスなので、直接の面識はない。あたしが一方的に知っていたはずの彼女が――何故、あたしに声をかけてきた?


 ふと周囲を見渡せば、教室にはあたしたち以外、誰も残ってはいなかった。まだ終業間もない時間だというのに。

 ぶるりとした悪寒が背中を撫でていった。


「あ、そんなに身構えないで。大丈夫、ちょっとあなたとお話がしたかっただけだから。でも邪魔されたくなかったから、この教室に「部屋である」ということを一時的に忘れてもらったの」


 あたしの怯えを察したように、彼女が言葉を紡ぐ。

 発動型〈忘却(オブリビオン)〉。強力無比なシングルワード。

 蒼さんに事情を話して、その詳細は調べてあった。対象の記憶を失わせるギフト。まさか無機物や概念にまで干渉できるというのか。


「……あたしをどうするつもり?」


「別に。どうもしないよ? 言ったでしょ、お話したいだけだって」


 柔らかな笑みの彼女。他意はないと言わんばかりの態度。

 でも、あたしは知っている。彼女は既にあちら側にいる。何かを選択して、決断している。

 その瞳は、そう遠くない内に渦を巻く。


「冬馬君の幼馴染みなんだってね?」


「……ただの腐れ縁よ」


「そ。ならいいんだけど。もしかしたら、あなたも冬馬君のことが好きなんじゃないかと思って」


「そんなわけないでしょ。あなたこそいい趣味してるわ、あの変態のどこがいいんだか」

 

「あはは、確かにあのお尻への執着は困っちゃうよね。――でも」


 笑顔を崩さぬまま。

 されどその瞳だけが、如実に色を変える。

 これだ。これこそが、異常の現れ。狂信者めいた、渇望と執着の証。


「それも含めて、あたしは冬馬君が好き。彼のためならなんでもできるし、全部受け入れるし、全てを捧げられる。彼のいちばんになるためなら、なんでもする。誰にも邪魔はさせない」


「好きにすれば? あたしには関係ないわ」


「本当に?」


「――っ!」


 問いかけは、真後ろから聞こえてきた。振り向けばそこに彼女がいた。

 たった今、あたしの目の前にいたはずの彼女。一瞬で背後に転移した? 目にも止まらぬ速度で?

 いや、違う。あたしが目を離したのは、声が聞こえてからだ。

 だからそう、刹那の間、あたしは彼女の存在を()()()()()()()のだ。


 恐ろしい能力だった。認識の隙間に入り込むその効果は、実質的に瞬間移動となんら(たが)わない。誰も彼女を捉えることはできない。

 そのギフトを、彼女は使いこなしていた。


「本当に、冬馬君のことは好きじゃない? これからも好きにならない? 必要以上に近づかない? ――彼の、特別になろうとは思わない?」


「……ええ」


 頷く他ない。それ以外の反応は敵対であると、彼女は暗に語っていた。


「良かった。それだけ確かめたかったの。忘れないでね? じゃないと――」


 終始笑顔のまま。

 彼女は淡々と、戒めの言葉を落とす。


()()()()()かも、しれないから」


 甘かった。いずれなどと悠長に構えている場合ではなかった。

 


 事態は既に、取り返しのつかない段階まで進んでしまっていた。


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