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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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冬馬と、あたし

 目覚めた視界に映るのは、知らない天井だった。

 でも、知っている匂いがした。ブランケットから香るのは、よく知っているあいつの匂い。馬鹿でスケベでおよそ子供らしくない、あのあほぅの匂い。それが、やけに近くに感じられた。


「んん……」


 というか、隣りにいた。

 同じブランケットにくるまって、すやすやと寝息を立てる冬馬の顔が、すぐそこにあった。


「なっ――」


 微睡みが一気に吹き飛ぶ。よく見れば、そこは冬馬の部屋だった。最近は毎日のように訪れている、意外にきちんと整理されたこいつの部屋。

 祝対の室長である蒼さんがあたしを保護して、ここに寝かせてくれたのだろう。それはわかる。

 でもなんで、あたしはこいつと同衾しているの?


「んが……む……へへ、うへへ……」


 眠る冬馬の顔が、だらしなく緩む。どんな夢を見ているのかは考えるまでもない。確実にお尻関連だろう。


「うへっ、うははっ、うひょっ――ぐほおっ!」


 その手がわきわきと何かを揉みしだく動作を始めたため、あたしはとりあえずその顔面に正拳突きを落とした。


「むぐぐ……あれ? 俺のTバックおねーさんたちは?」


「そんなものは最初からいないわ」


「なんだ、夢かよ……って、お前起きたのか。おはよう」


「おはよう。それで、説明してくれる?」


「ん? ああ……ってか、お前、覚えてるのか?」


「…………ええ、途中まではね」


 覚えていた。何が起こって、その結果どうなったのか。精神的なショックとかそういうので、忘れてしまえれば良かったのかもしれないけど。

 ちくりと胸が痛んだ。それは喪失によるものだ。父と母を、失ってしまった痛み。

 確かな悲しみがそこにはあった。なんだかんだ言いつつも、やはりあの二人は、あたしにとっての唯一の肉親だったのだ。もう二度と、あの困ったような笑顔を見ることはできない。こんなことになるのなら、もっと素直な娘を演じていればよかっただろうか。

 

 それも今さらだ。後悔したところで、あたしが二人にできることなど何もない。悔やむぐらいなら、初めから感情を表しておけばよかったのだ。そうしないことを選んだのは、他ならぬあたしだ。

 そして、何よりも恐ろしかったのは。

 

 こんなことになってさえ、涙の一粒も出てこないあたし自身だった。

 悲しみはある。あるが、それは奔流とは成り得なかった。雫すら生み出さなかった。

 感情は、閾値を超えなかった。そして内なる声が聞こえてきた。まるであたしが、それを望んでいたかのような声が。

 そんなあたしは、果たして人の範疇に収めてもいい存在なのだろうか?


「おい、大丈夫か?」


「……大丈夫よ」


 冬馬の声に、思考に没頭していた意識を表層に戻す。とりあえずその問題は棚上げしておこう。まずは現状を把握しなければ。


「祝対があたしの家を取り囲んで、犯人に投降を呼びかけたところまでは覚えているわ。蒼さんの声も聞こえたと思う。そのあたりから、ちょっと記憶があやふやなのよ。顛末は聞いてるかしら?」


「ああ。父さんたちは、粘り強く交渉を続けたみたいなんだがな。如何せん要望が荒唐無稽で、現実的じゃなかった。支離滅裂で、次第に意思疎通すら難しくなっていったらしい」


 あの少女の、渦巻いた瞳を思い出す。兆候はすでにあった。およそ平静とは思えぬ様相と行動。まともな話し合いなど、最初から望むべくもなかったのかもしれない。


「そんで最終的には、お前にまで害を及ぼそうとした。やむなしと判断されて、処分されたってわけだ」


「……そう」


 処分された。それは比喩でもなんでもなく、言葉どおりの意味だ。

 暴走ギフテッドに人権はない。状況を鑑みて情状酌量が為されることはあるが、今回のように無辜の一般人を無差別に殺傷したとなれば、それも難しい。

 ほんの少しだけ、彼女に哀れみを向ける。彼女にも物語があったのだろう。感情を爆発させるに足る、彼女だけの物語が。

 両親を殺害されたあたしは、本来なら恨みを抱かなければおかしいのだろうけど。そう思えないのだから仕方ない。あるのはただ、小さな悲しみと自分への嫌気だけ。

 最後まで親不孝な娘でごめんなさいと、そうあたしは思いを綴った。


「それで、なんであんたはあたしと一緒に寝てたわけ?」


「なんでって、お前が心配だったからに決まってんだろ」


 悪びれたふうでもなく、さも当然のように冬馬が言い放つ。

 幼馴染みを心配して、と言えば聞こえはいいが、考えるまでもなく、そのことと同じベッドで眠ることにはなんの因果関係もない。そしてこいつの行動原理などひとつしかないことを、あたしは充分に知り得ていた。

 いいこと言ったみたいな顔をしても、あたしには通用しないわよ。


「あたしが寝てるあいだに、変なことしてないでしょうね?」


「おいおい。流石に俺でも空気ぐらい読むぞ?」


「じゃあなんで、パンツが少しずれてるのかしら?」


「……気のせいだろ」


 一瞬だけ、冬馬の目がきょどりと泳ぐ。


「……やっぱり」


「あ、てめ、引っかけやがったな」


「ハァ……まったく、こいつは……」


 そのブレなさには、最早呆れを通り越して感心してしまう。いつ如何なる時でも、冬馬にははっきりとした優先順位が定まっている。馬鹿でスケベで最低で最悪な性欲の権化。でも、それは同時に。

 あたしのいちばん近くにいることを、こいつが他の何よりも優先したということで。


「……あほぅ」


 ぽふん、と。

 力を抜いて、冬馬の胸に頭を預ける。

 殴られるとでも思ったのか、冬馬はびくん、と震えるように体を強張らせた。

 

「……お?」


「いいから」


 下を向いて、もぞりと顔を(うず)めると。

 やっぱり、涙は出てこなかったけど。


「少しだけ、このままでいて」


「……ああ」


 柔らかな、どこか安心するような匂いが、鼻孔をくすぐって。

 あたしの中をぐるぐると回る不明瞭な感情は、不思議と落ち着いていった。

















 


 

 


 葬儀はしめやかに行われた。

 一応、名目上の喪主はあたしになったけど、あたしには何もやることはなかった。親族たちがそれをさせなかった。


「あの子に挨拶回りなんかできるわけないじゃないの。こっちが恥をかくわよ」


 漏れ聞こえた陰口は、まぁ一理あった。言口は気に入らなかったけど、つまらない雑事から解放されるのならばと、あたしは口を噤んだ。式場の隅の席で、不機嫌そうに押し黙る子供に話しかけてくる人は、ほとんどいなかった。


 滞りなく題目が進み、火葬と骨上げが終わったあと。

 家に戻り、親族たちは最後の話し合いを始めた。あたしのこれからに関する話し合いだ。


「で、誰があの子を引き取るんだ?」


「うちはちょっとなぁ……もう子供が三人もいるし」


「うちもこの前、二人目が生まれたばかりで……」


「うちも……」


「ふむ。ではやはり、うちで引き取るしかないか」


「何言ってるのよ。私は嫌よ? なんであんな可愛げのない子を……」


 襖一枚隔てた隣りの部屋で、彼らはそんな話をしていた。醜い押し付け合い。段々と熱を帯びる言葉。

 仕方がないだろう。いつもそうやって。俺だって好きで言ってるわけじゃ。うちは絶対に無理だから。あの時もお前は。なんで今さら。あんな暗い子供……。


 それ以上聞いていたくなくて、あたしはそっと家を出た。どうでもよかった。好きにしてほしかった。どうせあたしにはなんの権限もないのだ。

 自分が何もできない子供であることが、ほとほと嫌になる。いっそのこと、施設にでも預けてくれた方がどれだけマシなことか。

 自分から言い出せばいいのだろうか? あたしのことは構わないで、放っておいてくれと。適当な施設に放り込んでくれと。


 それでも彼らは、また揉めるのだろう。生意気なことを。何様のつもりだ。外聞が悪い。世間の目が。ひとりで生きていけるつもりか。遺産の分配は……。


 最寄りの公園のブランコに腰かけながら、取り留めのないことを考える。それも意味はない。結局はあいつらの言いなりになるしかないのだ。


 夕暮れが迫る中、ぶらぶらと足を遊ばせる。こうしていても、どうしようもないのはわかっていた。あたしには何もできない。何も選択肢はない。


 あたしは初めて、あのギフテッドの少女を恨んだ。こんなことになるなら、どうしてあたしも一緒に殺してくれなかったのかと。それがまた世間一般からはズレた思考であることに気づいて、あたしは本当にどうでもよくなった。生きる意味が見い出せない。活力が持てない。

 神様を呪うのも億劫だ。これが天命だと言うのなら、もう一度ここに暴走ギフテッドを呼び込んではくれまいか。そして今度こそ、あたしを――。


「お、こんなとこにいたのか。探したぞ」


 不意にかけられた声に振り向くと、そこにはあいつがいた。

 先ほど蒼さんたちと葬儀に参列していた、黒系の服で身を固めたあいつが。

 落ち窪んだ心が、少しだけ震えを帯びるのを感じた。


「……何よ。なんか用?」


「いつにも増して機嫌わりーな。生理か?」


「まだ来てないわよ」


「そうか。年中二日目みたいな顔してるからな、お前」


「なんでそんなに女性の性事情に詳しいのよ……」


 今さらながら、ほんとに変な奴だ。というか真性の変態だ。どこの世界に、月経を語る男子小学生がいるというのか。


 自然とため息が漏れる。いつものくだらない会話の応酬。

 それに乗って、あたしの心の重みもいくらか流れていくのがわかった。


「ほら、これやるよ」


 ぽいっと、冬馬が抱えていた何かを投げてよこす。

 ふわりとした感触。あたしの頭ぐらいの大きさはある、真っ白な毛並みの、それは。


「……なに、これ?」


「なにって、どこからどう見ても愛らしいウサギさんだろーが」


「どうしてこんなに耳が長いのよ?」


「それは知らん。ってかしょうがねーだろ。それがいちばん取りやすかったんだよ」


 本体以上に長い、二房の垂れ耳。なんと無駄な造形をしていることか。


「こーゆーのが好きなんだろ? お前も一応は女の子の部類に入らないこともなきにしもあらざらんべからずだからな」


「どっちよ」


「生物学的には入るが、精神学的には怪しいな」


「喧嘩売ってるの? 買うわよ?」


「感謝しろよ? 今月の尻マニアックス買うの我慢したんだからな」


 葬儀の途中から姿が見えないと思っていたら。

 何を思ったのか、これ取りに行っていたらしい。一般的な「可愛い」からは随分と逸脱した、この変なぬいぐるみを。

 こんなもので、あたしが喜ぶとでも思ったのだろうか?


「……ほんと、あほぅな奴ね」


 再び漏れるため息。その数だけ幸せが遠のくのならば、あたしはいったいどれだけの幸運を逃してきたことか。


「よし、いつもの調子に戻ったな。じゃあ帰るぞ」


 そう言って、冬馬があたしの手を掴む。

 帰る? あの家に?

 辺りはとっくに暮れてしまっていた。もしかして、大人たちに言われて来たのだろうか。いつの間にかいなくなったあたしを、連れ戻してこいと。


「……嫌よ」


「あん?」


「嫌。あそこには帰りたくない」


 どうなるのかはわからない。でも結果はたぶん同じだ。

 あいつらの誰かの家に、望まず望まれずに連れて行かれて。

 そしてもう、冬馬とは会えなくなる。そんなのは嫌だった。


「ああ、そっか。まだ説明してなかったな」


「……?」


「紫月。お前さ、うちで引き取ることにしたから」


「…………は?」


 何を言っているの、こいつは? 

 さも当然のように、決定事項のように告げる冬馬。そこに嘘や冗談の気配は見られない。


「そんなこと……できるわけないじゃない」


 例えあたしが望んで、蒼さんたちが了承したとしても。

 所詮は、家が隣り同士なだけの赤の他人だ。親族の決定に口を挟めるはずもない。


「大丈夫だって。ちゃんと仕込みはしてあるから」


「仕込み?」


「ああ。父さんと母さんにはボイスレコーダーを持たせて、あいつらとの会話を録音してもらった。けっこうえげつない発言とか出てきたから、たぶんこれだけでいけると思う。念の為俺も、葬儀の間抜け出してお前の家に盗聴器仕掛けといたしな。今ごろあーでもないこーでもないとか喚いてんだろ? それでダメ押しだな」


「いつの間に……」


「文句としてはそうだな、例の音源を聞かせてから、「よろしければ、うちでお嬢さんをお預かりしましょうか? 皆さんもそれぞれ家庭があって大変みたいですからねぇ。あ、ちなみにうちの父は省庁の務めでして。仕事柄、行政の児童福祉関連の部署にも顔が効くんですよね。いや、全然関係ないんですけど」って感じかね」


「あんたはいったい、どこの工作員なのよ……」


 恐ろしいまでの計画性と行動力であった。いい加減年齢詐称を疑うべきかもしれない。こんな小学生がいてたまるものか。


「ま、そーゆーわけで後のことは全部任せとけ。細かい書類関係の手続きはまた後日やりゃいいだろ。腹減ったし、とりあえず帰ってメシにしよう。母さんが用意してくれてるから」


「……どうして?」


「ん?」


「どうして、そこまでしてくれるの?」


 確かにあたしと冬馬は、そこそこ気の合う幼馴染みだ。今まで多くの時間を一緒に過ごしてきた。

 でも冬馬には、あたし以外にもたくさん友達がいる。あたしには冬馬しかいないけど、こいつは持ち前の社交性で様々なグループに知己を得ている。あたしはその中のひとりに過ぎない。

 それに言ってはなんだけど、あたしの冬馬に対する態度は傍目には素っ気ないものだ。あたしのことを好きなわけでもあるまいし、そこまでのことをしてもらう道理はないように思える。


「どうしてって……嫌なんだろ? あいつらに付いていくのは」


「そうだけど……」


「じゃあいいじゃんか。俺に救える尻があるなら救う、ただそれだけだ」


「……本当に、それだけ?」


「……あとはまぁ、お前の母ちゃんにも頼まれてるしな。「あの子、たぶんこの先結婚とかできないと思うから、もし良かったら貰ってあげてね」って」


 あ、あの母は、いつの間にそんなことを……。


「だからってわけじゃないけどさ。お前は嫌か? 俺と一緒に暮らすのは」


「……嫌じゃないわ」


「じゃあ決まりだ。ほら、帰ろうぜ」


 もう一度、冬馬が手を差し出してくる。

 その手を。

 差し伸べられた救いを、まじまじと眺めてから。

 そっと、そこに自分の手を重ねると。

 ぎゅっと、握り返された。


 瞬間。

 あたしは理解した。

 ああ、そうか。

 あたしは、ここに。

 冬馬の傍に、いたいのだと。

 それこそが、あたしの感情の正体なのだと。


 閾値を超えたそれが、あたしの瞳から流れ出す。

 止めどなく。両親を失ってさえ流れなかった、それはあたしの本当の感情。

 こいつの、隣りこそが。

 あたしのいる場所だ。


「なんだよ、泣いてるのか?」


「……別に。目にゴミが入っただけよ」


「またわかりやすいごまかしだな……抱き締めてやろうか?」


「けっこうよ。どうせついでにお尻触るつもりでしょ?」


「バレたか」


 そうして、その日。

 あたしは四条家の一員になった。

 あたしの、歩むべき道が定まって。

 そして。




 あたしたちの呪いは、ここから始まる。

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