表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
71/118

本当の願い

「がっかりした?」


 述懐を終えた朱里が、深い息を吐いてそう漏らす。

 柔らかな表情。されど笑みを形どりながらも、そこには自虐と諦観が含まれているのが見て取れた。


「これが、本当の私。理由なんかないの。ただ、壊したい。刻んで潰して崩して千切って屠りたいの。それが楽しくて嬉しくて、そうせずにはいられないの。だから、私を説得しようなんて、最初から無理なんだよ」


 内なる原初の衝動。それは朱里の根幹を成す性質であった。

 理由のない思い。朱里は目にする全てを壊さずにはいられない。当初に想定していたとおり、やはりそれが彼女の抱える死に関する思いだった。


 ここに至って、俺はひとつの確信を得た。彼女たちと過ごした時間が、俺にそれを気づかせてくれた。

 俺のギフトが囚えた、五人の少女たち。

 いや――千影に始まり連なる、二十八人の彼女たち。

 そこに共通する思い。


 それは呪いだ。彼女たちは皆、死に関連する呪いを抱えていた。

 行き場のない思い。前にも後ろにも進めず、ひとり佇む他ない、呪いとして固着してしまった感情。

 それこそが、俺の〈デッドハーレム〉が彼女たちを囚えた本当の条件。

 祝福されたはずの彼女たちは、その実、その身の内に逃れようのない呪いを孕んでいた。


 父親の喪失に、その似姿を求め続けた凛子の、死を受容できない呪い。


 耐え難い痛みをなくしてほしいと願った末に、その反対の性質を得てしまった詩莉さんの、死を感じられない呪い。


 身も心も縛る家のしがらみに対し、反逆することを選んだたま先輩の、死に抗い続ける呪い。


 生還を願った代償に、自己の意思に関わらず生き長らえてしまうようになった蓮さんの、死に至れない呪い。


 そして、そのどれとも違う。

 仔細は異なれど、降りかかる理不尽な死に対抗する思いで、願いを叶えた彼女たち。

 だけど朱里だけは、前提となる思いが真逆の方向を向いていた。


 抑え難き衝動に押された朱里の、それは死を与えずにはいられない呪い。


 その解消は難しい。限りなく不可能に近い。

 本能とも原罪とも、魂に刻まれた宿命とも呼べるその衝動。そこには物語がない。

 生まれ持った因子を取り除くことなどできない。深く根を張った破壊願望は、最早彼女にとって生きる理由そのものと化している。

 でも。


「でもお前は、俺を求めている」


「そう。私はあなたを求めている。何もかも壊してしまいたい私が、初めて欲しいと思ったもの。壊したくないと思ったもの。それがあなた」


 矛盾していた。壊したいのに壊したくない。錯綜し、絡み合う二つの感情。


「それが、手に入らないとすれば?」


「それは有り得ないよ。私は絶対にあなたを手に入れる。それは既に決まっていることで、私はそうしなければならないの」


「そこに俺の意思が伴わなくても?」


「――そう。例え、どんな形になったとしても」


 揺るぎない意思の、その宣告。極めて純度の高い思い。

 朱里は絶対にそれを曲げないだろう。朱里を受け入れなければ、彼女はきっと俺の心を壊す。紫月を壊したように、俺に死を与える。歪み狂った、されど真摯な真実の感情。

貴方を愛死てる(デッドハーレム)〉。

 それは正に、彼女の感情を表す名前であった。


「わかった」


 短く答えを返す。決意を乗せて。

 抱えた紫月をゆっくりと地面に横たえて、俺は朱里と視線を交えて向き合う。

 朱里の思いはわかった。彼女は真実の思いでもって、真っ直ぐにそれを示してくれた。だからあとは、俺が答えるだけだ。


 もう、ごまかしも取り繕いもいらない。

 示すべきは、俺の最奥の感情。

 ここが――本当の正念場だ。


「お前が望むのなら、俺の心はお前に捧げる。気に入らなければ存分に壊してくれていい。でも本当に、それでいいのか? それがお前の望む、唯一なのか?」


「……そうだよ。冬馬君がいれば、他にはなんにもいらない。それだけでいいの」


「嘘だな」


 賭けに出る。

 朱里たちと過ごした時間、そこで見つけたものがあった。

 濃密な時間を経て、俺は変わろうとした。前に進もうと思えた。そのきっかけは、間違いなく朱里から貰った。

 朱里も同じはずだ。俺たちは互いに混ざり合った。心を交わらせた。移り行く数多の感情に晒されて、それでも変わらずにいられるほど、俺たちは大人じゃない。


 そう、俺たちはまだ子供なんだ。ギフトを発現するほどの、多感な時期の少年少女。

 変われるはずだ。その先にはまだ、無限の可能性が開けている。


「人の欲望は、そんなに清廉なものじゃない。そこに限りはない。少なくとも俺は、ひとつじゃ足りない。俺は全部、全部欲しいんだ。だから朱里、俺だけがいればいいだなんて、そんな狭量な願いは。

――酷く、()()()()()()


「っ!」


 瞬間。

 朱里の姿が掻き消える。消えると同時に現れる。俺の目の前に。空間破壊による疑似転移。

 そのまま胸に軽い衝撃を受け、押し倒される。地面に打ちつけた背中に鈍い痛みが走る。でも。

 俺を見下ろす彼女の方が、もっと痛そうな顔をしていた。


「私を、私の思いを愚弄するの?」


 俺の襟首を両手で掴んで、朱里は泣きそうな顔でそう言った。


「そうじゃない。お前の思いが本物だってことは知っている。でも、それだけじゃないはずだ」


「適当なことを言わないで! 知らないくせに! 私のことなんか、何も知らないくせに!」


 激情が溢れ出す。俺の服を掴んだ手がぎりりと締め上げられ、呼吸が苦しくなる。

 でもそれでいい。それこそが、俺の見たかった彼女の感情だ。


「知らなかったから、知ろうとして、そして知ったんだ。それを教えてくれたのはお前だ。逃げ続けていた俺に、お前がその感情を教えてくれたんだ!」


 朱里との最初のデート。

 そこで朱里は、通り過ぎてきた彼女たちの思いを示してくれた。その時から。

 俺は、変わろうと思ったんだ。


「お前はもっと、たくさんのものを求めている」


「そんなわけ……ないよ。だって私は……私には、壊すことしか、できない」


「そんなことない。朱里はちゃんと、それを俺に示してくれた」


 思い出す。その証左を。

 彼女が本当に、求めているものを。



 狂いの先。


 願いの果て。


 その奥に潜む感情。


 それを、露にする。



「卵焼き。上手くなったじゃないか」


「――――――っ!」


 ほろりと。

 透明な感情が一粒、流れ落ちて。

 俺の頬を濡らした。


「最初はほんとに酷かったよな。どうやったらあんな冒涜的なものができるんだよ? でもだんだんマシになって、最後はちゃんと美味しい卵焼きになった」


「どうして――」


「なんとなくかな。同じレシピなんだろうけど、やっぱり違うんだよ。あれは紫月の卵焼きじゃない。朱里の、卵焼きだった」


 何度も何度も、練習してくれたのだろう。正しく、俺のために。

 朱里は苦手な料理を、たった一品とはいえ、作れるようになった。


「朱里。作れたんだよ。壊すだけじゃない。お前は何かを、生み出すことができた」


「わ、私……私は……」


「できるんだよ。お前の壊したいって思いは確かに本物だ。でも、それだけじゃない。お前はもっと、色んなことができる。他にもたくさん、壊したくないものがある。お前はそれを、壊さなくたっていいんだ!」


「私は――――っ!」


 感情が溢れ出す。それは桃色の瞳から、滂沱となって流れ出た。

 弱々しい、儚げな、ひとりの少女がそこにはいた。もうそこに、狂気の片鱗は隠れていなかった。泣き崩れる彼女は、どこにでもいるような普通の少女だった。

 その体を、俺は優しく抱き締める。


 壊れてしまいそうだった。

 華奢な肩を抱くと、桃色の髪からは柔らかな匂いがした。

 こんなに細い体の中に。彼女はその身に余るほどの、膨大な感情を宿していた。

 それは到底、ひとりの少女に抱えきれるものではなかった。


 だから、それは。

 その深い、蝕むような呪いは。

 俺が引き受けるべきだと、思った。


 比喩ではなく。

 抱き締めた朱里の体を伝って、それは俺の中に流れ込んでくるような、気がした。


「朱里、大丈夫だ。やり直そう。遅いなんてことはない。俺がお前の、隣にいるから。だからもう一度、ちゃんと向き合おう。俺と一緒に、歩いて行こう」


「……駄目、だよ……」


 腕の中の朱里は、そう言ってふるふると首を振った。

 怯えるようなその震えが、俺に伝わってきた。


「駄目だよ……遅いよ……私、たくさんたくさん壊しちゃったよ。蓮さんを壊しちゃったよ……紫月ちゃんを……壊しちゃったよ……!」


 慟哭が響き渡る。

 もう戻れない過去。

 悔恨が、彼女を支配していた。


「そうだ。それがお前の罪だ。未登録のギフテッドは法によって裁かれない。だから、俺が裁く。俺が覚えている。俺が、お前の罪を認めて! 俺が一緒に、抱えてやる!」


 より一層、彼女を深く抱き締めて。

 俺は心の叫びを上げる。


 罪に寄り添う。

 それが。

 何もできない俺にできる、唯一の。

 たったひとつの選択だった。


 千景を失った。

 蓮さんを失った。

 そして紫月までも失った。

 心は張り裂けそうなほどに痛い。

 いくつも空いた大きな穴から、ヒューヒューと空気が漏れていた。

 

 でも、まだ残っているものがあった。それは俺が紡いできた物語だ。

 たくさんのものを失くしても、まだ物語は続くのだ。少女たちの思いを絡めてきたそれは、最早俺ひとりの絶望だけで終わらせていいものではなかった。


 後悔に苛まれる道になるだろう。深く険しい、茨刺す道程。

 それでも、歩んでいく。朱里と二人で、罪を分かち合いながら。

 それが、俺が少女たちに誓う、決意だった。


「ごめん……ごめんね……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 震えを帯びながら、朱里が壊れたラジオのように言葉を紡ぐ。

 それは果たして、誰に対しての謝罪なのか。

 蓮さんか。

 紫月か。

 それとも、俺の知らない誰かに対してか。

 たぶん、その全てだ。

 そして。


 どん、と。

 赦しを告げようと思った俺の体が、朱里によって押し出される。

 気づく。

 その、謝罪の言葉には。


「ごめんね……冬馬君」


 俺も、含まれていた。


「朱里!」


 またか。

 またなのか。

 あの日の千景の姿が、朱里に重なる。

 泣きながら笑う、悲しみの笑顔。

 また――俺は救えないのか!?


「私、冬馬君のことが好きだったよ。でもやっぱり、私はもうここにいちゃいけないんだよ」


 その細い指が、頭に添えられる。

 儚く美しい、桃色の髪に。


「朱里、やめろ!」


「私、本当に楽しかった。みんなに会えて。紫月ちゃんに会えて。冬馬君に会えて。本当に、良かった」


「やめろ! やめろおおおおおおっっ!!」

 

 制止の叫びは。


「ありがとう――ばいばい」


 届かずに。


 同じ言葉で、力が放たれ。


 そうして。







 俺はまた、誰も救えなかった。








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








 本当は、気づいていた。

 ずっと前からわかっていた。

 でも無意識に、考えないようにしていた。それを認めてしまえば、私は自分を保てなくなってしまうから。


 興味を持たないようにしていた。友達を作らないようにしていた。

 だって、友達ができてしまったら。

 私はそれすら、壊したいと思ってしまうから。


 何もかもを壊したかった。

 そうして全てを壊してきた。

 でも、本当に壊したかったのは。


 そんなことを考えてしまう、私自身だった。






 震えるような恋をした。

 狂えるほどの思いがあった。

 

 ねぇ、冬馬君。

 私、あなたに会えて良かった。

 あなたに恋をして、幸せだった。


 ねぇ、紫月ちゃん。

 私、あなたと友達になれて良かった。

 あなたと過ごした時間は、本当に楽しかった。


 たくさんのごめんねと。

 いっぱいのありがとうを。

 最後に、伝えるね。







――もし。

 もし、本当に神様がいるのなら。

 この世に、生まれ変わりなんてものがあるのなら。

 

 私は願う。

 次は。

 次こそは。





 こんな私じゃないと、いいなぁ…………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ