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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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原初の衝動

 倒れ込む紫月を抱き止めながら、俺は彼女を見上げた。

 俺の都合のいい夢を、あっさりと壊した彼女。現実に君臨する破壊の女神。来たる終焉の象徴。

 相模朱里は、いつもと変わらぬ微笑を携えたままでそこにいた。


「ごめんね、待たせちゃって。お詫びに何かご馳走しようか? もうこんな時間だし、お腹空いたよね?」


 あたかも、日常のいち場面のように。普段どおりの振る舞いのように、朱里はそう言った。

 今しがた紫月を壊したことなど、気にも留めぬが如く。常軌を逸した異質を映し出す、その桃色の瞳は幾重にも渦巻いていた。

 

 でも、それでも。

 朱里はまだ、完全な狂気に呑まれたわけではない。片足を突っ込んではいるが、まだギリギリ戻ってこれる位置にいる。そのことが俺にはわかった。

 凛子たちの変貌に間近で接した俺には、その違いがはっきりと判別できた。変容ではない。逆だ。朱里のそれは、解放と呼ぶべきものだ。

 すなわち、彼女は。

 今の今まで、その本質を隠蔽していた。平易を装っていた――否。

 言うなれば、この状態こそが、朱里にとっての平常なのだろう。破壊の女神の、ありのままの姿。


 思考はやけにクリアだった。残酷な現実に、紫月の壊れる様を目の当たりにし、絶望に伏してもおかしくはないのに。


 それは、朱里があるものを壊したからであった。

 絶望の前に氷解があった。反転した世界で、朧げながらに俺はそこに辿り着いた。全てが繋がった気がした。

 少しずつ感じていた違和感。何かがおかしかった今回のハーレム。いや、元を辿れば、それはもっとずっと昔からだ。


 雪解けの感覚。集束する真実。あらゆる事態が一本の道の上に集いつつあった。

 だから、その前に。もう遅いかもしれないけど。

 あとひとつだけ残った疑問を、俺は晴らさなければならないと思った。


「なぁ、朱里」


「なぁに、冬馬君? あ、お金なら気にしなくてもいいよ? もうお財布の中身が変になくなることもないし――」

 

「朱里、いいんだ。もういい。本当はずっと前からわかってた。お前が俺のために、そうしてくれたこと。自分を抑えてまで、俺のことを思ってくれたこと。でも、もう大丈夫だ。俺はちゃんと、現実を見据えられる。地に足を着けて立っていられる。だからもう、演技なんかしなくてもいい」


「…………そっか」


 短く。されど確かな重みを含ませて、朱里がそう呟く。同時に貼りついていた作りものの微笑が消える。

 そして現れたのは、どこか憂いと寂しさを滲ませるような、彼女の本当の表情。寂寥が美しさを感じさせるほどの、真実の感情。

 ここに至って、ようやく俺は本当の彼女と向き合えた気がした。


「正直さ、まだ混乱してる。色んなことが一気に繋がって、整理が追いついてない」


 例えるならば、ジグソーパズルの欠けた最後のピースを嵌め込んで、それを逆さにした感覚。朧げに見えていた全体像が、まったく違う絵になって現れた。


「朱里が俺の知らないところで動いていたのはわかってた。それも含めて、たぶん、事態はもう俺たちだけの関係じゃ済まないところまで来ている。俺ひとりでは解けないぐらいに、何人もの思惑が複雑に絡み合っている」


 雁字搦めに俺を縛りつける、それは感情の牢獄。ひとりの視点だけでは、その真相の鍵は決して手に入らない。

 俺だけにわかることがあって、朱里だけにわかることがあって、そして他の彼女たちだけにわかることがあった。その全てを組み合わせなければ、真実の全容は見えてこない。


「全体の詳細はわからないけど、おおまかな風景は見えた。俺の行き着く先、その終点。計画された結末。それは朱里にもわかっただろ?」


「……うん」


 他ならぬ、朱里がそれを壊した。そして俺たちは気づいた。

 俺の物語と、朱里の物語。この二つを結末に導く、大きな計画があった。そのオペラの登場人物として、俺たちは配役された。

 全ては最初から仕組まれていた。その片鱗だけを、俺たちは見ていた。


「だから俺にはもう、ただお前を拒否するつもりはないよ」


「――私を、受け入れてくれるの?」


 動揺が見て取れた。

 狂いに至っていないのなら、やはり朱里にもわかっていたのだろう。

 他の少女たちを排除したとしても、俺の心が彼女に向くことはないと。力で言葉を封じて、偽りの関係を続ける他ないのだと。

 それは彼女の願いとは、大きくかけ離れたものだ。


「そう思えるかもしれない。確かに朱里は、蓮さんを壊した。紫月を壊した。それはどんな理由があったとしても許されないことだ。でも、そうせざるを得ない状況に仕向けられてもいた。だから、あとひとつだけ教えてほしい。答えてほしい。それだけが、どうしてもわからないんだ」


 思えば、俺はずっと恐れていた。想像できずに、理解できずに、目を背け続けていた。

 でもやっぱり、それを明らかにしないことには、俺はどうすることもできないんだ。進むにせよ戻るにせよ、朱里と対話しないことには、俺は何も選べない。最初からそうするべきだった。


「朱里――お前はいったい、何を願ったんだ?」


「っ、それは…………」


 長い葛藤があった。沈黙が続いた。

 視線を逸らし、彼女は迷っているようだった。

 それこそが証左だった。

 たったひとつ残った、俺と朱里にとっての、僅かな希望。

 小さな小さな、消える寸前の蝋燭の灯火のような、最後の光。


「…………わかったよ」


 長い静寂の末に、消え入りそうな声で。

 でもしっかりと俺と視線を合わせて、彼女はそう言った。


「教えてあげる。私の――最初の願い」








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆









 ()()がいつ私に芽生えたのかは、はっきりとはわからない。

 自覚した時にはもう、私はそうなっていた。

 何が影響したわけでもない。両親はごくごく普通の一般人で優しかったし、生まれ育った地域もよくある新興の住宅地で、押し並べて平和なところだった。

 家系をわかる限り遡っても、目立った変人や犯罪歴のある祖先はいなかった。だから、それは。

 突然変異とでも称すべき、私の生まれ持った因子だったのだろう。


 両親は共働きだったので、私は保育園に預けられた。

 そこで積み木を組み上げるひとりの女の子を見て。

 なんとはなしに手を払い、私はそれを壊した。ただ、そうしたいと思った。

 突然の事態に女の子は目を丸くして、一拍置いてからわんわんと泣きだした。駄目じゃない、そんなことしちゃ、と先生は私を叱った。

 私にはわからなかった。いったい、何がいけないの?


 同じことが繰り返され、その度に先生や両親は私を叱った。されど優しく、ゆっくりと、諭すように。

 でも私が行動を改めることはなかった。ただ、壊したいから壊しただけなのに。何が悪いのかがまったくわからなかった。


 そうして保育園を三つクビになって、幼いながらにようやく私は学んだ。

 これはどうやら、違うのだと。

 壊すのが楽しい。崩すのが嬉しい。潰すのに高揚する。そう感じるのは私だけで、他のみんなは、そこに正反対の感情を覚えるのだと。少なくとも、表向きには。


 それから私は、本当の思いを装うようになった。笑顔を貼り付けて、人前では世間で言う「いい子」を演じることにした。

 私の素行に頭を抱えていた両親は、打って変わった私の態度に大層喜んだ。ようやくわかってくれたかと、微塵も疑いの気配は見せなかった。そして両親にバレなかったのだから、他の誰も、私の本質に気づくことはなかった。


 私には才能があった。大抵のことは一度で覚えられたし、物事をうまくこなすコツを簡単に把握できた。私の演技は完璧だった。

 いい子を演じることで、私は周囲の景色に埋没した。当たり障りのない日常を続けた。でも私は、ちっとも楽しくはなかった。


 絶対にバレないと。誰にも気づかれないと確信が持てた時だけ。

 私は影に隠れて、内なる衝動を発散した。

 瓦礫よりも生き物を。昆虫よりも小動物を。トカゲよりも愛玩動物を壊す方が、私は楽しかった。壊す度に、私の衝動はエスカレートしていった。

 行き着く先は自明の理だ。私はとうとう、ヒトを壊してみたくなった。


 でも、それだけはできなかった。あまりにリスクが高すぎた。

 猫や犬とはレベルが違う。人間を壊せば、必ず警察が捜査に乗り出す。うまくやる自信はあったけど、万が一を考えるとおいそれと行動に移すことは憚られた。


 逆に今なら、子供のうちなら大した罪にはならないのではないか、と考えたこともあった。状況を整えて、弁舌と演技を駆使すれば、悪くても保護観察処分程度で済まされるのではないかと。

 熟考して、やっぱり駄目だとの結論に至った。一度なら大丈夫かもしれないが、それが二度三度と続けば、どうしても怪しまれてしまう。私はもっと、たくさんたくさん壊したいのだ。

 少年院に入れられでもすれば、年単位で私の自由が奪われる。それだけは絶対に避けなければならない。耐えられる自信がない。そうなれば辺り構わず壊し尽くして、犯罪者の烙印を押される未来しか見えてこない。

 薄汚い野良犬の頭を踏み潰しながら、私は辛抱強く我慢した。


 中学生になるころには、既に限界に達していた。

 日に日に強まる破壊衝動は、もう動物を壊したぐらいじゃ少しも治まらないまでに高まっていた。私に接する全ての人間を壊したかった。

 クラスメイトのお腹を刺して、お母さんの体を切り裂いて、お父さんの頭を叩き潰したかった。頭の中で、私は何人もの人間をぐちゃぐちゃに壊した。それがいつ現実とすり替わっても、不思議ではなかった。


 ああ、やめて。

 やめて。

 私の前で、屈んで靴紐を結ばないで。

 私にそんな、無防備な姿を見せないで!


 内なる衝動を必死に抑えていた、そんなある日。

 転機となる知らせは、担任の教師からもたらされた。

 曰く、未登録のギフテッドが所属する犯罪者グループが、この街に逃げ込んだ可能性があると。そう祝福省から通達があり、しばらくはひとりで出歩かないよう、また夜間に人気のない場所に行かないよう、指導が為された。


 未登録のギフテッド。その言葉を聞いて、私は天啓を得たように打ち震えた。そうだ。その手があった。

 それは人の形をしていながらも、人の法に守られない存在であった。願い祈り、超常の力を得たことで、人の枠組みから外れることを選んだ、省みられることのない者たち。

 彼ら、彼女らは、誰に何をされても、誰にも何も訴えることはできない。

 そう、例え――壊されたとしても。


 その日から、私は夜な夜な家を抜け出して街を練り歩くようになった。彼らを探し求め、人気のない場所を渡り歩いた。

 心当たりはたくさんあった。日の当たらない場所。人目から逃れられる場所。

 それは、私が隠れて何かを壊すための場所だった。


 そして幾度目かの探索にて、私は彼らを見つける。

 三人組の青年。その内のひとりが、毒々しい真っ赤な色の髪をしていた。

 彼が(くだん)の未登録ギフテッドで間違いないだろう。男性のギフテッドは珍しいというが、その中でもさらに数少ない未登録の者がこの街に現れたことに、私は運命を感じずにはいられなかった。

 正に彼は――私に壊されるために、ここに来たのだと。


「っ、誰だ!?」


「あん? ――子供?」


 私に気づいて、こちらを振り返る男たち。訝しげに、されど私が子供と知って、その緊張を少し和らげる。


「あ、あの……私……」


「なんだ、迷子か?」


「おい、油断すんな。祝対の飼ってるガキかもしれんぞ?」


「いや、違うだろ。髪も目も黒いじゃねーか」


 男たちの前で、私は怯えた子羊のように体を震わせる。長年培ってきた、偽りの装い。無垢で無害で無力な少女の演技をする。


「どうするよ?」


「下手に通報されても面倒だしな……消しとくか」


「あ……いやっ、私知らない、そんなことしないから……」


「お嬢ちゃん、そりゃ無理な話だ。俺たちは散々そうやって他人を信じ続けて、その結果こんなとこにいるんだ。担保もなしに人を信じるなんて、できるわけないだろ?」


「ひっ……な、なんでも、なんでもしますから……!」


 偽りの涙を浮かべ、男たちの嗜虐心を煽る。

 ごくりと、赤い髪の男が生唾を飲み込む音が聞こえた。


「おい、ちょっと遊んでからにしよーぜ」


「あん? お前、こんなガキに――」


「いや、よく見てみろって。こんな美人な子、滅多にいねーぜ」


「ほぉ、確かにな。こりゃ相当なもんだわ」


「だろ? じゃ、そーゆーことで」


「ハァ……早く済ませろよ」


 下卑た視線と声。男の指が私の体に触れる、不快な感触。

 押し倒され、ビリビリと、無遠慮にワンピースが破られて。

 涙の奥で、私は歓喜の産声を上げる。

 ああ、やっぱり。

 やっぱり、この人は――壊してもいい人だ。

 

 髪留めを引き抜いて、赤髪の男の左目に突き立てる。ずぷりと柔らかなものを潰す音が聞こえて、飛び散った同色の飛沫が私の顔に降りかかった。


「があっ――! 目がっ、俺の目があっ――!!」


 よし。男が怯んだ隙に体勢を立て直し、そのままもう一撃――


「こ――んのガキがあああっ!!」


 ごがん、と。

 頭を揺らす衝撃。床を滑り、摩擦に肌が擦り切れる感触。明滅する視界。

 たらりと、額から流れ出た液体が口に鉄錆の味を伝えた。

――あれ?


「馬鹿、油断するからだ」


「ぷふっ、大佐! 大丈夫でありますか大佐!」


「うるせえっ! このガキ、もう容赦しねーぞ……」


 再び近づいてくる男。動かなきゃ。動いて反撃しなきゃ。

 でも、うまく体に力が伝わらない。脳が揺らされて、視界はぐるぐると渦を巻いていた。


「おらっ! おらぁっ!」


 顔面に衝撃。二回、三回、四回。

 痛い。苦しい。嗚咽に喉が詰まる。動けない。

 折れた歯が口内を傷つけて、さらにじわりとした熱を生む。

 それでも男は止まらず、続く殴打の嵐が私の全身を痛めつける。


「はあっ、はあっ……手間かけさせやがって」


 完全に動かなくなった私を見下ろして、男が手を止める。私に馬乗りになった姿勢で、血混じりの下着を乱暴に剥ぎ取る。


 あれ? ――おかしいな。もう終わりなの?

 まだ、全然壊してないのに。

 やっとやっと、壊してもいいものを見つけたのに。


 嫌だ。

 終わりたくない。

 私は、もっと。

 もっともっともっともっと、もっと。

――――もっと!


「ご わ じ だ い――――!!」


 瞬間。


 光が、私を包んだ。


 眩いほどの、溢れるような、桃色の光。


「うおっ! なんだ!?」


「おい、まさか――」


 そして。

 私は理解する。

 脳裏に浮かぶ、ひとつの言葉。

 私の手にした力。

 私の願った、届いた、思い。

 それを。


 目の前のそいつに、解き放つ。


「がっ、ぎゃあああああああ――――!!」


 どさりと、何かが落ちる音。

 見れば。

 私に被さっていた男の、その片腕が、肩口から千切れたように切り離されていた。


 涙が流れた。

 抑えることのできない、思いの奔流。

 ああ、私は。

 私は――ようやく、願いを叶えられる。


「くそ、まずいぞ」


「だから言わんこっちゃねぇ!」


 残る二人の男が、赤髪の男を見捨てて逃げ出そうとする。

 この二人は一般人だ。害すれば法の下に罰せられる。

 でも。

 でも、大丈夫。

――だって。




 ()()()()()()()()()は、法に裁かれることはないのだから。




 そうして。

 私は、たっぷりと時間をかけて。



 思いの丈を、撒き散らした。









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








 夜の帳が下りきった周囲を、月明かりが照らしていた。

 生温い風が吹いて、俺は全身に貼り付くような不快な汗をかいていることに気づいた。

 薄明かりの中。

 照らされた桃色の彼女が、怪しく煌めきを放っていた。


 ずっと不思議だった。

 何故、どうして。

 どんな思いが、彼女にそんな極限の願いを起こさせたのか。


――なんてことはない。




 彼女は、最初から壊れていた。

第七回ネット小説大賞一次選考通過してました!


これは嬉しい。

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