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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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向かう終わり

 次に暴走したのは詩莉さんだった。

 そしてなんというか、やっぱりというか、彼女との対峙は想像の斜め下を行く状況になった。

 

 荘厳な造りの扉を吹き飛ばした先には、大変なことになっている冬馬君がいた。正直、百年の恋も冷めやらずといった様相だったけど、冷えていく感情を私はなんとか押し止めた。悪いのは詩莉さんで、冬馬君は被害者に過ぎない。なんだか楽しそうなのも気のせいだ。たぶん。


 刹那。

 思考の間隙を突くように死角から飛んできた何かを、振り返らずに壊す。僅かに漏れる驚きの気配。完璧な不意打ちだと思ったのだろうが――。


 こんなものでは、私を害するには能わない。凛子ちゃんとの死闘を経て、さらにゴミ掃除を繰り返したことにより、私は以前の鋭敏な感覚を取り戻していた。

 調子は万全。むしろ少し走りすぎているぐらい。今の私は、おそらく空間把握においては並ぶ者がいないほどに研ぎ澄まされている。


 襲撃者はメイドさんだった。一応、紫月ちゃんからその存在は示唆されている。亜衣里さんというその使用人は、もしかしたら主人よりも厄介な相手になるかもしれないと。

 とはいえ、所詮は一般人だ。祝福なき者が、ギフテッドに敵う道理はない。そう考え、簡素な低威力のギフトを放った私は。

 やはりまだどこか、甘さを捨てきれていなかった。


 切り裂かれた。そう表現する他ない。

 私の放ったギフトは、彼女の振るう刃によって両断され、その効果を掻き消された。そして。

 全力で後ろに跳ぶ。眼前を通り過ぎる刃に、はらりと舞い落ちるスカート。それはあとコンマ一秒呆けていれば、この身が真っ二つに切り刻まれていたことを示していた。


 疑問はすぐに解けた。あの刃に何か細工がある。それを用意できるギフテッドとは、つい先日相対したばかりだ。

 やはりあの時、壊しておくべきだったか。少なくとも、今度見かけたらきついお灸を据えることにしよう。


 その後の戦闘は壮絶を極めた。

 一介の使用人とは思えない動きを見せる亜衣里さんは、絶対に職業がおかしい。きっと履歴書に書けない経歴があるに違いない。

 戦闘のプロフェッショナルと称して差し支えない、卓越した技能と反応速度。そこにギフトの効果を打ち消す異能の武器が合わさることで、彼女は正に私にとって天敵と呼べる存在と化していた。

 予想外もいいところだ。いったい誰が、ギフトの補助があるとはいえ、ギフテッドと渡り合う一般人がいることを想定できただろうか。


 万全を期した私と互角に、いや、体術の差で上回る攻防を展開する彼女。このままではいずれジリ貧になる。私は負傷を覚悟して攻勢に出た。

 飛来する暗器をひとつ、あえて避けずに。体を突き刺す痛みを無視して、足場崩しからの連撃を叩き込む。

 異能の刃を二本とも砕き壊し、そこで呼吸に限界がきた。荒い息を吐いて片膝を付く亜衣里さん。これで勝ったと思った。


 甘かった。傷の具合を確認しようと一瞬目を離した隙に、彼女の姿が消える――上!?

 そう思った時にはもう、亜衣里さんは眼前にいた。何かワイヤーのようなものを射出し、転移と見紛うほどの高速で移動してきた。いつの間にか構えられた新たな一対の刃。ペケ字に私を刻む軌道。避ける時間はない。


 ほとんど無意識に、私は自分に向けてギフトを放った。加減もできず、思いきり壁に体を叩き付けられる。肉が軋み、骨が何本か折れる感触。肺が悲鳴を上げた。

 尋常ではない痛みに、無理矢理意識を繋げて踏み留まる。込み上がるものを抑えきれず、床に赤い塊をぶち撒ける。


 もう無理だと体が言った。もう動けない、このまま倒れ込めと。諦めの衝動が心を支配した。

 舌先を噛み潰し、意地だけで立った。諦めてたまるか。ようやくここまで来たんだ。混濁する意識の中、それだけを思った。


 痛みも苦しみも憂いも嘆きも全部切り捨てて、ただひとつのことを考える。あの女を倒す。それだけに意識を集中する。

 揺れる視界の先、迫り来る敵を前にして。直前の光景が脳裏を過ぎる。綾女家の戦闘メイドが成した、転移と見紛うほどの高速移動。その強烈なインスピレーションをイメージに反映させる。 

 私にできる、たったひとつのこと。それは壊すこと。

 だから。


 私は、その距離を壊した。


 鳴り響く轟音に合わせ、一瞬の内に視界が移り変わる。遅れて届く刃の砕ける音。

――駄目だ、外した。目測を誤って、通り過ぎてしまった。

 もう一度。彼我の距離を綿密に計算して。この音もうるさい。気取られないよう、これも壊そう。そうして。


 再度、広がる空間そのものを壊す。地続きの疑似転移。

 消えて現れて、今度は狙いどおり、その女の不愉快に大きな胸を鷲掴む。続けざまに全身に衝撃を這わせて。

 そこでようやく、相手は意識を失った。








 











「……詩莉さんの執着が、あなたにも及ぶようになったってこと?」


「……まぁ、そんな感じ。不本意ながら」


 事の顛末を紫月ちゃんに報告すると、彼女は深く大きなため息を吐いて呆れを滲ませた。

 私も同じ気持ちだ。というか当事者なのでもっと切実だ。どうしてこうなったのか。本当に予想外ばかりの結末であった。

 

「なるほど……流石は汎用型十八禁ね。なるべく関わりたくないわ」


「右に同じだよ……」


「でも、これは初めてのケースね。冬馬の〈デッドハーレム〉に囚われた上で、他の対象にも執着を見せるだなんて。そんな人今までいなかったわ。突き詰めれば色々と新しいことがわかるかも」


「誰が突き詰めるの、それ? 私は嫌だよ?」


「あたしも嫌よ。冬馬の負担が減るんだから、あなたがやれば?」


 醜い押し付け合いが始まった。負担呼ばわりされる詩莉さんが憐れだったけど、事実なので仕方ない。むしろ本人はそんな扱いでも喜びそうだし。


「そこはほら、幼馴染みの義務なんじゃないかな?」


「ただの腐れ縁よ。それに元はといえば、詩莉さんを寝取ったのは朱里じゃない。ちゃんと責任取りなさいよ」


「やめてよぅ……! 寝取ってないよぅ……!」


 甚だ心外だった。そんなつもりは微塵もない。あの時以来、なんだか冬馬君よりも私に懐いている気配がするのも気のせいだ。

 スズメの鳴き声が聞こえる朝、褥を共にした詩莉さんの安らかな寝顔を眺める光景が脳裏に浮かんだ。即座に抹消した。そのルートだけは、絶対に阻止しなければならない。


「まぁ、詩莉さんが特殊すぎるっていうだけかもしれないけど……」


「その線が濃厚だね……」


 まったく参考にならない結論だった。あんなのが二人も三人もいてはたまったものではないので、それでいいのかもしれないけど。


 そんないつものやり取りは、私の心を少し軽くした。

 でも。


 それはどこか、遠い過去のような空虚を感じさせるものだった。





















「……逃げた?」


「ええ。おそらくは」


 次の相手――環さんとの対峙を準備していた私は、紫月ちゃんの報告に呆けた顔をしてしまった。

 逃げただって? そんな馬鹿な。冬馬君を諦めたっていうの?


「……ほんとに?」


「嘘言ってどうするのよ。昨日の夜、監視役の定時連絡が途絶えたから見に行ったら、ギフトで縛られて放置されていたわ。一応探索系のギフテッドに探してもらったけど、少なくとも二十キロ範囲にはいないわね」


「……」


 にわかには信じ難い。飄々とした感じではあったけど、環さんだって冬馬君に対する並々ならぬ思いを確かに持っていた。それは間違いない。

 それを簡単に振り切れるとは思えない。どうしても裏があるのではないかと勘繰ってしまう。


「何か企んでると思う?」


()()、はあるでしょうね。あたしも額面どおりには受け取ってないわ。ただ正直、あの人の考えはよくわからないのよね……」


「ああ、うん。そうだね……」


 学園一の才媛であり、ギフト研究の権威でもある環さん。彼女の思考は、私たち市井の人間では計り知れないところがあった。


「一応警戒はしておくけど、とりあえず環さんはいないものと考えましょう。どうなるにせよ、今のうちに事態を進めてしまった方がいいわ」


「うん」


 狙いがわからない以上、手をこまねいていても仕方ない。もしかしたら時間稼ぎが目的なのかもしれないし。

 再び私たちの前に現れるのなら。

 その時にまた、壊してやればいい。


「そうなると、いよいよ最後はあの人だね」


「ええ」


 三枝蓮さん。冬馬君が選んだ人。

 面白くないけど、それは事実だ。あの大きな胸とお尻で冬馬君を誑かしたのだろうか。まったくこれだから巨乳は。


「それで、どうするの? 私としては、あの無駄に大きなお肉をもぎ壊したいところだけど」


「その案には全面的に同意だけど、ちょっと待ちなさい」


「あ、同意はするんだ……」


「……持てる者は、持たざる者の気持ちがわからないものよ」


 紫月ちゃんのサイズはぎりぎり、おまけして、まぁちょっと周囲のお肉に寄り合いをお願いすればC、といったところ。つまり厳密にはBだ。本人はB寄りのCと言って憚らないが。

 そして私は立派なC。正式な、ちゃんとしたCだ。そのことに優越感を感じたこともあったのだけど。


 二人でプールに遊びに行った際、偶然蓮さんと詩莉さんのペアに遭遇したことがある。当然みんな水着で、普段より肌色が多めで、体型がはっきりとわかる出で立ちで。

……比べるのもおこがましいほどの圧倒的な質量が、そこにはたゆんたゆんしていた。

 これが絶望か、と私は思った。


「あらあら、大丈夫ですよ。女性の価値は胸で決まるものではありませんから」


「そうですよ。むしろ可愛い下着が中々見つからなくて困るぐらいですし。お二人は可愛らしいサイズで羨ましいです」


「すごく、大きいですね……」と思わず零れた私の嘆きに対する返答がこれである。

 心の中で全私が泣いた。紫月ちゃんはハイライトの消えた目でぺしぺしと先輩方の瓜科大型果実を叩いた。溢れる躍動感に、私たちはまたダメージを負った。

 それは確かに、持てる者の傲慢であった。


「まぁ、それは冗談として」


 紫月ちゃんの目は本気と書いてマジだったが、話が進まないので突っ込むのはやめておく。


「蓮さんに限っては、今までのような可逆的な対処は難しいわ。何故かはわかるわね?」


「……常駐型〈再生(リジェネレイト)〉」

 

「そう。今回の五人は全員規格外のシングルだけど、その中でもあなたと蓮さんは、ある一点において他の追随を許さない性能を誇っているわ」


 私の〈破壊〉と、蓮さんの〈再生〉。それは正に、互いの対極に位置するギフトであった。


「あなたは文字どおり、制限を壊した。そして蓮さんは、ギフトの行使によって消費されるはずの精神力すら〈再生〉してしまう。二人はどちらも、無制限のギフテッドなの」


 制限の撤廃。それが私と蓮さんの共通項だ。あらゆるものを壊す私と、あらゆる損傷を治す蓮さん。矛盾の体現。鏡写しのような極致の異能。

 二人が対峙する時。それはどちらかの破滅を意味していた。

 私が蓮さんを壊しきるのが先か。

 それとも、壊しきれずに私の精神が崩壊するのが先か。


「前提として。朱里、あなたのギフトで蓮さんを完全に壊すことはできる?」


「うん……たぶん、できると思う」


 以前なら無理だった。でも、凛子ちゃんと詩莉さん……というか亜衣里さんとの交戦を経て、私のギフトは成長を果たした。当初は回りくどいと思っていた、ひとりずつとの真正面からの対峙。その経験が今になって、重要な意味を持つようになっていた。

 限界突破と、空間破壊。この二つを併用すれば、おそらく私のギフトは彼女の根底にまで届き得る。


「なら大丈夫ね。本題に入るわ。あたしが適当な理由を付けて、蓮さんを呼び出すから――」


 そして。

 紫月ちゃんから、最後の作戦が伝えられる。

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