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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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もう、戻れない

 季節は本格的な夏になった。

 蝉の声がより一層けたたましく鳴り響き、気温の上昇に合わせて私はカーディガンを脱ぎ、スカートを夏用に履き替えた。


「夏スカートはいいよな。冬用は冬用でもちろんいいけど、こう、尻との距離が縮まるのが如実に感じられる」


 至って真剣な顔つきで、冬馬君はそんなことを言っていた。傍目にはわからないであろう、僅か数ミリの違いをはっきりと感じ取る彼に、私は笑顔を崩さぬまま一歩後退った。その頭を紫月ちゃんは分厚い英和辞典で叩いた。変わらず冬馬君はどエロかった。


 アイスを賭けた期末テストは、三点差で私が辛勝した。しかしいざ支払いの段になって、紫月ちゃんは例のウサギがま口を開いてまたそっ閉じした。


「悪いけど、ツケにしといて」


 結局いつもどおりだった。たぶん返ってこないだろうなぁと思った。いいけど。


 紫月ちゃんは本当になんでもできる子だった。勉強は元より、運動神経も抜群で、体育の授業で私たちが同じチームになると、そこに敗北の可能性は欠片も存在しなくなった。あまりにもワンサイドゲームになるため、途中からは必ず別のチームになるよう調整が為されたぐらいだ。


 あらゆる面で、私たちの能力は拮抗していた。同年代でそんな子に会うのは初めてだった。特別な努力をするでもなく、私は周囲より秀でていた。今までは特に感慨もなかったけれど、紫月ちゃんという存在を知り得て、私は初めて対抗心というものを覚えた。

 負ければ悔しかったし、勝てれば嬉しかった。そんな当たり前の感情を、私はようやく感じ取れた。


 ひとつだけ、私が紫月ちゃんに明らかに勝っているものがあった。それは二人でPJに立ち寄った際に判明した。

 たかがワンサイズ。されどワンサイズ。紫月ちゃんが手に取るブラのサイズを確認して、私は陰ながら小さくガッツポーズをした。


「何よ、その勝ち誇った顔は?」


 あっさりバレた。紫月ちゃんに隠し事は通じない。

 でもいいんだ。ただひとつの事実は揺るがないのだから。


「ま、まだ成長期なのよ」


 珍しく狼狽して、紫月ちゃんは薄く頬を染めた。初めて見るその顔はすんごく可愛かった。

 胸がキュンと高鳴るのを感じて、私は慌てて首を振った。危ない危ない。もう少しで恋に落ちるところだった。これがツンデレというやつだろうか。


 そんな日常を過ごした。

 冬馬君と紫月ちゃんを通して、私は世界と繋がりを持った。同じもののはずなのに、それは全然違って見えた。二人というフィルターを通すと、世界はカラフルに色付いてキラキラに輝いていた。


 学校が楽しかった。

 放課後が楽しかった。

 休日のお出かけが楽しかった。

 バイバイと手を振って、また明日会えるのを待つ時間すら楽しかった。


 それは私の人生の中でも、最も充実した時間だった。

 この時間が、ずっと続けばいいと思った。そしてそれは、私の自惚れでなければ。

 あの二人も。いや、他の四人すらも。

 同じ願いを抱いていたに違いないと、そう思った。


 でも。

 事態はゆっくりと、しかし確実に。

 終わりへと近づいていた。
















 学園が長い夏休みに入って。

 ひとつ月が変わって、でも今日も変わることのない日々が続くと信じて疑わなかった、その日。

 変化は唐突にやってきた。


「……予想外の展開になったわ」


 いつにも増して表情のない顔で、紫月ちゃんは私の部屋を訪れた。

 私は努めて明るい声を出した。


「どうしたの、紫月ちゃん? またウサギさんが取れなかったの?」


「朱里、真面目な話なの」


「しょうがないなぁ、また私が取ってあげるよ」


「朱里」


 嫌だった。

 聞きたくなかった。

 何かが起こって、大きく事態が進展したのだとわかった。

 でも私は、まだこの日常を続けたかった。ずっとこの、優しい世界にいたかった。


 矛盾していた。

 私は冬馬君が欲しい。冬馬君の唯一になりたい。

 でもそうすれば、この均衡は崩れる。危ういバランスの上に成り立っている、私たちの関係は壊れる。


 全てを壊してでも欲しいものがあった。

 なのに、何もかも壊してきた私が、初めて壊したくないものもあった。

 感情が錯綜していた。私にはもう、それを自分で選ぶことはできなかった。


 そして、決定的な一言が告げられる。

 もう引き返すことのできない、ターニングポイントとなる言葉が。


「冬馬が――蓮さんを選んだの」


「――――え?」


 紫月ちゃんが何を言っているのかわからなかった。言葉の意味が理解できなかった。


「まさか、あいつが自分から動くなんて。そんなこと今までなかったのに……」


「どういうこと?」


「朱里、落ち着いて」


「落ち着けるわけないよっ!」


 気づけば、紫月ちゃんの肩を無遠慮に掴んでガクガクと揺らしていた。その痛みに紫月ちゃんの顔が歪んだ。指に力が込もるのを抑えられなかった。


「……それでも落ち着いて。ねぇ、朱里。あたしが今まで間違ったことをしたことがあった? 大丈夫、まだ策はあるわ。あたしを信じて」


「…………うん」


 優しく私の手に指を重ねる紫月ちゃんに、私は力を抜いた。

 そう、大丈夫。紫月ちゃんは私の味方だ。そう言い聞かせた。


「確かに予想外ではあったけど、これはチャンスでもあるわ。朱里、あなたと他の四人が置かれている状況の、いちばんの違いは何?」


「……紫月ちゃんがいること」


「そう。あなたはいち早く情報を入手できて、対策が打てる。これは最大のアドバンテージよ。蓮さん以外の三人は、まだこの状況を知らない」


 そのとおりだ。正確には冬馬君に付いているらしき祝福省の監視から、紫月ちゃんを通じて私に情報がもたらされる。私たちにはチームの強みがある。


「だからこのことを、効果的なタイミングで三人にリークするわ。そうすれば、抑え役のいない彼女たちは暴走を免れない。あとはわかるわね?」


 感情を暴走させた彼女たちは、理性を失って大胆な行動に出る。蓮さんを襲う? いや、もっと根本的で直接的なことに及ぶ。すなわち。


「彼女たちは、ルールを破って冬馬君を我が物にしようとする――ギフトを使って」


「そう。これで大義名分ができるわ」


 初めに想定していたシナリオどおりだ。感情のままに冬馬君に襲いかかる彼女たち。あとはタイミングを見定めて。


「私は()()()()、彼女たちを撃退する。冬馬君を助けるために」


「そのとおりよ。一対一なら、あなたは誰にも負けない。調整はあたしに任せて」


 そうやって、三人をひとりずつ排除する。あくまで正当防衛、ルールを破ったことに対する制裁として。これなら、冬馬君に疑いを持たれることもない。


「あ……でも、蓮さんはどうするの?」


「ちゃんと考えてあるわ。とにかく、まずは他の三人に対処して。それにちょうど良かったわ。もともと蓮さんは、最後に回す予定だったから」


「そうなの?」


「ええ。負けないとはいっても、彼女たちはとても強力なギフテッドよ。さしものあなたでも、正面から対すれば無傷では済まないかもしれない」


「……なるほど」


 流石は紫月ちゃんだ。きちんと全体を見通して計画をしている。

 不可抗力を装うのは、蓮さんに対しても意味を持つ。もし私が傷を負ったとしても、彼女の〈再生〉を利用すればいいのだ。


「以上よ。準備ができ次第、連絡するわ。それまで待機してて」


「うん、わかったよ。……ごめんね、混乱しちゃって。肩、痛くなかった?」


「痛かったわ」


「そこは嘘でも私を気遣う場面じゃ……」


「資○堂パーラーのパフェなら許してあげないこともないわ」


「……わかったよ」


 こんなことになっても、やっぱり紫月ちゃんは紫月ちゃんのままだった。そのことに私は安堵を覚える。

 変わらないものがあることが、今の私にはとても嬉しかった。


「……ねぇ、紫月ちゃん」


「何?」


「……私たち、友達だよね?」


「何言ってるのよ。当たり前じゃない」


 即答してくれる紫月ちゃん。その言葉に、私は心を強く固める。

 大丈夫。ちゃんとやれる。

 紫月ちゃんが、私の隣りにいてくれるなら。



 そうして。

 日常は終わりを告げ、この日から。

 私の戦いの日々が始まる。


















 最初の相手は凛子ちゃんだった。

 正直なところ、私はあの子を舐めていた。ギフトは強力だけど、まだ年齢にもそぐわない小さな体躯の女の子。本気で戦ったことも、ましてや命を狙われたこともないはずだ。所詮は私の敵ではないと、高を括っていた。

 

 思い上がりだった。彼女の思いは、願いは、私の想定を遥かに凌駕していた。

 紫月ちゃんの連絡を受け、向かった中等部の校舎。広がる極彩色の空間に、私は認識の甘さを悟った。

 それは思いの極致を具象化したものだった。教室が丸々ひとつ、悍ましいほどの虹色の異界に侵されていた。

 こんなものを作り出してしまうほど。

 彼女の、凛子ちゃんの思いは、深く、強い。


 対峙は至難を極めた。

 宙を満たす千の刃と彼女の策に、私は確かに一度、心を打ち砕かれた。抵抗を諦めた。

 でも、他ならぬ彼女の言葉に、私は気概を取り戻した。

 私を「壊す」と、彼女は言った。

 私を。この私を――壊すだって?

 そんなこと。そんなことは許されない。認められない。耐えられない。

 それは私の原初の衝動だ。壊すこと。全てを壊し尽くす存在である私が、誰かに壊されるなど。

 そんなことは、あってはならない!


 目前に迫る数の暴力に、私は思考を焼きつかせる。

 足りない。手数が足りない。時間が足りない。速度が足りない。ヒトという種の能力の限界。だから。

 私はその限界を、壊した。私の体に命令を下す脳髄。そこにかけられた制限を、〈破壊〉する。そして。

  

 限界を超えた力の奔流を、放つ。

 全てを、ひとつ残らず、塵芥になるまで、壊しきる。


 全部全部、壊し尽くして。まっさらにして。

 酷い頭痛だけが、残った。それは限界を超えた代償だった。

 呆然とした顔で、ぺたんと座り込む凛子ちゃん。よほど、彼女の体も壊してしまおうかと思ったけれど。

 最後に残っていた理性で、それは押し止めた。制裁が済んで、彼女から抵抗の意思が失われたのを確認して。

 そこで、私は意識を手放した。

 





 目覚めると、横に冬馬君と、そして蓮さんがいた。

 私の負った数多の傷と、耐え難い頭痛は、きれいさっぱりと消えていた。思惑どおり、蓮さんによる〈再生〉が施されたのだ。

 遅れて目覚めた凛子ちゃんに沙汰を下して、事態は一応の終結を迎えた。


 危なかった。一歩間違えれば、敗れていたのは私の方だった。

 危機を招いたのは、偏に私の認識不足故だ。その思いは本物だとわかっていたはずなのに、どこかで私は彼女たちを甘く見ていた。


 でも、得たものもあった。既に極めたと思っていた私のギフト。まだその先があった。

 強烈なインスピレーションによる劇的な能力の向上。同等以上のギフテッドと対峙し、極限状態を経験することで、私はさらに上の領域に至れた。そういう意味では、凛子ちゃんには感謝してもいいだろう。

 ありがとう――私の踏み台になってくれて。



















「考えられる限り、ベストに近い結果ね。よく頑張ったわ」


 その日の夜、とある用事を済ませていたところ。紫月ちゃんから連絡があったため、ちょっと遠いけど足を伸ばしてこちらまで来てもらった。


「けっこう危なかったけどね。とりあえずなんとかなったよ」


 ちょうど最後の()()を済ませたところで、紫月ちゃんは扉を開けて現れた。


「あ、っていうかごめんね? こんなところに呼んじゃって」


「別にいいわ」


「ありがとう。ちょっと手が離せなかったものだから」


 ぽいっ、と動かなくなったそれを放り投げて。少し気になったので自分の体の匂いを嗅ぐ。

 くんくん。あ、やっぱりちょっと匂い移りしちゃったかも。


「それで――あなた、こんなところで何をしてたの?」


「あ、うん。凛子ちゃんと戦って思ったんだけど、少し勘が鈍ってるかなぁ、って。だから感覚を忘れないうちに、復習しておきたかったの」


 学園から都心方面に電車を乗り継いだ、とある街。雑多に並ぶ古いビルの中、以前から目星を付けておいた場所のひとつに、私は訪れていた。


「これは、あなたがやったの?」


「うん。物足りなかったけど、まぁ最低限の調整はできたよ。あとニ、三箇所回れば、確実に掴めると思う」


 そこは、いわゆるヤクザ屋さんが拠点とする事務所だった。不快な煙草の匂いが充満していたけど、今はそれを鉄錆の匂いが上書きしている。少し懐かしい匂い。


「……そう」


 いつもの無表情で答える紫月ちゃん。でもそこには、何か不安が混じっているように思えた。どうしたんだろう?


「あ、この人たちなら大丈夫だよ? けっこう悪どいこともやってた――()()()()()()人たちだから」


 そこら中に散らばる肉片と血溜まりを指して、そう告げる。紫月ちゃんに勘違いされたら大変だからね。街のゴミ掃除もできて、一石二鳥の善行だ。


「……朱里」


「なぁに?」


「……なんでもないわ。次の準備ができたら、また連絡するから」


「うん、わかったよ。じゃあ、私は次のところに行くから。またね」


 バイバイ、と手を振って。

 紫月ちゃんに別れを告げる。

 向かう先は、夜の闇。

 そう、そこは。



 もう二度と、戻ってはこれない場所。

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