ともだち
「とりあえずは、情報収集ね」
移動した先は、ゲームコーナーからほど近い場所にあるアイスクリームショップだった。例の少しだけ緩んだ表情でアイスを食べながら、紫月ちゃんがそう切り出してくる。
彼女が食べているのは抹茶とチョコレートミントのダブルカップだ。私はバニラとピーチメルバ。なお、支払いは私が持った。
「……あたしたち、友達よね?」
ぬいぐるみと同シリーズと覚しき無駄耳付き小銭入れの中身を覗き、数秒固まってからしまい、紫月ちゃんはそう言ってきた。
友達ってなんだろう。わからない。少なくとも、一方的な搾取の関係ではないはずだけど。
「今までの統計を鑑みると、誰かが暴走するまで最低でも一ヶ月の猶予があるわ。長くて三ヶ月ぐらい。今回は五人もいるから、たぶん長い方に寄ると思う。その間に、あたしは他の四人と接触して情報を集めるわ」
「う、うん。なんか、手慣れてるね?」
「……何回も繰り返してきたもの」
か細いため息を漏らす紫月ちゃん。長い年月の積み重ねが、そこからは感じられた。
「それって、冬馬君は知ってるの?」
「あのあほぅは何も知らないわ。名目上は、というか本来の目的は、あいつのギフトを成長させることだから。余計な干渉はなるべく避けてきたの」
「そっか。そうだね」
そして今に至るまで、目立った成果は得られていないと。紫月ちゃんも苦労してきたのだろう。
「あなたの方も、過度に悪感情を持たれない程度に関係を作っておくといいわ。それこそある程度の友人関係が持てればベターね。暴走した子たちから冬馬を守るために、仕方なく対処した、ってシナリオがいちばんスマート」
「……なるほど」
これはもう、正に出来レースそのものだ。他の子たちがひとりで戦わなければならないのに対し、私には紫月ちゃんという優秀な軍師が付いている。私はただ、彼女たちが暴走するのを待てばいいだけだ。
「後はそうね、少しでも冬馬の好感度を稼いで、他より優位な立ち位置にいられればなお良しね」
「わかったよ。ちなみに冬馬くんって、好きなものとか、好みのタイプってあるの?」
「………………ひとつだけ、あのあほぅが求めて憚らないものがあるわ」
けっこうな間を取って、絞り出すように紫月ちゃんはそう言った。なんだろう、人に言えない趣味でもあるのだろうか。
大抵のことは受け入れられると思うけど。ただならぬ様相を見せる紫月ちゃんに、私はごくりと生唾を嚥下する。
「……それは?」
「……お尻よ」
「お尻?」
なんだ、それぐらいなら、まぁ……男の子だし。いずれはそういう関係になるわけだし。恥ずかしい気持ちはあるけど、ちょっと見せたり触らせたりする程度なら――
「それぐらいなら、まぁ……って思った?」
「え、うん」
「いずれはそういう関係になるわけだし、恥ずかしいけどちょっと見せたり触らせたりするぐらいなら、と」
「紫月ちゃん、エスパーなの?」
「甘いわね」
ぴしゃりと。
私の胸中をほぼほぼ言い当てた紫月ちゃん。その手に持ったスプーンが、何故か私のカップからアイスをひと掬い奪っていく。
「うん、このバニラより甘いわ」
「それ、私のアイスでやる必要あった?」
「ひと口交換なんて、友達らしいじゃない?」
「…………」
……私の方は、既に友情を示す対象が空っぽなのだけど。そもそも、どちらも私のお金で買ったものだ。
「とにかく甘いわ。いい? 基本、あいつはエロいわ」
「……エロい」
「そう、エロい。男なんてみんなそんなものだけど、それにも増して冬馬のエロさは群を抜いてエロいわ……いえ、どエロい」
「ど、どエロい」
うら若き乙女二人がエロいエロい連呼するこの状況はどうかと思ったけど、私はまたしても紫月ちゃんワールドに呑まれてしまっていた。
「そしてその中でも、あいつのエロが特に執着を示すのがお尻よ。例えば……そうね、一億円か可愛い女の子のお尻か、どちらかを選べる状況にあったとするわ」
「どんな状況なのそれ?」
「あいつは躊躇いなくお尻を選ぶわ」
「お尻選んじゃうんだ!?」
「自分の命がかかってたとしてもお尻ね」
「そこは命を大事にしてほしい……」
うん……まぁ、なんとなくわかった。つまりは、兎にも角にもお尻が大好きで、それを尋常じゃないレベルで求めているということだ。それこそ、私が冬馬君を求めているように。
……そう例えると、なんか私の思いが汚されるような気がするけど。本人にとっては大事なことなのだろう、たぶん。
私は受け入れられるだろうか? ……うん、ちょっと後回しにしておこう。まだ時間はあることだし。
「そこで、こんなものがあります」
そう言って紫月ちゃんが取り出したのは、ハンドクリームのようなチューブ状の容器。
「……ぷるぷる美尻育成クリーム……」
「この前の私の誕生日に、あいつが渡してきたものよ」
「うわぁ……」
思わずそんな呻きが漏れていた。誕生日にこれは、ちょっと酷い……。
「何度ゴミ箱に捨てても、戻ってくるのよね」
「紫月ちゃんも大概酷いね……」
でもまぁ、これで冬馬君に好きになってもらえるなら……とクリームに手を伸ばすと。
何故か紫月ちゃんは、恭しく一礼してきた。
「お買い上げありがとうございます」
「お金取るんだ!?」
「本来なら千八百円のところ、友達価格で千円でのご奉仕となります」
「うう……わかったよ……」
仕方なくお札を取り出して渡すと、紫月ちゃんはそれをさっと付随した耳が邪魔そうな長財布にしまった。いったい何匹のうさぎを持ち運んでいるんだろう……。
「いい買い物をしたと思うわ。やっぱり持つべきものは友達よね」
「紫月ちゃんの友達の定義は絶対おかしいと思う……」
ちゃんとした? 友達なんて初めてだから、私もよくわからないけど。
でも。
「ま、今日はこんなところね。たぶん今週末までには全員冬馬と接触すると思うから、そうしたらまた集まりましょう」
「……うん」
ちょっとだけ。
ほんの、ちょっとだけ。
この無駄の多い会話の時間を、私は心地良く感じている気がした。
その三日後に、早くも全員が出揃った。本当に五人もの女の子を虜にしてしまった冬馬君。実のところ半信半疑だったのだけれど、これはもう信じる他ない。
彼にはギフトがある。彼自身も理解していない、けれどとても強力なギフトが。
それは最早、呪いに近い性質だった。死の思いを抱えた少女たちを、問答無用で恋に落とす呪い――いや。
逆だ。たぶん、原因があるのは私たちの方だ。
呪いを抱えた私たちの方が、能動的に彼に引き寄せられているんだ。
だから。
私たちの、その恋は。
その恋は――逃れようもなく、呪いを孕む。
凛子ちゃん、環さん、詩莉さん、蓮さん――そして私。
五人の女神の素性が判明したところで、まず私は全員を集めることにした。紫月ちゃんのアドバイスに従って、ある程度の友好を築いておこうと思ったのだ。
環さんに用意してもらったギフト研究会の部屋での、第一回目の会議――というか顔合わせ。表面的には、私たちはうまくやっていけそうだった。
ギフトを発現した者たちは、例外なく何がしかの強い感情を抱いている。だからどんな強烈な性格の人が来るのかと身構えていたのだけど。
予想に反して、みんなはいい人たちだった。
天真爛漫な凛子ちゃん。
理知的で研究者然とした環さん。
おっとり柔らかな雰囲気の蓮さん。
……
…………
………………ああ、誌莉さんだけは、その、なんていうか、ちょっとアレがソレでコレな人だったけど。最近、残念な美人と知り合う機会が多い。
ともあれ、顔合わせは平和的に進んだ。今の段階で、積極的に相手を排除しようと考えている人はいなかった。
でも、やっぱりというか、根底に潜んでいる思いはみんな同じだった。それぞれがそれぞれの思いでもって、冬馬君を求めていた。僅かな邂逅ながら、私はその紛れもない強さを確かに感じた。誰ひとり、他の人に冬馬君を譲ってもいいなどと思っている人はいなかった。
二回目の会議では、実際にどのように決着を付けるかが議論された。様々な案が議題に上がり、検討され――ある人は性的に過ぎる案を推してきたが、もちろん即座に却下された――結局、手料理を振る舞うという方向で落ち着いた。
手料理。確かに遥か昔から行われてきた、意中の男性を虜にする古典的な手法だ。いつだったか何かの本で読んだ覚えがある。「男は肉じゃがで落とせ」だったか。
「それで、あなた料理は上手なの?」
報告がてら紫月ちゃんを家に呼ぶと、彼女はそう問うてきた。道すがら買ってきたらしき、ディッ○ン・ドッツのアイスを食べながら。
私の分はないみたいだ。別にいいけど、こういう時は友達の分も買ってくるものではないだろうか。いいけど。
「たぶん。やったことはないけど」
「はぁ? 何よそれ」
呆れを滲ませる紫月ちゃん。最近、私に対して遠慮がなくなってきたように思う。いや、それは最初からか。
クラスでは私と合わせて「月と女神」なんて呼ばれており、確かに傍目には物静かで儚げな印象の彼女は、宵闇に浮かぶ月のように綺麗だ。単純に、それが他所向けの装いであり、私には素を出しているだけなのだろう。こういうのが、友達ってこと?
「大丈夫。自慢じゃないけど、私って大抵のことは人並み以上にできるから」
「自慢にしか聞こえないわね」
「それで、冬馬君って何か好物はある?」
「そうね……だいたいなんでも食べるけど、強いて言えば卵焼きかしら」
「卵焼きだね。わかったよ」
スマホで適当なレシピを検索し、材料を揃える。こんなもの、手順どおりに進めていけばいいだけの簡単な作業だ。私にとっては、それこそ朝飯前だろう。
………………そう思っていた時期が、私にもありました。
数分後。
できあがった「それ」を、恐る恐るテーブルに並べる。
「……た、卵焼きです」
「……あなた、やっぱり頭がおかしいのね」
「ひ、酷い……確かにちょっと焦げちゃったかもしれないけど……」
「眼科に行く必要もありそうね……どう見ても全部炭化してるじゃない」
私たちの視線の先には、未だプスプスと煙を立ち昇らせる黒い何か。おかしい、ちゃんとレシピのまま作ったはずなのに……。
「あ、でもほら、味はちゃんとしてるかもしれないし……」
「食べてみなさいよ」
「……ちょ、ちょっと待って。心の準備が……」
「食べるのに心の準備が必要な時点で、まともではないと思うのだけど……」
深呼吸をして。心を落ち着けてから、意を決してそれを口に運ぶ。
「うえぇ……」
砂利混じりの土を噛んでいるような味がした。美味しいとかまずいとかではなくて、もう人の口に入れていいものではなかった。
そんな私を冷ややかに見下ろしながら、紫月ちゃんが何かスマホのアプリを起ち上げて私に見せてくる。……音声再生アプリ?
『自慢じゃないけど、私って大抵のことは人並み以上にできるから』
「やめてよぉ……!」
流れてくる先ほどの自分の声に、私は膝から崩れ落ちた。もう私のライフはゼロだった。泣きたい。
「まったく……ちょっと待ってなさい」
そう言い残して、紫月ちゃんがキッチンの方に向かう。
数分経って、彼女は別のお皿を持って戻ってきた。
私のとは似ても似つかない、卵本来の鮮やかな黄色がそこには載せられていた。
「どうぞ」
「いただきます。…………! 美味しい……」
普通に美味しかった。お店で出てくるようなとはいかないまでも、日常的に頂くには申し分ないレベルのお味。たぶんお母さんよりも上手だ。
期待を込めた目で、私は紫月ちゃんを見つめる。
「せ、先生……!」
「とりあえず基本コースと、みっちり嫁入りコースがあります」
いつかのように急に敬語になる紫月ちゃん。なんとなくその展開は予想できた。
「友達割引は……」
「効きます」
「で、ではとりあえず基本コースで……」
「かしこまりました。なお、授業は基本スパルタで行いますので、悪しからず」
「……がんばるよ」
そうして。
その日から、紫月先生によるお料理教室が始まったのであった。




