求めているもの
やった。
やった。やった。やった。やった。やった。
ようやくだ。
ようやく私は――相模朱里は、目標を達することができる。確かなものに手が届く。
彼と出会ってから、おおよそ三ヶ月。長いような短いような、ひとつの季節。
でも追い求めていたのは、もっとずっと長い時間。たぶん、私が生まれたその時から。
私はその存在を、求め続けていた。
この力を――ギフトを手にした時から、私の人生は平穏とは無縁なものとなった。どこから聞きつけたのか、秘密裏に私の存在を排除しようとする人たちが、私の周りには現れるようになったのだ。
この力を得たこと自体に、後悔なはない。それはあるべくして私のものとなった。私が願って、渇望して手に入れた。
だから、邪魔する奴らは逆に全部排除した。簡単だった。私のギフトに対抗できるギフテッドなど存在しなかった。
自分で言うのもなんだけど、私には天性の才能があった。ギフトを行使する才能。そして空間を認識、把握する才能。綿密なイメージを描いて、夢想を現実に作用させる、世界と自分とを繋げる橋渡し。
ギフトの効能も相俟って、並のギフテッドでは束になっても私に傷ひとつ付けることはできなかった。なるべく精神を〈破壊〉するだけに留めておいたけど、時には勢いあまって、あるいは内なる衝動に押されて、壊しすぎてしまうこともあった。でも、しょうがないよね? やらなきゃやられちゃうもの。
何回目か数えるのも忘れたころ、いつもの闇討ちとは異なり、正面から私を訪ねる人が来た。学校の授業中に、正式な訪問という体裁を取って。
応接室で待っていたのは、パリッとしたスーツで身を固めた二人組の女性。どちらも三十歳前後らしき美人さんだ。ひとりはソファーに座ったままで、もうひとりは私の入室とともに立ち上がり、軽く一礼をしてきた。
「祝福省の早霧と申します。こちらは大臣の天月。本日は突然の訪問で申し訳ございません」
祝福省。授業中の、昼間からの訪問。ああ、そういうことか。
「構いませんよ? 突然の来客には慣れていますので――お陰様でね」
「っ、あなた――!」
パリン、と。
今にも掴みかかってきそうな様子の早霧さんを押し止めるように、麦茶の入ったグラスを割り壊す。
「やっぱり、あの人たちのお仲間ですか。こんな時間に公の場で来るってことは、お話があるのかと思いましたが」
簡単な挑発に乗ってくるあたり、この人大丈夫だろうか? 大臣の秘書とかそういう立場だろうに、あまりに軽率すぎる気がした。人ごとながら心配になってしまう。
「おおかた、この状況なら下手なことはしないと踏んだのでしょうが――私は別に、どっちでもいいんですよ? 来るなら拒みません」
「……いいでしょう。ならば今ここで――」
「早霧、やめろ」
と、そこで。
それまで黙っていた大臣さんが、ぴしゃりと遮るように言葉を発した。
「ですが、大臣――」
「早霧。お前、私に二回言わせる気か? お前はそこまで使えないゴミだったか?」
「っ、し、失礼しました」
途端に大人しくなり、ソファーに座り直す早霧さん。その顔は傍目にもわかるほど青く染まっていた。
祝福省のトップであろう、天月大臣。彼女の言葉には力があった。有無を言わさぬ、権力者の装い。
「君も座れ。分別のつかない年齢でもないだろう?」
促され、対面のソファーに腰を下ろす。反発してもよかったけれど、対話の準備があるのならば、とりあえず話を聞いてからでも遅くはない。
加えて、二人のギフトがまだ未知数だった。早霧さんの方はなんとかなるとしても、大臣さんの方は一筋縄ではいかないだろう。なんとなくそんな気がした。
「続けろ」
「は、はい。……相模朱里さん、察しのとおり、あなたに刺客を仕向けたのは我々祝福省です。何故そんなことをしたのかは、理解できていますか?」
「さあ? 皆目検討がつきません」
わかっているけれど。
素知らぬ顔で、あえてとぼけてみせる。
早霧さんはぐぬぬと歯がみしながらも、流石に二回目の挑発には乗ってこなかった。
「ひとり目と二人目は、きちんと問うたはずです。どうしてあなたは、ギフトを発現したにも関わらず、登録をしようとしないのですか?」
「あれ? 法的には、登録は自由意思だったと記憶していますが?」
「建前の話をしているのではないのです。現実的には、登録をしなければ――」
「建前の話をしているんですよ」
苛立つ早霧さんの言葉を遮り、言ってやる。どうやらこの人は何もわかっていないようだ。
「わかりますか? これは私の配慮ですよ? 登録をした方が、あなたたちにとってはやっかいな事態になるでしょう?」
未登録であれば、単純に暴走ギフテッドとしての対処ができる。法的にもなんら問題ない。でも登録ギフテッドが暴れたとなれば、その対処はより煩雑になる。きちんと法に則った手順を踏まなければならないからだ。
早霧さんが息を呑むのがわかった。
「あ、あなた……自分が何を言っているのかわかっているのですか?」
「ええ。優しいでしょう?」
「馬鹿なことを……つまりあなたは、他者にギフトを振るうのに一切の制御をしないと?」
「まぁ、そういうことですね」
だん! と机に拳を叩きつけ、腰を浮かす早霧さん。沸点の低い人だ。カルシウムが足りてないんじゃないだろうか。
「そんなことが許されると思っているのですか!?」
「別に許される必要はないでしょう? それに、誰彼構わずってわけじゃありません。ちゃんと分別はしてますよ? 何故か私に危害を加えようとする人たちを、私は仕方なく、それもなるべく穏便に撃退しているだけです」
まぁ、ちょっと壊しすぎちゃうことはあるけれど。
何もしていない私を害そうとしてくるのだから、仕方ないよね?
「……狂ってる」
「失礼な人ですね。ただの正当防衛ですよ? ああ、それも私には当てはまらないんでしたか」
「大臣、やはり彼女は野放しにしてはおけません! 今すぐ処分すべきです!」
「――ふむ」
がなり立てる早霧さんを、ちらりとだけ見て。
天月大臣は一度目を閉じ、数拍置いてから、私をじっと見つめてきた。間合いを取っているのだと思った。政治家特有の、言葉に力を持たせるための所作。
「君は……何を求めているんだ?」
「求めている?」
「そうだ。一見ただの狂人のようにも思えるが、その割には君は理性を保っている。話し合いにも応じた。本当に狂いきっているなら、そんなことせずに部屋の外から我々を攻撃すればいい。でもそうはしなかった。だから君には、何か別の目的があるはずだ。違うか?」
「私は……」
私が、何かを求めている?
そんなものはない……と思う。この力を手にして、渇望は満たされたはずだ。でも、大臣さんが適当なことを言って、私を煙に巻いているようにも思えなかった。
「私は、ただ、壊したいだけ」
「そうか。それでもいいがな、おそらくそれは衝動によるものだ。君が君であるために、必要なことなのだろう。だがそうして、君の道を遮るものを全部壊した後。何もかもを壊しきって、それから君は、どうするつもりなんだ?」
「それは……」
考えたことがなかった。いや、無意識のうちに、考えないようにしていた。
全部全部壊して、何もかもを失くして。
その後私は、どうするつもりなのだろう?
力があった。現実を見据えていた。
大臣さんの言葉は、私のアイデンティティーを揺さぶるものだった。
「わからないか? なら、私が道を示してやろう。お膳立てして、君に必要なものを与えてやる。補助も付けよう。だから、後は自分で勝ち取れ」
「大臣、どうなさるおつもりですか?」
「シヴァに組み込む」
「なっ、それは――」
驚愕を示す早霧さん。なんだろうか。大臣さんは、いったい私に何をさせるつもりなのか。
「あまりに危険すぎます。それに四条室長の知るところとなれば、彼が黙っているとは思えません」
「どうせそのうちバレる。先に事態を進めておけば、後はなんとでもなる。駄目なら駄目で、最終手段に移るまでだ」
「ですが――」
「早霧、命令だ。速やかに処置を進めろ」
「っ、――承知しました」
有無を言わさぬ、断定の物言い。何か大きな計画が、ここに決定されたようだった。
「創造神、再生神、恐るべき神、知の神――そして破壊神か。錚々たる顔触れになったものだ。なぁ、早霧?」
「はっ」
「相模朱里。これは君にとっても実のある話だ。ひとまずは私の甘言に乗ってはくれないか?」
「まるで苦味を隠しているかのような言い方ですね?」
「なに、その時はまた改めて、我々と対立すればいい。それだけの話だ」
「……それもそうですね」
なんだか主導権を握られているようで、釈然とはしないけど。
確かに大臣さんの言うとおりだった。いずれ彼女たちが、私の障害となるのであれば。
いつもどおり。
壊してやればいい。
ずっとずっと、私はそうしてきた。
そう、思って。
私はゆっくりと、頷きを返すのだった。
そうして。
私は本当に、求めていたものと出会うことになる。
祝福省に手続きをしてもらった進学先。私立御門学園高等部。
割り当てられたクラスで、私は興味の持てないクラスメイトたちと当たり障りのない生活を過ごしていた。平素を装うのは得意だった。ずっとそうしてきたから。
でも、私は早くも退屈を覚えていた。何も起こらないじゃないかと。定期連絡と称して電話をかけてくる早霧さんにそう愚痴ると、決まって彼女は「もう少し、もう少しだけお待ちください」と返してきた。
「暇潰しに、あなたを壊してもいいんですよ?」
『ぬぐ……我慢、我慢よ私。きちんと大人の対応を――』
「我慢は体によくありませんよ?」
『どの口があぁ――! いけないいけない、落ち着きなさい。ひっひっふー、ひっひっふー』
「……」
何故かラマーズ法で呼吸を落ち着ける早霧さんに、私は気を削がれて通話を切った。仕方ないからもう少しだけ待ってあげようと思った。
そして二ヶ月が経ったある日のこと。
朝のホームルームにて、担任の遠峰先生が唐突に「それでは、転校生を紹介します」と言ってきた。一月前も同じ文句でそう言って、先生がギフトで操作した人体模型のまさお君を登場させたため、私はまたか、と思いながら辟易を飲み込んだ。この先生は時たま意味不明な行動を挟んでくることがあった。
もう今回のは、こっそり壊してやろうかと思っていると。
がらりと扉が開き、本当に転校生が入ってきた。男の子と女の子がひとりずつ。
その、背の高い男の子を認識して。
「あー、四条冬馬です。ちょいと家庭の事情で中途半端な時期の転校ですが、まぁ仲良くしてやってください」
瞬間、私はガタッと音を立てて立ち上がっていた。
ひと目でわかった。
この人だ。
この人が、私の求めていたものだと。
「相模さん? 何か質問でも――」
「私」
困惑する先生を遮って。彼と真っ直ぐに視線を重ねて。
クラス中の視線を集めるのも構わずに、告げる。
言葉は紡いだ糸のように、するりと這い出てきた。
「私、あなたのことが、欲しい」
騒然となる教室。
弾けたように囃し立てるクラスメイト。
同じトーンで静止を求める先生。
そのどれも、私の耳には遠く。
「初日で二人目。記録更新ね」
「勘弁してくれよ……」
けれど彼と、彼の隣りに立つ女の子の声だけは、何故かやけにはっきりと聞こえてきた。
四条冬馬。
そして穂村紫月。
私にとって、運命となる出会いの、それは幕開けだった。




