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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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果つる夢

「ちょっと付き合いなさい」


 放課後、結局たいした妙案も浮かばず意気消沈していた俺に、紫月はそう声をかけてきた。そして俺の返事も待たずに、さっさと背中を向けて歩き出す。いったいどこの女王様なのだろうかこいつは。

 その横暴ぶりに軽く嘆息しながらも、俺は荷物を纏めて後を追う。我が家におけるヒエラルキーの頂点たる紫月。親父ともども、こいつに逆らうような気概はとうの昔に捨て去っていた。

 

 揺れる白髪に追いついて、その右側に並んで歩く。いつもの定位置。

 俺が、というよりは紫月がだが、こいつは俺の隣にいる時は必ず左側に位置していた。家でも学校でもそうだし、電車や車でもそうだ。そこに席がなければ座らないほどの徹底ぶりである。

 聞いてみたことはあるが、「別に。なんとなく」と素気ない答えが返ってきた。だのに俺が左側を陣取ると怒るのだから、よくわからない奴である。何かのジンクスだろうか。

 実際、何度転校しても必ず同じクラスで俺の左隣りの席を充てがわれるので、何かしら呪術めいた効能が発揮されているのかもしれない。ギフトに因らない神秘。超常の蔓延る世界でなお、不思議なこともあるものだ。


「ちゃんと隣り歩きなさいよ」


「歩いてんだろ」


「少し後ろじゃない。どうせまたお尻見てたんでしょ? やめてよね、妊娠したらどうしてくれるの」


「お前は尻を見られただけで受胎するのかよ……」


 いつもの軽い悪態の応酬。少し前までならうざったらしく思っていたが。

 今はこの距離感が心地良かった。


「で、どこ行くんだ?」


「今日がなんの日かわかる?」


「宝くじの日だな。初代総理大臣と、彼を殺した男の誕生日でもある」


「なんでそんなどうでもいいこと知ってるのよ……。そうじゃなくて、前に言ったでしょ?」


 呆れた物言いの紫月だが、俺にはまったく思い当たる節がなかった。

 ジトっとした視線が注がれ、妙な焦りを感じる。恋人との記念日を忘れた男は、こんな気持ちになるのだろうか。


「まったく、しょうがないわね。もう一回だけ教えてあげる。今日はね」


 立ち止まり、紫月はことさら真面目な表情を作って。

 赤い瞳に、使命感すら漂わせて。


「新しい子の入荷日よ」


 臆面もなく、そう言い放ったのだった。

 

……。

…………。

………………。

 

 知らんがな。



















 大型ショッピングモールの最上階。飲食店のテナントが連なるエリアの端っこに、目的の場所はあった。

 優に三十台は超えるであろうクレーンゲームの筐体群。そのまたいちばん端のひとつに、例の奴らはところ狭しと積み上げられていた。

 紫月の瞳が、獲物を見据えるかのような鋭さを帯びる。


「いたわ」


「……いたな」


 いなければよかったのに。プライズ商品の入荷日など店舗の都合次第で簡単に変わるものだが、残念ながらここの店員は仕事が早いようであった。

 筐体に貼られた販促ポスターを流し見る。そこにはアニメ調のやけに色っぽいねーちゃんが、紐みたいな水着を着ているイラストが描かれていた。

 だが実際に積み上げられているのは、いたってスタンダードな無駄耳ぬいぐるみである。どういうことだ?


「水辺の誘惑専用ウサギ――ああ、そういうことか」


 よく見ると、ぬいぐるみの背中には大きなジッパーが設けられていた。その中に水着が収納されているのだろう。イラストのとおりなら、水着というか本当に紐だ。最低限の大事な部分だけが隠されており、乳も尻も丸出しである。むしろ付属されている無駄耳の方が布地が多い。製作者はいったい何を思ってこんな物を世に送り出したのだろうか。


「……お前。これ、ほんとに欲しいの?」


「………………いちおう」


 たっぷり淀んでから、紫月は肯定の意を告げた。目が泳いでいるのは気のせいではないだろう。それでも欲しいと言うあたり、こいつもこいつで業が深い。


 早速、五百円玉を投入してプレイを始める紫月。どうせ取れないのだから最初から俺に任せればいいものを、「それじゃ駄目。この子たちを救おうという意思が大切なの」との謎理論を掲げ、まずは紫月が挑戦するのが定例となっていた。


「あっ」


「む……」


「くっ、惜しい」


 全然惜しくなかった。アームの片方がウサギの顔面を押し潰し、なんとも言えぬ苦しげな表情を作り出している。

 相変わらず、絶望的なまでにセンスが欠落していた。なんでも卒なくこなす紫月ではあるが、何故だがこの手のゲームだけは一向に上達する気配が見られない。ウサギたちをこよなく愛する紫月。もしかしたら、その愛は一方的なものなのかもしれない。


「ふん、単純構造の機械のくせして……冬馬、出番よ」


 捨てゼリフを吐いて、紫月がこちらに向き直る。文字どおり手も足もアームも出なかったのに、どうしてこいつはこんなに偉そうなのだろうか。


「まぁいいけど……お前、これちゃんと着るんだろうな?」


「はぁ? 着るわけないでしょ。どあほぅなの?」


 あほぅの比較級が出てきた。心底あほぅだと思った時にしか出てこないやつだ。でも、そのゴミを見るような視線はやめてほしい。

 俺の内なる嗜虐心が疼きを得る。日々虐げられている俺にとって、この状況はチャンスであった。


「じゃあちょっとなー。こいつも取っただけで使われないと浮かばれないだろうし」


「くっ……わ、わかったわよ」


「あ、ちゃんと使ってるか確認するからな」


「……あんた、後で覚えてなさいよ」


 睨めつけてくる冷たい眼差しを横に、筐体と向き合う。色とりどりの無駄耳ウサギ。ガワはオーソドックスなやつなので、今回はさほど難易度は高くないだろう。前回の冷蔵庫やその前の鈍器に比べれば。


「よっと。こんなもんか」


 紫月のプレイを見てアームの速度や可動域、開き幅は確認できていた。ウサギの重心に合わせ、横移動と縦移動でアームを適切な位置まで持っていく。


「お」


「あ」


 一匹は狙いどおり。そして偶然ながら、片方のアームが耳に付いたタグに引っかかり、計二匹のウサギを宙空へと持ち上げる。危ういバランスを保ったまま、それらはぽふんと取り出し口に転がり落ちた。チープで軽快な電子音のファンファーレが鳴る。


「一発で、しかも二個取りは初めてだな」


「今、あんたの存在意義が少しだけ増えたわ」


 デレる気配のない紫月の発言はスルーする。しかし五百円玉を投入したので、あと五回分も余ってしまった。他の台に移動してもいいのだが、別段他に欲しいものもなかったので、そのままプレイを続ける。

 結局、追加でもう一匹が取れ、計三匹となった。耳を引っ掴んで、まとめて紫月に押し付けてやる。


「ほらよ」


「……ありがと」


 小さな声で礼を言う紫月。ウサギたちを抱えてご満悦の様子である。どちらも中身はアレだが、まぁ傍目には見れる絵面ではあった。そういう意味では、紫月とこのウサギは似たもの同士なのかもしれない。外面からは思いもよらない中身を隠しているという点で。


 ともあれ、これで目的は達成した。いつにも増してイロモノではあったが、取りやすい部類であったことは幸いだ。今月の俺の財布、及び食卓の平和は守られた。

 もう何年も繰り返してきた日常。紫月がこのウサギに執着を示すようになったのは、果たしていつのことだったか。それは遠い過去のように思えた。もうきっかけも思い出せないほど、長い時間をこいつと過ごしてきた。


 ふと、不安が過ぎる。紫月はいつまで俺の傍にいるのだろうか。いてくれるのだろうか。ずっと当たり前だと思っていたが、いつかはこいつも彼氏を作って、結婚して、俺から離れていくのだろう。紫月には紫月の人生がある。いつまでも俺の都合に付き合わせるわけにもいかない。

 おそらく今日も、沈んでいる俺を心配して気分転換に連れ出してくれたのだろう。多分に別の目的が混じっているのも間違いないが。


 なんだかんだ言いつつも、紫月はずっと俺を支えてくれてきた。それは紫月の無償の献身に他ならない。感謝の念は一入であるが、それに甘えるだけの関係は、そろそろ卒業するべきなのかもしれない。

 そう思って隣りを見やると、そこに紫月の姿はなかった。少し手前、とある店舗の前で足を止めている。


「冬馬、ちょっと」


「なんだよ?」


 手招きに応じて店舗に近寄る。カラフルでポップな印象の店構え。そこは三十一を謳いながらも三十二種類の商品を取り揃えている、アイスクリームチェーンの代名詞的存在であった。

 

「新商品が出てるわ」


「月始めだからな」


「……思うんだけど、あたしはこれまでずっと誰かさんのご飯を作り続けてきたわ。他にも色々と面倒を見てきたつもり。別にそれが嫌ってわけじゃないけど、そんなあたしに誰かさんがたまには感謝の気持ちを表してくれてもいいと思うの」


「…………」


 奇しくもタイムリーに、俺が思っていたようなことを宣う紫月。こいつはたまに、エスパーばりに俺の思考を見透かした発言をすることがあった。本当に頭の中を覗かれているのではないかと疑うほどに。


「……ダブルまでにしとけよ」


「あら、悪いわね。催促したみたいで」


 俺の承諾を得て、軽い足取りで列に並ぶ紫月。催促ではなく強要であったが、まぁ。

 この程度のことではとても返せないほど。確かに紫月には、世話になってきた。

 だからこいつが俺の近くにいる間は、俺にできることならなんでもしてやろうと。

 そう、思えるのだった。





















 満足げにコーンベースのダブルを舐める紫月をやはり左側に連れて、ショッピングモールを後にする。歩く家路はゆっくり辿れば二十分ほど。日の落ちた宵闇手前の住宅地は、ようやく涼しさを思い出させるぐらいの気温になっていた。


「で、どうすんのよ?」


 踏切をひとつ渡り終えたところで、唐突に紫月が尋ねてくる。視線は前を向いたまま、なんでもない呟きのように。

 でもたぶん、それが今日、紫月が俺を連れ出して本当に聞きたかったこと。以前と同じ問い。凛子を退けた時と同様に、俺の意思を確認してくる。


「正直、よくわからん」


 どうすればいいのか。何が正しいのか。散々考えても、これだという決断には至らなかった。


「朱里を説得するべきだとは思う。それが俺のできる最善で、俺だけにできる、やるべきことで、たぶん期待されていることだ。でも、あまり自信はない。むしろ失敗して最悪の事態を招く光景ばかり浮かぶし、そう思うと全部放り投げて逃げ出してしまいたくなる」


 言葉が通じなければ。思いが伝わらなければ。迎える結末は凄惨なものだ。死すら生温い、緩慢な地獄が俺をゆっくりと壊していく。そうして辿り着くのは、崩壊の景色だ。壊れきった心で、俺という自己は完全に失われる。抜け殻が、人形だけがそこには残る。

 もぞりと、弱気が衣を纏って顔を出す。


「もし……もし、俺が逃げたいって言ったら。お前は――――」


 はっとして口を噤む。吐き出そうとした弱音は、辛うじて飲み込めた。口に出してしまえば、それは言霊となって力を持つ。もうそれ以外の道は選べなくなる。安寧の象徴たる紫月を前にして、俺の心の弱い部分が曝け出されていた。

 あまりに都合が良すぎるだろう。俺はもう全部諦めて逃げる。でもひとりじゃ耐えられないから、一緒にいてくれだなんて。そんな、そんな恥知らずなことは――


「ついていくわよ」


「――――え?」


 あっさりと。俺の葛藤を掻き消すように、紫月はそう言った。

 小さなため息が漏れ聞こえる。


「いまさら何言ってんのよ。あんたがそう決めたのなら、あたしはそれについていくだけよ。八回も九回も変わらないでしょうが」


「紫月……」


「何度も言ってるでしょう? あんたはあほぅなんだから、できるからとかやるべきだとか、そういう余計なことは考えなくていいの。ただ、自分の感情に従いなさい。惨めでも情けなくても、あるいは馬鹿らしくてもどんなに荒唐無稽でも、あたしはそれを肯定してあげる。冬馬、あんたは――どうしたいの?」


「俺は――」


 俺は、どうしたいのか。逃げ出したい。全部捨て去りたい。何もできない俺の、それは順当な思いだ。でも。

 もし、俺に力があるのなら。思いを通せる力が、夢想を現実にすることができるのなら。俺が、思い描くのは。本当にしたいことは。


「俺は……救いたい。全部だ。全部受け止めて、全部元どおりにしたい。凛子や詩莉さんともう一度向き合って、ちゃんと受け入れる。たま先輩を探し出して、もう二度と離れられないように抱き締める。蓮さんも生き返らせる。どんな方法でもいい。世界中探し回ってでも、それができるギフテッドを見つけ出す。生き返らせて、ちゃんと好きだって伝える。朱里も止める。あいつの抱えているものを明らかにして、一緒に背負っていく。そして――。

 お前には。紫月には、ずっと俺の隣りにいてもらう」


 全部全部、あらゆるわがままを押し通した、それは完全無欠のハッピーエンド。そんなことできるわけがないってわかってる。小学生が思い描くような、稚拙で独りよがりな誇大妄想。

 だけど、できる気がした。こいつが、紫月が隣りにいてくれるのなら、俺はなんでもできる。そんな根拠のない自信が湧いてくる。


「なにそれ。ハーレム王にでもなるつもり?」


「……ああ。なってやるよ、ハーレム王でもなんでも」


「ふぅん。それ、あたしも入ってたりするの?」


「お前がどうしてもと言うなら、末席に並べてやらんこともない」


「……あほぅ。でも、わかった。それがあんたのやりたいことなのね?」


「ああ」


 深く首肯を返す。エネルギーが満ち溢れるような感覚。

 言葉は言霊となって力を持つ。虚勢も張り通せば実力となる。

 今ここに、それは決意として成った。


「そ。じゃあ、そうしなさい。仕方ないから、手伝ってあげるわ」


 無条件の肯定が返ってくる。俺を認めてくれる。

 馬鹿な奴だと笑われても、誹りを受けても、世界中に否定されても。

 紫月だけは、俺を肯定してくれる。それがわかった。


 だったら、大丈夫。もう恐れることなんてない。

 どんなに辛い道のりでも、俺は進んでいける。俺の隣りに、左側に紫月さえいれば。

 どこまででも行ける。なんだってできる。子供のころに感じたような万能感。新しい土地に降り立った時に感じるような、無限の可能性。世界と繋がる感覚。

 できる。俺にはできる。全部求めて、全部叶えてやる。

 そう、そして。









 そんなものは、もちろん全部まやかしだった。









 予兆はなかった。

 ただ、急激に強烈な違和感が俺を襲った。

 気持ち悪いほどの違和感。世界がぐるんと反転したような感覚。明らかで決定的で当たり前なのに、どうして今までそれに気づかなかったのかと、そう責め立てられるような。

 

 その正体を見極める前に。

 無造作に伸びてきた手が、がしりと紫月の頭を掴む。

 視界に桃色が覗いた。


「壊れろ」


 パリン、とガラスの割れるような音が鳴り響いて。

 一瞬にして、意識を奪われた紫月が崩れ落ちる。ぱたりと、あたかも糸を千切られた操り人形のように。

 夢想が。

 日常が、崩れ去る。


「これでよし、と」


 そうして現れた彼女が――朱里が、こちらに向き直って微笑みを見せる。

 幾重にも渦巻いた瞳で。


「お待たせ、冬馬君――――迎えに来たよ」


 そう。

 ここが。

 日常を壊された、今俺の立っているこの場所こそが。




 現実だ。

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