父、娘に萌える
来客用の駐車場に車を停め、指定された場所――特別活動棟の最上階まで向かう。
ギフト研究会と表示された扉にノックをすると、少しして今回の依頼者、環ちゃんが出迎えてくれた。
「お久しぶりです、父君。どうぞ、お入りください」
促され、長机の席に腰掛ける。軽くシャルロたちを紹介して――ん? なんか敬称がおかしくなかったか?
以前、祝福省に講師役として呼んだ時は、普通に四条さんと呼ばれていた気がするのだが。
「環ちゃん、君さ、もううちの息子落としてたりする?」
「そうしたいのはやまやまなのですがね。残念ながらまだです。ですがいずれ近い関係にはなるでしょうから、父君とお呼びしても?」
「あー、それはなぁ……」
少々気が早いのではないだろうか。自信があるのか?
それに報告では、冬馬は別の子を選んだと聞いていたのだが――まだ知らないのか、それとも割って入るつもりなのか。
どちらにせよ、安易に頷くのも気が引けるな。
「おや、お気に召しませんかね? では」
と、歯切れの悪い俺の態度に何を思ったのか、環ちゃんが急に相好を崩す。
ほんのりと頬を染め、斜め下から遠慮がちに送られてくる、上目遣いの視線。
「お義父さまぁ」
「よし、お小遣いをあげよう」
「ちょっと。アオさん、ちょっと」
背中を小突いてくる香里奈の打撃に、俺ははっ、と意識を戻す。いつの間にか財布から万札を取り出していた。
「いかがわしいお小遣いにしか見えませんから」
「おう、すまん」
恐るべき破壊力を秘めた言葉であった。こう、無条件で撫で回したくなるような。
うちのリアル娘は出来が良すぎてあんまり俺に甘えてくれないので、とても新鮮であった。
いかんいかん。俺の立場上、誰かひとりに肩入れするのもまずい。
「わかった。好きに呼んでくれて構わんから」
「左様ですか。では――パパぁ、たまきなにか、甘い物が食べたいなぁ」
「香里奈、何してんだ。早くこの金でパ○ロのチーズタルトを買ってこい」
「このへん○ブロないですから!」
再び脳天にチョップを見舞われ、現実に戻る。
うん。恐ろしい子だ。演技だとわかっているのに、俺の内なる父性本能がひしひしと刺激される。
「蒼さんにまさかの娘属性がクリティカルです……シャル、私たちも考えないと」
「その関係性は、本末転倒な気がしますが……」
おっと。雲行きが怪しくなってきた。またカオス空間が形成されてしまうので、お遊びはこのあたりにしておこう。
「なんというか……流石、とーま君の父君といったところですねぇ」
「あ、わかる? お互い大変だよねー。あと、あたしたちには敬語じゃなくていいからさ」
「了解した。どうも見たところ、そちらもなかなか複雑な状況にあるようだねぇ。自覚がないあたり、もしかしたらこちらよりも業が深いのかも」
「シャル、この人すごい。すごい親近感が湧くよ!」
「私は別にそういうのではありませんが、確かに一度茶会を開いてみるのもよいかもしれませんね。あくまでも友好を深めるために」
しかし俺の思いを他所に、娘っ子たちはラインの交換を始めた。よくわからんが、何かシンパシーを感じるものがあったようだ。一瞬で仲良くなっていた。
わいわいきゃぴきゃぴと若さが迸る。アレだな、これは止めないと永遠に続くやつだな。まとめて〈停滞〉してやりたい。一秒しか保たないけど。
「あー、そろそろいいか?」
「おっと、すみません父君。ついはしゃいでしまいました。では香里奈君、詳細は後ほど」
「おっけー。「四条親子に愚痴り隊」でグループ組んどくね」
不穏な名称が聞こえてきたがスルーだ。頼むから俺を巻き込まないでほしい。
「本題に入るぞ。環ちゃんの依頼だが――このギフテッドと接触したいってことでいいんだな?」
「ええ。そのとおりです」
祝対から持ってきたペラの資料を見せると、こくりと頷きを返してくる環ちゃん。そこにはあるギフテッドについての概要が、やや不明瞭な顔写真付きで記載されていた。
都築円香。
先日、祝福省に記者を装って侵入してきた未登録のギフテッドだ。目的はただ他のギフテッドと話がしたかったという、たいしたことないものだったのだが、そのギフト〈エロ同人みたいに〉により、約一名の被害者が出ていた。
まぁ被害といっても、あられもない顔を関係者数名に晒しただけなので、特に追跡や捕縛のリストには載せていない。ぶっちゃけめんどかった。さしたる驚異でないなら、わざわざ仕事を増やす謂れもない。
その被害者たる久々利は、リベンジの機会とあって大層同行したかったようだが、残念ながら真っ先に脱落してしまった。捕縛や処分が目的ではないので、変に衝突を生んでもややこしくなるため、これはこれで良かったのかもしれない。
「なんでまた彼女に?」
依頼書には接触したい、としか明記がなかった。
「研究の一環です。彼女のことはとーま君から聞き及んで概要は知っているのですが、是非とも直に話を聞いてみたいと思いまして」
「ほう。ちなみにどんな研究なんだ?」
「簡単に言うと、ギフトを発現する際にどれだけの量的及び質的感情が必要になるのか、それを探るものです」
「そりゃまた壮大な目標だな」
それを解明するには、前提として脳科学の領域にまで踏み込む必要がある。言わば感情の数値化だ。確か「喜び」や「怒り」といった単一の感情なら、ある程度量的に表すことに成功していると聞いたことはあるが。
複雑に絡まり合った、それもギフトを発現するほどの強い感情の数値化となると、その道は途方もなく険しいものに思えてしまう。
「無論、一筋縄でいくとは思っていません。まだサンプル集めの段階ですし、もしかしたら生涯を費やすような遠大な計画です。まずはアプローチとして、いくらかその方向性のようなものが見えてくればな、と」
立派すぎて涙が出てきそうだ。是非とも爪の垢を販売してほしい。うちの若い奴らに煎じて飲ませるから。
なんせうちのときたら、
「アオさん、話が難しすぎてまったくわからないです。あぷろーちってなんです?」
「香里奈、そこからですか……」
「香里奈先輩、前菜ですよ前菜」
「それはアペタイザーです! 嘘を教えないでください!」
「あ、図らずも一ポイント」
「いい加減なんなんですかそれぇ!?」
こんなんである。ほんと涙出てくる。
「あー、よくわかった。それで、対象の所在地は把握できてると」
「ええ。叔父さん――理事長の伝手で、住居は割り出してあります」
探索系のギフテッドか、もしくは優秀な探偵か。この学園の経営者なら、そのぐらいの人脈は持ち合わせているのだろう。
なお、探索系のギフテッドは非常に有用な人材である。能力の範囲にもよるが、探し物や尋ね人など世間にはいくらでも溢れており、用途に事欠かない。あらゆる組織から引っばりだこの人気のギフテッドだ。
その多くは、高額の報酬を提示されて企業のお抱えとなるか、あるいは自分で起業する。うちにもひとりいるがそれは稀有な例で、就職先に困らない、「当たり」のギフトであると言えた。
とまれ、そこまでのお膳立てがしてあるのなら。
俺たちの役割は明確である。
「じゃあ、同行して交渉、説得、もしもの時の護衛、って感じか」
「話が早くて助かります。お義父さま大好きっ」
「任せておけ!」
「ちょっとたまっち。あんまりアオさんいじらないでよねー」
「ああ、すまないねぇ。なんだか未来のとーま君を見てるみたいで、つい。そうだ、キミたちもやってみればいいんじゃないかな?」
「え……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……パパぁ」
「何気色悪い声出してんだ、香里奈?」
「どーしてあたしには反応しないんですかぁ!?」
「いや香里奈だしなぁ」
知った仲だからな。特に感慨深いものはない。
それに香里奈がそう呼ぶと、どうしてもいかがわしい感じに思えてしまう。援助的な。
「シャル、ここは双子という設定で……」
「わ、私はやりませんからね」
「いいじゃない。蒼さん喜んでくれるよ?」
「む。で、では……」
「せーのっ」
「「ぱぱぁ」」
「おうっ。なんかちょっとキュンと来たな」
「納得いかないんですけどぉ!」
そんな感じで。
出発までにはもうしばらく、時間がかかるのであった。




