父、決意する
結局たいした妙案は浮かばなかったので、普通にじゃんけん大会が開催された。
もちろん、ギフトは禁止である。少し想像するだけでも、突きの達人の動きを再現して高速で手を変える久々利や、強引に相手の指を曲げてチョキをグーにするこより、自分の手を〈透過〉させて堂々と後出し勝ちをする香里奈の姿などが目に浮かぶ。
たかがじゃんけんひとつとっても、ギフテッドには既存のルールは通用しないのだ。
「おでかけー。蒼さんとおでかけー」
「こより、遊びではないのですよ? もう少し緊張感を持ってください」
「固いなーシャルシャルは。もっと余裕持ってないと、おっぱいも育たないよ?」
「そうだよー。ゆとりのある心がおっぱいを育むんだよー」
「胸は! 関係! ありません!」
結果、図らずも年少組三人が勝者となってしまった。
目的地に向かう車内は早くも姦しい。元気があるのはいいことなのだが、気分は引率の先生だ。
なお、乗車位置でもう一悶着あった。再びじゃんけん。
連勝したシャルロを助手席に、残る二人を後部座席に配置してのドライブである。
場所なんぞどこでもいいだろうに、景色を楽しみたかったのか、勝ったシャルロは大層ご満悦だ。
そんな前方座席に恨みがましい視線を向ける香里奈とこよりは、早速シャルロいじりを始めた。最近の部署内で一番人気のアクティビティである。反応がいいので、ついつい誰もがからかってしまうのだ。
実のところ、有志職員の企画、立案によりきちんと競技化されていたりする。詳細はこうだ。
シャルロいじり
概要
·言葉や所作によりシャルロをいじり倒す
·得られた反応によって相応のポイントが与えられる
·方法は問わないが、ガチ泣きさせるとペナルティがある
·集計は月末に行い、上位入賞者には豪華特典が与えられる
·フォローを忘れないこと
·本人に競技の存在を気取られた場合、その時点で終了
得点表
軽く怒らせる:1P
ツッコミをさせる:1P
ぐぬぬ顔をさせる:1P
涙顔にする:2P
地団駄を踏ませる:2P
赤面させる:3P
ポカポカ攻撃をさせる:3P
その他、賛同を得られる行為:時価
ガチ泣きさせる:−5P
上位特典
一位:室長とのディナー
ニ位:室長とのランチ
三位:シャルロに好きな服装をさせる権利
以上だ。
特典は久々利たちにより勝手に決められた。何故か俺の負担項目が多いのだが、職員の慰安の一環となるならいいかと許可した。
もちろん俺も参加するつもりだったのだが、「蒼さんはダメです。ずるいです。もう殿堂入りです」と満場一致で拒否された。
まぁ、勝ったところでひとりディナーだから何も嬉しくないんだがな。三位の着せ替え権はちょっと欲しかった。
「一ポイント」
「一ポイント」
「? それ、なんなのですか、最近? 皆さんがよく呟いてますけど」
疑問顔のシャルロがこてん、と首を傾げる。知らぬは本人ばかりなりだ。
「シャルは気にしないで。たいしたことじゃないから」
「はあ……」
バレると競技は終了なので、シャルロにはひた隠しにしなければならない。そしてそうなった場合、何故か巡り巡って俺が平手を受けるハメになるのだろう。参加してないのに。世の中は理不尽である。
「アオさん、今回の依頼者って、こないだ資料見せてもらったあの子ですよね?」
「ああ。確か香里奈と同い年だったか」
「スペックが凄すぎて、とてもそうは思えないですけどね」
十代で学術論文を発表してる麒麟児だからな。俺たちとは頭の出来が根底から異なっているのだろう。
「でも、息子さんのハーレムの件は落ち着いたんですか?」
「いや、あの子はまだだ。ついでに色々聞いとこうかと思ってる」
「蒼さんの息子さんって……冬馬君のことですよね? ハーレム?」
「あー、そうか。お前たちには話してなかったか」
先日、我が家に招いたシャルロとこよりは、冬馬と顔を合わせてはいるが。そういえば、〈デッドハーレム〉については説明していなかったな。
俺はかい摘んで、冬馬の置かれている状況を伝えてやる。
「へー、冬馬君もハーレム作ってるんですか」
「もってなんだよ? 他にそんな特異な境遇にある奴がいるのか?」
「ふへ? いえ、だって、蒼さん……」
「ボス……もしかして……」
戦慄の眼差しがニ対、信じられないものを見るように俺を射抜く。いったいどうしたんだ?
「こよりん、シャルシャルも。いい機会だから教えてあげる」
そこに香里奈が、深いため息を伴って口を挟んでくる。
「だいたいわかってると思うけど。アオさんはね……ほんっっっっとーに、これが素なの」
「「………………ええええええっ!!」」
「おい、うるさいぞ」
狭い車内にキンキン声が反響する。何をそんなに驚いてるんだ?
「今まで何人もの職員がさりげなく、でも普通はわかるよね、って態度で距離を縮めようとしたんだけど。もうね、全く相手にしてくれないの。ちょっとおかしいぐらい。どこの鈍感系主人公だよ、って感じ」
「じゃ、じゃあ、もっと積極的に攻めれば……」
「もちろん、実践済み。だいぶ際どいところまで攻めた子もいたんだけど、やっぱり反応なし。そしてね、そういう行動に出た子は、次の瞬間には久々利さんあたりに肩を叩かれるの。「ちょっと、あっちでお話しましょ?」って。笑顔で。わかる?」
「そ、それは……」
「怖いですね……」
心なしか青みがかった顔で、ぶるりと震えるこよりとシャルロ。なんの話をしているのかよくわからんが……もしかして俺のことか?
あー、アレか。たまに久々利が言ってくるやつ。
「お前らなぁ、上司をからかうのも大概にしろよ? 俺にハーレムなんぞ作れるわけないだろーが。だいたい、どこのどいつがこんなおっさんを好きになるってんだ?」
「ね? こんな感じ」
「うわぁ……」
「薄々とは感じていましたが……ここまでとは……」
なんかスゴイ·シツレイなことを言われている気がするが。いい大人が張り合うのもなんなので、黙っているか。たまに職員たちがこんな感じになるのは、ほんとなんなんだろうな?
「というか、やっぱり香里奈先輩も?」
「え、いや、あたしは別に、その……確かにちょっといいなーとは思わないでも――って何言わせるの!」
「ライバル多すぎますねぇ……」
「わ、私は違いますからね?」
「「はいはい、ツンデレツンデレ」」
「ツンデレ違いますっ!」
「「一ポイント」」
「〜〜っ、ほんと、なんなんですかそれぇ!?」
そんな感じで。
終始賑やかなまま、車は目的地へと走っていくのであった。
私立御門学園。
巨大な敷地面積と生徒数を誇る、小中高一貫の国内有数の教育機関。
冬馬の二つ目の高校にここを選んだ理由としては、数少ないギフテッドの受け入れを大々的に表明している学校であるのが一番なのだが、多分に上からの押し売りに近い推薦があった故でもある。
蓋を開けてみれば、少なくとも六人のシングルが在籍しているという、偶然では有り得ない環境が整っていた。そう、それは用意されていた。
そしてその六人の内、男子一名を除く五人ものシングルが、冬馬の〈デッドハーレム〉に囚われた。どう考えてもおかしな話である。そこに学園側と、祝福省上層部の意図が透けて見える。
俺も考えたことがある。冬馬のギフトの、最も有効な活用方法。
〈デッドハーレム〉は、死に関する思いを抱えた強力なギフテッドを虜にする。それは言い換えれば、彼女たちを支配下に置けるということだ。
ひとりでも規格外のシングルを、五人もひとところに集積させ、意のままに操ることができるのならば。
それは最早、一個の戦力であると言えた。優秀な指揮官を付ければ、国を相手取って国家転覆さえ成してしまいかねない。
発端としては逆である。驚異的なギフテッドの存在を認知した国の上層部が、彼女たちを律する手綱を欲しがった。特にあの子。一切合切を灰燼にせしめる、破壊の女神。
持ち得る人脈を駆使して、俺はその名前に行き着いた。表向きのデータベースには未登録のため情報がなかったが、やはり上層部は朱里ちゃんの存在を把握していた。それも、特一級の要監視対象として。
この場合、彼女に国家に反逆するような思想があるかどうかは関係ない。実際にそれを成し得る手段があることが問題なのだ。
少し大仰だが、いつでも核ミサイルを発射できるボタンをいち個人が持ち歩いているようなものだ。国家として、そんな人物を野放しにしておけるわけがない。
何年も前から、上層部は準備をしてきた。破壊の女神を律し得る存在、四条冬馬に目を付けて。
八回にも渡る、練習をさせた。ギフトの成長を目論んだ。
そして今回、ようやくその目処が付いたと判断して――あるいはこれ以上、時間をかけるわけにはいかなくなって――冬馬を、御門学園に転校させた。
オペレーション·シヴァ。
全ては最初から、計画されていた。
今にして思えば、不可解な点はいくつもあった。
毎度毎度、転校の度に新たなハーレムを形成してきた冬馬。当初はそういった、「引き寄せる」効果も兼ねているのだと思っていたが。
作為を疑う方が自然である。毎回、都合よく、「死の思いを抱えた」ギフテッドが揃うはずもないのだ。
冬馬のギフテッド登録は、「確実にギフトだと断定できない」という理由で見送られていた。外部に吹聴しなければ問題なく、祝福省としても一般人と同様の待遇で接するとの但しを添えて。
実際には、未登録のままにしておく必要があった。言わずもがな、いざとなれば人権を無視して強行手段に及ぶためだ。ことの経緯など、記録にない以上簡単に捻じ曲げてしまえる。
もっと危機感を持つべきであった。多忙など言い訳にもならない。
我が息子と娘のこと以上に、俺が心血を注ぐことなどあってたまるものか!
後悔はしない。
そんな暇があるなら一秒でも早く前を向く。
だから、今からでも俺は覚悟する。
誓いの表明。
それは。
全てを敵に回してでも、冬馬の味方をする決意。




