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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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穂村紫月

 御門学園から歩いて十五分ほどの位置に、現在の住まいはある。

 二階建ての一軒家で、古くもなく新しくもない、猫の額ほどの庭が付いた、平凡な家屋だ。

 住居は毎回、親父の職場の伝手で用意される。都心に勤める関係上、首都圏に限られるわけではあるが、それまでの学校からはある程度距離が離れた場所がピックアップされている。

 もちろん、過去に関係した少女たちとのニアミスを防ぐためだ。

 この状態が続けば、そのうち住める街がなくなってしまうのではないかとも思う。親父の通勤時間をこれ以上増やさないためにも、何とか俺のギフトもどきについての解決案を見つけたいところだ。





「ん、おいしい」


 会議の終わった帰り道。

 連れ立ってとなりを歩く紫月は、先ほど買ったタルトをお行儀悪く頬張っていた。

 あれだけ甘いものを食べたばかりだというのに、いったいどういう胃の構造をしているんだろうか、こいつは。

 いやこいつに限らず、女とはすべからくそういう生き物なのだろう。

 ケーキバイキングに連れて行かれた時に感じたはずだ。彼女たちの胃袋は、時に宇宙と接続されると。


 帰り道が同じなのは、単純な話だ。帰る家が同じだからに他ならない。

 それだけ聞くと、男どもにはたいそう羨ましがられるのだが。

 物心付いた時から家族ぐるみの付き合いをしている俺にとって、紫月は小うるさい腐れ縁の幼馴染に過ぎない。せいぜいが、たまに増えているうさぎさんコレクションの確認に、少しだけ楽しみがあるくらいだ。

 ちなみに最新のデザインはネザーランドドワーフである。

 もちろんバレると殺されるので、細心の注意を払って侵入している。


 紫月の同居には、少し複雑な事情がある。

 お互いが小学生だったころに、当時住んでいた街でニュースになるほどの事件が起きた。


 ある日の夜半過ぎ。

 親兄弟全員を感情のままに殺害したギフテッドが、消息不明のまま街を徘徊しているという、危険極まりない知らせが、親父の口から伝えられた。

 こういった暴走ギフテッドによる事件は、各地で頻繁ではないものの一定の件数発生する。

 そのような場合に対処を行うのが、親父の属する祝対(しゅくたい)——祝福省ギフト対策室である。

 何しろ、通常の警察機能では場合にもよるが、攻撃的なギフトを持ったギフテッドに対抗するのは困難であり。

 その鎮圧、捕縛を一手に担うのが、同じくギフテッドにより構成されたエキスパートたち、祝対の職員たちであった。


 知らせを受けた親父は緊急出動となり。

 俺と母さん、妹は戸締りを厳重にし、リビングで親父の帰りを待った。

 そのうちに深夜に差しかかり、うつらうつらとしてきた妹を寝かせたころ、親父は帰ってきた。

——その手に、血塗れになった紫月を抱えて。


 運の悪いことに、としか言いようがないが、祝対の職員たちに追い詰められた暴走ギフテッドは一軒の民家に押し入り、人質を取る行動に出た。

 そこがたまたま紫月の家であり、いきなり窓を破壊して侵入してきた不審者に、紫月の両親は警察への連絡をしようとして——。

 あえなく無慈悲な暴力が振るわれ、残った幼い紫月は人質となった。

 親父を含む職員たちが駆けつけ、紫月の家を包囲し、膠着状態が続いた。

 交渉も行われたが、犯人の荒唐無稽な要求に折り合いが付かず、時間だけが過ぎた。

 数時間が経ち、痺れを切らした犯人が紫月の殺害まで仄めかしたところで、独断で決断した親父が突入、止む無しと犯人を処分した。

 三人分の死体が転がる中で、返り血に塗れた紫月は、呆然としたまま座っていたという。




 そうして保護された紫月は、親同士親交のあった我が四条家に引き取られたのであった。

 不幸中の幸いと言っていいのか、紫月自身には一切の外傷はなく。

 懸念された心的外傷についても、カウンセラーが驚くほど、紫月は短い時間で精神を安定させた。

 泣き喚き、心を閉ざしても仕方がない年齢だのに。

 両親の死を、紫月は悲しみつつも、既に受け入れていた。

 その様に、また別の懸念が浮かび上がることになるのだが。

 それはまた、思いもよらないところで発現するのであった。




「んで、どう思うよ?」


 二つのタルトをぺろりと平らげ、満足そうな紫月に俺は問いかける。

 普段は歩き食いなどはしたない真似はしない紫月だが、俺といるときだけは、こうした隙を見せることがある。

 いわゆる、仮面優等生というやつだ。


「さっきの会議? まぁ、初めてのケースよね」


 俺とともに八回の転校を繰り返した紫月は、それこそ親父よりも俺の事情に詳しい。

 嫉妬の炎が俺に害意を示した際に、そのギフトで窮地を脱したこともあった。


「だいたい今までの場合は、誰か一人が暴走してあんたなり他の子なりに危害を加えて御用、ってパターンだったじゃない」


「そうだな。そこで被害が広まる前に転校と」


「それが今回は、いつの間にやら話し合いが行われていた。それもこの短期間で、三回も」


 御門学園に転校してきたのは六月の頭だから、まだ朱里たちに出会ってから一月ぐらいしか経っていない。

 それまでに彼女たち同士での深い接触はなかったはずだ。

 学年もクラスもバラバラだし、辛うじて蓮さんと詩莉さんが互いの名前と顔ぐらいは、といったところだろう。

 そう考えると、彼女たちのまとまりはやけに不自然にも思える。


「何か作為的なものがある?」


「かもしれない、って程度だけどね。まぁそれでも、こっちが何か損するわけでもないし。むしろ時間的には、いくらか余裕ができたわけじゃない」


「ああ。けっこう細かくルール決めしてたしな」


 先程の会議で決まったルールはこうだ。


 一、止むを得ない場合を除き、ギフトによる俺への直接的な干渉の禁止。

 例えば、凛子がギフトで作ったものを俺に渡すのは構わないが、それが俺に物理的、ないし精神的に悪影響を及ぼすようであればアウト、といった具合だ。


 二、月曜日から金曜日までの放課後をそれぞれに割り当て、俺と二人で過ごせるようにする。指定日以外の一時間を超える接触は厳禁。自分に責のない理由で二人で過ごせなかった場合は、翌日に繰り下げる。


 三、以上の違反が発覚した場合は、実力行使を厭わず今回の争奪戦から排除される。


 以上の三つだ。

 これにより俺は明日以降、順次放課後デートを重ねていくことになる。

 平日のプライベートが一切なくなるわけだが、もとより俺にそんな時間はほとんどなかったため、問題ない。

 むしろ静かなランチタイムが戻ってくるだけ、ありがたいものだ。


「どう転ぶかはわからんが、しばらくは様子見ってところだな」


「そうね。最低限のフォローはしてあげるから、まぁ頑張りなさい」


 静かにそう締め括る紫月。

 やっぱりこいつだけは、いつまでも変わらない。

 俺をあの部屋から連れ出してくれた時から——いや、出会ったころからか。

 変わらぬまま、そこにいてくれる。

 少し気恥ずかしく、認めるのは癪ではあるのだが。

 得難い友人、というやつなのだろう。


「ああ。いつも悪いな」


 素直な気持ちを告げると、紫月は目をぱちくりさせながらこちらを向いた。


「なによ、気持ち悪いわね。いいからあんたは自分のことだけ考えてなさい。ただでさえメモリが少ないんだから、余計なこと考えてると頭から煙が出てくるわよ」


「てめ、せっかく俺が珍しくも感謝の意をだな——」


「はいはい、頭の中の九割がお尻で占められてるあんたにしちゃ、人間様に感謝を伝えるなんて高度なこと、よくできたほうね」


「俺も人間様だっての!」


 そんないつもどおりの掛け合いをしながら。

 俺たちは、家路をゆっくりと歩いていくのだった。









 翌日、四限目。

 いつもなら迫り来る鐘の音に憂鬱な思いを抱え始める時間帯だが、今日の俺の心は幾分か軽くなっていた。

 なにしろ、今日からはあの甘味地獄や多重式建造物に怯える必要がないのだ。健康的な男子高校生よろしく、平和なランチタイムが待ち遠しいくらいである。

 その旨を中西や前澤に伝えたところ、たいそう残念がっていたが。二週間ぶりの平穏を俺が手放すはずもなく、奴らの懇願はスルーしておいた。


「じゃあここは、なんだか嬉しそうな四条君」


 と、急に名前を呼ばれ顔を上げると、先生——遠峯(とおみね)女史と視線が合う。


 しまったな。全く聞いてなかったぞ。

 昨日は緊急の会合だかで急遽自習となったが。

 遠峯女史の担当授業は祝福(ギフト)

 その名のまま、現代におけるギフトに関する講義だ。


 国語や数学と同じく、現代教育課程においてはギフトの授業が行われる。

 ギフテッドはもちろん、一般人も現代社会において彼女たちと接する機会がある以上、その立ち位置や在り方を知っておく必要があるためだ。

 

「あれー。どうしたのかなぁ四条君? まさか先生の授業、聞いてなかったわけじゃないわよねぇ?」


 黄色のショートカットを傾けながら、女史が問う。同色の瞳は笑みを型どっているが、あれは違う。何か良からぬ思惑が含まれている。


 遠峯女史は、ギフト研究会の顧問でもあった。故に、その人となりは多少理解しているつもりだ。

 例えば、腹持ちの悪い時に、生徒に対し指導と称したギフトの実験を行うこととか。


 まずいな。おそらく御歳三十二歳は昨夜の合コンがうまくいかなかったのだろう。理由をつけて俺で鬱憤を晴らすつもりに違いない。

 紫月を見やるが、完全に我関せずの姿勢だ。こいつはこういう時には絶対に助けてくれない。ちくしょうめ。


 さてどうしたものかと思案していると。

 ぽんぽんっと、小さな破裂音が机の上で響く。

 見ると、ノートの片面にいくつもの細かい穴が空き、それらは連なって二つの数字を表していた。

 四十六、と。


 朱里、いや女神様の助けだ。

 後ろを振り返りもせずにこの精度、流石である。

 少しでもズレると俺の指に穴が空いていたが、そこは気にしないでおこう。

 俺は急いで教科書を手繰る——これか。


「現行の祝福法における問題点、ですね。一部ではザル法とも揶揄される祝法(しゅくほう)ですが、その最大の問題は、ギフテッド同士の争いに国が関与しないことだと思われます。

 これにより、時に強力なギフテッドによる下位のギフテッドへの横暴がまかり通ることがあります。その対策として、ギフト問題を専門に扱う民間組織も設立されていますが、まだまだ数が少なく、全てのニーズを賄えているとは言い難いのが現状です」


「……ちっ、正解です」


 一転して笑みを消し、渋々と認める遠峯女史。

 これでもギフトに関しては、人並み以上に勉強しているのだ。

 しかしおよそ完璧と思える回答に、この教師舌打ちしやがった。まったくなんて聖職者だ。

 そんな子供っぽいところが婚活に響いているのだとは思うが、後が怖いので顔には出さないでおく。


 まぁなんとか窮地は脱したので良しとするか。朱里には後で礼を言っておこう。

 よく見るとノートの片側は全て貫通していたが、気にしてはいけない。

 

 遠峯女史の講義が続く。祝福の授業内容は広範囲に渡るが、現在はその法整備、祝福法に関する内容だ。

 ギフテッドを現代社会に迎え入れるにあたって、日本では世界に先駆けていち早く法整備が成された。

 これを元に、独立国際組織たる祝連(しゅくれん)——国際祝福連盟においても同様の法組みが行われ、多くの先進国はこれに加盟し、祝法に準ずることとなった。

 ギフテッドの社会適合、その第一歩が踏み出された瞬間である。

 もっとも、一部の国家や地域では未だ明確な基準が設けられておらず。

 これがひとつの要因となり、独裁的なギフテッドを旗頭としたクーデターが頻繁、この七十年で世界地図が大きく塗り変わったのも事実だが。


 細かい条文は多岐に渡るが、祝法の要点は三つに集約できる。すなわち、


 一、ギフテッドには既存法が適用されず、違反したとしても罰則を受けることはないが、同時にその恩恵を受けることもできない。


 二、ただし祝連もしくはその下部組織にギフトの名称と能力を登録した場合、既存法の適用対象となる。


 三、ギフテッド同士の個人的な争いについては、双方が望んでいる場合、これに国家、自治体、祝連などによる介入は行われない。


 以上の三つである。

 つまるところ、登録は自由意志ではあるものの、現実的には未登録のギフテッドは法に守られなくなるため、登録せざるを得ないのが実情である。

 当然、登録したギフテッドは既存法を守る必要があり、違反すれば一般人と同様に罰せられる。

 これは一般人がギフテッドに対抗することが難しく、また警察機能が実力でもって拘束することもできないが故にとられた対策である。


 これにより、もし未登録のギフテッドが犯罪を犯した場合、基本的人権を無視した対応がされることもある。

 その対応機関が親父たち祝対であり。

 最悪の場合、即時殺処分命令すら下される。

 ディストピアだ何だと人権保護団体やらが騒ぐこともあるが、そもそもの前提が違うため、一貫して無視されている。

 祝法は、登録者と未登録者を完全に別個の存在であると定義したのだ。

 無法たるギフテッドに、人権はない、と。


 実は、登録ギフテッドが凶悪犯罪を犯した場合のほうが対応が難しいのだが、滅多にあることでもないので割愛する。雑多な処理を通して、登録が抹消されると言えば、後のことは大体想像がつくであろう。

 

 そして問題となるのが、先も述べた三番目の条文である。

 ギフテッド間の個人的な諍いについては、祝対の介入も行われないのだ。

 例えは悪いが、ヤのつく人たちの抗争がわかりやすいだろうか。その究極版だと思えばほぼ間違っていない。


 無関係の人間に危害を加えない限り、双方の争いは黙認される。例えどちらかが殺されたとしてもだ。

 これが共通した意思によるものなのかの判断が難しく、しばしば強力なギフテッドによる下位のギフテッドへの搾取が行われている。

 もちろん、死者が出た場合などは祝福省による調査が敢行されるが、それこそ死人に口無しで、「双方合意の上であった」と言われればそれまでである。


 この問題を専門に扱う民間企業もあるのだが、如何せん数が少ない。表立っていないケースを含めて、全ての案件に対応できているとは言えないのが現状だ。

 こういった事件が起こる度に、ギフテッド排斥論者が大きな声を上げる。ワイドショーが面白おかしく取り上げ、関係ない善良なギフテッドまで風評被害を受けるのが常であった。


 それでも、ひと昔前に比べれば、ギフテッドそのものの数も増えてきており、彼女たちに向けられる視線は概ね好意的になってきている。

 著名なギフテッドが慈善団体で活動したり、テレビで活躍したりしているのも、その一因であろう。

 願わくば、俺のようなどっち付かずの存在にも、救いの手を差し伸べて欲しいものである。




 そんなことを考えているうちに、授業終了の鐘が鳴り。

 待ちに待った久方ぶりの平穏を、俺は堪能するのであった。

……何故だか、今日は卵焼きがやけに黒ずんでスクランブルしていたが。

 なにか紫月を怒らせるようなことをしただろうか?

 思い当たる節が多すぎて判別できない。まさかうさぎさんチェックがバレたか?

 いや、その場合はこの程度では済まされないはずだ。


 まぁ、些細な問題ではある。この静かな時間の前には、大抵のことはどうでもいいさ。

 じゃり、と殻の混じる食感に眉を歪ませながらも、俺はゆっくりと箸を進めていった。

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