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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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父、相変わらずセクハラする

 仕事に忙殺される日々を繰り返していると、どうしても心に余裕がなくなってくる。

 職員の管理や訓練に加え、書類仕事、他部署や他国の祝福機関との折衝、そして本懐たる暴走ギフテッドへの対応など、祝対室長の業務は多岐に渡る。その合間に息子の身辺調査や関係各所への根回しまでしているので、最近の俺の仕事量は些かオーバーワーク気味であった。


 三十路を超えるあたりから、無闇に上司に噛みつくような若さは鳴りを潜めたものだが、逆に鬱屈としたストレスは逃げ場を失ってしまったようにも思う。慣れたとはいえ、心は知らぬ間に磨り減っているものだ。

 どんなものも溜めすぎは良くない。適度に発散させてやらなければ、いつか重大なミスをしでかすことになる。


 つまりは。

 これは俺の心の安寧を保つために必要な行為だということを、わかってほしい。


「……だからといって、職員の下着を覗いていい理由にはなりませんからね?」


 わかってもらえなかった。青筋を浮かべ、おこ状態でこちらを睨んでくるのは久々利だ。先日、とある事件により心の均衡を失った彼女は、ようやく今週から業務に復帰したばかりである。


「そう怒るなって。美人が台無しだぞ?」


「っ、そ、そんなおためごかしには騙されませんからね」


「ああ、でもひとつ言わせてもらうなら、その歳で縞ぱんはちょっとどうかと思うぞ?」


「反省の色が見えませんねぇ!」


 むぅ。さらに怒らせてしまった。せっかく忠告してやったというのにな。


「鬼灯も! どうして蒼さんのセクハラに手を貸しているんですか!」


「私はただ、室長の命に従うだけ。あなたに指図される謂れはない」


「ああもう、この人たちは――!」


 表情を動かさずに淡々と述べる傍らの鬼灯に、久々利は(かぶり)を振って天を仰ぐ。

 基本、鬼灯は俺の言に背くことはない。怖いほどの忠誠を見せてくれるので、ちょっと今回は悪用してしまった。


 現在位置は祝福省、祝対執務室前の長い廊下。その曲がり角に隠れて、俺と鬼灯はちょっとした悪戯に勤しんでいた。

 単純な遊びだ。鬼灯のギフト〈暴風域(テンペスト·ロード)〉を用いてそよ風を起こし、通りかかる職員たちのスカートめくりをするという、童心を思い出す児戯。


 若い少女がそのほとんどを占める祝対の職員たちは、その若さ故にミニスカートを履いている者が多い。次々と露わになる色とりどりのパンツに気を良くしていたのだが、久々利はゆったりとしたロングスカートを履いていたため、少し強めに風を吹かせてしまった。そのため俺たちの存在に勘づかれた次第である。


「あのねぇ、鬼灯。あなた、蒼さんがえっちさせろって言ったらそうするの?」


「当然。いつ求められてもいいように、きちんと勝負下着の準備はしている。あなたとは違って」


 ノータイムで即答する鬼灯がちょっと怖い。そしてひと言多い。

 ほら、激おこにシフトしちまったじゃないか。


「ちょ〜〜〜っと、あっちでお話しましょうかぁ?」


「室長、次の対象が来ました。仕掛けます」


「ナチュラルに無視しないでぇっ!?」


 久々利を意に介さず、ギフトの準備をする鬼灯。可愛そうだから相手してあげてほしい。

 あ、そうか。こいつ停止命令出さないと止まんないんだったわ。そのへん融通がきかないので扱いには要注意なのである。


 廊下を覗くと、とてとてと気怠げに歩いてくる少女――香里奈が目に入る。またぞろだぼっとしたパーカー一枚のだらしない格好だ。――ん?


 やべぇ、まずいなコレ。


「鬼灯、ストッ――」


「ふっ!」


 遅かった。

 ふわりと一陣の風が吹き、香里奈の纏う唯一の布が盛大に捲られる。

 その先に覗くのは、やはりというか守られるもののない肌色一色である。


「うきゃああああっ!!」


 突然の事態に、悲鳴を上げてぺたんと座り込む香里奈。

 うん。

 よし。

 逃げよう。


「逃がすと思いますカバディ?」


 しかし回り込まれてしまった!

 即座に踵を返した俺の退路を断つように、俊敏な動作で久々利が立ち塞がる。他者の動きをその身で再現するギフト、〈模倣犯(コピーキャット)〉を行使したのだ。

 だが何故、インドの国技を選んだ?


「馬鹿にしたものではありませんよカバディ? 空間把握においては、あらゆる競技の中でも最高峰の能力を有しているのですカバディ」


「室長、ここは私にお任せをカバディ」


「なんでお前までキャントしてんの?」


「同じ土俵で叩きのめしてやりますカバディ」


「笑止、カバディ! インド代表に勝てると思っていますカバディ?」


「借りものの力で偉そうにカバディ」


 カオスか。シュールすぎるわ。なんだこの空間?

 まぁいい。今のうちに逃げるカバディ。


――だが。


 がしっ、と。

 再度方向転換した俺だったが、見えない何かに縛られたように、動きを止められてしまう。ちょうど、腰のあたりに纏わりつかれるような感覚。

 しまった。突っ込んでないでさっさと逃げるべきだった。


 霧が晴れるように姿を現したのは、言わずもがな〈透過(ペネトレイト)〉を施していた香里奈だ。

 にっこりと、場にそぐわない笑顔が冷たく咲き誇る。


「アオさん? 見ました?」


 最後の設問である。この返答如何によって、俺のこのあとの処遇が決まる。

 俺はまじまじと、その派手な色合いのツインテールを見つめ。


「やっぱ、そっちもピンクなんだな」


 パァン! と、特大の紅葉が俺の頬を彩った。
















「うぅ……責任……責任取ってくださいよぉ……うぅ、ぐすっ……」


「香里奈ちゃん? 気持ちはすっごくよくわかるけど、そうすると蒼さんは百人分ぐらいの責任を取らなきゃいけないから、諦めましょう?」


「アオさんのぉ……すけこましぃ……」


「いや、正直すまんかった」


 ヒリヒリと痛む頬の熱を感じながら、泣きじゃくる香里奈に素直に頭を下げる。

 あれだ。スカートをずり下げようとしたらパンツまで巻き込んじゃった感じだ。流石にそこまでするつもりはなかったので、多少罪悪感が募ってはいる。

 セクハラ自体をやめるつもりは毛頭ないが。


 廊下で崩れ落ちる香里奈をあやしていると、通りすがる職員たちが「ああ、またか」と冷たい視線を投げかけてきたため、いたたまれなくなった俺はとりあえず皆を促して室内の休憩スペースに移動していた。

 久々利の慰めも慰めになっていない。反論したかったが、よくよく考えると確かに事実なので是正のしようがなかった。

 

「御堂、覚悟が足りない。室長に仕える立場なら、いつ如何なる時でも準備は怠らないようにすべき。下の毛もきちんと処理を――」


「鬼灯、ややこしくなるからちょっと黙ってろな?」


 これ以上の精神ダメージは危険域に入るので、割り込んで鬼灯を押し黙らせる。即座に口を噤む従順な鬼灯だが、こいつは空気を読むということを全くしないのが困りものだ。本人は良かれと思って言っているので、なおさらタチが悪い。


 さて、どうやって機嫌を取ったものか。いつもどおり、新しい下着でも買ってやればいいだろうか。


「ボス、またセクハラですか? 組織の長として、いい加減そのような軽率な行動は慎んでもらいたいものですが……」


「蒼さん蒼さん、私ならいつでもおっけーですよ? 今日はちょうど、この間買ってもらったパンツ履いてきてますし。見ます?」


 と、そこで会話に混ざってきたのは、最近よく一緒に行動しているらしきシャルロとこよりだ。訓練で汗を流し、シャワーを浴びてきたところなのか、ほんのりと頬を火照らせた佇まいである。

 どこか郷愁的な、ほのかに甘い香りがふわりと鼻腔に漂う。風呂上がりの女の子ってのは、どうしてこうもいい匂いがするんだろうな。


 そして女性が五名も集まれば、そこは最早喧騒の渦の中となる。


「こより、あなたには女性としての奥ゆかしさが欠けていますよ? そう軽々しく、下着を見せようなどとするものではありません」


「えー。シャルだって、最近おそろいで買ってもらったやつばっかり履いてるじゃない。それにさっき、脱衣所の鏡の前でパンツいっちょでポーズとってたの知ってるんだからね」


「なっ、あ、あれは違います! ただ、鍛錬の成果がきちんと反映されているかを確認していただけで――」


「はいはい。「ボスもやはり、大きな胸が好みなのでしょうか……」とか言いながら、おっぱい揉んでたもんね」


「一部始終見てないでください! あっ、ち、違いますからね、ボス!」


「蒼さん、女性に下着をプレゼントする意味、わかってます? 人によってはセクハラですからね? それだけならまだしも、中には勘違いしちゃう子だっているんですから。いったいどれだけハーレムを広げるつもりなんですか?」


「アオさん、PJの新作買ってくれるなら許してあげないこともないです」


「ボス!」


「蒼さん蒼さん」


「蒼さん、聞いてます?」


「アオさーん」


 収まりつかねー。


 女三人寄れば「姦しい」だが、では常時三十名程度、総数百名を超える女性の集うこの場は、果たしてなんと表現すればよいものか。

 黙秘命令を出した鬼灯だけが、微動だにせず置き物のように鎮座していた。


 まぁ、いつものことではある。そしてこの場を収める唯一の方法を、俺は経験則から知り得ていた。

 即ち、自分の非を認める他ない。例えどこにも非がなかったとしてもだ。

 特に集団となった女性には、論理は通用しない。正論を押し通しても、泣かれるか喚かれるか拗ねられるかのどれかだ。さらに泣かれでもすると、何故かこちらの罪が増える。せんせー、四条君が泣かしましたー、ってやつだ。

 届くのはただひとつ。感情のみである。


「あー、わかったわかった。俺が悪かった」


 ぴたりと喧騒が止む。

 ほんとこいつら、裏で結託してんじゃないかと(うたぐ)ってしまう。

 いいけどな。慣れてるからな。


「香里奈と久々利はなんか買ってやるから、それで機嫌直せ。鬼灯、冷凍庫にハー○ンがあるから、みんなに配れ。お前の分もだ。あ、マルチカップの方な」


「了解」


 不満やさらなる要求が出る前に、展開を次へと強引に進める。虎の子のアイスがごっそりとなくなってしまうが、まぁこちらの方が結果的に安く済むしな。

 配られた氷菓に、色とりどりの笑顔がぱあっ、と咲き誇る。流石ハ○ゲンさんは偉大だ。皆、黙々と匙を口に運ぶ作業に没頭する。

 よし、なんとか収拾がついたな。


「あ、そういえば蒼さん、外部からひとつ協力依頼が来てるんですが……」


 食べ終えた久々利が、抱えたファイルから一枚のA4用紙を渡してくる。

 休憩は終わり、お仕事の時間だ。


 この場合の外部とは、省庁関連以外の民間企業や個人の有力者、研究者を指す。いずれも当然ながらギフテッドに関連する案件であり、それを祝対に直接依頼してくるということは、省庁とのタイアップであることを公にしたい場合か、あるいは。

 誰がしか、何がしかのコネによるものである。


 俺に回してくる時点で、今回は後者。荒唐無稽な要請や取るに足らない案件は久々利が弾いてくれるので、俺の判断が必要なのだろう。


 なお、コネ利用については、俺は全く忌避感を持ち合わせてはいない。というか俺自身が乱用しまくっている。息子の件然り、こよりの件然り。コネで子供が救えるのなら、いくらでもこねこねしてやればいい。

 出るところに出れば、職権乱用と取られ処罰も免れないレベルではあるのだが。実績と実力で黙らせている次第である。


 そのため、他省庁における俺の評判はすこぶる悪い。特に同期入省の奴らに比べると俺の出世スピードは異例なほど早く、やっかみも含めて、「ギフトで成り上がり部署内に自分のハーレムを囲っているすけこまし野郎」との根も葉もない噂が飛び交っていたりする。

 全くもって心外だよなぁ、と零したところ、香里奈からは「だいたい合ってますね」と返され、久々利からは「根も葉もありますし大きな果実まで実ってますけど。大丈夫ですよ、私たちはわかってますから」となんか優しげに諭された。喜んでいいのかよくわからない。


 ちなみに俺の上司たる祝福大臣はもっと酷い。あの女に比べれば、俺なんぞ可愛い子猫ちゃんだ。

 使えるものはゴミでも使うが信条の彼女は、あらゆる局面においてコネと権力と脅迫めいた命令を駆使して業務を遂行する。


「いいか四条、世の中にはゴミのような人間が蔓延している。どうしようもないクズが大多数を占めているのが世界の実情だ。ただ、その中にも使えるゴミと使えないゴミがある。我々の仕事は、それを分別することだ。使えるゴミはうまく使え。使えないゴミは使い潰して粗大ゴミに捨てろ。わかったか?」


 真顔でそう宣う彼女に、迷いはひと欠片もなかった。長い付き合いではあるのだが、未だにあの女が弱音を吐くところは見たことがない。鉄血宰相と揶揄される所以の表れである。


 そんなわけで、コネ依頼はなるべく受けるようにしている。もちろん重要度にもよるが、大臣の曰く「使える」側との人脈は保っておくに越したことはない。

 それで、今回の依頼者は、と。


「……おっと。こりゃ、是が非でも受けにゃならんな」


 御門環。

 希少なシングルのギフテッドにして、ギフト研究界における若き才媛。加えて国内有数の教育機関である御門学園経営陣の血縁と、複数の権力に影響力を持つ、重要人物だ。

 そして何より。


 今回の、冬馬の〈デッドハーレム〉に囚われた少女のひとりである。


 ちょうど今は、他に進行している重要な案件もないことだしな。色々と聞きたいこともあるし、依頼に(かこつ)けて接触を図るとしよう。

 これならば、祝対への正式な依頼という面目が立つため、冬馬の置かれた境遇への積極的な介入とは見做されない。正に渡りに舟である。

 ただ、ここでひとつ問題が発生する。


「……久々利。お前、わざと今書類渡してきただろ?」


「さあ? なんのことでしょうか?」


 にっこりと微笑む久々利だが、その思惑はあけすけだ。縞ぱんを揶揄された仕返しだろう。

 ざっと見た感じ、それほど危険度の高い内容ではない。故に随伴はぶっちゃけ誰でもいい。

 そう、誰を連れて行くのかが問題なのだ。


 この場で書類を見た以上、公表しないわけにもいかない。隠そうとしても、どうせ久々利が追求してくるだろうしな。

 嫌な予感をひしひしと感じつつも、俺は重たくなった口を開く。


「あー、ひとつ外部からの依頼を受けることにした。行きたい人ー?」


 シュタッ、と全員が素早く手を挙げた。

 やっぱりだよ。


「室長、私めが必ずお役に立ってみせましょう」


「あら鬼灯、あなたまだ訓練担当の報告書出してないでしょう?」


「む。しかし、室長の随伴に勝る用件など――」


「はいはい! あたしのギフトが役立つのはアオさんもわかってますよね?」


「香里奈、あなたはこの間もボスと同行したばかりでしょう? ここは私が――」


「蒼さん蒼さん、おっぱいの大きい順で決めるというのはどうですか?」


「なんでですか! 胸の大きさは関係ないでしょう!」


「私が」


「あたしが」


「私なら」


「私のギフトで」


「おっぱいが」


 ほらーーーー。またカオスになっちゃったじゃんよー。


 せっかく収めたばかりだというのに。

 俺はまた、喧騒の収拾に頭を悩ませることになるのであった。

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