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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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あとしまつ2

 あとしまつは、前回にも増して大変だった。


 目覚めた俺はいきなり悲鳴を上げた。眼前五センチの距離にすまし顔のメイドさんが鎮座していたのだから仕方ない。

 先に見せた朱里との戦闘。その無双ぶりが強く印象に残っていた俺はすぐさま距離を取りたかったのだが、がっしりと腰の上に乗られてマウントされていたため、それは能わなかった。


「おはようございます、四条様」


「……おはようございます、亜衣里さん。できれば状況説明が欲しいんですが」


「状況が沈静化してからは、およそ三時間が経過しております。お嬢様と相模様は既にお目覚めです。なお、すぐに三枝様をお呼びして、全員の治療は済ませてあります。彼女からの伝言ですが、「千○屋で今度白桃スイーツフェアが始まるんですよねぇ」とのことです」


「……ありがとうございます」


 矢継ぎ早になされる説明に礼を返す。流石は万能メイドさん、仕事が早い。

 蓮さんにはまたもやお世話になってしまったようだ。しかし○疋屋か……まぁ、まだバイト代は残っているのでなんとかなるだろう。お値段的に、腹六分目ぐらいで抑えてくれると助かるが。

 そして。


「……あの。そろそろどいてもらえませんかね?」


 一番説明してほしかった、今現在の状況については、何も答えが貰えていなかった。

 甘い吐息のかかるこの距離から、亜衣里さんは一向に動こうとはしてくれない。快楽のギフトは解けているはずだったが、こうも間近で美人の直視を受けると、どうしても心臓が早鐘を打ってしまう。あと密着した体勢なので、こう色々と柔らかい。せっかく取り戻した理性の牙城は早くも崩壊の危機を迎えていた。

 頬が紅潮するのを抑えられない。あるいは、幾らか例の後遺症が残ってしまっているのかもしれないが。


「ふむ。なるほどなるほど」


 そんな俺の思いをよそに、何を納得したのか、したり顔でそう呟く亜衣里さん。上体を起こして顔を離してくれたのはいいのだが――


「……なんで脱いでます?」


「いえ、どうやら私の粗末な体でも、劣情を催していただけるようですので」


「やめて。やめて。小刻みに腰動かさないで」


 反応しちゃうから。男の子なんだから。

 決して粗末などではない、蓮さんや詩莉さんに並ぶプロポーションを誇るその肢体は、目にも体にも毒だ。即効性の猛毒。


「膜にしますか? それとも菊――」


「だあーもう、この主人にしてだよ!」


 果たしてこの家には、まともな貞操観念を持つ女性は存在しているのだろうか? 使用人ですらこの有様である。ほとほと怪しくなってきた。


「せめて説明してくれ!」


 漆黒のレースのブラにまで手が及んだので、慌てて叫ぶ。亜衣里さんに初めて会った時の、寡黙で瀟洒な印象は最早吹き飛んでいた。この人も充分変人だ。なんかもう敬語はいらない気がする。

 なんとか伝わったのか、亜衣里さんはホックを外そうとしていた手を止めてくれた。マウントは解除してくれなかったが。


「……今回の件。お嬢様のためとはいえ、四条様には許されないことをしてしまいました。お嬢様が主導を握れれば別だったのですが、このような結果となった以上は、社会的にも四条様に誠心誠意の謝罪をばと思いまして」


「それで、体を差し出そうと?」


「ええ」


「あわよくばそれを質草に、とか考えてない?」


「滅相もございません。今となっては、その意味も薄れてしまいました故に」


 澄んだ瞳に潜む真意はわからない。だがまぁ、確かに。

 あの時。俺に容赦のない連撃を加える朱里の姿に、詩莉さんは俺と同等以上の執着を示していた。それで俺への興味が消え失せたかどうかは不明だが、少なくとも対象が二つに増えた分、単純に〈デッドハーレム〉の効力は弱まったように思える。閾値を超えた狂気は収まった。

 で、あれば亜衣里さんとしても、俺の確保に固執する理由はない。何より朱里と命のやり取りをして、敗北したばかりか情けをかけられているのだ。主の望む唯一ではない以上、その事実を無下にしてまで反意を示すとは思えない。ならば本当に、別の思惑を含んでいるのかもしれないが、けじめとして体での支払いをするつもりなのだろう。


「わかったよ。でも本当に、そういうのはいいから。気持ちだけ貰っておく」


 浮気はいけません。ダメ、絶対。

 言外にそう伝える、が、亜衣里さんに引く気はないらしく。


「四条様、ひとつ世の真理というものを教えて差し上げましょう」


「そのセリフに真理が続いた試しはないと思うんだが……」


「バレなければ、浮気にはならないのです」


「やっぱりだよ!」


 完全に浮気野郎の言い分である。

 このようにだけはなるまい、と俺は心に深く誓う。


「巷では、先っぽだけなら問題ないとの見解もございますし」


「いや、駄目だからね? 完全にアウトだからね?」


 世の中で最も信用できない言葉まで持ち出してきた。まずいな、このままでは問答無用で喰われてしまいかねない。

 思い至る。そこまでして俺に身を差し出そうとするのは、おそらく主人の処遇を案じてのことなのだろう。現状、詩莉さんの生殺与奪は朱里が握っていると言っても過言ではない。流石に積極的に殺したりはしないはずだが、どのように扱うかは女神様の沙汰次第であった。


「打算がないとは申しません。ですが、謝意も確かにあるのです。ほら、私さえ黙っていればバレませんから。気持ちよくなりましょう? 私、自信ありますよ?」


「やめて。その手の上下運動やめて」


 急に口調を砕けさせ、卑猥な手の動きをする亜衣里さん。並の男ならここで陥落してしまうのだろうが――いや、待てよ。

 いい機会だ。ここはひとつ、試してみるとするか。

 周囲を見回し、出入りのドアの配置を確認する。うん、大丈夫だろう。


 仰向けの姿勢のまま、両手を亜衣里さんの後ろに回す。そしてスカートの上から、その形のいい尻をがしっと鷲掴んだ。

 八十四。ほどよい弾力と大きさが手に馴染む、いい尻だ。成熟した女性特有の、硬すぎず柔らかすぎず、ずっと触っていたくなるような、中毒性のある尻。

 最近は十代の瑞々しい尻と接する機会が多かったため、少し新鮮だ。せっかくなので存分に堪能しておこう。


「あら、その気になりました? じゃあ――」


 俺は知っている。どう転ぼうとも、俺にそんなおいしい展開は訪れないということを。

 腰を浮かせた亜衣里さんが、スカートの中に手を入れる。するすると黒い下着が下げられ――。


 次の瞬間、派手な音とともにドアが内側に吹き飛んだ。

 予想どおりの、女神様の来訪である。


「冬馬君! 何して――あれ?」


 ためらいなくドアを〈破壊〉した朱里が、豆鉄砲を喰らったような顔でこちらを見てくる。その視界に映るのは、ベッドに寝そべる俺と、その傍らで直立不動している亜衣里さんの姿だ。

 衣服の乱れなどなかったかの如き、いつもの凛とした佇まいである。一瞬の早業であった。


「おや、慌ててどうされました? 随分と大胆な入室ですね。新しい競技か何かでしょうか?」


 微笑を携えた亜衣里さんが、しれっとそう宣う。エクストリーム入室ってか。入賞は間違いないな。


「えっと……ごめんなさい、なんでもなかった」


 どこか腑に落ちない顔で、戸惑う様相の朱里。その態度から、俺はひとつのことを確信する。


 亜衣里さんと事に及ぼうとした途端に、それを阻止しようと現れた朱里。そう、タイミングが良すぎる。

 先ほど詩莉さんに襲われていた時も、凛子の時も、まるで計ったように朱里は助けに現れた。俺の行動など、露知らぬはずなのに。


 ()()()()()()

 俺はそう感じた。朱里には、どこの誰かはわからないが、ギフテッドの協力者がいる。それも俺の行動を逐一、リアルタイムで把握できるような強力なものだ。

 監視、観察、追跡、といったところか。あいにくと心当たりはないが、どこかで俺と接触しているはずだ。俺の気づかぬうちに。

 朱里の独自の伝手だろうか。その可能性ももちろんあるのだが、俺はなんとなく、そいつは俺たちのすぐ近くにいるような気がした。今回のハーレムに、そいつは深く関わっている。

 確証はない。まだ判断材料が足りない。あるいは、何か根本的な見落とし、勘違いをしている。もう少しで届きそうな、そんなもどかしい感覚。


 まぁ、今はそこまででいいだろう。協力者の件は頭の片隅に留めておく。差し当たっては、今回の顛末をまとめなければ。


「ちなみにその扉ですが、安く見積もっても十万円は下らない代物でございます」


「え゛」


 淡々と述べる亜衣里さんの言に、朱里の顔が凍りつく。一介の高校生には過ぎた金額だ。

 玄関の広間の方が大変なことになっているが、そちらは俺の救助のためという名目が成り立たないでもない。だがこちらは朱里の早とちりという体になるため、弁済義務が生じてもなんらおかしくはない論法であった。


「え、えっと……」


「冗談です。この程度、構いませんよ? 今回は相模様にも、大層ご迷惑をおかけしましたからね」


 微笑を崩さない亜衣里さんだが、言外に滲ませる意図は明白だ。詩莉さんの処遇について、便宜を図れということだろう。

 もしや、最初からこの展開を想定して俺に迫ったのか、この人? 結果どっちに転んでもいいわけだしな。全くもって恐るべきメイドさんである。


 そういえば、その詩莉さんはどうしたのか――と思っていると。

 風通しの良くなった入口から、ちょうど姿を見せてきた。


「朱里様ぁ、おいていかないでぇ」


 現れるなり、がしっと朱里の腰にしがみつく詩莉さん。うん、平常運転だな。瞳に浮かぶハートマークが見える。

 心なしか、俺に対するよりも感情が高まっている気がするのだが……。


 ちくりと胸を刺す感覚。

 え、何これ。嫉妬?

 いやいや、違うから。離れてくれて万々歳だから。

 ただちょっと、自分にだけ懐いていた子犬が実は他の奴にも尻尾を振っていたのを見たような、そんな微細な感情が生じないでもない。

 べ、別に寂しいわけじゃないんだからねっ。

 

「詩莉さん……様づけはやめてって言ったよね?」


 うんざりした表情で、朱里が辟易を示す。だがしがみつく詩莉さんを剥がさないあたり、そこはもう諦めているのだろう。その気持ちは良くわかる。何をしても喜ぶからな、この人。何もしないのが最も懸命だ。


 例えば、


 離れるよう叩く→「あん、痛い。もっと叩いてぇ」


 この変態が、と罵倒する→「ありがとうございますっ、私めは卑しい雌犬でございますっ」


 冷たい目で見下ろす→「あっ、いい……背中がゾクゾクします……もっと蔑んでぇ」


 といった具合だ。


 なお、無視していても「放置プレイですねっ。きゅんきゅんしちゃいます! ひとりで慰めてもいいですかぁ?」となるので回避しようがないのだが。


 もしや今、俺は最大の理解者を得たのではないだろうか。被害者の会の会員とも言えるが。


「却下です。ご主人様を呼び捨てなんて、できるわけないでしょう?」


「……もうため息すら出てこないよ……」


 にべもなく朱里の提言というか懇願は切り捨てられた。

 諦めの境地が見える。諦めたら試合終了とはよく言うが、世の中には終わらない試合というのもあるのだ。


 そして朱里の、詩莉さんに対する敬語も失われていた。最早逆立ちしても裏返しても、敬意など欠片も出てこないからな……。


「あ、冬馬様。冬馬様までいるなんて、ここは天国なのですか?」


「俺たちには煉獄にしか思えないんだがな……」


 朱里と視線を合わせ、二人して嘆息する。シンクロ率はばっちりだ。汎用人型決戦兵器でダンスができるに違いない。

 できればそのまま昇天して、戻ってこないでほしいものだ。


 まぁ、つまりは。

 そういうことである。

 これを解決と言ってしまっていいものなのかは甚だ疑わしいのだが、詩莉さんの執着対象が増えたことにより、今回の暴走は治まった。女神様の裁きもいらない。罰を与えるだけ、何故かこちらが疲弊するのだから。

 円満解決である。遺憾の「い」どころか「ん」まで表明したかったが。


 言葉にせずとも、伝わっているのがわかる。

 今回は、これで終わり。

 それが俺と朱里との、共通認識であった。


「お二方とも、今後ともよろしくお願い申し上げます」


 深々と頭を下げる亜衣里さんに、俺たちは何度目かわからないため息を合わせるのだった。

 

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