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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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VSコンバート?

千切り壊せ(ティアリング)!」


 朱里が選んだのは、広範囲を千々に引き裂く攻撃だ。その分威力は下がってしまうが、単発では「現象崩し」を持つ亜衣里さんに無効化されてしまうし、展開も速い。そして低威力とはいえ、一撃でも当たれば亜衣里さんの機動力を大きく削ぐことができる。正しい選択に思えた。


 だが、亜衣里さんの反応速度はそのさらに上をいく。〈破壊〉の起こるポイントを瞬時に見極め、最小限の動きで障害となる攻撃だけに斬撃を見舞い、無効化していく。同時に隙を見つけては前進し、ついでとばかりにどこからともなく取り出した暗器を投げつけてくるのだから、恐ろしいにも程がある。きっと前職は、博多で殺し屋でもしていたのだろう。人口の三%がそうらしいし。


 ちょうど、凛子の時とは立場が逆になった。手数で押していく朱里と、それをひたすら捌いていく亜衣里さん。ただ異なるのは、微かな痛痒すら亜衣里さんには与えられていないということ。むしろ朱里の方が、時折飛んでくるナイフを避けきれずにいた。治癒して幾ばくも経たぬうちに、また朱里はその肢体を赤く濡らす。それは地力の差が出た結果であった。


 このままではジリ貧だ。いずれ亜衣里さんの刃は、再度朱里まで届く。朱里もそれはわかっているだろう。どこかで局面を変える必要があった。


 また一つ、小ぶりのナイフが飛んでくる。それを朱里は、あえて避けようとはせずに。


「っ!」


 ずぶりと脇腹に刺さる刃。苦悶の表情を浮かべながら。

 僅かに得た時間。回避に費やすはずだった、その刹那のうちに。

 組み上げたイメージを、展開する。


「むっ――」


 対象は亜衣里さん――の周囲一帯、大理石で組まれた床面だ。ぼこぼこと人間大の穴が幾つも開き、さしもの亜衣里さんもバランスを崩す。


「壊れろっ!」


 そこに叩きこまれる、朱里の連撃。足場の心許ない亜衣里さんは踏ん張りが効かず、崩れた姿勢で攻撃を捌くだけで手一杯となる。たまらず押し込まれ、その片方の手が床に付く。

 それを見逃さず、放たれる横槍の一撃。

 バキン、と。

 根本から音を立て、刃が折り壊される。


「くっ――」


「まだだよっ!」


 好機を逃す朱里ではない。立て続けに〈破壊〉を打ち込み、亜衣里さんを追い詰めていく。

 単純に手数の減った亜衣里さんは、防戦一方となった。襲い来る衝撃を散らし、逸らし、されど徐々に打ち漏らしが出てくる。それでもまだ、致命となる一撃を受けていないのは流石であったが。


圧し壊せ(プレッシャー)!」


 隙を突いた上段からの大圧力に、残る一太刀も砕け散る。余波が抉れた石床を叩き、舞い飛ぶ瓦礫が亜衣里さんに裂傷を見舞う。瀟洒なメイド服は見るも無残に擦り切れて、あちこちを赤く染め上げた。

 膝を突き、肩で息をする亜衣里さん。そこにはもう、いつもの余裕は感じられなかった。


 これで終幕だろう。いくら基礎能力が高いとはいえ、ギフトの補助なしに朱里と渡り合える道理はない。

 朱里も無傷では済まなかった。特に脇腹に受けた一撃が心配だ。赤く滲む傷跡は痛々しく、今すぐどうということはないが、また蓮さんのお世話になる必要があるだろう。

 と、そこで。


 風景に違和感を覚える。わかりやすい構図。痛手を受けながらも、勝利を手にした朱里。難敵を下し、相手は満身創痍。互いに全力で相対し、疲弊した両者。場違いな嬌声を上げ続ける俺。何かが、おかしい。

 傷の具合を確認しようと、朱里の視線が下を向く。

 瞬間。


 警告を発しようとして、しかし続く責苦にそれは能わず。

 何故――亜衣里さんは、そんなに疲弊している?

 人並み外れた体力を持つ亜衣里さん。彼女自身は、致命傷を受けてはいない。ただ、今ある武装を失っただけだ。ならば。

 その様は、演技に他ならない。


 予想は的中する。朱里の意識が外れた瞬間、亜衣里さんはサッ、と上方を見据え。

 伸ばした腕の袖口から伸びるのは、楔の付いた鋼糸だ。それが吹き抜けの天井に位置する豪奢なシャンデリアへと絡みつき、一瞬のうちに彼女の姿が掻き消える。


 揺れる照明の金属音に朱里が視線を戻す、が、遅い。

 次の瞬間には、シャンデリアを足場とした亜衣里さんが朱里の間近へとワイヤーを射出していた。


 瞬間移動が如く、朱里の眼前に着地する亜衣里さん。その両腕には、いつの間にか新たなアサシンブレードが現れている――まだ予備を隠していたのか!


 斬撃が交差する。回避する時間などない。

 振るわれた刃に、朱里の体が大きく吹き飛ぶ――いや。


「かっ――はっ!」


 勢いよく壁面に叩きつけられた朱里が、赤い塊を吐き出す。そのまま前のめりに崩折れ、ずに踏み留まる。

 間一髪、朱里は自分にベクトルを向けて〈破壊〉を行使していた。その衝撃に推進力を得て、致命となる斬撃から逃れたのだ。

 だが、その代償は決して軽くはない。


 血反吐を撒き散らし、それでも朱里は倒れない。虹彩を失ってなお、その瞳は前を向く。

 ヒューヒューと漏れる、か細い呼吸音。肺を損傷しているのかもしれない。ガクガクと小刻みに震える両足。立っているのすら辛いはずだ。

 もういい。もう充分だ。立ち上がるな。そう叫ぶことさえ、俺にはできない。


「……正直、感心しております。よくぞまだ、倒れないものです」


 敵方の亜衣里さんから送られる賞賛の声。そうだ。よくやった。もう俺に構うな。だって、俺は、お前に――何も、返せない。

 だのに。

 朱里は、折れない。

 鋼鉄の女神は、その意思は、砕けない。


「やはり引きませんか。ですがその様では、もう満足には動けないでしょう」


 亜衣里さんの言うとおりだ。もう機動戦はできない。縦横無尽に高速で動き回る亜衣里さんを、震える足では捉えきれない。

 どう贔屓目に見ても、チェックメイトだ。


「終幕です。どうぞ、ごゆるりと――」


 お休み下さい、と亜衣里さんは一礼する。

 それは、好敵手に向けた敬意の表示。

 地を蹴り、低い姿勢で突貫する。


「――、だ」


 掠れた朱里の声。


「まだっ! 冬馬君は! 私が守るっ!」


 残る気力を掻き集めた、最後の抵抗。

 それも無為に終わる。朱里のどんな攻撃も、「現象崩し」の前には打ち消される。

 見るのが辛い。でも、せめて見届けなければ。

 どうせ、俺も終わるのだから。


……

…………

――――――――!?


「なっ――!」


 俺と、亜衣里さんの。

 驚愕が重なる。

 轟音が響く。およそ人が発したとは思えぬ、それは何者かの断末魔。

 合わせて掻き消えたのは――朱里の姿。


 轟音が鳴り止む。

 同時にパリン、と割れるのは、「現象崩し」、その片方の先端。

 その遥か向こうで、いつの間にかそこにいた朱里がこちらを振り返った。


「――あれ。外しちゃった」


 血の気の失せた顔で、女神が薄っすらと笑う。

 ぞくりと。

 何か、立ち入ってはいけない禁忌に踏み込んだような――そんな怖気に襲われる。

 朱里は――何を、したんだ?

 

 相模朱里。桃色の女神。

 彼女にできるのは、ただ一つのことだけだ。

 壊す。以上。

 では朱里は、今、何を壊した?


 結果だけを見れば。

 朱里の立ち位置が、一瞬にして置き換わった。

 高速移動。瞬間移動。転移。置換。短距離転移。

 どれも違う。似ているが、違う。朱里の移動は地続きであった。それは速度という概念から外れたものだ。


 壊したのだ。朱里は。

 この――空間そのものを。

 (おぞ)ましき怨嗟は、空間の壊れる音。本当の「無」となった領域の辻褄合わせに。

 空間が繋がり。

 疑似転移が成されたのだ。

 その証左に。

 俺と彼女たちとの距離は、先ほどまでよりも縮まっていた。


 突発的なギフトの成長。それは強烈なインスピレーションによって引き起こされる。

 おそらく朱里は、亜衣里さんの瞬間移動と見紛うほどの高速機動に着想を得て、これを思いついたのだろう。恐るべくは、それをただの一度で成功させる朱里のセンスだ。


 こと、ここに至って。

 最強は最速を兼ね備える。

 そう、言わば。



 相模朱里に、距離はない。



「もういっ、かい」


「――っ!」


 朱里の呟きに、身構える亜衣里さん。しかして、それを防ぐ手立てなどない。

 それは同時なのだ。消えると現れるが、完全に同義となる。

 故に。


 開いた朱里の右手に、あたかも初めからそこにあったかのように、亜衣里さんの大きな胸が鷲掴まれる。

 それを、認識できたかどうか。


爆ぜ、壊せ(バースト)


 破壊の波が、奔流となって亜衣里さんの全身を包んだ。













 



 衝撃に意識を失い、ゆっくりと倒れる亜衣里さん。その体を朱里は優しく支えた。

 当然のように全裸である。凛子の時といい、この対処がデフォなのであろうか。

 まぁ、とは言っても亜衣里さんの場合は。


 次いで、カラン、カン、キン、と幾多もの金属音が響く。ナイフ、ダガー、チャクラム、ワイヤー射出装置などなど、亜衣里さんが服の中に隠していた暗器群、その残骸が床に跳ねる音だ。

 そう、亜衣里さんの場合は、全裸に剥いてしまわなければ安心できない。もしかしたらまだ隠しているかもしれないので、是非調べさせてほしかったが、今の俺にはそんな自由はないため残念ながら諦めた。


 なお。

 激しい攻防の最中、俺はよく耐えた。吹き飛びそうな自我を辛うじて繋ぎ、(とど)まることを知らない詩莉さんの責苦に耐えた。

 うん。よく耐えた。

………………。

 うん。嘘だ。とっくのとうに快楽に屈し、何度も限界突破している。無理だった。やっぱり勝てなかった。

 でも大丈夫。ケフィアだから。大丈夫。泣きたい。


 そして綾女のお嬢様は、未だ周囲の騒動には目もくれず、嬉々として俺を打ち据えていらっしゃる。これはもうアレだ。完全に新たな世界に目覚めている。いったいこの人は、その身の内にどれだけの可能性を秘めているというのか。

 ずらりと並ぶ扉だらけの部屋で佇む詩莉さんの姿を幻視して、俺は深くため息を吐いた。実際に出たのは掠れきった喘ぎだったが。


「冬馬君、だいじょう――」


 待ちに待った女神様は、俺の無事を確かめようとして、そこで言葉と歩みを止めた。

 血を失い青みがかっていた顔が、また違う意味で暗く、深みを帯びていくのを俺は見た。

 無理もないだろう。激戦を制し助けに来た相手が、得も言われぬ顔をしてビクンビクンと痙攣しながら恍惚の声を上げているのだから。いっそ血塗れの瀕死状態の方が、どれだけよかったことか。少なくとも絵にはなる。

 ああいや、心は確かに死んでいるが。


「あら、朱里ちゃん? どうしたんですか?」


 ここにきてようやく、詩莉さんが朱里の存在を認識する。だがもちろん、俺を叩く手は止まらない。


「あ、もしかして冬馬様を奪いに来たんですか? 駄目ですよ、もう私が先にぶべぇ――!」


 朱里さん、無言で〈破壊〉。斜め下から顔面に衝撃を受けた詩莉さんが宙に吹き飛び、もんどり打って床に激突する。フィギュアスケーターもかくやという綺麗な三回転ループだった。着地が顔面からなので点数には期待できないが……大丈夫か、あれ?

 あ、いつもの変態顔でピクピク震えてるから大丈夫だな。鼻血を流しながらの恍惚の眼差しは、そのうちにおかわりを要求してくるに違いない。ともあれ。


 ようやくだ。ようやくにして、俺は解放された。何度も諦めかけたが、尊厳とか挟持とか色々大切なものを失ってしまったが、辛うじて自我を残すことができた。快楽に溺れた廃人にはならずに済んだ。

 それも偏に、朱里のおかげだ。感謝の念を示したいのだが、未だギフトの効力が解けていないため、言葉が手繰れない。それでもなんとか、意思を伝えようとして。


 朱里の、能面のような顔が目に入る。

 冷ややかな、見るもの全てを凍らせるような眼差し。

――ん?


「冬馬君――――楽しそうだね?」


 あ、そう見えます? 

 誤解です。違うんです。確かにめっちゃ気持ちいいんだけどそれは俺の本意ではないといいますか、抗いようのない快楽の波が有無を言わさず襲ってきてでも俺は頑張ってそれに耐えて待って待ってちょっと待って、一端落ち着こう? な?


「私、お邪魔だったかな?」


 そう言って。

 にっこり笑顔で、すっ、とこちらに掌を向ける朱里さん。

 女性とは十種類ぐらいの笑顔を使い分けることができるものだとは、確か親父の弁だったか。

 あ、うん。駄目だわ。これアカンやつや。まだ解放されてなかったわ。


 空気が震える。その変化を如実に感じる。

 言わずもがな、朱里のギフトが発動する前兆であり。

 俺にできたのは、自己の不遇を呪うことだけだった。


撫で壊せ(ストローク)


「アーーーーーーーーーッ!!」


 言葉のとおり、押し撫でるような衝撃が俺を襲う。今までで一番大きな快楽。耐えられるはずもなく、俺は絶頂のままに意識を手放す。

 すぐに同じ衝撃が腹を打ち、強制的に覚醒する。そしてまた沈む。その繰り返し。エンドレス。

 天にも昇るとは、正にこのことであろう。というか実際に浮いていた。角度と威力を調節された朱里のギフトにより、俺の体はまるでお手玉のように宙空を舞い、落ちては舞い、地上の人ではなくなった。

 断続的な快楽に脳が悲鳴を上げ、処理能力を突破する。見える。幻視だとわかっているが、目の前に大きな扉が見える。これが開ききれば、俺も晴れて詩莉さんの仲間入りだ。


 視線が増える。いつの間にやら復活した詩莉さんが、熱っぽい(まなこ)でこちらを――いや、朱里を見つめていた。


「あっ、すごっ、すごい、こんなの知らない、朱里ちゃ――朱里さまぁ」


 敬称がやばい。汎用型十八禁の本領発揮。本日二つ目の新たな扉が開いた瞬間であった。


「私にもぉ」と朱里の腰にしがみつく詩莉さんに、望みどおりの連撃が加えられる。女神のにこやかな微笑の先で、俺たちは二人仲良く空を舞った。終わらない嬌声を上げながら。


 深淵に覗く狂気の戯れ。

 この場面には、そんなタイトルがつくことだろう。某魔法少女アニメに出てくる、無表情なマスコットの名ゼリフが頭を過ぎる。

 俺は理解を諦めた。ほんとに、どうして、こうなった……?






 そうして。


 女神様の気が済むまで、俺たちは空の住人となるのであった。


 


 


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