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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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メイドと女神

「なんとか、間に合いましたか……」


 駆け寄る足音とともに聞こえるのは、そんな安堵の声だ。

 何が起きたのか。思考を整理する。いやできない。

 そんな場合ではない。


「冬馬様、大丈夫でしたか――って、あら?」


「〜っ、〜っ、〜っ!」


 身悶えながら、必死に感情を抑える。少しでも気を抜けば、あられもない表情を晒してしまうのは必至だった。あ、駄目だ。抑えきれない。

 せめてもの抵抗で、うつ伏せになって顔を床に押しつける。無様な限りだが、こんな顔を衆目にするのに比べれば遥かにマシだ。そうしてようやく、思考を紡ぐ。緩みきった顔で。


 考えるまでもない。詩莉さんの〈変換(コンバート)〉だ。階段を転げ落ちる寸前で、俺を対象としてそのギフトが行使された。おかげで滑落による深刻なダメージは避けられたのだが。

 やはりというか、その代替効果は「快楽」に設定された。文句を言うべきではないのだろう。命を助けてもらったのだから。いやでも、元を正せば詩莉さんのせいだよな? 感謝か非難か迷うところだ。


 ともあれ。

 その効果は、流石はシングルというべきものであった。落下の痛みは元より、足を抉った創傷からも、一切の痛みが消え失せている。蓮さんの〈再生〉には及ばないまでも、充分奇跡の範疇に数えられる治癒効果だ。

 問題なのは、その代替である。


 はっきりと言おう。天にも昇るとは、正にこのことだ。

 一切の抵抗をやめてしまいたくなる。この身全てを委ねて、手放してしまいたい。その瞬間、俺はもう一度ボトムを履き替える羽目になるので、最後の理性で押し留めているが。

 こんな感覚を知ってしまっては、詩莉さんのようになってしまうのも頷ける。より深い快楽を求め、底なし沼にはまること請け合いだ。

 詩莉さんにとっては、それが俺から受ける痛みなのだろう。上質の痛み。性質としては、もはや麻薬に近い。この快楽を得るためならば、確かになんでもしてしまいそうだ。


 横目で詩莉さんを窺う。予想外の緊急事態に、どうやらその狂気は一旦ひっこんでくれたように見える。


「あの、冬馬様? 聞こえてます?」


 聞こえてますが、反応できないんです。もうしばらくそっとしておいてください。後生ですから。って、なんでちょっと目がキラキラしてんの?

 あ、待って。近づかないで。それ以上こっちこないで。やめて。顔覗きこまないで。なにその指。なにするのやめて――


「つんつん」


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛〜〜〜っ」


「あら? あらら?」


 もがきのたうち回る俺を見て、さらに瞳の輝きを増していく詩莉さん。ほんの少しの刺激でも、今の俺にとっては快楽の波となる。ほんとやめて。出ちゃうから。出しちゃいけないもの出ちゃうから!


「ばしーん」


「アーーーッ!!」


 駄目だ。もう無理。抑えられない。なにこのプレイ?

 どうやら新しい性癖の扉を開きつつある詩莉さんに、その手を止めるつもりはないようで。

 爛々と星を宿す瞳と荒い鼻息に、俺は神と運命を呪った。


……もういいや。諦めよう。全て受け入れて、性奴隷として惨めに生きていこう。

 そう、後ろ向きに決意して。

 下半身の制御を手放す、その刹那。



 どんがらがっしゃん!

 とでも形容するような、派手な音が鳴り響き。

 正面玄関の扉が、大小様々な破片となって弾け飛ぶ。

 崩れ、壊れる。


「冬馬君っ!」

 

 切迫した様子で叫ぶ、その声は。

 瓦礫を圧しのけ、駆けてくる彼女は。

 本当にギリギリに現れた、桃色の女神。


「冬馬君、無事っ? ――って」


 横たわる俺の姿を目にし、安否を問うてくる朱里。

 だが。


「えい、えいっ」


「うお゛う! ゔぉう!」


 それを意に介さず、俺を攻め続ける詩莉さん。自分の世界に入りすぎて、闖入者の存在に気づいていない。

 限界はとうに越えていたが、ようやく現れた待ち人に、俺はもう一度気力を振り絞る。


「……なに、してるの?」


「たす、あっ、助けっ、うあっ!」


 嬌声を上げながら、必死に救助を願う。もうなりふりなど構っていられない。

 しかし緊迫の色を帯びていた朱里の表情は、すーっ、と急速にその温度を下げていく。

 さもありなん。傍からは、どう見ても特殊なプレイの真っ最中にしか思えないだろう。


 冷ややかな眼差しとなった朱里さん。その不意を突くように、鋭く空を切った銀嶺が切迫する。

 警笛を鳴らそうとして、できずに、しかしその必要はなかった。

 視線すら向けずにいたのに、飛来する凶刃は朱里に刺さる寸前で、嘘みたいに粉々に砕け散る。予備動作すらない、異能の行使。万物を破壊せしめる、朱里の規格外のギフト。

 その性能は、凛子との対峙を経てますます磨きがかかったように思える。文字どおりの千刃を相手取った朱里に、ただ一振りの刃など届きようはずもない。


「お客様、アポイントはお持ちですか?」


 奇襲の失敗に、されど気にした風もなく、亜衣里さんが慇懃な微笑で朱里に問いかける。お楽しみ中の主人の邪魔をせぬよう、路傍の石に徹していた気配が、ここにきて濃密な圧力をもって放たれていた。

 問いの隠喩は明白だ。ぶぶ漬けの定例に近い。換言するに、「部外者はお引き取り下さい」との勧告である。

 

「誰? あなた」

 

 俺ならば即座に尻尾を巻いて退散しそうな剣幕だったが、朱里は物怖じひとつせずに質問で返す。その胆力はもはや女子高生の域にはなかった。

 周囲の空気がビンビンに張り詰めていくのがわかる。逆らってはいけないタイプ同士は、どうやら相性が最悪のようだ。なお、俺の方はビクンビクンと張り詰めている。ほんとに限界なのでなるべく早くしてほしい。


「生憎と、無法者に名乗る名は持ち合わせておりませんで」


「いきなり刃物を投げつけてくる人が、法を語るの?」


「おや、これは異なことを。法の庇護とは、万人に与えられるものではありませんよ?」


「――っ」


 投げつけたナイフが如き、鋭い指摘が朱里を突き刺す。綾女の万能メイドさんは、朱里たちの身辺調査も済ませているようであった。

 指摘のとおり、朱里は祝福省への届け出をしていない、未登録のギフテッドである。故に現行法の全ては朱里を対象とせず、彼女はその恩恵を受けることができない。その逆もまた然りなのが、悩ましい点ではあるのだが。


「……上流階級の家の割に、卑しく人のことを嗅ぎ回って。プライバシーの侵害だよ」


「重ねて申し上げます。あなた様に、そのような権利は存在しません」


「〜〜〜〜っ」


 再びの皮肉に、言葉に詰まった朱里の顔が羞恥に染まる。そのへんでやめてあげてほしい。俺も身に沁みてわかったが、口先で亜衣里さんに勝つのは至難の業である。


 遅れてそれを理解した朱里が、実力行使に移る――前に、亜衣里さんが動く。

 両手を軽く振り、その袖口から伸びるのは一対の刃。アサシンブレードというやつだろう。いったいこの人は、どれだけの暗器を隠し持っているというのか。


 それでもただの人の身で、シングル、それも朱里を相手取るのは難しいはずだ。俺が今まで出会った中でも、朱里は間違いなく最強のギフテッドである。真正面からの正攻法ならば、おそらく親父よりも強い。

 何しろ、その圧倒的な威力の〈破壊〉の前では、あらゆる防御が意味を成さないのだ。故に対抗策は、回避一択。だのに射程も長く、最近になって無拍子まで覚えたのだから、手のつけようがない。

 そしてさらに恐ろしいのが、正確無比なるその精度である。

 ミリ単位での範囲設定を瞬時に行うセンスは脱帽どころか脱衣ものであったし、綺麗に衣服のみを削いで丸裸にされた凛子を目の当たりにした時など、思わず両玉とも玉ヒュンしてしまった。

 天性の才能に加え、鍛錬も怠らず。神のエコ贔屓はここに極まれり。言わば、天才が秀才を兼ね備えているようなものだ。誰がそんな存在に勝つるというのか。


()っ――」


 現出させた刃を下方に構え、亜衣里さんが朱里に肉薄していく。朱里のことを調査したなら、その驚異は充分に理解しているはずなのだが。

 そこに恐れや怯えは見受けられない。勝算がある?


突き壊せ(ピアッシング)


 彼我の距離が詰まる中、当然ながら朱里の迎撃が放たれる。槍で穿つような〈破壊〉の衝撃が、空間を震わせて縦断する。

 流石に殺してしまわないよう、威力は抑えてくれているとは思うが、当たればもちろんただでは済まない。回避できるのか?


 しかし対する亜衣里さんは、回避の素振りも見せず、あろうことか構えた二刀を振りかぶる。瞬間、喘ぎも忘れて俺は目を見開いた。

 

 アダルティーな黒の下着が見えたからではない。それはそれでフォルダに保存したが。

 ()()()()()。俺にはそう見えた。振るった刃が〈破壊〉の波にぶつかり、四散させた。


 同じく驚愕を示す朱里。お構いなしに、亜衣里さんは歩を進める。返す刃の一刀は、もう朱里に届く――!


「――っ!」


 (すんで)のところで大きく飛び退り、間隙なく小規模の〈破壊〉を撒き散らす朱里。無理に追撃せず、亜衣里さんも一度距離を取る。

 一拍置いて、はらりと落ちるのは朱里のプリーツスカートだ。ピンクと白の縞模様が丸見えになるので、こちらも脳内激写しておく。そういえば縞ぱんフェチ疑惑を否定するのを忘れていた。無論、嫌いではないが。

 当の朱里には、羞恥を表す余裕はないようだった。それも無理はない。その事実は、あと数ミリで自身の体が切り裂かれていたことを意味していた。


 なお、二人の攻防の最中にあっても、詩莉さんは手を休めてはくれない。というか未だに気づいていない。仕方ないので、喘ぎながら思考を纏める。

 ありえない事態が起こっていた。いや、現実から目を背けても意味はない。常識や定石など、ギフトの蔓延るこの世界では容易く覆ってしまうのだ。

 そう、ギフトだ。ギフトに対抗するには、基本的にギフトを用いるしかない。黒髪黒目の亜衣里さんだが、実はギフテッドだった? 俺のように? あるいはいつぞやの偽記者、〈エロ同人みたいに(ポルノワークス)〉都築円香のように、ウィッグやカラコンで色彩を偽っている?

 たぶん違う。相殺、無効化、切断、吸収、どれも〈ポルノワークス〉とは異なり、人に憚る類の能力ではない。それなら詩莉さんは教えてくれているはずだ。だから。


 彼女にギフトの恩恵を与えているのは、外部要因。十中八九、あのアサシンブレードそのもの。

 それを成すギフトについて、俺たちは嫌というほど知り得ていた。


「……凛子ちゃんは、あとでおしおきだね」


 俺と同じ結論に至った朱里が、そんな怖いセリフを宣う。まぁ、確かにルール違反ではない。武器供与の罪が確定した凛子であるが、直接俺の不利益となる行動を取ったわけではない。判定はグレーだ。

 そもそもが敗者による他のメンバーへの協力は禁じられていなかったし、「勝手にもっていかれたんですぅ」とでも言われれば、思惑はどうあれ真偽は闇の中だ。

 ただし、朱里にその言い訳は通じないだろう。脳裏に浮かぶのは、またしても全裸に剥かれて〈破壊〉によるお尻ぺんぺんならぬお尻バゴォン! ズゴォン! の刑に処される凛子の姿だ。逃げるなら今のうちだぞー。


「おや、気づきましたか。今ので仕留められるとよかったのですが」


「流石にね。資産家の財力にものを言わせたのかな?」


「まさか。そんなものに靡く方たちではないのは、あなた様が一番よくおわかりでしょう?」


 再び仕掛ける隙を見定めながら、亜衣里さんが淡々と言葉を続ける。


「冥土の土産に教えて差し上げましょう。紗都美様とは、お嬢様が四条様を手に入れた暁には、週に一度貸し出す契約を結びました」


 世にも珍しいメイドの冥土の土産である。そして俺の扱いが、予想していた以上に酷い。

 

「冬馬君はモノじゃないんだけど」


「同じ条件で、お嬢様があなた様につくと言っても?」


「………………あ、当たり前でしょう? 私は冬馬君の意思を尊重するよ」


 朱里さん? 沈黙長くないっすか?

 

「と、とにかく。大人しく降参するなら、見逃してあげるけど?」


「そのままお返ししましょう。この「現象(フェノメノン)崩し(·ザッパー)」の前には、あなた様の異能とて意味を失いますので」


 また面倒なものを作ってくれたものだ。正に朱里のギフトを狙い打ちしたその効果は、亜衣里さんの技能と組み合わさることによって、天敵と呼べる性能へと昇華していた。

 俺が使ったところで、朱里の手数に追いつかずにあっさりとやられてしまうのがオチだが。

 卓越した運動能力を誇る亜衣里さんが握ることで、最早その存在は戦闘特化のギフテッドと遜色ないレベルと化している。親父なら即、祝対にスカウトするに違いない。


「平行線だね」


「そのようで」


 空気が再び、両者の放つ敵意でピリピリと震え。

 第二幕が開帳される。


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