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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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あとしまつ、そして

 後始末は、なかなかに大変だった。

 凛子のお漏らし土下座の後、俺は広い空間に投げ捨てられた銀色の鍵をなんとか探し出し、適当な場所でそれを捻った。するとあっという間に虹色は収束し、元の黴臭い倉庫部屋へと戻ることができた。どうやら身に着けているもの以外は「向こう側」に置いていかれるらしく、刃の残骸も、豪奢なベッドも、凛子の作った水たまりも、こちら側に現出することはなかった。


 問題はその後だ。

 無事、現実世界に帰還したことが確認できると、朱里はぷつんと意識を失ってぱたんと倒れた。張り詰めた糸が途切れるように。

 そもそもが、あれだけの傷を負って普通に動いていることがおかしかったのだ。肉体の限界などとうに通り過ぎ、気力だけで立っていたのだろう。危険な状態かもしれない。

 凛子はといえば、あまりの恐怖故か、土下座の姿勢のまま白目を剥いて涎を垂らしていた。全裸で。他にも鼻水やら汗やらで大変なことになっており、とてもではないが人様にお見せできる状態にはなかった。流石の俺も、丸出しの尻を凝視するのが憚られたぐらいだ。こちらはこちらで、色々とやばい。


 スマホを取り出し、当たり前のように電波が通っていることに安堵すると。俺は急いで蓮さんに連絡を取る。すると幸運なことに、今日は用事があって学園まで出向いているとのこと。

 ものの十数分で、こちらまで駆けつけてくれた。


「……えっと。と、とりあえず、治しますねっ」


 現場を見た蓮さんの、第一声がこれである。色々と問い質したい状況だろうに、それをせずにただやるべきことをやる、大人の対応であった。だいぶ顔が引き攣ってはいたが。本当に、毎度毎度申し訳ない。


 二人に〈再生〉を施し、朱里には俺のシャツを、凛子には応急的に薄汚れたカーテンを剥ぎ取って巻き付けてやる。対応の差は罪状によるものだ。まぁ、凛子の方はどうせ自分で服を作れるのでさして問題はないだろう。

 

 二人が目を覚ましてから、事後処理というか、簡易裁判を行った。凛子については、当然ながら満場一致でクロである。今後、どういう形であれ、今回の騒動が収まるまでは自分から俺に接触することは禁止となった。

 不満が出るかと思われたが、当の本人は蓮さんの後ろに隠れてブルブルと震えているだけだった。未だに恐怖醒めやらず、といった感じだ。〈破壊〉の嵐が全身の薄皮一枚上を撫でていったのが、よほど恐ろしかったと見える。

 さもありなん。朱里はやろうと思えば、凛子の体をぐちゃぐちゃにすることなど簡単にできたのだ。逆に本体に一切の傷をつけなかったのだから、その技量の高さは推して知るべしである。凛子も朱里を殺そうとした手前、文句など言えようはずもない。


「それでいいよね、凛子ちゃん?」


 駄目押しとばかりに朱里がそう告げるのに、凛子は千切れんばかりに高速で首を振るのであった。

 こうして、大岡裁判は閉幕となった。













「大変だったそうじゃない?」


 諸々の処理を終え、自宅に帰ってきたその日の夜。

 夕食の席にて、紫月がそう切り出してきた。耳が早いことだが、おおかた朱里がグループラインで情報を流したのであろう。女性間での情報の伝達速度を侮ってはいけない。ひとりに知られれば、それは翌日には周知の事実となっているということは往々にしてある。知らぬは男ばかりなり、である。


「まぁな。あそこで朱里が来てくれなかったら、だいぶえらいことになってたよ」


 そういえば、朱里はどうやって俺の居場所がわかったんだろうな? 休日の学園、しかも中等部の校舎の、さらに奥まった倉庫部屋の前を偶然通り過ぎるなんてことは、まずないように思えるのだが。

 不可解な現象を全てギフトのせいにしたくはないが、これもおそらくは、誰かの何かのギフトによる効果であろう。朱里たちの中に「探索」に類するギフテッドはいないはずだが、またぞろ俺の貧弱な発想力ではとても思いつかないような、突飛な解釈を実現させているのだろう。あるいは、外部に協力者がいるのかもしれないが。


「それで――どうするの?」


「……」


 真っ直ぐに俺を見据える紫月の問いかけに、俺は口を結んで黙考する。

 ここで紫月の言う「どう」とは、即ち「まだ続けるのか」という意味だ。今までなら、迷わず逃げ出していた。誰かが暴走した時点で、事態は既に解決不可能なまでに捻れてしまっている。親父を介して祝福省に連絡をつけ、休みの内に雲隠れをする――つまりは転校だ。

 ただ今回はまだ、表面的には被害は出ていない。朱里によって凛子の暴走は鎮圧され、その狂気は収まったように思える。器物の破損もなし。人的被害も、蓮さんにカバーしてもらった。そして何よりも。


 俺はもう、逃げ出したくはなかった。もう充分だ。自分を偽るのも、向けられた思いに背を向けるのも。

 意思の弱い俺は、何度も言葉にしなければならない。思いを、決意を、言霊にする。


「続けるよ。転校はしない。辛い思いもしたし、また女の子を傷つけた。たぶん、まだ何人か傷つける。でも、もう逃げるのは終わりだ。例えその結果――俺の方が終わってしまうとしても」


 真摯な思いを、裏切るぐらいなら。

 もう、それで構わない。


「……そう」


 俺の言葉を静かに受け止める紫月。

 しん、と長い沈黙が続いた。

 俺の選択に、彼女は何を思うのか。


 思えば、紫月にはいつも助けられてきた。普段は憎まれ口を叩き合っている仲だが。彼女はただひとり、俺の近くにありながらその有り様を変えなかった異性である。

 そのギフト〈短距離転移(ショートトランス)〉は、実のところ俺のために発現したようなものだ。最初のハーレムと母さんの件で心に傷を負い、自室に引き籠るようになった俺を連れ出すために。心と現実の閉ざされた扉を越えるために、紫月はギフトを発現した。

 実の両親を目の前で惨殺された時でさえ、紫月は願いを起こさなかったというのに。つまりは。


 紫月は、「死に関する思い」を抱えていない。〈デッドハーレム〉に囚われる条件を満たしていない。

 だから紫月だけは、絶対に俺を好きになることがないのだ。それは俺にとって、無条件の信頼を覚えることであった。

 ずっとずっと、俺の傍にいてくれた紫月。八回もの転校に連れ添ってくれた紫月。変わらず悪態をつくその無表情に、俺がどれだけ救われたことか。口には出さないが、その感謝の念は一入である。

 だが、例え彼女が反対したとしても、今回ばかりは俺は意見を曲げるつもりはない。いい加減に、愛想を尽かされたとしてもだ。俺はもう逃げない。元より俺の問題だ。ひとりでも、行けるところまで続けてみせる。それだけの決意を、言葉に込めたつもりだ。

 そんな俺の思いが、伝わったのかどうか。

 紫月は一つ、深い溜め息を吐いた。


「あんたがそう決めたのなら、もうあたしは何も言わないけど。でも、本当に危ない時は、ちゃんと連絡しなさいよ?」


「……あ、ああ」


 それだけ。

 本当にそれだけ言って、紫月は食事を始めた。なんやかやと、言いたいことはあるだろうに。変わらぬ仏頂面で、紫月は俺を肯定してくれた。

 拍子抜けして、ぽかんとその真っ白な顔を見つめてしまう。危機感が足りないとか、もう付き合ってられないとか、そういうことを言われるとばかり思っていただけに。


「何よ? 他になんかあるの?」


「……いや、てっきり反対されるもんだと思ってたからな」


「あほぅ。何年付き合ってると思ってんのよ? あんたはいっつも優柔不断だけど、決断が遅すぎるけど、一度決めたことだけは絶対に譲らないじゃないの」


「……そうだったか?」


 正直、迷ってばかりでそんな意図を持った覚えは全くないのだが。一番近くで俺を見続けてきた紫月は、もしかしたら俺よりも俺のことをわかっているのかもしれない。


「ただね、ヤケになるのはやめなさい。あんたに何かあったら、悲しむ人だっているんだからね?」


「……お前も?」


「え?」


「お前も、悲しんでくれるのか?」


 俺の問いに、紫月は少しだけ逡巡する素振りを見せて。


「……そうね」


 いつもの無表情に、ほんの僅かな笑みを乗せて。


「だって。あんたがいなくなったら、誰が今月の冷蔵専用ウサギを取るっていうのよ?」


 そんな冗談を、宣うのであった。


「……」


 変わらないやりとり。変わらない関係。その、なんてことない会話は。

 俺の心に、いくらかの穏やかな感情を取り戻させてくれるのだった。

 ……。

 …………。

 ………………。

 冗談、だよな?

 流石に冷蔵庫は、落とせないと思うぞ?

 

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