VSエンボディ
ばきん、と豪胆な音を立てて。
俺の行動を阻害していた、鈍色の輪っかが外される。
一息にそれを成したのは、桃色の女神。相模朱里によるギフト、〈破壊〉の行使だ。
正に、間一髪。俺の足はまだくっついている。そのことに俺は酷く安堵する。
朱里はついでとばかりに凛子のチェーンソーにも〈破壊〉をかけ、刃をボロボロにしてしまう。それに警戒したのか、凛子は大きく飛び退って距離を取った。
「冬馬君、大丈夫?」
「っ、ああ」
朱里に助け起こしてもらいながら、立ち上がる。手錠の拘束を抜けると、先ほどまでの虚脱が嘘のように、体に力が戻ってきた。おそらく、手錠に捕らえた対象の動きを抑制する効果が付与されていたのだろう。
凛子のギフトの、恐るべき所以である。現実に存在する物品の再現以外にも、特殊な効果を発揮するオリジナルを、彼女は創造し得る。その最たる例がこの虹色空間であり、親父や紫月が規格外と評したギフテッドの、本領発揮であった。
それを打ち破ったのもまた、規格外たるギフト〈破壊〉の担い手、朱里である。考えるに、彼女以外にこの異界に干渉できる存在はいなかったであろう。紫月の〈短距離転移〉なら侵入はできるかもしれないが、俺を連れての脱出は難しいはずだ。唯一の対抗馬が救助に現れてくれた。
しかし、どうやってこの場所がわかったのだろうか。今日は凛子以外、誰とも接触していない。俺の居場所は誰も知らないはずだ。偶然、この部屋の前を通りかかった? わからないが、とにかく。
助かった。スプラッタな展開は避けられた。足を切り落とされそうになる恐怖というのは、実際にそうなってみないとわからないものだ。そういった意味では、貴重な体験をしたとも言える。二度とごめん被りたいが。
正直、朱里の乱入があとコンマ一秒遅ければ、下半身がやらかしていた自信がある。色んな意味で助かった。
とはいえ、まだ完全に安心できるわけではない。この後の展開次第では、また同じ状況に逆戻りする可能性だってある。そう思うと、俺のゴールデンボールはまたきゅんと萎縮するのであった。
「凛子ちゃん? どういうつもりなの?」
そんな俺を後ろに庇うように立ち、朱里が剣呑な表情で凛子を睨めつける。なんとも頼もしい立ち姿だ。一触即発のピリリと張り詰める空気にはそぐわないだろうが、あえて言わせてもらおう。ヤダ、カッコイイ。
対して少女の影に隠れることしかできない俺は、非常に情けない。カッコワルイ。だがそれも致し方ない。今にも交戦を始めかねない超常の力を持つ二人のギフテッド。その間に割って入るなど、命がいくつあっても足りはしないのだ。
「これは明らかなルール違反だよ? わかってるのかな?」
「しゅり先輩こそ。どうして凛子とせんぱいの邪魔をするんですか? たった今、二人は永遠に結ばれるところでしたのに」
朱里の剣幕にも、なんら物怖じすることなく凛子がそう告げる。下半身が下着一枚なこともあって、その様はどこか年齢にそぐわぬ妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「そうなの?」
「い、いや――」
「あ、せんぱい酷い。今、凛子に愛の言葉を囁いて、おっぱい揉んだじゃないですか」
「そうなの!?」
「確かにちょっと揉んだな……いや待て。違うんだ。ちょっと待て」
朱里の冷たい視線がこちらに向くのに、俺は慌てて待ったをかける。このままでは俺が先に壊されてしまう。
やはり、きちんと言葉にしなければなるまい。小賢しい策略とか、誰も傷つけないようにとか、そんなことを考えるべきではなかったのだ。――いや。
それすらも、まやかしだ。俺はただ、自分が傷つきたくなかっただけだ。取り繕って、嘘を重ねて、その結果凛子をさらに傷つける事態にしてしまった。
「凛子、俺は」
伝えなければいけない。ちゃんと、俺の言葉で。傷を負って。いい加減覚悟を決めろ。
「俺は嘘を吐いた。ごめん。俺が好きなのは、お前じゃない」
鈍い痛みが、俺の胸を突く。吐き気が込み上がってくる。立ち眩んだように頭が揺れる。
俺の思い。凛子の思い。きちんと考えて、言葉を紡いだ。俺の、選択。
誰も彼もが、こんな痛みを感じているっていうのか? 耐えられるわけがない。今にも崩れ落ちそうになる。それでも。
俺は、確かな言葉にした。それはこの三年の中で――いや、人生において、初めて。
俺が、自分の意思で出した、答えだった。
「……せんぱい」
しかし、やはり。
「やっぱり、お邪魔虫がいるのがいけないんですね。本当に、邪魔な人たち。せんぱいを誑かして。早く排除しなきゃ、せんぱいが素直になれませんよね? 大丈夫ですよ? 安心してください。ちゃっちゃと、お掃除しちゃいますから」
凛子には、伝わらない。それはすでに、わかっていることだ。言葉でどうにかなる段階は、とうに通り過ぎている。
これはただのケジメだ。遅すぎるが、言葉を弄した、心を偽った俺の、今さらながらの真摯な思い。響かなくても、それは俺にとって、意味のある行いだった。
「わかったよ、冬馬君」
聞き届けたのは、傍らの女神。
「詳しい事情は知らないけど、わかった。私が叶えるよ。貴方の思いは、私が守る」
そう言って、朱里は俺に背を向ける。すらりとした体躯。されど確かな、濃密な存在感。破壊の女神が、具象の化身と対峙する。
交戦の火蓋が、ここに切って落とされた。
「邪魔なんですよっ!」
先に動いたのは凛子だ。その手中に、いつか見た黒い球体を次々と生み出し、朱里に向かって投擲する。以前と異なるのは、そこに時限のデジタル表示がないことだ。おそらくは、衝撃を感知して起動するタイプ。そしてその一つひとつが、少なくとも人体を爆発四散させるだけの威力を備えている。
恐るべき致傷をもたらす黒球に、対する朱里は悠然と手掌を構え。
「包み壊せ」
短く呟くと、一つずつ、あるいは複数が空間ごと、縫い止められたように宙空に停止する。瞬く間にそれらは内側に向かって、あたかももの凄い握力で握り潰されたように粉々になっていく。
ボンボンボン、と破裂音が響くが、その爆風も一定の範囲から漏れ出ることはない。破壊の抱擁により、爆弾は完全に無力化されていた。
朱里が真っ直ぐに距離を詰める。させまいと、凛子は爆弾やナイフを始め、トゲ付き鉄球や怪しげな色の液体が詰まった小瓶、果ては正体不明のねばっとした物体など、様々なものを投げつける。その多彩なバリエーションを持った攻撃を、朱里もまた質の異なる〈破壊〉で撃ち落としていく。
凛子としては、接近戦は避けたいのだろう。というか、接近されるとまず確実に負ける。ひとたび、朱里が近距離で凛子自身を対象とした〈破壊〉を放てば、凛子に回避は能わない。プロのアスリート並の反射神経をしていれば、予兆を感じ取って至近でも避けられるかもしれないが、凛子の運動能力は一般の女子中高生の域を超えるものではない。捉えられればそれまでだ。
逆に朱里は、近づかなければ決定的な一撃を打ち込めない。遠距離から広範囲を指定して〈破壊〉を発動しても、凛子が自身を覆うように壁などの障害物を〈具現〉させれば防がれてしまう。加えて、そんな大技を放てばその隙に何が飛んでくるかわかったものではない。
互いに致命となる攻撃を放ちながらも、事態は拮抗していた。もちろん、俺にできることは何もない。傍観あるのみだ。
少女漫画のヒロインよろしく、「私のために争うのはやめて!」と間に入ろうものなら、即座に細かな肉片となることは想像に難くない。口端から血を吐きながら最後の言葉を伝えられればまだ美談ともなろうが、それすら能わず無駄に散るだけだ。屍すら残らない。肉片でも抱いてもらえるだろうか? 涙ながらに崩れ落ち、俺の肉を抱える二人の姿はあまりにシュールに思えた。だから大人しくしていよう。
「キリがありませんね。いい加減諦めてくれませんか?」
「それはこっちのセリフかな。今なら許してあげないこともないけど?」
千日手の様相が見え、攻防の合間に口撃を交わす二人。できればそのまま話し合いに移行してくれるといいのだが、両者の間に広がるピリピリとした空気から察するに、それは望むべくもないだろう。
持久戦になれば、おそらく凛子の方が分が悪い。元々の保有精神力の差はわからないが、何かを生み出すのと壊すのとでは、前者の方が労力がかかるのは自明の理だ。ガス欠になる前に、凛子は何かしら決定的な手を打つ必要がある。
「じゃ、しょうがないですね。後で文句言わないでくださいよ? ――あ、そっか」
にたりと、凛子の唇が艷やかに歪む。
「死んじゃったら、もう文句も言えませんよね?」
ずずん、と。凛子の姿を隠すように、巨大な壁が生み出される。その奥に広がる濃密な気配。漏れ出す光。何か、大がかりな準備をしている。決定的な手段の。
朱里が手を振り払い、壁が薙ぎ倒されると、そこには。
「赤く、備え!」
目を見開く。異様に身を包んだ凛子が、物々しく佇んでいた。
トレーニングウェアや、競泳用の水着が近いだろうか。朱色に染まった流線型の、ぴっちりとした、エナメル質らしき衣装。腋と臍の部分は大きく露出しており、腰部からは、帯のような長方形の布が幾条にも垂れ下がっている。その隙間から覗く下半身を覆うのは、大胆な角度のブーメランだ。先ほどまでもパンツ一丁の悩ましげな姿だったが、それにも増して扇情的な意匠の鋭角。こんな時だが、是非後ろ姿が見てみたいと思ってしまう。
しかし、恥ずかしくはないのだろうか。あれか、正確にはパンツじゃないから的なやつか。ストライクな感じの。
そして。
それよりも遥かに奇異なものが、凛子の周囲には浮かんでいた。見たままを言えば、それは三角形だった。衣装と同色の、赤い、薄い二等辺三角形。長さは一メートルほどか。それが無数。凛子を中心に、くるくると円を描きながら回転している。
十や二十ではない。百や二百でもない。おそらくは千にも届こうかという数の、それは朱色の二等辺。
ふぅ、と凛子が息を吐く。よく見れば、その額からは幾条かの汗が流れ落ちており、顔色も心なしか青みがかっていた。それもそのはず、これだけの質量を生み出したのだ。かなりの精神力を消費したのは間違いないだろう。あるいは、残るその全てを。
「ちょっとぐらいは防いでくださいね? すぐに終わったらつまらないですから」
凛子の表情が、嗜虐的に歪むのに合わせて。
三角形の一群が、その先端が朱里に向く。理解する。くるくると回る鋭角。それは――刃だ。対象を微塵に切り刻む、慈悲なき無機質の刃。
「いっ、けぇ!」
主の号令に、待っていたとばかりに凶刃が飛び出していく。百を超える刃が、乱数表に当てはめたかの如く、バラバラな軌道と速度で朱里に襲いかかる。
「――っ、くっ!」
さしもの朱里も、全ての〈破壊〉は能わない。縦横無尽に迫り来る刃。その一つひとつはさしたる驚異ではないが、あまりにも数が多すぎる。纏めて壊そうにも範囲が広すぎる。完璧に対処するには、一面を覆うように制圧する必要があるのだが。
そんな大技を行使すれば、その隙に残る九百が喜々として飛んでくるのは、火を見るより明らかだった。
結果、撃ち漏らした刃が朱里の体を容赦なく刻む。衣服がズタズタに切り裂かれ、露出した白い肌に赤いものが滲んだ。それでも、致命傷となる攻撃は防いでいるのは流石であったが。
「次、倍でいきますよー」
絶望の宣告。
辛うじて初撃を凌いだ朱里に、今度は倍量の刃が狙いを定める。
凛子に躊躇いはない。一拍と置かずして、再び刃の嵐が射出された。
「こ――のっ、くっ、ふっ!」
極限の集中力でもって、朱里が対応する。より細かに、より効率的に。僅か一度の攻防で、朱里は三角形の特性を見抜いていた。〈破壊〉の威力を調整し、最低限の労力で最も脆い箇所を壊していく。軌道を瞬時に計算し、時には二つ三つの刃を同士討ちさせて撃墜する。ギフテッドであることに関係なく、朱里の戦闘センスは類稀なるものであった。もし俺が〈破壊〉のギフトを授かったとしても、到底同じことは成し得ないであろう。
しかしそれでも、数の暴力は如何ともし難い。撃ち漏らしが朱里の肌を刻み、その内のいくつかが無情にも手足に突き刺さった。そして。
「三倍行きまーす」
それが、もう一度繰り返される。夥しい数の赤刃が宙を舞う。その姿は、さながら小さな魚の群れが一匹の巨大な魚を模しているかの如く。
虹色の海を、切り裂きながら泳ぐ。
どう足掻いても。
逃れようようのない、絶望が迫る。
「う――ああああああああああっ!!」
烈迫の咆哮を上げて。
〈破壊〉の舞を、朱里が踊る。
数多の傷を帯びてなお、その動きは精細を欠くことなく。更なる調整を施し、今度は軽い衝撃で刃を逸らすように攻撃を当て。
嵐を、乗りきる。
「――っ、はっ、はっ、はあっ!」
正に、満身創痍。肩で息をする朱里。全身から血を流すその姿は、痛々しいことこの上ない。何本もの刃が深く突き刺さり、ボロ切れのようになった服が辛うじて体に引っかかっている。
どう見ても、これ以上の戦闘ができるような状態ではない。だのに、朱里は倒れない。荒い息を吐きながらも、その瞳に諦めの色は浮かべず、ただ前だけを見据えている。神経を研ぎ澄ませている。
残る刃は、四百。これを凌ぎきれば、おそらく朱里の勝利だ。余裕があるように見える凛子だが、もう一度同じ数の三角形を作り出すだけの精神力は残っていないはずだ。
一筋の希望が見える。そんな俺たちに。
「あはっ。あははははっ!」
狂ったように、凛子が笑う。
深い嘲笑。赤色の小さな悪魔が、ぱちぱちと拍手をする。
「やっぱりすごいですね、しゅり先輩は。まさかここまでだとは思いませんでしたよ。あ、でも」
余裕しゃくしゃくに、凛子が告げる。その手が上を向く。
あたかも、何かを引き寄せるように。
「ごめんなさい。もしかして、期待させちゃいました? あと一回なら、なんとかなるだろうって」
ふわり、ふわりと。
朱里の足元や、背後に刺さった小さなそれらが。赤色の三角形が。
凛子の周りに、戻っていく。
もちろん、完全に破壊されたものは動かないが。損傷の軽いものや、弾かれただけのものは、再びふよふよと凛子を中心として浮かび上がる。
ここにきて、俺は朱里の失策を悟る。いや、凛子がそう仕向けたのか。
一度射出された刃は、もう動かないものだと。使い捨てなのだと、思い込まされた。本来は、射出と回収を任意のタイミングで行えるのだろう。それをあえてずらすことで、凛子は朱里の行動を誘導した。段階を追って飛ばす刃を増やしていったのもそのためだ。朱里の目を慣れさせ、ダメージを蓄積させながら、再利用できる刃を残すため。そうして。
残った三角形は、元のおよそ八割ほど。圧倒的な、絶望の風景。
朱里の心情は如何なるものか。その瞳からは、光が失われているように思えた。肉体以上に、甚大な精神へのダメージ。
それも仕方がない。フルマラソンのゴール地点で、スタートまで折り返せと言われたようなものだ。あるいは、悠久の砂漠にて、遠く見えたオアシスが幻であったかの如く。
その絶望は、深い。
「じゃ、終わりにしましょうか、しゅり先輩。ちょっとは楽しめましたよ? でも、これでおしまいです。凛子がちゃあんと、ぐちゃぐちゃに、ずたずたに、ばらばらに、跡形もなく」
さっ、と、凛子の手が伸ばされる。
合わせて、少しだけを残して、ほとんどの刃が朱里にその先端を差し向ける。
終わりの瞬間が、始まる。
「――壊してあげます」
終焉の宣告。
無数の刃が飛び出す、その、刹那。
「――壊す?」
朱里の瞳に、光が戻る。
凛子の言葉に、反応したかのように。
「私を――壊すですって?」
刃が動き出す中。
何を思ったのか、朱里は自らの頭に掌を添わせ。
ばん、と。
〈破壊〉を、発動させる。
「――!?」
突然の狂行に、凛子が驚愕の表情を浮かべる。
迫る刃の群れが、全方位から朱里を覆う、その直前。
自身の放った衝撃に、頭を揺らす朱里の、その瞳が。
暗く、光る。
唇が、恍惚に、歪む。
「――壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せえっっっっっ!!!」
獣じみた咆哮を帯びて。〈破壊〉の連打が、暴風となって刃を噛み砕く。
総数、七百を超える凛子の最大の一撃は。
一瞬で、一つ残らず、ばらばらの塵芥となって砕け散った。
「なっ――そん、なっ!」
ものの数秒でほぼ全ての攻撃手段を失った凛子が、信じられないといった顔をする。俺も同じ思いだ。
先ほどまで、防戦一方だった朱里。彼女は、何をした?
何を――壊したのだ?
類推する。自らの頭部、その中の脳。おそらくは。
朱里は何か、制御を司る部分を〈破壊〉して――リミッターを外して。
処理能力の、限界を超えたのであろう。
尋常な考え方ではない。思いついても、そうやすやすと実行できることではない。少しでもイメージがズレれば、自分の頭が消し飛んでもおかしくはないのだ。
それは狂気の沙汰と、そう呼ばれる類の行動であった。
「ねぇ、凛子ちゃん」
ゆらりと。
全身に傷を負った朱里が、幽鬼の如き相貌で前に歩む。こつこつと、緩やかに靴音を響かせながら。
「――ひっ」
怯えたように、凛子が後退る。
立場が一変していた。やはりもう一度、同じものをいちから〈具現〉するだけの精神力は残っていないようだ。
「教えてあげる。壊すっていうのはね」
ゆっくりと、朱里が凛子へと近づく。そしてぴたりと、その足を止めた。彼我の距離は、三メートルほど。朱里の、必殺の、射程範囲だ。
傷だらけの指が、凛子に向けて開かれる。
見開かれる凛子の瞳。そこにはもう、狂気の色は宿っていなかった。あるのはただ、純粋な怯え――涙すら浮かべた、根源的な恐怖の感情だ。
「来ないでぇーーっ!!」
「こういうことを、言うの」
残った僅かな刃が、朱里に向かうが。
正に、一蹴。
放たれた〈破壊〉の連打が、刃ごと凛子の全身を打ち砕く。その全てを、一切合切を、バラバラにする。否、正確には。
衝撃が収まる。
そこには、生まれたままの姿となった凛子が、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「――――――っ!」
声にならない声を上げる凛子。滂沱の涙を流す瞳は、焦点が合っていない。されどその、起伏の少ない身体には、傷一つなく。
この状況においてなお、正確無比な朱里のコントロールによって、衣装だけが完璧に〈破壊〉されていた。
「うあ――あ、あ、あっ」
ぺたん、と、糸の切れた操り人形のように、凛子が力なく座り込む。ほどなくして、ちょろちょろという静かな水音が聞こえてくる。ちょうど、凛子の真下から。
「あう、う、う、あう〜」
広がる水たまり。赤子のように喘ぐ凛子。
やらかしていた。盛大に、止めどなく。
「わかってくれたかな? 壊す、ってこと」
にっこりと笑いかける、血塗れの女神に。
びくん、と体を震わせて、間を置かずにぶんぶんと首を縦に振る凛子。
「そう。よかった。じゃあ、何か言うことがあるよね? 私と、冬馬君に」
有無を言わさぬとは、こういうことを言うのであろう。修羅を背後に宿した、笑顔の破壊神に向けて。
「ご、ご、ご、ごめんなさい〜〜〜っ!」
様々な液体を流しながら、凛子は深く、平伏するのであった。
それは正に。
圧倒的な恐怖が、狂気を上回った瞬間であった。
そうして。
事態は一応の、収束を迎えた。
ただ、それは。
続く惨劇の、ほんの幕開けに過ぎないということを。
俺はまだ、知らない。




